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2015年8月13日 (木)

居合兵法の和歌26.道を立深く執心する人

居合兵法の和歌

26.道を立深く執心する人

道を立深く執心する人尓大事残さ春大節尓せ与

*道を立深く執心する人に大事残さず大切にせよ

居合の道を深く志している人には、流儀の大事な事の全てを隠すこともなく大切に伝授しなさい。

この歌は、新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事では

「執心能あらん人尓ハ傳婦遍し くらゐ残春奈大事奈累□(事)」

「執心のあらん人には伝ふべし くらい残すな大事なること」

* 此の歌も新庄藩の林崎新夢想流に200年伝承していますが、田宮流や下村派の伝書には見当たりません。

直訳してみます。

「林崎新夢想流に深く思いを込められずに居る人に伝えるべき事がある、当流の種々の位を残り無く請け留めなさいそれが大事ですよ」

種々の武道をつまみ食いしている人。幾つ習おうとそれは自由ですが、どれも中途半端な食いつきでは何もしなかったのと変わらないのではないでしょうか。目指す事が何かわからずに興味本位でやっているのかもしれません。形稽古を主とする古武道を他所で稽古しているにもかかわらず、居合になると全く一人芝居で敵のいない処をせっせと切っていたりして・・・。健康体操と思えばそれはそれでよいのですが。

一つの事を精魂込めて突き進んでいくと、壁にぶち当たって身動きが取れなくなります。そんな時何か他の武道を始めますとヒントが目の前に現れ忽ち壁が開ける様に思えることがあります。
同じ居合でも、無双直伝英信流ならば夢想神傳流とか田宮流とか他流がとても良い参考になります。よほど偏屈者でない限り誠意をもってお尋ねすれば他流と知りながらお教えいただき、もやもやとした思いを取り除ける事もあります。

根元之巻を伝授の際「お前も弟子を持ち、正しく伝えよ、つまみ食いする弟子にも迷いはあるよ此の事心して伝えなさい」とでも言いたいのでしょう。

そんな思いもあるでしょうが、「心を込めて流儀の位を残さず身につける事が大事だ」と秘歌之大事は歌っているのでしょう。

無外流の百足伝に幾つか

「とにかくに本を勤めよ末々はついに治るものと知るべし」

「我流を使はゞ常に心また物云う迄も修業ともなせ」

「朝夕に心にかけて稽古せよ日々に新たに徳を得るかな」

「我流を教へしまゝに直にせば所作鍛錬の人には勝つべし」

「目には見えて手には取られぬ水の中の月とやいはん流儀なるべし」

直心影流にこんな事が伝えられています

「急ダラリ、ダラリ急。早ク上手ニナルベシト急ギテ修業シタリトテ、スグニ上手ニナルモノニ非ズ。サレバトテ、気ヲ長ク、ナマケテ、ブラブラト稽古シテ、上達スル事ナシ。

急ガズ、ダラリト、心ヲ長ク、ユルユル、ダラリト気ヲモマズニ、怠ラズ、油断ナク、急ニスル気持ニテ修業セネバ、上達スル事ナシ。

不急不弛不怠不油断シテ、修業可致也。如此心得テ、心ガケ申スベキ也

妻木先生の田宮流居合歌の伝には見当たりません。

この歌心を思う時、師である人が、根元之巻を弟子に授与する時に「私が教えた様に、習い覚えた全てをこの道に立って行かんとする志の深い人には伝授しなさい、それが道です」と言っているのです。
師の教に自ら加えた数々も全てで無ければ道は廃れて行く筈です。
出し惜しみしているうちに寿命が尽きてしまう事もありそうです。
「執心の人」を見出せないまま、腰巾着に気を許して満足して居る様では何れ天罰も下るでしょう。
根元之巻を手にする事が目的のような人は其処に留まって道を行く事が出来ないものです。
道はここから先にも、引き継ぐ人によって普請されて続くものなのです。

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