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2015年8月 2日 (日)

居合兵法の和歌15.餘多尓て勝

居合兵法の和歌

15.餘多尓て勝

 餘多尓て勝れさりしと聞しかど心明剱の太刀を楽し免

*あまたにて勝たれざりしと聞きしかど心明剱の太刀を楽しめ

多くは勝事が出来ないと聞いているが、心明剱の太刀を身に付けて楽しむ事だ。

この和歌の文字には惑わされます。「餘多」って「数多・余多」、「心明剱」は「神妙剣」でしょう。
この歌は、田宮流の歌の伝にも新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事にも詠まれていません。

古伝、神傳流秘書の書き出しは、「抜刀心持引き歌」から始まっていました。
「居合と申は第一に太刀抜かぬ以前に勝事大事也 歌に 
抜ば切れ抜ずば切るな此刀たゞ切る事に大事こそあれ  
あまたにて勝れざりしと聞きしかど心明剱の太刀を楽しめ」

心明剱は、神妙剱の教えで端的に言えば「彼が気を先に知てすぐに応ずるの道を神妙剱と名付けたる也」で納得です。

勝つ事は難しいといろいろ聞くけれど、極意の神明剣の太刀である「彼が思いを先に察して応じて行く」それを楽しめ。
神妙剱は太刀を振るう前に、怒りくるって仕掛けてくる、彼の欲っする事を知り、それに応ずる方策を打ち出す事によって、双方満足して和する事。それが勝つことであると言うのでしょう。

神妙剱についての事は居合兵法極意巻秘訣から抜粋して置きます。

雷電刀は惣名也即ち柄口六寸也、変じて神妙剣と成る、軍場の剣と成る・・雷電剣諸流の剣術の教皆以て我心を明かにして勝を取る事を肝要とす。
当流の極意は表裏の違い也、敵に向かえば如何なる人も心は暗闇となるなり、その真方暗闇の所にて一つ行うべき事有り、すなわち柄口六寸の勝也。是当流の極意也・・。

神妙剣他流にては心を明かにして敵の動きを見よと云うとは大いに違えり生死の境なれば平気とは異なり然れども忘るまじき事一つ有りすなわち柄口六寸也、柄口六寸実は抜き口の事に非ず、極意にて伝わる所は敵の柄口六寸也。構えは如何にも有れ敵と我と互いに打ち下ろす頭にて只我は一途に敵の柄に打込也。
先ず我が身を敵にうまうまと振りて右の事を行う事秘事也、是神明剣也。

神妙剣 深き習いに至りては実は業に無し常に住坐臥に有の事にして二六時中忘れて叶わざる事也。
彼怒りの色見ゆるときは直に是を知って怒りを抑えしむるの□知あり、唯々気を見て治むる事肝要中の肝要也。
是戦に至らしめずして勝を得る也。
さりながら我臆して謝りて居る事と心得る時は大いに相違する也。
兎角して彼に負けざるの道也。
止める事を得ざる時は彼を殺さぬうちは我も不死の道也。
又我が誤りをも曲げて勝には非ず、謝るべき筋なれば直に謝るも勝也。
彼が気を先に知りて直ぐに応ずるの道を神妙剣と名ずけたる也。
詳しくは書面に表し尽くし難し、心をぼえの為に其端を記し置く也。

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