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2015年8月12日 (水)

居合兵法の和歌25.金胎の両部と正に

居合兵法の和歌

25.金胎の両部と正に

 金胎の両部を正尓見へ尓介り兵法有れハ居合者しまる

*金胎の両部を正に見へにけり兵法あれば居合はじまる

この歌は新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事にも似た歌があります。
「金鉢の両部の二つと見しにけり兵法あれば居合はじまる」
これも意味の解からない歌です。

田宮流居合歌の伝
「金銀(金胎)の両部正に見えにけり兵法有れば居合はじまる」

金胎両部:こんたいりょうぶ
金剛界と胎蔵界。

金剛界は、大日如来を智慧(ちえ)の面から表した部門。如来の智徳はなによりもかたく,すべての煩悩を打ち砕くことからその名があるという。

胎蔵界は、大日如来を本来的な悟りである理性(りしよう)の面から見ていう語で,理性が胎児のように慈悲に包まれてはぐくまれていることから,こう名づける。

「智徳と慈悲の両方が合わさって初めて居合を兵法として始められるのである」

「堅固な者と慈悲の者が二人まみえるならば、兵法であれば居合が初まるであろう」

新庄藩の林崎新夢想流 秘歌之大事 二十三首目

「金鉢乃両部能二川と見し尓希利 兵法あ連ハ居合者しまる」
金鉢の両部の二つと見しにけり 兵法あれば居合はしまる

新庄藩の伝書寛政12年1800年「金鉢の両部二つとみへ尓介り 兵法あ連ハ居合はじまる」

同じく明治44年1911年の伝書「金鉢の両部の二つと見へ介利 兵法阿連は居合はしまる」

* 金鉢ですから托鉢の鉢、仏教の両部とは金剛界と胎蔵界を言い表わしているのでしょう。あるいは神仏混淆の両部かもしれません。

新庄藩は出羽国にあったわけで、出羽三山に由来する山伏の修験場とも大きく関係していた地方です。当然密教の影響は有り得るでしょう。

ここでは「金剛界と胎蔵界の両部の二つと見しにけり兵法あれば居合はじまる」と解してみました。

どちらも引く事ない者同士が居合う時、まして自ら先んじて己の信念を貫かんとする時、如何にして居合の真諦は発揮され天地万物と和する事が適うのでしょう。
いやそんなものでは無い、己の心にある知徳により煩悩を打ち砕き、理性ある慈悲の心が居合を兵法と為す事が出来るのだと思う事も正しかろうと思います。

私の解釈が間違いなければ、根元之巻は流派の業を上手に演じるだけの武術者には不要のものです。

林崎新夢想流に残され、流派を超えて伝承された奥義の命題なのでしょう。

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