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2015年8月 5日 (水)

居合兵法の和歌18.世は広し

居合兵法の和歌

18.世は広し

 世ハ廣し我ゟ外の事奈しと思ふハ池の蛙なりけり

*世はひろし我より外の事無しと思うは池の蛙なりけり

世の中は広いもので、我より外に此の事を越える者は無い、と、思うのは池の中の蛙だろう。

荘子の秋水第17に、河伯が黄河のほとりに立ってその雄大さに驚き、北海若に、世俗に云う「聞道百以為莫己若者」
(道を聞こと百にして以って己に若はなし(百程度の僅かばかりの道理を聞きかじって、自分に及ぶ者は無い))と云うのは自分の事である。
と一人よがりを恥じて云います。

北海若は、「井蛙不可以語於海者 拘於虚也」
(井の蛙以て海を語るべからずは、虚なり(井戸の中の蛙に海のことを話してもわからないのは、自分のいる狭い場所に拘っているからである))とあります。

ここから、「井の中の蛙大海を知らず されど空の深さを知る」という諺も出来た様です。
この歌はそんな事を、蛙に譬えて諭すのでしょう。

しかし、諺やかるたで極意の歌になるのでしょうか、その奥に有る思いを読み取りたいものです。

新庄藩の林崎新夢想流の秘歌之大事には「世・・」からはじまる歌が二首あります。

世能中尓我与利外能物奈しと於もふ池農蛙奈利介利
(世の中に我より外の物なしとおもふ池の蛙なりけり)

世ハ廣し折尓与利てそ加者るらん者礼之満計与しと於もふな
(世は広し折によりてぞかわるらんわれしる計よしとおもふな)

一首目は、居合兵法の和歌と同じようです。
二首目は、世の中は広く時によって変化していくものだ、今習い覚えたもので応じられると思ってはならない。と教えています。兵器とその用法は常に時代の最先端のものでなくてはなりません。
同様に居合も常に変化に応じられるものである必要があったのでしょう。

妻木先生の田宮流居合歌の伝でも二首

世の中は我より外のことはなし思わば池のかへるなりけり

世はひろし我より事の外なしと思ふは池の蛙なりけり

だから謙虚にして控えていると解釈する様では、居合道歌を学ぶ資格は無さそうです。

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