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2015年8月 6日 (木)

居合兵法の和歌19.我道の居合一筋

居合兵法の和歌

19.我道の居合一筋

 我道の居合一筋雑談二志らぬ兵法事を語る那

*我が道の居合一筋雑談にしらぬ兵法事を語るな
我が修行するのは居合一筋である、雑談にしても知らない兵法の事を語ってはならない。

直訳すればこんなところでしょう。その心はどの様に解すべきでしょう。
知りもしない他流の剣術の長所や欠点などを上げてみたり、我が居合で打ち負かせると言ってみたり聞き合わせた者に挑んで来られるかも知れません。
何よりも、自慢げに奥義の秘事を語っていたりして後日、当座に役立たない事もありうるかもしれません。
それとも居合の道は雑談に語るような浮ついたものではない気位高く心せよと言うのでしょうか。

この歌は新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事にはありません。

妻木先生の田宮流伊居合歌の伝では様子が違います。

我が道の居合一筋誰云うに
         知らぬ理かたの事を語るな

我が修錬する居合は一筋である、誰にであろうとも、知りもしない居合の理論の事を語ってはならない。「知らぬ理かたの事」は我が修錬する居合であれ他流の事でも語るものではない。と言うのでしょう。
だからと言って、現代でも同様に、知らぬ兵法も居合についても語らないなどと云う事もないでしょう。むしろ積極的に語り合って、他流を知り、流派の謂れを確認し合う位の研究心があってしかるべきです。
隠しておくべき理由は乏しいと思う反面、流派を混同して居合文化の伝承があらぬ方に行ってしまうのも考え物です。
統一理論によって、失われた剣道の流派の二の舞は踏みたくありません。
しかし、古伝との乖離を知りますと、時の流れには逆らえないのもありうるものです。

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