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2015年8月

2015年8月31日 (月)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻2棒合五つ3請込み

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 2、棒合五つ

 三本目 請込み

亦上より打処を両手にて棒の両端をとり十文字に請下た下たと張る也仕廻は右にて詰る也

*「亦上より打処・・」今度は」位に考えておきます。

棒合ですから双方棒を持って、右足を少し出して右手で棒の中程を持ち、左手で棒の端に持ち、相手の左目につけて構えて立ち合う。
相手棒を振冠り上から頭を打って来るので、我は右手を棒の上の端に摺り込み右足を踏み込み棒の両端を持って頭上に上げて相手の打ち込みを請ける。
相手退かんとする所、足を踏み替え左足を前にして右手を棒の中に摺り戻し相手の右膝を打つ、相手右足を引き外すところ、右足を踏み込んで棒を左から頭上を廻して相手の左足を打つ、相手左足を引く処、棒を相手の水月に付け右足を更に踏み込んで詰める。

相手は棒を頭上に打ち込んだが十文字に請け留められ、右膝に打ち込まれたので右足を引いて之を外し、棒を振り上げた処今度は左膝に打ち込まれ、左膝を引いて之を外したが詰められてしまう。

神傳流秘書 棒合 三本目請込

 打って懸るを中にて請下にて合せ一方にて張尤立合請込は一つに続け遣う扨一方を廻し掛て勝

どの様に双方立って始めるかは書かれていませんが、前の二本が左手で棒を持って左足前で立ちましたから、同じように左手で棒を杖につくでいいでしょう。
或はちょっと変えて、此処は右手を乳の高さ位に持って右足前の右半身で杖について立ってみます。

相手の構えは一本目にある様に我と同様にして立つ。古流剣術の常道です。

相手、棒を振り上げて我が真向に右足を踏み込んで打ち懸けて来るのを、「中にて請」ですから左足、右足と追い足で退り、左手を棒に添え両手で頭上に一文字に請ける。

相手、更に棒を振り上げ右足に打込んで来る、「下にて合せ」ですから、我は左足を右足に踏み替下で合わせる。
「一方にて張」は同方向にと読めるのですが右足を引いてしまいましたから「もう一方にて張り」として、更に左足に打ち込んで来るのを、右足を踏み替え同時に棒の先を左手に摺り込み、右手を棒中にして右上から、相手棒を張りこみ左足を踏み込み相手棒を左に廻し掛けて相手面に打込み勝。

古流剣術の切先の方向と、左右の足捌きの有り様を参考にし、踏み替え足を基準にして見ました。
正中線に対し筋をかわし乍ら受け打つのも同様です。

業名の請込から相手の攻撃を請けつつ勝ち口を得る様にしました。十文字請けして右下で合せ、即座に攻撃に出て相手の出足に張りこんで相手が合せるや、廻し掛けして面に勝も有でしょう。

但し「尤も立合請込は一つに続け遣う」の文言が立ちはだかっています。これは棒合の二本目立合と三本目の請込を続け打ちすることでしょう。

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2015年8月30日 (日)

英信流目録 1.居合棒太刀合棒2棒合五つ2立合

英信流目録

1.居合棒太刀合棒

 2、棒合五つ

 二本目 立合

是は楽に(*互に?)左の手にて棒の中を持ち近く立合也楽に右手にて棒の上のはしを逆手に取り右の足を跡へ一足引き逆様に合せ亦楽に右の手を上えあげ下たを合せ巻捨るなり

*相方とも棒の中程を左手で持って、やや右足を前にして間境に立っています。棒は6尺前後以上を云いますから太刀の場合の間より遠いはずです。
慣れないうちは特に遠間でのびのびと大きく打ち合った方が良いかも知れません。
棒を左手で中程を持って左脇に自然に付け棒の先を下に向け斜めにして持つのでしょう。
あるいは、左脇に杖に立てるも在りでしょう。
あるいは、棒の先端を上に上げ相手の眉間につけるも在りでしょう。

相手右足を踏み込んで我が右面を打って来る。我は棒の上の端を右手を逆手にし取るや右足を一歩引き様に是に応じて棒を合せる。
右手を下げ左手を棒の上に摺り込み棒を返して右手を上にして右足を踏み込み相手の右膝を打つ相手一歩下がり是を受ける、即座に相手の棒を下から巻き込んで右へ巻き捨て、相手の水月に付け詰める。

手付けは巻き捨てて業を終わっていますが、詰めておきます。

神傳流秘書 棒合 二本目 立合

 如前立合棒を逆手に取り下を上にて合せ又下にて合せ巻捨る前の通り持立合たる時両方右の手に取り足を引て下を上にて合又下にて合遣方より左へ巻捨る

*前の如く立合う、ですから棒を杖に突いて左足先に立て、左手で胸の辺りに添えて右足をやや引いてやや半身に双方立って出合います。
「棒を逆手に取り」は左手の下方に右手を拇指を下向きに逆手に添え、「下を上にて合せ」は棒を、右肩から廻して地に突いていた棒の先を上にして、左面に打込んできます。我も同様にして左足を引いて之を請け、即座に左手を引きつつ、棒の先へ右手を滑らせ、左肩から廻して左足を踏み替え左手を前にして相手の右足を打つ、相手も同様にして右足を踏み替え之を請ける。
相手請けるや、下らんとする処、遣方より棒の先を上げつつ相手の棒を左に巻き捨て、棒の先を相手の水月に詰める。

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2015年8月29日 (土)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻2棒合五つ1追込

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 2、棒合五つ

 一本目追込

上え下た上え下た下た右を打出す時は右の足を先へ出し左の下を合する時は左の足を出し仕廻は右の足にて詰る也

*棒合ですから相方とも棒を持って打ち合うのでしょう。
どのように棒を持って向き合うかは特に指定されていません。
次の「2本目立合」は「楽に左の手にて棒の中を持つ・・・」からスタートします。

此処では右手で棒の中を持ち左手で棒の端を持って棒の先を相手の左目に付けて右足を前に出して双方構えて見ます。
右足を引いて左足に揃え同時に棒を立てながら左手を右手に引き付け右手を棒の端に持ち替え左足を踏み込んで上から相手の右面を打つ、相手これに応じる。その足のまま相手の右膝を打つ、相手これに応じる。
棒を立てつつ左足を右足に踏み揃え右手を左手に引き付け左手を棒の端に持ち替え右足を踏み込んで上から相手の左面を打つ、相手これに応じる。その足のまま相手の左膝を打つ相手これに応ずる。
すかさず棒を立てつつ右足を左足に揃え左手を右手に引き付け左手を再び棒の端に持ち右足を踏み込んで相手の右膝を打つ、相手これに応ずるを相手の棒の下から裏を取り棒の先を相手の水月に付け詰める。

相手の右上・右下・左上・左下・左下・詰める。としてみました。
打ち込む部位が相手の右面ならば左足、右膝ならば左足。左面ならば右足、左膝ならば右足とします。足踏みはつど踏み揃え踏み替えます。
打ち込む際相手の右を打つ時は左手が前、左を打つ時は右手が前と持ち替えます。

棒捌きをなれるように何度も上下・上下と繰り返し慣れた処で下下と奇襲する業でしょう。棒の捌き方に特定はありませんから自由です。はじめの構えをどのようにするかでも様子は変わるでしょう。

神傳流秘書 棒合(是は坂橋流之棒也と言) 一本目 追込

 上下上下と合張り又一方を打懸て勝両方棒を左手にて持ち杖に突立合上を合下を合又上を合又下を合遣方より一方にて張り又一方を打懸て勝也

*棒の一本目は棒合です。棒と棒の攻防です。この棒合は坂橋流の棒術といいます。
坂橋流棒術の謂れは不明です。

棒と杖の違いを調べてみたのですが、どうも区別がなさそうです。

棒:ぼう、人を打つためのぼう、木を両手で捧げ持つ木の棒、棍(こん)は丸く太い棒。杖は長い棒。
手に持てるほどの細長い木・竹・金属などの称。

棒術:武芸の一つ、棍棒を得物とする武術。

杖:じょう、つえ、歩行を助けるため手にもつ長い棒、人をたたく長い棒、丈は「十たす手の会意文字で、手尺の幅の10倍の長さをあらわす。長い棒。

杖術・杖道:武道の一つ、剣道の一部門で剣の代わりに樫の丸木杖を用いる。江戸時代初め、夢想権之助勝吉の創始。

仗:じょう、こん棒や長柄の武器、長い木の棒。
長さの単位尺の10倍約3m、杖。

木剣ショップのカタログでは、棒は5尺・6尺で杖は3尺・4尺2寸1分で太さは8分・9分・1寸で八角の一寸のものもあります。

この坂橋流の棒はどの様な長さを基準にしたのか不明です。
独り稽古には4尺2寸1分の杖が自宅でも振れますし、短かすぎると言うこともないでしょう、其の上移動にも邪魔になりません。

双方とも棒を左手に持ち杖(つえ)に突き立合う。
左手の位置は杖ならば杖の上を掌で被せてもいいでしょう。6尺の棒ならば、肩の高さか乳の高さでしょう。
肩幅に両足を開いて自然体に立つか、左足前に右足をやや下げて左半身に立つ。棒の位置は左足先前に突きます。

坂橋流は打方は相手と表現しています。仕方は遣方と云っています。
矢張り相手が先に仕掛けて来るのに応じるのでしょう。

一本目は追込ですから、その場での足の踏み替えに依る攻防では無く、遣方が追い込んで行く打方は下って行く打ち合いを想定して見ます。

双方棒を左手で杖を突く様に胸前に持ち、左足先に付け右足をやや後ろに退いた左半身に立つ。
打方、棒を持つ左手上に右手を添え、左手を滑らせて棒の下方を持ち右足を踏み込んで我が左面に打ち懸けて来る、我も同様に右足を踏み込んで相手の棒に打ち懸けて之を留める。
我れ透かさず左足を右足踵に踏込み棒を右肩に取るや右足を踏み込んで打方の右足に打込む。
相手棒を右肩に担ぎ打込まんとするが、遣方に攻め込まれ右足を引いて左足に引き付け左足を引くや、右足前で遣り方の棒を請ける。

遣方、棒を立て、左手を右手に滑らせ、左肩に取るや左足を踏み込んで、右手を左手の後方に持ち替え相手の右面を打つ、相手右足を引いて之を請ける。
遣方、透かさず右足を左足に引き付け、棒を左肩に担ぎ、左足を踏み込んで相手の左足に打込む。
相手、左足を右足に引き付け、右足を引いて之を請ける。

遣方、棒を立て、右手を左手に滑らせ、右肩に取るや右足を踏込み相手の左足に打込む、相手左足を後ろに引くや之を請ける。
遣方透かさず左足を右足に引き付け、右足を踏み出し相手の左面を打ち勝。

古伝は発想が豊かでないと解きほぐせません。
坂橋流の棒の有り様は失われています。

現在稽古されている棒術に照らして稽古するのも良いのですが、現代居合の体裁きで自分流に稽古するのも良いでしょう。

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2015年8月28日 (金)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻1棒太刀合之位8袖返

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

1、棒太刀合之位

八本目 袖反

是は敵は太刀を車に構え居る也我は棒にて上より討つ也其処を敵横になぐる也我其処を掛け太刀の裏を廻し棒の先にてみけんを突なり

*是は敵は太刀を車に構えて居る。我の構えの指定はありません。敵が太刀を車に構えて待つ処、我は棒の中を右手で持ち、左手で棒の端を持って構え行き、間境で左手を棒の中に摺り込み右手と合わせ上段に冠り右足を大きく踏み込んで左手を棒の端に摺り戻して真向に打ち込む。敵は透かさず棒を車の構えから横に薙ぎ払う。
合い掛けになった処を我は太刀の下から棒を太刀の裏に廻し太刀を抑えて敵の眉間に突き込む。

「我其処を掛け・」がよくわからないのですが、太刀と棒が打ち合わされて拮抗したとしてみました。

棒の構えは指定がありませんから。左手で棒の端を持ち、左腰に付け、右手で棒の中を持って敵の左目に付けて構えました。
「上より討つ・」ですから棒を上段に振り冠るのですが、我からの仕掛けですからそのまま上段に振り冠るのもよいでしょうが、薙刀風に左手を右手に引き付け、左手を右手の先に逆手に持ち右の手を持ち替え棒を右から廻して棒の先端を入れ替えそのまま真向に打ち込んで見ました。

この辺の棒の動きが「袖返し」かも知れません。

以上で「棒太刀合之棒八本]は終わります。次回は「2、棒合五つ」です。棒合ですから棒と棒でしょう。
古伝神傳流秘書ではこの棒合が棒太刀合之棒の前にあって、順序が逆でした。

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2015年8月27日 (木)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻1棒太刀合之位7見返

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 1、棒太刀合之位

 七本目見返

是は右の手にて棒の端をさげひきづり行也敵跡より拝み討に討つ所を其拍子に連れて見返りざまに左の手にて棒のはしを取り右の手にて中をおさへ敵のみけんを突也

*見返りは、右手で棒の端を持って棒を引き摺りながら歩いている所へ、敵が後ろから来たって拝み打ちに打ち込んで来る。
其の気配を察するや左手で右手で持っていた棒の端を逆手に持ち、右手を棒の中ほどに摺り込むや、右廻りに振り向き様、上段に振り冠って打ち下ろさんとする敵の眉間に突きを入れる。

この場合、敵は間境で上段に振り冠り右足を踏み込んで拝み打ちに打ち込んで来るので、我は左足を一歩踏み出して是を外し、敵が空を切ってのめる間に振り返ってその眉間を突く。と言うぎりぎりの拍子も考えられそうです。

右廻りではなく左廻りの方法もあるでしょう。其の場合は眉間を突くより、敵の左鬢を打った方が有効のようです。
いづれにしても、後ろから真っ向に斬られそうになる状況をどのように察知するのか、足裁きをどの様にするかなどがポイントでしょう。

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2015年8月26日 (水)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻1棒太刀合之位6笠之羽

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 1、棒太刀合之位

 六本目笠之羽

是は我首へ横に置き両手をかたのあたりまでおさえ相懸りにて行也場合にて敵物討に討所を右のはしを合せ其の儘左のはしを持って強く横にはね勝也すなわち棒のはしをかえし跡堅る也

*是は我は棒を横にして両手で肩のあたりに持って、太刀を持つ相手と相掛に行き逢う。場に至って敵が物打ちに打ち掛かって来る所を我は右足を踏み込み棒の右の端を相手の打ち込む太刀に合わせ受け止め、即座に左足を踏み替え棒の左端でその太刀を横に強くはね上げて勝つ。
そして、右足を踏み替え左手を棒の端に擦り込み右手を前にして打ち込み堅める。

笠之羽の業名なので、此処は棒を天秤棒を担ぐ様にすべきかとも思いました。
「かたのあたりまでおさえ」といって「かたにかつぎ」とは言っていないので、肩の高さで首の辺りにささげ持つ様に持たせて見ました。

肩に担いでも同様に応じられるでしょう。

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2015年8月25日 (火)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻1棒太刀合之位5小鬢流

英信流目録

.棒太刀合巻

 1、棒太刀合之位

 五本目小鬢流

 是は鬢を打也跡同じ前も同じ

一本目脛砕より
是は敵は太刀を上段にかむり我は左の手にて棒の中を持ち杖に突き楽に立合也、敵ふみ込おがみ打に打所我は右の手にて棒の上のはしを逆手に取り右の足を一足引き右の手を下へさげ棒の下のはしを太刀へ合わせ右の足を一足ふみ込み右の手にて持ちたるはしにて敵の小鬢を打つ体をかわり左の手にて持ちたるはしを敵の小鬢へ当て我も左の足をふみ込み棒を跡へくり出し車の如くかまえる也其の所を敵我が足を片手にてなぐる也。それより水車を廻し追込む也。
廻し様は右で二つ左で二つづつ廻していくつも廻しゆきうく迄追込む也、右の手の行たる時追い留り□□□敵拝み討に打所を下より棒の先にて拳を跳ね上げ亦我も其儘棒の先にて拝討に打なり、敵其所を請て我が棒の先を左の手にてとり右の手にて持たる太刀を我がみけんへ討也、我其所を左の片手にて棒を上へさし上げ右の手にて棒の前より敵の右の手首をとり棒を前へおし手を我が方へ引きかためる也、俗に云う棒しばりなり、
亦左の手の先へ出てくる時追い留りたれば先をさげ待ちて敵討所を真見合へ棒の先をさし付右の手を下げてかためる也。

是は敵は太刀を上段に冠り、我は左手で棒の中程を持ち杖に突いて楽な姿勢で立ち合う。
棒は床に着き、体の中心に持つか、左に持つかは自由でしょう。足は右足やや前の結び立ちが無双直伝英信流らしいと思います。
敵太刀を上段に振り冠ってスカスカと歩み来て右足を踏み込み拝み打ちに打ち込んで来る。我は右手で棒の上端を逆手に取り右足を一歩後ろに引き間を外すと同時に右手を下に下げて棒の下端を以て太刀に合わせる。
敵合わされて右足を一歩引くや、我は透かさず、左手をしごいて棒の先を持ち、右手を棒の中に刷込んで、右足を一歩踏み込み敵の小鬢を打つ。
敵は小鬢を打って来る棒を太刀にて受け止める。
我は合わされた敵の太刀を跳ね上げ左足を前に右足を引いて踏み替え体を左半身に変わり、左手を棒の先に摺り込み右足、左足と踏み替え再び敵の小鬢
に打ち込む。
敵は左足を引いてこれを外し上段に取る。
我は左足を踏み込み棒の端を後ろへ繰り出し車の如く構える。
敵は車に構えた我が左足に右足を踏み込んで右手で殴るように切り付けてくる。
我は左足を引きこれを外し、敵が外されて後方に引くを機に棒を水車に廻し
追い込む。

水車の廻し様は右廻りに二つ、左廻りに二つづつ廻してゆきうく(行き憂く?)まで廻し追い込む。
右の手で廻して行く時、追い留まり、敵ここぞと拝み打ちに打ち込んでくる処を棒の先で跳ね上げ、その余勢を以て敵を拝み打ちに打つ。
敵は打ち込まれて棒を太刀にて請け止め、棒の先を左手で握り、右手で太刀を我が眉間へ打ち込んでくる。
我は左手で棒を上に差し上げ体を入って敵の右手首を棒の下から取り、棒を前に押し、右手を引きかためる。
俗に言う棒縛りなり。

又左の手先へ出てくる時、追い留まるならば、棒の先を下げて敵が拝み打ちに打たんとする処を敵の真見合へ棒の先を突きつけ、敵が左手で棒の先を取り、右手で打ち込んで来るので左手を差し上げ、体を入って敵の右手首を棒の下から取り、棒を前に押し右手を下げて(引いて)かためる。

個々に稽古する事を意図して、打ち込む部位を変えただけでそのままコピーしておきます。

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2015年8月24日 (月)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻1棒太刀合之位4小手落

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 1、棒太刀合之位

 四本目 小手落

手首を上より討つ也跡同じ前も同じ

一本目脛砕より
是は敵は太刀を上段にかむり我は左の手にて棒の中を持ち杖に突き楽に立合也、敵ふみ込おがみ打に打所我は右の手にて棒の上のはしを逆手に取り右の足を一足引き右の手を下へさげ棒の下のはしを太刀へ合わせ右の足を一足ふみ込み右の手にて持ちたるはしにて敵の小手を上より討つ体をかわり左の手にて持ちたるはしを敵の小手へ当て我も左の足をふみ込み棒を跡へくり出し車の如くかまえる也其の所を敵我が足を片手にてなぐる也。それより水車を廻し追込む也。
廻し様は右で二つ左で二つづつ廻していくつも廻しゆきうく迄追込む也、右の手の行たる時追い留り□□□敵拝み討に打所を下より棒の先にて拳を跳ね上げ亦我も其儘棒の先にて拝討に打なり、敵其所を請て我が棒の先を左の手にてとり右の手にて持たる太刀を我がみけんへ討也、我其所を左の片手にて棒を上へさし上げ右の手にて棒の前より敵の右の手首をとり棒を前へおし手を我が方へ引きかためる也、俗に云う棒しばりなり、
亦左の手の先へ出てくる時追い留りたれば先をさげ待ちて敵討所を真見合へ棒の先をさし付右の手を下げてかためる也。

是は敵は太刀を上段に冠り、我は左手で棒の中程を持ち杖に突いて楽な姿勢で立ち合う。
棒は床に着き、体の中心に持つか、左に持つかは自由でしょう。足は右足やや前の結び立ちが無双直伝英信流らしいと思います。
敵太刀を上段に振り冠ってスカスカと歩み来て右足を踏み込み拝み打ちに打ち込んで来る。我は右手で棒の上端を逆手に取り右足を一歩後ろに引き間を外すと同時に右手を下に下げて棒の下端を以て太刀に合わせる。
敵合わされて右足を一歩引くや、我は透かさず、左手をしごいて棒の先を持ち、右手を棒の中に刷込んで、右足を一歩踏み込み敵の小手を上より打つ。
敵は小手を打って来る棒を太刀にて受け止める。
我は合わされた敵の太刀を跳ね上げ左足を前に右足を引いて踏み替え体を左半身に変わり、左手を棒の先に摺り込み右足、左足と踏み替え再び敵の小手
に打ち込む。
敵は左足を引いてこれを外し上段に取る。
我は左足を踏み込み棒の端を後ろへ繰り出し車の如く構える。
敵は車に構えた我が左足に右足を踏み込んで右手で殴るように切り付けてくる。
我は左足を引きこれを外し、敵が外されて後方に引くを機に棒を水車に廻し
追い込む。

水車の廻し様は右廻りに二つ、左廻りに二つづつ廻してゆきうく(行き憂く?)まで廻し追い込む。
右の手で廻して行く時、追い留まり、敵ここぞと拝み打ちに打ち込んでくる処を棒の先で跳ね上げ、その余勢を以て敵を拝み打ちに打つ。
敵は打ち込まれて棒を太刀にて請け止め、棒の先を左手で握り、右手で太刀を我が眉間へ打ち込んでくる。
我は左手で棒を上に差し上げ体を入って敵の右手首を棒の下から取り、棒を前に押し、右手を引きかためる。
俗に言う棒縛りなり。

又左の手先へ出てくる時、追い留まるならば、棒の先を下げて持って敵が拝み打ちに打たんとする処を敵の真見合へ棒の先を突きつけ、敵が左手で棒の先を取り、右手で打ち込んで来るので左手を差し上げ、体を入って敵の右手首を棒の下から取り、棒を前に押し右手を下げて(引いて)かためる。

個々に稽古する事を意図して、打ち込む部位を変えただけでそのままコピーしておきます。

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2015年8月23日 (日)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻1棒太刀合之位3小手揚

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

1、棒太刀合之位

三本目 小手揚

手首を下よりはねあげる也跡同じせんも同断

一本目脛砕より
是は敵は太刀を上段にかむり我は左の手にて棒の中を持ち杖に突き楽に立合也、敵ふみ込おがみ打に打所我は右の手にて棒の上のはしを逆手に取り右の足を一足引き右の手を下へさげ棒の下のはしを太刀へ合わせ右の足を一足ふみ込み右の手にて持ちたるはしにて敵の小手を下より跳ね上げ体をかわり左の手にて持ちたるはしを敵の小手へ当て我も左の足をふみ込み棒を跡へくり出し車の如くかまえる也其の所を敵我が足を片手にてなぐる也。それより水車を廻し追込む也。
廻し様は右で二つ左で二つづつ廻していくつも廻しゆきうく迄追込む也、右の手の行たる時追い留り□□□敵拝み討に打所を下より棒の先にて拳を跳ね上げ亦我も其儘棒の先にて拝討に打なり、敵其所を請て我が棒の先を左の手にてとり右の手にて持たる太刀を我がみけんへ討也、我其所を左の片手にて棒を上へさし上げ右の手にて棒の前より敵の右の手首をとり棒を前へおし手を我が方へ引きかためる也、俗に云う棒しばりなり、
亦左の手の先へ出てくる時追い留りたれば先をさげ待ちて敵討所を真見合へ棒の先をさし付右の手を下げてかためる也。

是は敵は太刀を上段に冠り、我は左手で棒の中程を持ち杖に突いて楽な姿勢で立ち合う。
棒は床に着き、体の中心に持つか、左に持つかは自由でしょう。足は右足やや前の結び立ちが無双直伝英信流らしいと思います。
敵太刀を上段に振り冠ってスカスカと歩み来て右足を踏み込み拝み打ちに打ち込んで来る。我は右手で棒の上端を逆手に取り右足を一歩後ろに引き間を外すと同時に右手を下に下げて棒の下端を以て太刀に合わせる。
敵合わされて右足を一歩引くや、我は透かさず、左手をしごいて棒の先を持ち、右手を棒の中に刷込んで、右足を一歩踏み込み敵の小手を下より跳ね上げる。
敵は小手を打って来る棒を太刀にて受け止める。
我は合わされた敵の太刀を跳ね上げ左足を前に右足を引いて踏み替え体を左半身に変わり、左手を棒の先に摺り込み右足、左足と踏み替え再び敵の小手に打ち込む。
敵は左足を引いてこれを外し上段に取る。

我は左足を踏み込み棒の端を後ろへ繰り出し車の如く構える。
敵は車に構えた我が左足に右足を踏み込んで右手で殴るように切り付けてくる。
我は左足を引きこれを外し、敵が外されて後方に引くを機に棒を水車に廻し
追い込む。

水車の廻し様は右廻りに二つ、左廻りに二つづつ廻してゆきうく(行き憂く?)まで廻し追い込む。
右の手で廻して行く時、追い留まり、敵ここぞと拝み打ちに打ち込んでくる処を棒の先で跳ね上げ、その余勢を以て敵を拝み打ちに打つ。
敵は打ち込まれて棒を太刀にて請け止め、棒の先を左手で握り、右手で太刀を我が眉間へ打ち込んでくる。
我は左手で棒を上に差し上げ体を入って敵の右手首を棒の下から取り、棒を前に押し、右手を引きかためる。
俗に言う棒縛りなり。

又左の手先へ出てくる時、追い留まるならば、棒の先を下げて持って敵が拝み打ちに打たんとする処を敵の真見合へ棒の先を突きつけ、敵が左手で棒の先を取り、右手で打ち込んで来るので左手を差し上げ、体を入って敵の右手首を棒の下から取り、棒を前に押し右手を下げて(引いて)かためる。

個々に稽古する事を意図して、打ち込む部位を変えただけでそのままコピーしておきます。

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2015年8月22日 (土)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻1棒太刀合之位2腰車

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

1、棒太刀合之位

二本目 腰車

是も同じ事也棒を腰へあつるなり跡は何れも同じ

一本目脛砕より
是は敵は太刀を上段にかむり我は左の手にて棒の中を持ち杖に突き楽に立合也、敵ふみ込おがみ打に打所我は右の手にて棒の上のはしを逆手に取り右の足を一足引き右の手を下へさげ棒の下のはしを太刀へ合わせ右の足を一足ふみ込み右の手にて持ちたるはしにて敵の
左の腰を打ち先をさげておるはしにて太刀をはね体をかわり左の手にて持ちたるはしを敵の左の腰へ当て我も左の足をふみ込み棒を跡へくり出し車の如くかまえる也其の所を敵我が足を片手にてなぐる也。それより水車を廻し追込む也。
廻し様は右で二つ左で二つづつ廻していくつも廻しゆきうく迄追込む也、右の手の行たる時追い留り□□□敵拝み討に打所を下より棒の先にて拳を跳ね上げ亦我も其儘棒の先にて拝討に打なり、敵其所を請て我が棒の先を左の手にてとり右の手にて持たる太刀を我がみけんへ討也、我其所を左の片手にて棒を上へさし上げ右の手にて棒の前より敵の右の手首をとり棒を前へおし手を我が方へ引きかためる也、俗に云う棒しばりなり、
亦左の手の先へ出てくる時追い留りたれば先をさげ待ちて敵討所を真見合へ棒の先をさし付右の手を下げてかためる也。

是は敵は太刀を上段に冠り、我は左手で棒の中程を持ち杖に突いて楽な姿勢で立ち合う。
棒は床に着き、体の中心に持つか、左に持つかは自由でしょう。足は右足やや前の結び立ちが無双直伝英信流らしいと思います。
敵太刀を上段に振り冠ってスカスカと歩み来て右足を踏み込み拝み打ちに打ち込んで来る。我は右手で棒の上端を逆手に取り右足を一歩後ろに引き間を外すと同時に右手を下に下げて棒の下端を以て太刀に合わせる。
敵合わされて右足を一歩引くや、我は透かさず、左手をしごいて棒の先を持ち、右手を棒の中に摺り込んで、右足を一歩踏み込み敵の左腰を打つ。
敵は左腰を打って来る棒を太刀にて受け止める。
我は合わされた敵の太刀を跳ね上げ左足を前に右足を引いて踏み替え体を左半身に変わり、左手を棒の先に摺り込み右足、左足と踏み替え再び敵の左腰に打ち込む。

敵は左足を引いてこれを外し上段に取る。
我は左足を踏み込み棒の端を後ろへ繰り出し車の如く構える。
敵は車に構えた我が左足に右足を踏み込んで右手で殴るように切り付けてくる。
我は左足を引きこれを外し、敵が外されて後方に引くを機に棒を水車に廻し
追い込む。

水車の廻し様は右廻りに二つ、左廻りに二つづつ廻してゆきうく(行き憂く?)まで廻し追い込む。
右の手で廻して行く時、追い留まり、敵ここぞと拝み打ちに打ち込んでくる処を棒の先で跳ね上げ、その余勢を以て敵を拝み打ちに打つ。
敵は打ち込まれて棒を太刀にて請け止め、棒の先を左手で握り、右手で太刀を我が眉間へ打ち込んでくる。
我は左手で棒を上に差し上げ体を入って敵の右手首を棒の下から取り、棒を前に押し、右手を引きかためる。
俗に言う棒縛りなり。

又左の手先へ出てくる時、追い留まるならば、棒の先を下げて持って敵が拝み打ちに打たんとする処を敵の真見合へ棒の先を突きつけ、敵が左手で棒の先を取り、右手で打ち込んで来るので左手を差し上げ、体を入って敵の右手首を棒の下から取り、棒を前に押し右手を下げて(引いて)かためる。

個々に稽古する事を意図して、打ち込む部位を変えただけでそのままコピーしておきます。

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2015年8月21日 (金)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻1棒太刀合之位1脛砕

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

1、棒太刀合之位

1本目 □砕(脛砕)

是は敵は太刀を上段にかむり我は左の手にて棒の中を持ち杖に突き楽に立合也、敵ふみ込おがみ打に打所我は右の手にて棒の上のはしを逆手に取り右の足を一足引き右の手を下へさげ棒の下のはしを太刀へ合わせ右の足を一足ふみ込み右の手にて持ちたるはしにて敵の左の脛を打ちさき(先)をさげておるはしにて太刀をはね躰(体)をかわり左の手にて持ちたるはしを敵の左の脚へ当て我も左の足をふみ込み棒を跡へくり出し車の如くかまえる也其の所を敵我が足を片手にてなぐる也。それより水車を廻し追込む也。
廻し様は右で二つ左で二つづつ廻していくつも廻しゆきうく迄追込む也、右の手の行たる時追い留り□□□敵拝み討に打所を下より棒の先にて拳を跳ね上げ亦我も其儘棒の先にて拝討に打なり、敵其所を請て我が棒の先を左の手にてとり右の手にて持たる太刀を我がみけんへ討也、我其所を左の片手にて棒を上へさし上げ右の手にて棒の前より敵の右の手首をとり棒を前へおし手を我が方へ引きかためる也、俗に云う棒しばりなり、
亦左の手の先へ出てくる時追い留りたれば先をさげ待ちて敵討所を真見合へ棒の先をさし付右の手を下げてかためる也。

*□砕は脛砕でしょう。この業は神伝流秘書に存在しました。稽古をしてみましたが今回は前回を無視して新たに取り組んで見ます。結果として同じならばそれも良しでしょう。違えばそれも有りで大らかに行きます。

棒太刀合之位ですから得物は我は棒、相手は太刀です。
棒ですから6尺棒を標準にします。太刀は稽古では木刀です。
家の中で振り回したり、道場への持ち運びでは杖が良さそうです。拘る方はしっかり棒を持ちましょう。

是は敵は太刀を上段に冠り、我は左手で棒の中程を持ち杖に突いて楽な姿勢で立ち合う。
棒は床に着き、体の中心に持つか、左に持つかは自由でしょう。足は右足やや前の結び立ちが無双直伝英信流らしいと思います。
敵太刀を上段に振り冠ってスカスカと歩み来て右足を踏み込み拝み打ちに打ち込んで来る。
我は右手で棒の上端を逆手に取り右足を一歩後ろに引き間を外すと同時に右手を下に下げて棒の下端を以て太刀に合わせる。
敵合わされて右足を一歩引くや、我は透かさず、左手をしごいて棒の先を持ち、右手を棒の中に刷込んで、右足を一歩踏み込み敵が右足を一歩引いて残った左足脛を打つ。
敵は左足を打って来る棒を太刀にて受け止める。
我は合わされた敵の太刀を跳ね上げ左足を前に右足を引いて踏み替え体を左半身に変わり、左手を棒の先に摺り込み右足、左足と踏み替え再び敵の左脚
に打ち込む。
敵は左足を引いてこれを外し上段に取る。
我は左足を踏み込み棒の端を後ろへ繰り出し車の如く構える。
敵は車に構えた我が左足に右足を踏み込んで右手で殴るように切り付けてくる。
我は左足を引きこれを外し、敵が外されて後方に引くを機に棒を水車に廻し
追い込む。

水車の廻し様は右廻りに二つ、左廻りに二つづつ廻してゆきうく(行き憂く?行き浮く?)まで廻し追い込む。
右の手で廻して行き、追い留まり、敵ここぞと拝み打ちに打ち込んでくる処を棒の先で跳ね上げ、その余勢を以て敵を拝み打ちに打つ。
敵は打ち込まれて棒を太刀にて請け止め、棒の先を左手で握り、右手で太刀を我が眉間へ打ち込んでくる。
我は左手で棒を上に差し上げ体を入って敵の右手首を棒の下から取り、棒を前に押し、右手を引きかためる。
俗に言う棒縛りなり。

又左の手先へ出てくる時、追い留まるならば、棒の先を下げて持って敵が拝み打ちに打たんとする処を敵の真見合へ棒の先を突きつけ、敵が左手で棒の先を取り、右手で打ち込んで来るので左手を差し上げ、体を入って敵の右手首を棒の下から取り、棒を前に押し右手を下げて(引いて)かためる。

*この棒太刀合之棒は以下二本目腰車・三本目小手揚・四本目小手落・五本目小鬢流まで敵に対し我の打ち込む部位の違いだけで同じような技です。

水車の廻し様ですが、右廻り・左廻り、或いは片手による右手・左手でも特に指定されていません。「亦左の手の先へ出てくる時追い留りたれば」の文章から片手で廻して手を持ち替えているのかとも思います。

次以降の業手附は省略されていますが、個々に稽古する事を意図して、打ち込む部位を変えただけでそのままコピーしておきます。

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2015年8月20日 (木)

英信流目録はじめに

曽田本を読む英信流目録

はじめに

下村派の最後の伝承者曽田虎彦先生の神傳流秘書に続く2巻目の伝書はこれから読み解いていく「英信流目録二巻」です。

この「英信流目録二巻」は安永五年(1776年)冬十月に第十二代林政誠によって書かれた伝書を嘉永五年(1852年)六月第十五代谷村亀之丞自雄が書写されたものです。
曽田虎彦先生が「筆山秘蔵す」とあります。

「この目録は昭和23年6月 大阪河野稔氏へ伝授したり」と曽田先生の添書きがされています。
コピーの無い時代ですから、直筆で書き写して河野百錬先生に送られたのでしょう。
第二十代宗家河野百錬先生の「無双直伝英信流居合兵法叢書」昭和30年1955年発行の元資料となったのでしょう。

神傳流秘書の原本はこれより前に書きあげられていたものでしょう。
恐らく、神傳流秘書は享保十七年1732年~安永五年1776年の間に第十代林安太夫政詡によって書かれたと思うのですが、それより古ければ第9代林六太夫守政が享保十七年1732年以前に書いているのでしょう。
享保十七年は土佐の此の居合をもたらした第九代林六大夫守政が没した年です。
安永五年八月八日は第十代林安太夫政詡が没した年でした。この年十月に第十二代林益之丞政誠が「英信流目録二巻」を「改之」としています。

谷村亀之丞自雄先生伝書写の「英信流目録2巻」は歯抜けの伝書です。

内容は、居合棒立合巻 並 大森流居合・小太刀之位だけしかありません。

曽田先生の添書きには「居合心持引歌は山川先生のものと同様につき省略」とありますので神傳流秘書にあるから書写していない、と言うのでしょう。
「長谷川流居合以下伝書なし残念なり」です。

これから順次この「英信流目録2巻」を読み込んでいきます。

居合棒太刀合の巻 並 大森流居合、小太刀之位

1、棒太刀合之位 八本

2、棒合五つ 五本

3、心持之事 五本

4、極意之大事 八本

5、小太刀之位 六本

6、大森流居合之位 十一本

以上五十三本です。

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2015年8月19日 (水)

居合兵法の和歌32.目の前の睫毛の秘事を去り

居合兵法の和歌

32.目の前の睫毛の秘事を去り

目の前の満春毛の秘事を去りぬ連バ唯速かの一筋のみ知

*目の前の睫毛の秘事を去りぬれば唯速やかの一筋の道

この歌の前の歌は「目の前のまつげの秘事をしらずしてとやかくせんと一期気遣う」でした。
居合歌之屑には「目の前のますげの秘事をしらずともとやかくせんと一期気遣え」とあるので、目の前の奥義はすぐそばに有ると知らなくとも生涯奥義を求めて精進しろよ、と、言っています。
今回の歌は、目の前の奥義を知ることが出来たならば、唯するすると進める道のようなものである。とでも言うのでしょう。
道を究めた師匠が根元之巻を授与するにあたって、この歌を詠んで聞かせたかも知れません。
「目の前のまつげの秘事」とは戦わずして勝つ「絶妙剣」であろうと思います。
それは、居合の業技法を如何様にも駆使する修行の上に辿り着くものでもなさそうです。
何の為に業技法を修行するのかの根本を学び生涯気遣いすべき事なのであろうと思います。
この歌之屑には更に「我が身の生死さへもしりぬれば人を切るこそ安き事なれ」とあります。
此の歌心も奥義の心でしょう。

「まつげの秘事」をどの様に解釈するのか、何の為に武術の修行をするのか考えさせられる歌です。
伝統武術は内田樹先生のレポートをお借りすれば、「それは、人間の蔵するポテンシャルを開花させ、潜在意識レベルでのコミュニケーション能力の開発をする技術」で「万人は愛し合うもの」そこに行き着こうとするものです。

この歌は、新庄藩の林崎新夢想流にはありません。
田宮流居合歌の伝にも見当たりません。

以上 三十二首  右 田宮平兵衛業政之歌

干時文政四年(1821年)幸巳歳秋七月吉日書之
坪内長順 印 印

山川幸雅自先生傳る

山川久蔵 印

右の通り相政□上口伝覚残らず相伝申しよって奥書件の如し

坪内清助殿

曽田本を手にしてから4年、行草の癖字に悩まされながら、土佐の居合の古伝を追ってきたものです。読めたらその手附で古伝を稽古してみたくなってしまい解説に及んだのですがどこまで辿れたか解かりません。
坂橋流の棒術・夏原流の和、仕組(組太刀)の数々、本邦初公開の小太刀之位など、現在では知りたければ自分でやってみる以外は誰も手ほどきしてくれる人の居ないものでした。
この「曽田本を読む」事によって復元は出来ても、伝承されたものとして公表されるとすればそれはまやかしです。
あくまで復元にすぎません。
曽田先生はこの手書きの古伝の写しを請われれば書き写されてお譲りしておられたようです。

曽田本はあくまで曽田虎彦先生が伝書を書写したものです。伝書の原本は高知の空襲で焼失したようです。
どこまで土佐の居合を正しく書き写されたか不明です。

第二十代無双直伝英信流居合兵法河野百錬先生による無双直伝英信流居合兵法叢書が昭和30年1955年に発行されています。是は曽田虎彦先生が原本を書き写されたものの写本を昭和23年1948年頃河野先生に曽田先生から送られたものの活字本です。

北海道の坂田敏雄先生の無双直伝英信流居合道入門昭和48年1973年発行にも、古伝神傳流秘書の手附けが挿入されています。

政岡壹實先生の無双直伝英信流居合兵法地之巻昭和49年1974年発行には古伝神傳流秘書の手附が随所に散りばめられ解説されて居ます。

戦後70年その間にもう一冊木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流」が昭和57年発行されています。
細川義昌先生の伝書を書き写されたものです。ほぼ曽田本と同様のものと見ていますが証明できません。

どの本も既に絶版となって、古書としても容易に手に入れられず、図書館をたどって見るばかりでしょう。

古伝を研究すると、現代居合の方法と異なる事にまま出合います。武術は進化するのが当然の事で、進化できない武術は化石です。
しかし、元に戻って研究し直す事も忘れてはならないものでしょう。
古伝は実戦に培われたエキスが語られて居ます。現代は特定の想定の元に演じる武的美学が優先されたものに転化して居る様に思えます。
しかし古伝を紐解けるのは現代居合しか無いのも事実なのです。

居合兵法の和歌も歌心が無くとも居合心があればと読んでみました、歌を詠まれた田宮平兵衛業政(第二代宗家と云われる)の居合心であるかどうか。
許される限り道場に立って剣を抜き、いずれ又読み直して心変りがあれば嬉しい事です。

居合兵法の和歌を解読できるのは、居合を志す人にのみ出来るものと思って居ます。

参考資料
妻木正麟先生の詳解田宮流居合平成3年1991年発行
中川申一先生の無外流居合兵道解説昭和34年1959年発行
林崎甚助重信公資料研究委員会の林崎明神と林崎甚助重信平成3年1991年発行でした。

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2015年8月18日 (火)

居合兵法の和歌31.目の前の睫毛の秘事を知らず

居合兵法の和歌

31.目の前の睫毛の秘事を知らず

 目の前の満春毛の秘事を知ら春して兎角せんと一期気遣ふ

*目の前のます毛の秘事を知らずして兎角せんと一期気遣う

目の前にまつ毛があるように、極意は目の前にあるのに、とやかくするばかりで一生気遣わしげにするばかりである。

まつげの秘事とは何かですが、この土佐の居合の示すものは先ず業技法では「柄口六寸」であり、そして心懸ける事は神妙剣でしょう。相手の気を見て怒りを抑えしむる知恵でしょう。

この歌は新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事にも田宮流居合歌の伝もありません。

無外流の百足伝に
「兵法の奥義は睫の如くにて余り近くて迷いこそすれ」とあります。同じような歌は各流派にあるのでしょう。

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2015年8月17日 (月)

居合兵法の和歌30.後より伐るをはつる

居合兵法の和歌

30.後より伐るをはつるゝ事ハ奈し声の闇を是と云也

*後より伐る(切る)をはずるゝ事はなし声の闇(響)を是と云う也
(後ろより切るをはずるゝ事はなし声の響きと是を云う也)

闇は門かまえに音と書かれています。曽田先生はヒビキとルビを打っています。

後ろから伐(き)って来るのを、はずす事は出来ない、声の響きに反応するというのは是である。
「はつるゝ事」を外す事と読んで見ました。
ここは、恥じる事と読むことも出来るでしょう。
後ろから斬り付けるのを恥じる事では無い、一声かける事が「声の響き」と言うのである。

新城藩の林崎新夢想流秘歌之大事に同じような歌があります。

「後よりだます手こそなかりけれ声の抜とや是をいふらん」

後ろからだまし打ちにしてくるのに対応する手は無い、相手の掛けて来る声に瞬時に抜き打つと言うのは是である。

この歌は、二つ並べて読んでみて納得でしょうか。
現代人よりは、敏感に危険を感じる能力は高かったかも知れません。相手が思わず発する掛け声、高い息遣い、風圧、気の変化、これらに反応するのでしょう。

山内・谷田共著の居合詳説に同様の歌があります。
「後ろより伐るを恥づる事はなし声のひびきと是をいふなり」

後ろから伐りつけても恥ではない、呼びかけの声なり発声をする事が「声の響きである」と言うのでしょう。

どの歌が元歌なのかわかりません、仮名で書かれますと解釈が自由になります。
その為か、歌心が幾つも思われます。歌は詠み人のその時の武術の到達点の表現です、未熟者には理解不能もありうるものです。

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2015年8月16日 (日)

居合兵法の和歌29.技をよく習納む

居合兵法の和歌

29.技をよく習納むと思ふとも心掛春ハ皆春多るべし

*技をよく習い納と思うとも心掛けずば皆すたるべし

技を充分に習い覚えたと云っても、終生稽古を心懸けなければ皆忘れてしまうものだ。

居合兵法の和歌の26~29までは師弟の関係を歌っています。

26.道を立深く執心する人に大事残さず大節にせよ

27.大事おば皆請取れと思うとも磨かざるには得道はなし

28.師に問はす如何に大事をおしゆべし心をすまし懇ろに問へ

29.物をよく習い納と思うとも心掛けずは皆すたるべし

無双直伝英信流居合道第17代宗家大江正路先生について、森 繁樹先生の一節があります。
「業を教える者は業に勝れている事が最も肝要でありますがそれだけでは足りないのでありまして、その外に人格、熱意、子弟愛(師弟愛)の三徳を備えている事が肝要であると思います。
ところが私の見るところでは大江先生は正に勝れた業の外に人格、熱意、子弟愛の三徳を兼ね備えていられたのであります。
特に先生は居合道の真価を認められ日本人の人格の陶冶向上と心身の鍛錬のために広く居合道の普及を図り居合道を永く後世に伝える為のもゆるが如き熱意とあふれるが如き子弟愛を持っておられ然も晩年御歳を重ねられるに従ってその情熱が益々濃厚になってまいった様に思います。」

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2015年8月15日 (土)

居合兵法の和歌28.師に問はす

居合兵法の和歌

28.師に問ハ春如何尓大事をおしゆへし心を春まし懇耳問へ

*師に問はす如何に大事をおしゆべし心をすまし懇ろに問へ

師に問う事も無く如何に大事を教える事が出来ようか、心を澄まして懇ろに問いなさい。

この歌は、新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事にはありません。妻木先生の田宮流居合歌の伝にもありませんが、田宮流歌伝口訣に次の様にあります。

「師に問いていかで大事を悟るべきこゝろを尽くしねんごろに問へ」

師に問うて如何しても大事を悟り得るものだ。こころを尽くして念入りに聞きなさい。

懇ろは、真心でするさま・念入り・詳細・互いに親しみあう・懇意などの意味を持ちます。
ここでは、「師に親しく心を込めて問うものだ」と読みたいですね。
師である人も、親身になって応えようとする。

「ここは俺が作った道場だ俺が好きにする」などと言って、そっくり返っていても知れています。親身になって共に考える師であって欲しいものです。

師に問うてみたら、「このように我が師から教えられた、つべこべ言わずにそのまま習え」では、問いかけるべき相手ではないでしょう。
もっとひどいのは、「どうしてそのようにするのでしょう、こうでは何故いけないのでしょう」と問えば、師を誹謗中傷したと思ってしまう師も居る様です。
日本人の苦手な対立する考えを互に批判する事から議論して着地点を求める習慣の無さに依るものです。

上から目線のみの師では、問うべき師とは程遠いものでしょう。

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2015年8月14日 (金)

居合兵法の和歌27.大事おば皆請取れ

居合兵法の和歌

27.大事おば皆請取れ

大事をハ皆請取れと思ふとも磨可ざる尓ハ得道ハなし

*大事おば皆請取れと思うとも磨かざるには得道はなし

この歌は前回の歌の続きのような歌です。
前回は「道を立て深く執心する人に大事残さず大節にせよ」。今回は「大事おば皆請取れと思うとも磨かざるには得道はなし」

道を志して一生懸命やっている人には大事なことは残さずに伝えなさい。
大事な事を皆受取ったと思っても、更に磨き上げなければ本当の道には至れるものではない。

どんな道でも同じ事でしょう。
根元之巻を拝受しても其処からが本当の修行ですと言うのです。

段位制度によって更に磨いて上を目指す道を示した様ですが、ろくに稽古もせずにいても昇段資格年数が来て授審している人がぞろぞろ、ある処から「得道」とは何かがぼけてしまうと「得道はなし」でしょう。

この歌は田宮流居合歌の伝には見当たりません。

新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事にも見当たりません。

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2015年8月13日 (木)

居合兵法の和歌26.道を立深く執心する人

居合兵法の和歌

26.道を立深く執心する人

道を立深く執心する人尓大事残さ春大節尓せ与

*道を立深く執心する人に大事残さず大切にせよ

居合の道を深く志している人には、流儀の大事な事の全てを隠すこともなく大切に伝授しなさい。

この歌は、新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事では

「執心能あらん人尓ハ傳婦遍し くらゐ残春奈大事奈累□(事)」

「執心のあらん人には伝ふべし くらい残すな大事なること」

* 此の歌も新庄藩の林崎新夢想流に200年伝承していますが、田宮流や下村派の伝書には見当たりません。

直訳してみます。

「林崎新夢想流に深く思いを込められずに居る人に伝えるべき事がある、当流の種々の位を残り無く請け留めなさいそれが大事ですよ」

種々の武道をつまみ食いしている人。幾つ習おうとそれは自由ですが、どれも中途半端な食いつきでは何もしなかったのと変わらないのではないでしょうか。目指す事が何かわからずに興味本位でやっているのかもしれません。形稽古を主とする古武道を他所で稽古しているにもかかわらず、居合になると全く一人芝居で敵のいない処をせっせと切っていたりして・・・。健康体操と思えばそれはそれでよいのですが。

一つの事を精魂込めて突き進んでいくと、壁にぶち当たって身動きが取れなくなります。そんな時何か他の武道を始めますとヒントが目の前に現れ忽ち壁が開ける様に思えることがあります。
同じ居合でも、無双直伝英信流ならば夢想神傳流とか田宮流とか他流がとても良い参考になります。よほど偏屈者でない限り誠意をもってお尋ねすれば他流と知りながらお教えいただき、もやもやとした思いを取り除ける事もあります。

根元之巻を伝授の際「お前も弟子を持ち、正しく伝えよ、つまみ食いする弟子にも迷いはあるよ此の事心して伝えなさい」とでも言いたいのでしょう。

そんな思いもあるでしょうが、「心を込めて流儀の位を残さず身につける事が大事だ」と秘歌之大事は歌っているのでしょう。

無外流の百足伝に幾つか

「とにかくに本を勤めよ末々はついに治るものと知るべし」

「我流を使はゞ常に心また物云う迄も修業ともなせ」

「朝夕に心にかけて稽古せよ日々に新たに徳を得るかな」

「我流を教へしまゝに直にせば所作鍛錬の人には勝つべし」

「目には見えて手には取られぬ水の中の月とやいはん流儀なるべし」

直心影流にこんな事が伝えられています

「急ダラリ、ダラリ急。早ク上手ニナルベシト急ギテ修業シタリトテ、スグニ上手ニナルモノニ非ズ。サレバトテ、気ヲ長ク、ナマケテ、ブラブラト稽古シテ、上達スル事ナシ。

急ガズ、ダラリト、心ヲ長ク、ユルユル、ダラリト気ヲモマズニ、怠ラズ、油断ナク、急ニスル気持ニテ修業セネバ、上達スル事ナシ。

不急不弛不怠不油断シテ、修業可致也。如此心得テ、心ガケ申スベキ也

妻木先生の田宮流居合歌の伝には見当たりません。

この歌心を思う時、師である人が、根元之巻を弟子に授与する時に「私が教えた様に、習い覚えた全てをこの道に立って行かんとする志の深い人には伝授しなさい、それが道です」と言っているのです。
師の教に自ら加えた数々も全てで無ければ道は廃れて行く筈です。
出し惜しみしているうちに寿命が尽きてしまう事もありそうです。
「執心の人」を見出せないまま、腰巾着に気を許して満足して居る様では何れ天罰も下るでしょう。
根元之巻を手にする事が目的のような人は其処に留まって道を行く事が出来ないものです。
道はここから先にも、引き継ぐ人によって普請されて続くものなのです。

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2015年8月12日 (水)

居合兵法の和歌25.金胎の両部と正に

居合兵法の和歌

25.金胎の両部と正に

 金胎の両部を正尓見へ尓介り兵法有れハ居合者しまる

*金胎の両部を正に見へにけり兵法あれば居合はじまる

この歌は新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事にも似た歌があります。
「金鉢の両部の二つと見しにけり兵法あれば居合はじまる」
これも意味の解からない歌です。

田宮流居合歌の伝
「金銀(金胎)の両部正に見えにけり兵法有れば居合はじまる」

金胎両部:こんたいりょうぶ
金剛界と胎蔵界。

金剛界は、大日如来を智慧(ちえ)の面から表した部門。如来の智徳はなによりもかたく,すべての煩悩を打ち砕くことからその名があるという。

胎蔵界は、大日如来を本来的な悟りである理性(りしよう)の面から見ていう語で,理性が胎児のように慈悲に包まれてはぐくまれていることから,こう名づける。

「智徳と慈悲の両方が合わさって初めて居合を兵法として始められるのである」

「堅固な者と慈悲の者が二人まみえるならば、兵法であれば居合が初まるであろう」

新庄藩の林崎新夢想流 秘歌之大事 二十三首目

「金鉢乃両部能二川と見し尓希利 兵法あ連ハ居合者しまる」
金鉢の両部の二つと見しにけり 兵法あれば居合はしまる

新庄藩の伝書寛政12年1800年「金鉢の両部二つとみへ尓介り 兵法あ連ハ居合はじまる」

同じく明治44年1911年の伝書「金鉢の両部の二つと見へ介利 兵法阿連は居合はしまる」

* 金鉢ですから托鉢の鉢、仏教の両部とは金剛界と胎蔵界を言い表わしているのでしょう。あるいは神仏混淆の両部かもしれません。

新庄藩は出羽国にあったわけで、出羽三山に由来する山伏の修験場とも大きく関係していた地方です。当然密教の影響は有り得るでしょう。

ここでは「金剛界と胎蔵界の両部の二つと見しにけり兵法あれば居合はじまる」と解してみました。

どちらも引く事ない者同士が居合う時、まして自ら先んじて己の信念を貫かんとする時、如何にして居合の真諦は発揮され天地万物と和する事が適うのでしょう。
いやそんなものでは無い、己の心にある知徳により煩悩を打ち砕き、理性ある慈悲の心が居合を兵法と為す事が出来るのだと思う事も正しかろうと思います。

私の解釈が間違いなければ、根元之巻は流派の業を上手に演じるだけの武術者には不要のものです。

林崎新夢想流に残され、流派を超えて伝承された奥義の命題なのでしょう。

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2015年8月11日 (火)

居合兵法の和歌24.寝て居ても起て抜

居合兵法の和歌

24.寝て居ても起て抜

寝て居ても起て抜見よ放れ口突れぬ事は師匠なり介り

*寝ていても起きて抜見よ放れ口突れぬ事は師匠なりけり

この歌も、意味の読み取れない歌です。

田宮流居合歌の伝にも新庄藩の秘歌之大事にも存在しません。

「寝てる居る時でも、起きて抜いて見なさい、抜き付けの切っ先が放れるや、突くことが出来ないのは師匠だからだ。」

これでは何だかさっぱり解かりません。
師匠には特別な恩義があるので突けないと言う事で納得する歌でしょうか。
そんな事を言えばあっちにもこっちにも、私の様なやんちゃな者は師匠だらけです。

「寝ても覚めても抜き付けを只管稽古するのだが、師匠にだけはどうしても放れ際の突きが通じない。」
これも歌心の一つかも知れません。納得していません。

抜き口への、当流の極意は「柄口6寸」です。
「抜かんとする小手を、師に常に取られてしまう。」
これも歌心の内かも知れません。

「師のもとを離れて修行に出ようか出るまいか、寝ても覚めても思うばかり、師を突く様で心苦しかろうが出て行く」
守破離の歌、これも歌心となるのでしょうか。

居合兵法の和歌は師から弟子への奥義の教えです、もっと奥のある歌かも知れません。
「純粋に、抜刀の切っ先の放れ口、いわゆる鞘の内は師匠には通用しない」

「鞘の内」は全居連の昇段審査の学科試験の解答では「相手を圧する心意気を以て鞘離れの瞬時に相手を制すること、これ即ち居合の生命にして鞘の内と言う」

何れまた読み直して見たい歌です。と言いながら、少しも読めていない未熟者です。

次いでですが、河野先生のこの歌の読み下しは「寝て居ても起て抜見よ放れ口突かれぬるは師匠なりけり」と無双直伝英信流居合兵法叢書に書かれています、「突かれぬるは」の「る」は「事」の草書の読み間違いです。「突かれぬ事は」が正しい。意味は似たようなもので「突くことができない」です。

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2015年8月10日 (月)

居合兵法の和歌23.狭みにて勝を取

居合兵法の和歌

23.狭みにて勝を取

狭み尓て勝を取べき長刀短き刀利は薄きなり

*狭い場所では長い刀に利があって勝ちをとるであろう、短い刀は利は薄いものである。

狭い所での心得は曽田本に有りました。

英信流居合目録秘訣の2、上意の大事の8.壁添
壁に限らず惣て壁に添たる如くの不自由の所にて抜くには猶以って腰を開ひしりて体の内にて抜突くべし切らんとする故毎度壁に切あてかもいに切あてゝ仕損ずる也突くに越る事なし就中身の振廻し不自由の所にては突事肝要
(2013年9月21日)

狭い所では横一線の抜き付けは出来ない、体の内で刀を抜いて突く事で勝ちを取るべきでそれには長い刀が有利である。短い刀では勝ち目は薄い。と解釈するのでしょう。

大江先生の壁添は、体の内で上に刀を抜き上げ拝み打ちに打ち込んでいます。これは古伝の抜刀心持之事「人中」で人中での抜刀法です。
古伝の上意の大事の壁添は、狭い場所での抜刀法で体の内で抜いて突いています。
座して同様の狭い場所での抜刀は、「向詰」で「抜て諸手を懸け向を突打込也」これは大江先生の奥居合居業の両詰です。

狭い場所では、左右に筋を変わって敵刀を躱し付け込むのは不自由でしょう。
刀の長さに有利性はあるようです。
しかし太刀より小太刀の方が素早く抜き突く事も可能です。
居合では、長い刀を上手に抜いているのも見かけますが、定寸より短い刀の運用も研究課題でしょう。
たとえば、詰合之位を太刀と小太刀で稽古するとかありそうです。

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2015年8月 9日 (日)

居合兵法の和歌22.早くなく重くあらじな

居合兵法の和歌

22.早くなく重くあらじな

 早く奈く重くあらしな軽く奈く遅き事於や悪しきとそ云

*早くなくおもくあらじな軽くなく遅き事おや悪しきとぞ云う

早くなく、重くもなく、軽くなく、遅いことを悪いと云う。

河野先生の初心者心得に「初心の間は十分に落付きて業を大きく伸び伸びとユックリ行い、業と業との間に区切を作りてなし決して素早く一連に行はぬ事。
総ての業は其の一動毎に十分なる気魄を必要とす。即ち「一動の終毎にグット確かなる気力の締り」ある事を最も肝要とし而して次の動作は更に新たなる力と気合を以て行う事。然して錬磨の功を積み錬熟するにつれ内に凛々たる気魄を養ひ業の間をつめる様心懸くる事」

*この歌は居合の運剣の動作、緩急などのリズムを歌に詠んだのだろうと思います。
早くもなく重そうでもなく、だからといってひょいひょと軽がるしいのもいけない。遅くて場の状況が解かっていないようなのはなお悪い。
そのまま解すればそんな所でしょう。

妻木先生の田宮流居合歌の伝では「早くなくおそくはあらしかるくなしおそきことをぞあしきとぞいふ」
「重くあらじな」が「おそくあらし(遅くあらじ)」となっています。

田宮流歌伝口訣に「初学には調子を習へ兎に角に早きにまさる兵法はなし」
居合は抜き付け一本にて勝つの教えゆえに、初学より先ず調子を習うが専一である。初めより、三調子に習わすこと肝要なり。それより二調子に、次に一調子に抜かすこと。この一調子は「ハナレの至極」という。初学より一調子にゆかぬ故、三調子、二調子の場より習わすことが肝要なり。

新庄藩の林崎新夢想流秘歌之大事
早く奈く於そくハあらし重く奈く加る幾事をハあし幾とそ云
(早くなくおそくはあらじ重くなくかるき事おばあしきとぞ云)

こちらも似たようなものです。早くもなく遅くなく、重くなく軽いのはだめ。
新庄藩のものは元禄14年1701年のものですから、これが元歌かもしれません。

この歌の歌心は、何を意味してるのかは居合の習熟度ばかりではなさそうです。その場に応じた調和の取れた調子を習えと言うのでしょう。
一人演武の空間刀法は、「見せる居合」に走りすぎて居合の本領を忘れてしまうものです。

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2015年8月 8日 (土)

居合兵法の和歌21.世の中尓贔屓偏んバの有時

居合兵法の和歌

21.世の中に贔屓遍んバの有時

世の中尓贔屓遍んバの有時ハ上手もへ下手も人の云う奈し

*世の中にひいき偏頗のある時は上手も下手も人の云うなし

世の中に贔屓偏頗(依怙贔屓)がある時には、上手も下手も人の引立ては無い。

*「贔屓へんば」はえこひいきすることです。「へんば」は偏頗(すこぶるかたよる)・片寄る・不公平です。

世の中にえこひいきがある時には、上手も下手も有り様もない。

こんな直訳でよいのでしょうか。これでは奥義の歌32首に加わる歌とは思えません。どこにでもある悲しい現実でしょう。

上手下手など人の評価を以て居合を出来たと慢心するな、そんな評価で生死を分かつ場に応じられる訳はない。居合は仮想的相手の空間刀法です。いかに華麗であっても、力強くとも、掟を守っていても役に立つのは、場に臨んでの強い信念に裏打ちされた心と体でしょう。

この歌は、新庄藩の秘歌之大事にも田宮流居合歌の伝にもありません。

河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書では次のようです
「世の中の贔負へんぱの有時は上手も下手も人の口なし」
これではえこひいきがあるのなら、上手も下手も口を閉ざして誰も評価しない。と読めます、これも寂しいことです。

次いでですが、現代では居合などの型、形は人に見せるということが大前提となっています。
「評価基準は演ずる人の技法の理解度や実際に技を用いる能力の高低には求められず、第三者が判定できる一般的な外的指標が基準になる。
つまり、型の動的な形の品定めを行うわけだから武的美学のコンクールと見なすべきである。型競技は体操と同じように近代的体育競技のジャンルとして新鮮な目でとらえていけば、それなりの意義はある。」(時津賢児先生の武道の方法叙説より抜粋)
武的見地から捉えるか否かは個人の問題でしょう

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2015年8月 7日 (金)

居合兵法の和歌20.待もする待っても留る

居合兵法の和歌

20.待もする待っても留る

待も春る待っても留る事ぞ有懸待表裏二世の根元

*待ちもする待っても留まる事ぞ有懸待表裏二世の根元

我から懸らずに、敵の動きを待つ、待って居て敵の動かんとする気を見ても待つ事も有る。懸待表裏は、生死の分かれ目の根元である。

懸待表裏二世を、懸る・待の表裏と二星(拳・眼)、或は似せ、生死などと読んで見るのもあろうかと思います。

妻木先生は田宮流居合歌の伝でこの歌を次のように歌います。

待ちもするまたでも留まるやうもあり
            かける表裏にせの根元

待ちもするまたでも留まることぞある
            懸待表裏二世の根源

この歌は新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事にはありません。

相手の出方を待って応じようとしても相手も然るものです仕掛けんとする素振りを見せて我の応じる頭を打ってくる事もあるぞ、懸かる・待つ、表・裏、二星(拳)に現れる根元である。
偽を根元とするのも武術の奥義です。孫子も奇正を説いています。
下の句は無理やり捻くって見ました。

場に臨み、相手と対する心持ちは、懸待表裏は二世は生死を掛けた思いの歌として、臨む心得と思うのです。

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2015年8月 6日 (木)

居合兵法の和歌19.我道の居合一筋

居合兵法の和歌

19.我道の居合一筋

 我道の居合一筋雑談二志らぬ兵法事を語る那

*我が道の居合一筋雑談にしらぬ兵法事を語るな
我が修行するのは居合一筋である、雑談にしても知らない兵法の事を語ってはならない。

直訳すればこんなところでしょう。その心はどの様に解すべきでしょう。
知りもしない他流の剣術の長所や欠点などを上げてみたり、我が居合で打ち負かせると言ってみたり聞き合わせた者に挑んで来られるかも知れません。
何よりも、自慢げに奥義の秘事を語っていたりして後日、当座に役立たない事もありうるかもしれません。
それとも居合の道は雑談に語るような浮ついたものではない気位高く心せよと言うのでしょうか。

この歌は新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事にはありません。

妻木先生の田宮流伊居合歌の伝では様子が違います。

我が道の居合一筋誰云うに
         知らぬ理かたの事を語るな

我が修錬する居合は一筋である、誰にであろうとも、知りもしない居合の理論の事を語ってはならない。「知らぬ理かたの事」は我が修錬する居合であれ他流の事でも語るものではない。と言うのでしょう。
だからと言って、現代でも同様に、知らぬ兵法も居合についても語らないなどと云う事もないでしょう。むしろ積極的に語り合って、他流を知り、流派の謂れを確認し合う位の研究心があってしかるべきです。
隠しておくべき理由は乏しいと思う反面、流派を混同して居合文化の伝承があらぬ方に行ってしまうのも考え物です。
統一理論によって、失われた剣道の流派の二の舞は踏みたくありません。
しかし、古伝との乖離を知りますと、時の流れには逆らえないのもありうるものです。

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2015年8月 5日 (水)

居合兵法の和歌18.世は広し

居合兵法の和歌

18.世は広し

 世ハ廣し我ゟ外の事奈しと思ふハ池の蛙なりけり

*世はひろし我より外の事無しと思うは池の蛙なりけり

世の中は広いもので、我より外に此の事を越える者は無い、と、思うのは池の中の蛙だろう。

荘子の秋水第17に、河伯が黄河のほとりに立ってその雄大さに驚き、北海若に、世俗に云う「聞道百以為莫己若者」
(道を聞こと百にして以って己に若はなし(百程度の僅かばかりの道理を聞きかじって、自分に及ぶ者は無い))と云うのは自分の事である。
と一人よがりを恥じて云います。

北海若は、「井蛙不可以語於海者 拘於虚也」
(井の蛙以て海を語るべからずは、虚なり(井戸の中の蛙に海のことを話してもわからないのは、自分のいる狭い場所に拘っているからである))とあります。

ここから、「井の中の蛙大海を知らず されど空の深さを知る」という諺も出来た様です。
この歌はそんな事を、蛙に譬えて諭すのでしょう。

しかし、諺やかるたで極意の歌になるのでしょうか、その奥に有る思いを読み取りたいものです。

新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事には「世・・」からはじまる歌が二首あります。

世能中尓我与利外能物奈しと於もふ池農蛙奈利介利
(世の中に我より外の物なしとおもふ池の蛙なりけり)

世ハ廣し折尓与利てそ加者るらん者礼之満計与しと於もふな
(世は広し折によりてぞかわるらんわれしる計よしとおもふな)

一首目は、居合兵法の和歌と同じようです。
二首目は、世の中は広く時によって変化していくものだ、今習い覚えたもので応じられると思ってはならない。と教えています。兵器とその用法は常に時代の最先端のものでなくてはなりません。
同様に居合も常に変化に応じられるものである必要があったのでしょう。

妻木先生の田宮流居合歌の伝でも二首

世の中は我より外のことはなし思わば池のかへるなりけり

世はひろし我より事の外なしと思ふは池の蛙なりけり

だから謙虚にして控えていると解釈する様では、居合道歌を学ぶ資格は無さそうです。

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2015年8月 4日 (火)

居合兵法の和歌17.抜けば切る

居合兵法の和歌

17.抜けば切る

抜けバ切る不抜バ切与此刀只切る事二大事こそ阿れ

*抜けば切る抜かずば切る(れ)よこの刀只切る事に大事こそあれ

抜けば切る、抜かなくとも切るのである、ただ切ることが大事である。
と、そのまま読んでみても何を言いたいのかさっぱり解りません。

相手の害意を察したならば、相手が抜こうと抜くまいと、抜けば、躊躇なく切るばかりである。

現代居合は、敵の害意を察して機先を制して、抜きつけるものと、指導されています。
切るべき時には切る。これが居合であると居合兵法の歌は語り掛けてきているように思います。
ただ切るといっても相手だって、そう簡単に切られてくれる筈は無いでしょう。
瞬時に抜刀する居合は、刀の操作法に留まらない兵法なのです。

新庄藩の林崎新夢想流伝書秘歌之大事
「ぬ希ハ支るぬ加年ハ支れ与此刀多ゝきる事は大事こそ阿連」
(抜けば切る抜かねば切れよ此の刀ただ切る事は大事こそあれ)

田宮流居合歌の伝
「抜かば切れ抜かずば切るなこの刀たい切ることに大事こそあれ」

*刀を抜けば切る、抜かなければ切るな・・では西部劇の早討ちの正当化にしか思えません。ここは抜こうが抜くまいが・・でなければと思うのですが、身を土壇とする、後の先の教えもある訳で、遮二無二抜く事無く、相手の仕掛けるのをじっと耐えて待つ事の大切さを教えて居る、と云うのも有りえます。

「たい切ることに・・」の「たい」は「たゝ」の誤植かと思いますが正誤表が無く解りません。

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2015年8月 3日 (月)

居合兵法の和歌16.与風出る太刀を思い

居合兵法の和歌

16.与風出る太刀を思い

 与風出る太刀を思い覚るべし無想の刀鍔ハ可満王じ

*風(ふう)と出る太刀を思い覚(さとる)べし無想の刀鍔はかまわじ(構わじ)

出だしから「与風」に翻弄されて、漢文を思い出してやれやれです。風の様にふっと打ち出される太刀筋に、合刀して打込む無想の一太刀は鍔で受けるなど思うものでは無い

新陰流の「合し打」や一刀流の「切落」を思い描いたのですが、居合ならばどの様にこの歌から思い描けるのでしょう。
敵が抜き付けんとして、抜き出さんとする柄口6寸に、、鍔の有る無しなど構わずに何も思わず無心に抜き付ける、そのふっと出る太刀を思い覚るのである。

この歌は、田宮流居合の歌の伝に見られます。
「ふっと出る刀をおもいさとるべし夢想の刀鍔は構はし」

*原文はどの様な文字の連なりだったのかは知りません。詳解田宮流居合の妻木先生の読みのままです。

新庄藩の秘歌之大事には見られません。

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2015年8月 2日 (日)

居合兵法の和歌15.餘多尓て勝

居合兵法の和歌

15.餘多尓て勝

 餘多尓て勝れさりしと聞しかど心明剱の太刀を楽し免

*あまたにて勝たれざりしと聞きしかど心明剱の太刀を楽しめ

多くは勝事が出来ないと聞いているが、心明剱の太刀を身に付けて楽しむ事だ。

この和歌の文字には惑わされます。「餘多」って「数多・余多」、「心明剱」は「神妙剣」でしょう。
この歌は、田宮流の歌の伝にも新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事にも詠まれていません。

古伝、神傳流秘書の書き出しは、「抜刀心持引き歌」から始まっていました。
「居合と申は第一に太刀抜かぬ以前に勝事大事也 歌に 
抜ば切れ抜ずば切るな此刀たゞ切る事に大事こそあれ  
あまたにて勝れざりしと聞きしかど心明剱の太刀を楽しめ」

心明剱は、神妙剱の教えで端的に言えば「彼が気を先に知てすぐに応ずるの道を神妙剱と名付けたる也」で納得です。

勝つ事は難しいといろいろ聞くけれど、極意の神明剣の太刀である「彼が思いを先に察して応じて行く」それを楽しめ。
神妙剱は太刀を振るう前に、怒りくるって仕掛けてくる、彼の欲っする事を知り、それに応ずる方策を打ち出す事によって、双方満足して和する事。それが勝つことであると言うのでしょう。

神妙剱についての事は居合兵法極意巻秘訣から抜粋して置きます。

雷電刀は惣名也即ち柄口六寸也、変じて神妙剣と成る、軍場の剣と成る・・雷電剣諸流の剣術の教皆以て我心を明かにして勝を取る事を肝要とす。
当流の極意は表裏の違い也、敵に向かえば如何なる人も心は暗闇となるなり、その真方暗闇の所にて一つ行うべき事有り、すなわち柄口六寸の勝也。是当流の極意也・・。

神妙剣他流にては心を明かにして敵の動きを見よと云うとは大いに違えり生死の境なれば平気とは異なり然れども忘るまじき事一つ有りすなわち柄口六寸也、柄口六寸実は抜き口の事に非ず、極意にて伝わる所は敵の柄口六寸也。構えは如何にも有れ敵と我と互いに打ち下ろす頭にて只我は一途に敵の柄に打込也。
先ず我が身を敵にうまうまと振りて右の事を行う事秘事也、是神明剣也。

神妙剣 深き習いに至りては実は業に無し常に住坐臥に有の事にして二六時中忘れて叶わざる事也。
彼怒りの色見ゆるときは直に是を知って怒りを抑えしむるの□知あり、唯々気を見て治むる事肝要中の肝要也。
是戦に至らしめずして勝を得る也。
さりながら我臆して謝りて居る事と心得る時は大いに相違する也。
兎角して彼に負けざるの道也。
止める事を得ざる時は彼を殺さぬうちは我も不死の道也。
又我が誤りをも曲げて勝には非ず、謝るべき筋なれば直に謝るも勝也。
彼が気を先に知りて直ぐに応ずるの道を神妙剣と名ずけたる也。
詳しくは書面に表し尽くし難し、心をぼえの為に其端を記し置く也。

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2015年8月 1日 (土)

居合兵法の和歌14.もとの我勝が居合の習なり

居合兵法の和歌

14.もとの我勝が居合の習いなり

もとの我勝が居合の習奈りなき事云ハゞ身の阿だと成る

*もとの我勝が居合の習いなり泣き事云わば身の仇となる

本当の自分に勝のが居合である、泣き事云って居る様では身の仇となる。

田宮流居合歌の伝
「本の我に勝つがためぞといいならひ無事いふは身のあとなる」

本当の自分に勝つのが居合の本領であると云い習らわしている、無き事(泣き事?無いものねだり?)を云うのでは身のあ(病?あだ?)となる

新庄藩の林崎新夢想流
「本能我尓勝可居合之大事也人尓逆婦ハ非可多奈利介理」
(本の我に勝が居合の大事なり人に逆うは非かたなりけり)

本当の自分に勝つのが居合の大事である、人に勝とうとするなど間違っている。

この歌は、夫々ですが、いずれも、居合と言うのは自分自身に勝事であって、人と争って勝つ事では無い、と伝えている様に読んでみたのですが、どうもしっくりきません。
極意の教えであれば、我が信念に誤りなしと不動の心を以て打ち向かうもので、あれやこれやと思い煩う様では身を誤るであろう。
敵の害意を察し身を土壇となして打ち懸ける極意を秘めているのではなかろうかと思います。

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