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2015年8月19日 (水)

居合兵法の和歌32.目の前の睫毛の秘事を去り

居合兵法の和歌

32.目の前の睫毛の秘事を去り

目の前の満春毛の秘事を去りぬ連バ唯速かの一筋のみ知

*目の前の睫毛の秘事を去りぬれば唯速やかの一筋の道

この歌の前の歌は「目の前のまつげの秘事をしらずしてとやかくせんと一期気遣う」でした。
居合歌之屑には「目の前のますげの秘事をしらずともとやかくせんと一期気遣え」とあるので、目の前の奥義はすぐそばに有ると知らなくとも生涯奥義を求めて精進しろよ、と、言っています。
今回の歌は、目の前の奥義を知ることが出来たならば、唯するすると進める道のようなものである。とでも言うのでしょう。
道を究めた師匠が根元之巻を授与するにあたって、この歌を詠んで聞かせたかも知れません。
「目の前のまつげの秘事」とは戦わずして勝つ「絶妙剣」であろうと思います。
それは、居合の業技法を如何様にも駆使する修行の上に辿り着くものでもなさそうです。
何の為に業技法を修行するのかの根本を学び生涯気遣いすべき事なのであろうと思います。
この歌之屑には更に「我が身の生死さへもしりぬれば人を切るこそ安き事なれ」とあります。
此の歌心も奥義の心でしょう。

「まつげの秘事」をどの様に解釈するのか、何の為に武術の修行をするのか考えさせられる歌です。
伝統武術は内田樹先生のレポートをお借りすれば、「それは、人間の蔵するポテンシャルを開花させ、潜在意識レベルでのコミュニケーション能力の開発をする技術」で「万人は愛し合うもの」そこに行き着こうとするものです。

この歌は、新庄藩の林崎新夢想流にはありません。
田宮流居合歌の伝にも見当たりません。

以上 三十二首  右 田宮平兵衛業政之歌

干時文政四年(1821年)幸巳歳秋七月吉日書之
坪内長順 印 印

山川幸雅自先生傳る

山川久蔵 印

右の通り相政□上口伝覚残らず相伝申しよって奥書件の如し

坪内清助殿

曽田本を手にしてから4年、行草の癖字に悩まされながら、土佐の居合の古伝を追ってきたものです。読めたらその手附で古伝を稽古してみたくなってしまい解説に及んだのですがどこまで辿れたか解かりません。
坂橋流の棒術・夏原流の和、仕組(組太刀)の数々、本邦初公開の小太刀之位など、現在では知りたければ自分でやってみる以外は誰も手ほどきしてくれる人の居ないものでした。
この「曽田本を読む」事によって復元は出来ても、伝承されたものとして公表されるとすればそれはまやかしです。
あくまで復元にすぎません。
曽田先生はこの手書きの古伝の写しを請われれば書き写されてお譲りしておられたようです。

曽田本はあくまで曽田虎彦先生が伝書を書写したものです。伝書の原本は高知の空襲で焼失したようです。
どこまで土佐の居合を正しく書き写されたか不明です。

第二十代無双直伝英信流居合兵法河野百錬先生による無双直伝英信流居合兵法叢書が昭和30年1955年に発行されています。是は曽田虎彦先生が原本を書き写されたものの写本を昭和23年1948年頃河野先生に曽田先生から送られたものの活字本です。

北海道の坂田敏雄先生の無双直伝英信流居合道入門昭和48年1973年発行にも、古伝神傳流秘書の手附けが挿入されています。

政岡壹實先生の無双直伝英信流居合兵法地之巻昭和49年1974年発行には古伝神傳流秘書の手附が随所に散りばめられ解説されて居ます。

戦後70年その間にもう一冊木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流」が昭和57年発行されています。
細川義昌先生の伝書を書き写されたものです。ほぼ曽田本と同様のものと見ていますが証明できません。

どの本も既に絶版となって、古書としても容易に手に入れられず、図書館をたどって見るばかりでしょう。

古伝を研究すると、現代居合の方法と異なる事にまま出合います。武術は進化するのが当然の事で、進化できない武術は化石です。
しかし、元に戻って研究し直す事も忘れてはならないものでしょう。
古伝は実戦に培われたエキスが語られて居ます。現代は特定の想定の元に演じる武的美学が優先されたものに転化して居る様に思えます。
しかし古伝を紐解けるのは現代居合しか無いのも事実なのです。

居合兵法の和歌も歌心が無くとも居合心があればと読んでみました、歌を詠まれた田宮平兵衛業政(第二代宗家と云われる)の居合心であるかどうか。
許される限り道場に立って剣を抜き、いずれ又読み直して心変りがあれば嬉しい事です。

居合兵法の和歌を解読できるのは、居合を志す人にのみ出来るものと思って居ます。

参考資料
妻木正麟先生の詳解田宮流居合平成3年1991年発行
中川申一先生の無外流居合兵道解説昭和34年1959年発行
林崎甚助重信公資料研究委員会の林崎明神と林崎甚助重信平成3年1991年発行でした。

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