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2015年8月 1日 (土)

居合兵法の和歌14.もとの我勝が居合の習なり

居合兵法の和歌

14.もとの我勝が居合の習いなり

もとの我勝が居合の習奈りなき事云ハゞ身の阿だと成る

*もとの我勝が居合の習いなり泣き事云わば身の仇となる

本当の自分に勝のが居合である、泣き事云って居る様では身の仇となる。

田宮流居合歌の伝
「本の我に勝つがためぞといいならひ無事いふは身のあとなる」

本当の自分に勝つのが居合の本領であると云い習らわしている、無き事(泣き事?無いものねだり?)を云うのでは身のあ(病?あだ?)となる

新庄藩の林崎新夢想流
「本能我尓勝可居合之大事也人尓逆婦ハ非可多奈利介理」
(本の我に勝が居合の大事なり人に逆うは非かたなりけり)

本当の自分に勝つのが居合の大事である、人に勝とうとするなど間違っている。

この歌は、夫々ですが、いずれも、居合と言うのは自分自身に勝事であって、人と争って勝つ事では無い、と伝えている様に読んでみたのですが、どうもしっくりきません。
極意の教えであれば、我が信念に誤りなしと不動の心を以て打ち向かうもので、あれやこれやと思い煩う様では身を誤るであろう。
敵の害意を察し身を土壇となして打ち懸ける極意を秘めているのではなかろうかと思います。

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