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2015年8月17日 (月)

居合兵法の和歌30.後より伐るをはつる

居合兵法の和歌

30.後より伐るをはつるゝ事ハ奈し声の闇を是と云也

*後より伐る(切る)をはずるゝ事はなし声の闇(響)を是と云う也
(後ろより切るをはずるゝ事はなし声の響きと是を云う也)

闇は門かまえに音と書かれています。曽田先生はヒビキとルビを打っています。

後ろから伐(き)って来るのを、はずす事は出来ない、声の響きに反応するというのは是である。
「はつるゝ事」を外す事と読んで見ました。
ここは、恥じる事と読むことも出来るでしょう。
後ろから斬り付けるのを恥じる事では無い、一声かける事が「声の響き」と言うのである。

新城藩の林崎新夢想流秘歌之大事に同じような歌があります。

「後よりだます手こそなかりけれ声の抜とや是をいふらん」

後ろからだまし打ちにしてくるのに対応する手は無い、相手の掛けて来る声に瞬時に抜き打つと言うのは是である。

この歌は、二つ並べて読んでみて納得でしょうか。
現代人よりは、敏感に危険を感じる能力は高かったかも知れません。相手が思わず発する掛け声、高い息遣い、風圧、気の変化、これらに反応するのでしょう。

山内・谷田共著の居合詳説に同様の歌があります。
「後ろより伐るを恥づる事はなし声のひびきと是をいふなり」

後ろから伐りつけても恥ではない、呼びかけの声なり発声をする事が「声の響きである」と言うのでしょう。

どの歌が元歌なのかわかりません、仮名で書かれますと解釈が自由になります。
その為か、歌心が幾つも思われます。歌は詠み人のその時の武術の到達点の表現です、未熟者には理解不能もありうるものです。

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