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2015年9月

2015年9月30日 (水)

英信流目録 3.大森流居合之位8逆刀

英信流目録

3.大森流居合之位

 8、逆刀

是は坐して居りすっと立其の儘引抜向へ拝み討に打ち続けて二つ打つ其の時両足を前へ揃え太刀を亦冠り其の時右の足を跡へ引すねをつき亦太刀を前へそろりとおろし柄を逆手にとり左の手にて刀のむねをおさえ太刀の刃を上へ向て手前へ少しそろりと引納る也初発刀より此迄は納にすねをつく也

*逆刀、無双直伝英信流居合正座の部八本目附込でしょう。
この業手附からどの様に仮想的を想定するかによって動作は変わるでしょう。習い稽古した附込はこの古伝では少し忘れて見るのもいいでしょう。

これは座して居る処、敵の害意を察して、我は機先を制して右足を踏み立て、すっと立つなりに刀を上に引き抜き、振り冠るや左足を踏み込んで敵に拝み打ちに打ち込み、敵制せられ退く処、右足を踏み込み二刀目と続けて打ち込み右足に左足を揃える。
右足を引いて同時に上段に振り冠る。
右足脛を着き太刀を上段から「そろり」と下ろし正眼となる。
柄を右手で逆手に取り、刀の棟を押さえ太刀の刃を上に向けて、左手の上を滑らす様に柄を手前に「そろり」と引き、逆手で納刀する。
初発刀よりここまでは納刀の時脛を着く也。

古伝の逆刀による動作は想定がありませんから、演じる者が自ら想定すれば良いのですが、やはり習い覚えた剣理・意義の呪縛は付いて廻り、動作もそれにひきづられます。
足捌きも、追い足・継ぐ足・歩み足どれでも相手との間しだいでしょう。
残心での動作は充分に敵を制して居るとして「そろり」という、静かに、ゆっくりとした動作を要求しています。
素早い動作により充分敵を制する事で、その後は「そろり」。
二刀で充分敵を両断しているので、この打ち下ろしのフィニッシュも両足を揃えた結び立ちです。
最近は追い足捌きで二刀目を打ち込んでいますから「そろり」と残心をせずに、倒した敵に目付け鋭く「まだ来るか」とばかりに威嚇する上段振り冠りの動作がほとんどです。

なお、初動は敵の機先を制するとしましたが、伝承されるように打ち込まれ摺り落とし打ち込む、も充分ありでしょう。神傳流秘書ではその様です。

古伝神傳流秘書大森流之事八本目「逆刀」
「向より切て懸るを先々に廻り抜打に切右足を進んで亦打込み足踏揃へ又右足を後へ引冠逆手に取返し前を突逆手に納る也」

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2015年9月29日 (火)

英信流目録 3.大森流居合之位7順刀

英信流目録

3.大森流居合之位

7、順刀

是は坐したる前のものを切る心持ちなり我其儘右より立すっと引抜かたより筋違に切也是も同じく跡はすねへ置き逆手にとり納る也

*大森流の七本目ですから、是は無双直伝英信流の正座の部「介錯」だろうと思います。

是は坐している前のものを切る心持ちなり、我は座したるまま、右足を踏み出して立ち上がり、スッと刀を引き抜く、肩より筋違いに切る(斜めに切る、八相に切る、真向ではなく刃筋を斜めに切る)。
是も同じく(流刀・受流の様に)刀を脛に置き逆手に取り納刀する。

古伝の神伝流秘書を読み直してみましょう。
順刀:右足を立左足を引と一処に立抜打也又は八相に切跡は前に同じ

*是は、何を目的に想定した動作か解かりません、伝承された口伝口授が現在の介錯なのかと動作から推察するばかりです。
 英信流目録には「是は坐したる前のものを切る心持ちなり」と場づくりがされて居ます。

  発想を変えて、この手附に随って介錯では無く前面の敵の害意を察し、刀に手を掛け右足を踏み出し、刀を抜き上げつつ左足を引くや立つと同時に抜打ちに前敵に切り下ろす。又は刀を抜き上げ左足を引くや八双に切る。跡は同じ。

  やっているうちに、この業はやはり介錯かも知れない、と思い始めています。
  介錯される者が心の準備が出来たと察知するや、スッと立つと同時に打ち込む様な気がしています。そう教えられ刷り込まれたものは簡単には抜けないものです。

 

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2015年9月28日 (月)

英信流目録 3.大森流居合之位6流刀

英信流目録

3.大森流居合之位

 6、流刀(又流討共いふ 曽田メモ)

是は坐したる所へ左横脇より敵討かゝり来る也其時我は左の足を立少々前へふみ出し横に請流す心持にて其儘右の足をふみ出し筋違に切り跡はすねへ置き柄を逆手に取直し納むる也

*是は座している所へ敵が「左横脇」より討ち掛かって来る、左横脇とは何処からだか「左の横の脇」理解出来ません。左も横も脇も皆我が体の左からになってしまいます。まあ「そっちの方から」敵が討ち掛かり来るでどうでしょう。

其の時我は左足を「左の足を立□(少)々前へ」ここも不明な文字に何処へ左足を出したらよいか判らない所です。河野先生は無双直伝英信流居合兵法叢書では「左の足を立少々前へふみ出し」と読んでいます。

坐している前(正面)に左足を踏み出し、「横に」は左に請け流す心持にて(刀を頭上にかざし)そのまま右足を踏み出し(受け流されて体を崩す)敵に向き直り、「筋違いに」は真向打ち下ろしではなく、右から左下へ斜めに敵の(首あるいは肩)を斬る。
跡は刀を(右)脛へ置き、柄を逆手に取り直し納刀する。

これは正面向きで座し居る時、左脇から斬り込まれています、左脇に座す敵が抜き打ちに上段から斬り込んで来る。
それを左足を正面に踏み立てるや、刀を抜き上げ左肩を覆って受け流し、受け流されて体を崩した敵の方に向き直りつつ中腰になり右足を左前に踏み込み(斜め後ろに左足を引いて)八相から斜めに敵の首へ切り下ろす。跡は同じ・・。

立ち上がらずに受け流してみました。この場合は刀を上に抜き上げ鞘を下に引いて頭上と左肩を囲うようにして一気に受け流す、むしろ摺り落すでしょう。
この手の請け流しは、他流にもあるようです。

座す方向と敵が立って切りかかる事、足捌きを真似れば全剣連の三本目受け流しです。

古伝神傳流秘書の大森流之事六本目流刀(流討共言 曽田メモ)
左の肩より切て懸るを踏出し抜付左足を踏込抜請に請流し右足を左の方へ踏込み打込む也扨刀をすねへ取り逆手に取り直し納る膝をつく

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2015年9月27日 (日)

英信流目録 3.大森流居合之位5陽進刀

英信流目録

3.大森流居合之位

5、陽進刀

是は正面に坐する也右の足一足ふみ出し立なりに抜付左をふみ込み討込む也すぐに右脇へ開き其儘納む也
陰退刀其儘左の足を跡へ引其時亦抜付打込み血ふるひの時立左の足を右に揃へ納る時右を一足引也

*是は正面向きに座している。右足を一足踏み出し、立つなりに抜き付け、左足を踏み込んで真向に打ち下ろす。
すぐに右脇に刀を開き、その体制のまま刀を納める。
陰退刀其のまま、左足を後ろへ引き、抜き付けて振り冠って真向に打ち下ろす。大血ぶるいの時立つ時、左足を右足に踏み揃え、納刀の時右足を一足引いて納める。

ここでは、「立つなりに抜き付け」です。
正座の前の様に、右足を踏み込んでいますが、立ち上がって抜き付けるのでしょう。
現代居合の正座の「八重垣」では右足を踏み込み抜き付け、立ち上がりつつ、振り冠って左足を踏み込んで真向に打ち下ろします。
すぐに右に刀を開き、其の体制の儘納刀。充分手ごたえあっての納刀でしょう。

「陰退刀」其の儘ですから、陰退刀の解説がなくて解かりませんが、現代居合に面影があるとすれば下がりつつ抜きつけることで、左足を後ろへ引いて再び抜き付け切り下ろす。この2度目の抜き付けは新たな敵とも、先に切り倒した敵とも何の状況説明もありません。

古伝神傳流秘書の大森流之事「陽進陰退」
「初め右足を踏出し抜付け左を踏込んで打込み開き納又左を引て抜付跡初本に同じ」

*神傳流秘書では「右足を踏出し抜付け」であって英信流目録は「右の足一足ふみ出し立なりに抜付」とは異なります。
現代居合も、右足を踏み込み立ち上がって抜きつけてはいません。
右足を踏み込み立ち上がって抜きつける稽古をしてみるのですが「正面に坐する也」ですから、相手も立ち上がって切り込まんとする想定です。

大江先生の正座の部八垣は最初に切り倒した敵が、力を振り絞って右足に切り付けてくるので、右脛を囲って敵刀を払い留め、振り冠って打ち下ろして仕留めています。
夢想神伝流では新たな敵が切り込んで来るので、間を外して抜き打ちに斬り付け、振り冠って打ち下ろしています。

細川義昌先生系統と思われる白石元一先生の「陰陽進退」では、「前方の敵を斬りたる後敵再び足に斬り付け来るを応じて防ぎ続いて斬り倒す意」と云って、「敵再び我が足に斬り付け来るを左足を引きつゝ刀を抜きて(刀の鎬にて)受留め防ぎたる後、左足を右足踝の所に引きよせてつくと同時に、左方より刀を上段に振り冠り、右足を出して真向に斬り付ける」

*夢想神伝流が古伝に忠実で、細川系を無視し、大江先生の無双直伝英信流が細川系なのは面白いものです。

此の英信流目録は安永5年1776年に第12代林益之丞政誠が書きあらわしたもので、それを後の谷村派の谷村樵夫自庸が嘉永5年1852年に書き写されたものです。
ですからこの伝書は谷村派系統のもので現在の大森流(正座の部)の五本目八重垣はこの
動作であるはずです。

立ち上がって抜き打ちする、座ったままで抜き打ちする。、いずれも行われていたのでしょう。
二人目の敵に横一線に斬り付けるなのか、気力を振り絞った一人目の敵に脛囲いで応ずるなのか、自由に想定をして稽古してみます。
現代居合では、見られない、右足を踏み出し立つなりに抜き付けて見ますが、慣れれば至極普通の事です。

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2015年9月26日 (土)

英信流目録 3.大森流居合之位4當刀

英信流目録

3.大森流居合之位

 4、當刀

是は後に向て坐する也正面へ左より廻り左の足を出し抜付すぐに打込み血ぶるひの時立右の足を左に揃納る時左を一足引納る也

*この業手附では何がなんだか解からないものです。
「當刀」は、大江先生の業名改変による「正座の部四本目後」でしょう。
業名の「當刀」の刀を當(あたる、あてる、ぴたりとあてる、まともに対抗する)。
後ろの敵に刀をぴたりと抜き打つ、という意味になるのでしょう。

是は後ろに向いて座する、正面に対して後ろ向きと言うのでしょう。そして敵に背中を見せた後ろ向きでしょう。
左廻りに廻って左足を踏み出し抜き付ける。
すぐに上段に振り冠って打ち込む。
後ろに居る敵に振り向きざま抜き打ちに斬り付け、上段に振り冠って斬り下ろす。
立ち上がるとあるので大血ぶるいでしょう。
血ぶるいで立ち上がる時右足を左足に踏み揃えて立つ。
納刀の際は踏み出した左足を引いて納刀する。

是では、後ろの敵を抜き打ちに斬って、真向に打ち込んで血ぶりして納刀する、と言っているだけで稽古になりません。
修行を積んで根元之巻を師匠より伝授される時、目録に覚書程度の業手附を付けて与えたとしかいい様はありません。
どのように後ろに振り向くのかは、口伝口授、師の技を真似る事だったのでしょう。

「當刀(大江先生の後)」は180度の回転技です。廻ることは出来ても、左足を踏み込んで敵に抜き付けるのは容易ではありません。敵の居ない所を切っていたり、左足を踏み込めずに力ない抜き付けであったりします。

ここでは池田先生の正座の部後を稽古してみましょう
剣理:我れ正面に対し後ろ向きに座し、我が後方に座せる対敵に対する業にして、・・

術理:両膝を内絞りに寄せながら左手を鞘に掛け、左拇指腹を鍔に掛けると同時に、柄頭を己が人中にある様に鞘を送り出すと共に右手を柄に掛け、鯉口を切る。

柄に右手を掛けると同時に腰を上げ、両足爪先立つ。
次いで気を以って敵を圧する心持にて刀を抜き懸け、右膝は床に着きたるまま左膝を浮かして立てながら、右膝、左足先を軸にして左廻りに廻る。

約90度位廻りて後敵我が視野に入りなば、刀の抜き込みの速さを早めつつ、我が体が正面に向き直る直前に於いて正面に対し45度位に柄頭を持ち来たり、その時、切先三寸迄抜き込む事(抜刀寸前)が大切である。

我が体が正面に向き直るや否や左足を我左股関節の前に踏み込み踏み立てる。この時、右足先は右膝の後ろに在る様に動作する事に留意されたい。

と同時に左敵を見定め、左手鞘を90度に反らして左鯉口手と左肘を共に後ろに退くと共に、正面に対し右45度位にて抜刀寸前(切先三寸位)迄抜き込みたる刀を抜き放ち、横一文字に斬り付ける。
この場合、我が体が正面に向き直りて柄頭を正面に向けてより抜刀してはならない。

・両足爪先立つ時、両足は其の場にて爪立つ方が良い。両足を開いて爪立つ場合、我が正面に向き直りたる時、左足を踏み込み立てる動作が不完全になる。即ち、向き直りたる時、早や左足を踏み立てたる状態になっている為、斬り付けは手のみで斬る姿となり、踏み込み踏み立てると同時に斬り付けると言う斬り付けの勢を殺ぐ事になりかねない。

*この両足を揃えてその場で爪先立てば、左足を一旦右足に退き付けてから踏み立てる無駄がありません。古参の方はこの一旦引いてから踏み立てています。
後ろ向きに座って、大股開きで始めるのも見苦しいものです。
後の爪立が美しくありたいものです。

古伝神傳流秘書による大森流居合之事「四本目當刀」

 左廻りに後へ振り向き左の足を踏み出し如前

*「左廻りに後ろへ振り向き」ですから、相手は我が後方に座し、我れ害意を察し、左廻りに後ろに振り向き左の足を踏み出し抜付け打込む。

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2015年9月25日 (金)

英信流目録 3.大森流居合之位3右刀

英信流目録

3.大森流居合之位

 三本目 右刀

是は左脇へ向て坐する也右へ廻り右の足をふみ出し抜付すぐに討込血ぶるいの時左の足を右に揃納る時右を一足引納る也。

*この業は敵の左脇(左側)に我は座す、ですから、道場の正面向きの場合、左向きに我は座し敵は右側に居ます。
 対敵を意識した業名か、我の座す方向を元にした業名かの事です。なぜ業名まで変える必要があったか、大江先生に直接お聞きしたいものです。
 この業名は無双直伝英信流では「正座の部左」です

 明治維新と云う王政復古の中で、徳川幕府時代の物事を極端に否定して新生日本を推し進めようとした時の指導政権に土佐は大きく貢献しています。
 太平洋戦争敗戦後の日本人の行動にも戦前を否定するものもあるように、前のものを否定し新たなものを生み出すという事かも知れません。

 敵有りきではなく、まず我有り、と云う意識を中学生達に示したかったからかも知れません。
時代はむしろ「敵有りき」に「敵を求め」て行ったようです。

 私は「彼の左側に坐している時、彼が仕掛けてくるので・・」の方が我が軸がぶれずに良いな、とも思っています。

*是は我は敵の左側に、同じ方向を向いて座している、我は右に廻って右足を踏み出し抜き付け、すぐに振り冠って打ち込み、血振るいし、右脚に左足を引き付け、納刀の時右足を一足引いて納刀する。

無双直伝英信流居合道解説(無双直伝英信流居合道第22代宗家著)正座の部の三本目「左」で英信流目録大森流居合之位右刀を再現してみましょう

剣理:我れ正面に対して左向きに座し、我が右側に座せる対敵に対する業にして(対敵も同様左向きに座したる状態にある)第一本目「前」と同意義也。然して第一本目と同じ態にて実施する。

術理:両膝を内に寄せながら左手を鞘に掛け、左拇指腹を鍔に掛けて柄頭を我が正中線に二~三寸送り出すと共に右手を柄に掛け鯉口を切る。
 それと共に柄頭に引かれる心持ちにて腰を上げ、両爪先立つや否や、右膝を浮かしつつ立てながら、左膝はそのまま着きたる状態にて左膝・右足先を軸にして、気を以って敵を圧する心にて徐々に刀を抜きながら右廻りに正面(我が右側に座する敵の方)に廻る。
 正面に向き直るや否や直ちに右足を踏み立てて横一文字に斬り付ける・・以下省略。

 正座の部前・右・左と三本目にも拘わらず詳細な術理のテキストです。
 文章でここまで詳細に動作を付けられたテキストは従来もありません。
 口伝口授を良い事に抜けだらけのテキストでは何時までも、師匠の癖だらけの動作に縛られてしまいます。

 修行が進めば進むほど、宗家として公にここまで詳細に書かれた意図を思い読み直しその心を思います。
 その上で己の体の歪に気づき直せるものは直し、障害があればそこから自分流を生み出すものでしょう。
 そして師匠に問うものでしょう。

 ある道場での事、「俺は技も心も師匠がすべてであり、お前は、講習会やDVDとテキストで学んだ業技法を優先する、武道を学ぶ資格は無い」と剥きになって古参の方が研究熱心な後輩を攻めています。

 この古参の方の言いたい事は「段位や所属年数の高い者には、何事も黙って従え、長幼の序を持って敬い、礼を失するな、教わったことだけをやっていればいい」というのでしょう。

 どう見ても、師匠の業技法も心も持ちあわせずに、どこかの古い戦前の武道書の一節を言うだけの方のようです。

 武道界は、戦時中の面影を強く残しているようです。
 柔道界の不祥事もその一端でしょう。
 「上官には逆らわず、言いなりになって死ぬことが国や肉親を思う事」と・・。やれやれそこまで「かび臭く」はなりたくないものです。

 五輪強化選手程の優秀な人を相手に「お前の変わりは幾らでも居る」というような監督の発言はまさに戦時中の日本軍のカビです。

 古参・高段位であればあるほど人一倍の修行をすべきものでしょう。
 号令を掛けて悦に入っていたり、道場の隅でサボって品評会をしていたり、昔習ったと言う事に固執して勉強もしないようでは、何が・・です。

 指導する立場を自認する方は、己が出来ない事こそ習うものに強く要求するだけの「心の大きさ」を持つべきでしょう。

 一方で師匠が進化しているのに弟子ばかりが昔の習いに固執して、研究もしない様では呆れてしまいます。
 そんな弟子を持った師匠も哀れです。

 4歳の幼児が古伝の剣術を習いに来ています、見よう見まねで打ち込んでいます、見事に左右に筋を変えて、古流の動きが出来ています。

 そこの師匠は「あの子は私の先生である」

 人は真似ることで、知恵を得て進化してきました、より高いものを求めるには先ず真似てとことんやってみる事でしょう。
 子供だからとか、初心者だからとかで、見下したり、否定から始まる人生では面白くもないものです、幼児には戻れなくとも幼児の向上心はいつまでも持ち続けたいものです。

この子は、今、楽しそうに、大人に混じってモップを押して道場を走っています。

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2015年9月24日 (木)

英信流目録 3.大森流居合之位2左刀

英信流目録

3.大森流居合之位

 二本目 左刀

是は右脇へ向て坐する也ひだりへ廻り左の足を一足ふみ出抜付すぐに打込亦血ぶるひをして立時右の足を左に揃納る時左を一足引納る也

*是は正面に対し、右側に向いて座る。左へ廻り左の足を踏み出して抜き付け、すぐに打込み、血振るいして立ち上がる時は左足に右足を引き付け揃える。納刀の際は右足を一足引いて納刀する。

 この、英信流目録の左刀は、「左へ廻り左の足を踏み出して抜き付け」です。「古伝神傳流秘書大森流居合之事左刀」では左へ廻らず、正面向きの儘で左足を踏み出し、抜きつけています。
 「左の足を踏み出し向へ抜付け打込み扨血震して立時足を揃え左の足へ踏み揃え左足を引て納る 以下血震する事は足を立替え先踏出したる足を引て納る」

*「左の足を踏み出し向へ抜付け」をやってみます。正面に向いて座し、左足を踏み込んで正面の敵に抜付ける。
 初発刀は右足を踏み出し正面に抜付ける、二本目の左刀は左足を踏み出し正面に抜きつける。
 何の不思議も無いのですが、正面の相手に右足だ左足だと踏み込み足を変える業技法を稽古させている様です。
 左刀とは踏み込み足をさして言っているのでしょうか。

 英信流目録の大森流之位左刀は右向きに座り、左回りして左の敵を切る業に変わっています。神傳流秘書が抜けているのか意図的なのか知るすべはありません。

 古伝に云う、「大森流左刀」は、大江先生の改変によって「正座の部右」となっています。
 英信流目録では、敵が左側にいる場合の業のありようを言うのです。
 大江先生の右は、正面に対し自分が右向きに座っている場合の業で敵は左に居るというものです。
 対敵意識を持つ古伝を、演武の場所から絞った言い回しに変えた理由はなんなのでしょう。
 中学生向きに、とも思いたいのですが、判りません。

 大江先生の改変と言われる事に疑問を感じて居ます。江戸末期から明治に懸けての混乱期に多くの事が失伝したかも知れません。それを掘り起し整理されたのかも知れません。然しそのことを記すものも、弟子の方々も大江先生の改変と云うだけでそれ以上は何も語られて居ません。
 私に大江先生を批判する様な文章を書くので気に入らないと仰る方がおられます。
 現代でもそれ程崇められるならば、大江居合を徹底的に稽古されればと思うのですが、如何なものでしょうか。

 戻ります、この流派の「抜き付け」とは、右片手による鞘の内から抜き出し、顔面から肩の辺りへ横一線に抜き付ける事でしょう。
 特に指定されていませんが、現代居合の抜き付けに古伝の面影があるとすればそれでしょう。
 同様に「打込む」は、上段に振り冠って真向に切り下ろす打込みを指すのでしょう。

 古伝英信流目録の大森流居合之位「左刀」の抜付けは現代居合の「初発刀」・「右」の方法でやればいいのでしょう。

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2015年9月23日 (水)

英信流目録 3.大森流居合之位1初発刀

英信流目録

3.大森流居合之位

一本目 初発刀

*この英信流目録は欠損した業手附が多く残念です。現代居合の無双直伝英信流居合正座の部、夢想神伝流大森流だけで英信流の中伝、奥伝などは欠損です。

伝書は抜けだらけです、大森流を知らない方では何がなんだか解からないものです。
口伝・口授・看取稽古が主の時代のものですからそんなものです。

1.初発刀
平常の如く坐し居る也右の足を一足踏み出抜付討込亦左の足を出し右に揃へ血ぶるひをして納むる也血ぶるひの時立也足を引納る也

*平常の如く座している。右足を踏み出して抜き付け、その足のまま振り冠って討ち込む。左足を右足に揃えて立ち血振るいをし、足を引いて刀を納める。

「平常の如く坐し居る」ですが、正座とも立膝とも書かれていません。

古伝神傳流秘書の大森流之事初発刀を読んでみます。
「右足を踏み出し向へ抜付け打込み扨血震し立時足を前の右足へ踏み揃へ右足を引て納る也」
*神傳流秘書は随分簡単に書かれています。英信流目録の方がはるかに克明です。これも座仕方の説明はありません。

この英信流目録の原本は安永5年1776年に書かれています。江戸幕府は慶長8年1603年に開かれています。
幕府が開かれてから173年も経ち10代将軍家治の時代です。
立膝の方法はかなり古そうですが、正座は江戸時代に入ってから、武家の正式な座し方になったとも言われています。
座り方など特に決まりがなければ如何様にも座れます。
「平常の如く坐し居る」と言えば十分浸透した武士の座し方と思います。
大森流は正座と思い込んでいますから、何の疑いもなく「正座」しますが「平常の如く・・」と改めて読むと「さてどのように座ろうか」と思ってしまいます。

此処は同時代に書かれた「童蒙初心之心持」の動作をよく研究してみます。
この伝書は木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流」に記載されているもので庚申5月(1860年万延3年)に下村定から島村義郷に伝授したものです。転載禁ずですがこの道の正しい継承の為にご容赦ください。

刀を差し体を真っ直ぐ腰腹の抜けない様に着座し両手を膝に置く。
正面に対座する敵を見定める心持で、息を吐くにつれて左右の手を刀に掛けるや抜き出す。
右手の柄掛は柄の平部分より何となく柔らかに掛け、糸を繰り出す様にするすると抜き出し、切先が鯉口を離れる間際に鞘を左に返し、柄の握りが自然と納まる所に納まるや、小指・薬指を次第に締めて、左の肩腰共後ろへ捻り開き、右の肩はぐっと締めて、顎を引いて俯けにならず、のびやかにして、右手の力六分左手の力四分の心持ちで何の懸念も無く左右の手で引き分けて抜き付ける。

抜き付けた時は、体は胸を張り、腹を出し、半身ならず正面向きにならず、いわゆる三角の曲尺(まがりかね)で半開半向となる。
さて抜き付けの際、顔色に今から抜くぞとばかりに柄を握り抜き出すなど甚だ悪く、何事も無き様に柔和に抜き出すべし。

抜き付けは臍の底に心を鎮め、敵の乳通りを無心に抜き付けるもので、敵が屈んで脛を立てた時は我も同じと心得、抜き付けた刀は肩から拳刀の切先へと水走りするものとする。しかし、水が滞り無く流れてしまうように切先が下がり過ぎてはいけない。この処は筆に述べ難い。

左右の足は真直ぐに踏み、後ろの脛が床から浮かないように。前の脛が内側に倒れては甚だ弱くなる。

抜き付けの、切り上げる様な、かまぼこの様な刃筋は鞘の引き方に問題が有るので充分工夫すべきだ。

業のポイントは第一に目付けである
首を左へ傾けて抜き付けた刀を覗き見するようにしていてはいけない。気脈が切れてしまう。打ち込むまでは敵の面より拳を見、打ち込みに連れて斬り付けた所へ目を移していくものだ。
納刀が終わり座を立つまで目付けは敵に付けておく事。

振り冠りは後ろ足を進める心持で冠り込む、切先倒さず左の肩の上へ突き込む心持で、冠る拍子に拳を下げるのは気脈が切れるようで甚だ悪い。
振り冠った時ちょっと上目使いするのも気脈の切れるのでよくない。

打ち込みは手の内を柔らかに冠り、体をよく伸ばし腰に気を入れ、小指より順に締めて打ち込む。刃筋狂わず、強く打ち込むのがよい。
右手が勝って右の小鬢より打ち込んでいるのは曲芸と言うものだ。
拳を揃え絞まりよく調えば刀刃は真直ぐに下りて切れ心知よい。

*この童蒙初心之心持を読んでいますと、昔から同じ事を言われていたのかと少しも変わらない修行途上の事をほほえましく思います。

童蒙とは初心者の事で、「初心の者への修行の考慮の一助になればとあらましを書いた」、としています。
大いに参考になるもので、原文のままでも十分意味は伝わってきます。

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2015年9月22日 (火)

英信流目録 2.小太刀之位6上段ノ弛

英信流目録

2.小太刀之位

 六本目 上段ノ弛

是は敵は上段也我は小太刀をひっさげ相懸りにてスカスカと行場合にて敵片討に打所を我行でもなし行ぬでもなし気のつり合にてすっかりと弛し上より討込なり

*この「上段ノ弛」は相手は上段、我は無形の位に小太刀をひっさげて、相懸りにすかすかと歩み寄る。
間境で相手、我が真向を片手打ちに打って来る、我は相手が空を打って来るのに付け入って行くでもなく、間を外すでもなく、「気の釣合」にて、上体を少し引いて「すっかりと弛し」、同時に上段に振り冠って右足を踏み込み真向に打ち込む。

相手は、我れが小太刀であり太刀との差を意識して、「片討」とはどのようにするのか分かりかねますが、恐らく遠間から左手を柄から外して片手打ちに大きく打って来るのでしょう。
聊か間遠いと見てふっと前に乗り出すようにして、すっと上体を引いて間を外す。
相手の太刀が空を切るや透かさず小太刀を振り冠って、筋替わりに左足、右足と大きく踏み込んで真向に打ち込む。
そんな、間の見切りを稽古してみました。

これで英信流目録に残された小太刀之位六本を終わります。
この英信流目録は、谷村派の第十二代林益之丞政誠によって安永五年1776年に書かれたものです。
しかし、その奥書に「林 政誠 干時安永五年 冬十月吉日改之」と有ります。
その事は、この英信流目録は林益之丞政誠が、先師の第11代大黒元衛門清勝か第10代林安太夫政詡によって書かれたものを書き改めたのか、自らの記述を改めたのか判りません。
ここでは、第12代林益之丞政誠に依って書かれたものとします。

その理由は神傳流秘書より、業手附が具体的でなお多少ぶれがあり、第九代林六大夫の息吹が薄れていると思う事で第十代林安太夫政詡の記述とは思えないのです。
更に第十代林安太夫政詡は安永五年1776年8月10日に亡くなっています。此れは「林 政誠 干時安永五年 冬十月吉日改之」ですから同年10月に林益之丞政誠の「改め書」であると判断いたします。
それを嘉永五年1852年に谷村派の第十五代谷村亀之丞自雄が書き写したものです。
更に、昭和に入って下村派の曽田虎彦先生が書き写したとされます。
昭和23年には曽田先生は河野先生にこの写しを送られています。

神傳流秘書に無い小太刀之位なので、第九代林六太夫守政が江戸で第八代荒井勢哲あるいは第七代長谷川英信から伝授されたものでは無さそうです。
江戸時代末期に何処かの流派のものが紛れ込んだと思われます。

小太刀之位は昭和30年に河野先生が曽田先生の写本を元に「無双直伝英信流居合術叢書」を出され公開されました。
現在では相当の大家と称する方でも、本の存在を含めて小太刀之位を知らず、ましてそれを演じたのを見た事もないと思われます。

大剣取と合わせて小太刀之位は残しておきたいものです。
これらの古伝には現代風のマニュアル化された動作はありません。
手附を紐解き動作を付ける事の難しさは、江戸時代の武士の心得のある者には容易に出来た事でも、現代では失念した身体操作を呼び覚まさない限り難しいものです。

このブログを目にする事の出来る居合人は、高段位の方ではごく少なくPC操作の出来ない世代の方には不可能なことです。
若い方々が自ら掘り起こす以外に神傳流秘書の居合は伝承されることは無いでしょう。
土佐の居合は総合武術であったにもかかわらず、他流の方法を取り入れてしまった先生や道場は幾つもあるようです。
神傳流秘書の業に戻って見る事も良いのではと思う次第です。

然しマニュアルが無ければできない、読んでもどの様にしたらよいか解らない、動画がないから出来ない、誰かその道の大家の指導が無ければ出来ない、ないない尽くしの現代人に古伝を継承出来るか不安です。
この道を志すならば、伝統ある古流剣術の本物を目指す先生の教えを乞い、それを学ぶと同時に、古い時代の文字や言葉も学ぶ覚悟がないと難しそうです。伝統とはそういうものでしょう。

それには、幾人かで知恵を出し合いグループでものにする「輪」の組織も必要です。
段位や所属年数などによるカビの生えた「和」の組織では無理と考えます。

武術は、「人と人が互に己の信じた事を貫くために行使する最終手段である」はずです。
そして、戦わずに和する事を学ぶものです。

明治以降に武術が分割されて独立した技術ばかりが目につきます。
それでも、得意とする武術を持つ人が集えば古伝は幾つも理解されていくはずです。

新しい時代は、道場間の壁を越え当然師匠の懐からも顔を出し、部門の壁を越えた繋がりが古に導いて呉れる筈と信じて居ます。

それを後ろから見守り、急げと応援する心が無ければ、現代の若者を揶揄する資格すら、年寄りにはないものと信じます。

まして明治以降の先師の書き残したものすら、公にするなという考え方では、武術はどんどん演武会用の踊りになってしまう筈です。

河野先生も「私の足らざる所を補足して呉れる様な熱意ある研究家を待つ次第である」と結ばれています。

是は無双直伝英信流居合兵法叢書の自序にある思いで、資料をもっと集めてほしいと云って居るばかりでなく、古伝と現代居合に根本的違いは認めがたいとも仰っています。

古伝の大剣取、小具足、小具足割、小太刀之位は小太刀を持つ我れも十分研究するのであるが、太刀を振う打太刀の研究も居合人ならばより学ぶべきものでしょう。

小太刀之位を終わります。

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2015年9月21日 (月)

英信流目録 2.小太刀之位5下段ノ弛

英信流目録

2.小太刀之位

 五本目 下段ノ弛

是は敵はさして待也我は小太刀をひっさげスカスカと行也敵其所を抜付の如く抜付亦たすぐに両手にて一足ふみ込み左の下をなぐる也我其所を足を引すっかりと弛し敵亦上より討所を請流し勝也

*是は、敵は太刀を腰に差して待つ、我は小太刀を右手に持ち、切先を下にして無形之位でスカスカと歩み行、相手は我れが間境を越えると見るや「抜付の如く」に抜付て来る。
この「抜付の如く」の業は何を指すのか解りません。
抜付そのものを解説したものも見当たりませんので、此処は横一線にがま口に抜き付ける土佐の居合の抜き付けを想像しておきましょう。
この抜付は空振りして我を牽制するのでしょう、我がふっと立ち止まる処直ぐに左手を柄に添え両手で、一歩踏み込んで我が左から出足を薙いでくる。
神傳流秘書の抜刀心持之事の「向払」の要領でしょう。現代居合の奥居合居業の「霞」の返す刀を両手で行うのでしょう。
我は後足を引き、前足を連れ足に引いて相手の薙いで来る太刀を「すっかりと弛し」、外されて相手は、すぐさま上段に振り冠って我が真向に打ち込んで来る処、小太刀を顔前頭上に左肩を覆う様に上げ、相手太刀を請けるや左に流し右足を右前に踏み込んで相手の首を打つ。

此の業は相手の横一線の抜き付け、切返して下に斬り付け、上段よりの真向打ちを躱す業です。
正確な間積りを身に付けるには良い業です。遠くなく近すぎずでしょう。

神傳流秘書の11.大剣取にこのような返す刀の応じ様が有りました。
「是無剣の如く放したる時又右より打を留入りてさす」
大剣取三本目外石2014年12月5日

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2015年9月20日 (日)

英信流目録 2.小太刀之位4當中剱

英信流目録

2.小太刀之位

 四本目 當中剱

是も敵は上段にかまえる也我は小太刀をひっさげ中とに待也敵すかすかと来りて我が首のあたりを左り右と討ち亦下たを討也其所にて我足をそろえすっかりと弛す敵亦面より打所を十文字に請流し勝也

*此の業も、相手は上段に構える。我は右足前にして小太刀を引っ提げ無形の構えにて、双方歩み寄る途中で止まる、相手はスカスカと間を詰めて来て、上段から我が首の辺りを左肩、右肩と切り返して討ち込んで来る。我は、左足を引いて筋を替え、右足を引いて筋を変え其の打ち込みを外す。
相手は、そこで、今度は低く我が左足を打って来るので、左足を引いて右足に揃え、すっかりと外す。
相手外されて上段に振り冠って我が面に打込んで来るのを、右足を踏み込み小太刀を顔前頭上に左肩を覆う様にして相手の太刀を十文字に請け流し、左足を右足の後方に摺り込み片手上段から相手の首を打つ。

「小太刀をひっさげ」というのは、小太刀を右手に持ち、切先を下げ、右足爪先の線上あたりに付け、左手もぶらりと自然に下げて、自然体に立ち、構えのない無形を指すのでしょう。

「當中劔」の読みも意味することも分かりませんが、なんとなく業を感じさせる業名のように思えます。

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2015年9月19日 (土)

英信流目録 2.小太刀之位3中請眼

英信流目録

2.小太刀之位

三本目 中請眼

中請眼と申は是も敵は上段にかまえる也我は小太刀をさし出し切先を敵のまみ合へさし付け行也場合にて敵拝み討ちに打也我其所を上へすっかりと弛しかむりて敵引所をみけんえ打込む也

*左請眼は相手の左眼に切先を付ける、右請眼は相手の右眼に切先を付ける、次は中請眼です。
中請眼は相手の眉間に切先を付け、相手は上段に構えて相進みに間に至る、相手我が真向に拝み打ちに打ち込んで来る処、我は出足を引くや「上へすっかりと弛し」小太刀を上段に冠って、外されて引く相手に附け入って眉間へ打込。

一本目、二本目とも我が小太刀を相手は払って来たのですが三本目中請眼では、「拝み討ちに打」込んで来ます。
相手は太刀ですから小太刀との寸法の差を活かした間取りから、我が右小手、右肩、真向の何れかへの拝み打ちです。

我は拝み打ちされた「其所を上へすっかりと弛し」は相手の拝み打ちの切先の間を見切るわけで、最も深く打込んで来るのは我が頭上でしょう。
其の場合は、小太刀を「上へすっかりと弛し」をどの様にするのか、工夫のいる処でしょう。
此処では、「すっかりと弛し」です。
小太刀で受流す、突き上げて摺り落すなどでは無く、ただ外す事です。
左足右足と引いて大きく後ろに退く、右拳に打ち込まれるならば出足を引く、或は左か右に筋を替って外す。
此の業は、充分稽古して、間と間合いを知り、相手の起こりを知る良い業です。

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2015年9月18日 (金)

英信流目録 2.小太刀之位2右請眼

英信流目録

2.小太刀之位

 二本目 右請眼

是は敵は上段也我も小太刀を向へさし出し敵の右の眼へ切先をさし付行也是も相掛にて小太刀を左の方へ筋違に払ふ也其処を我亦左請眼の如くかむり左の手にて敵の左の手を取り勝也

*二本目は、敵は一本目と同様に上段に構える。この上段は左拳が額前頭上に四五度に切先を上げた上段が英信流の上段か、左拳が頭上に有って切先四五度の上段か判りませんが、現代竹刀スポーツの上段ならば前者、古流剣術ならば流派に依る上段でしょう。
英信流に新陰流が混入していれば後者でしょう。
此の時相手は、右足前の右上段か左足前の左上段かもあるのですが、我は小太刀の切先を相手の右眼に付けていますから左足前の構えに為る筈です。さすれば此処は相手も左足前に構えるとするのが常道かも知れません。

一本目の左請眼の反対と思えばいいでしょう。

是も相懸りにスカスカと歩み寄り、相手は我が小太刀の攻めに思わずそれを「左の方へ筋違に払ふ」。
この「筋違に」は、上段から真直ぐに打ち落す様に払うのではなく、右袈裟掛けに我が左の方へ払う、我はそれを小太刀を上段に冠って外すや踏み込んで相手左肘を左手で制して、真向に打ち込む、或は刺突の構えを取る。

右請眼も相手は上段から我が小太刀を払うのですが、相手は我が小太刀を持つ拳を切って来るのを上に外して、附け入って相手の左肘を取るとする位の事で良いだろうと思います。

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2015年9月17日 (木)

英信流目録 2.小太刀之位1左請眼

英信流目録

2.小太刀之位

 一本目 左請眼

左請眼と申は敵は上段にかまえ我は片手にて小太刀を向えさし付敵の左の眼へ切先を付て相懸りにて行也敵場合にて我小太刀を筋違に右へ横に払ふ也其時我すぐに小太刀をつむりへかむり左の手にて敵の右のひじを取勝也

*左請眼と云うのは、敵は太刀を上段に構え、我は右片手に小太刀を取り、右足を前に踏み一重身となって相手の左眼へ切先を付ける。
相懸りに双方歩み寄る処、敵は、切間に至れば、左眼に付けられた我が小太刀を八相に右へ払ってくる。
其の時我はすぐに小太刀を頭上に冠り、踏み込んで左手で相手の右ひじを取って、相手の真向に小太刀を打ち込み勝。

双方スカスカ歩み寄る時、我が小太刀を相手の左眼に突き付けて歩み寄るので、相手は小太刀が気になって払ってくるのを上に外して、流れた右手を押さえて、小太刀を打ち込む。

古伝は小太刀を払うと指定して居ます。稽古では、小太刀を持つ右拳を打ちに来るのを外して打ち込むのも、太刀の長さを利して我が右肩口に切り込むのを外して打ち込むのもありでしょう。

いずれにしても、相手の打ち込みを外すや踏み込んで相手の右ひじを制して、打ち込む。

小太刀を抜いて構える際、左手を栗形に添えて構えるのが剣道形にありますが、ここではどのように左手を裁くのか指定されていません。
形にとらわれず研究してみるのも良いかもしれません。英信流小太刀の左手の構えは・・・。

既に失伝した小太刀の位です、古伝神傳流秘書にある大剣取の一本目無剣を参考にして見ます。

無剣

「相手居合膝に座し居処へ小太刀をさげかくる相手抜打つを放し入てさす」

*相手居合膝に坐している処へ我は小太刀を右手に下げてスカスカと間境を越し切っ先を眉間に付け懸って行く。
相手抜き打ちに我が小太刀を払って来るのを出足を引き右手を上げて、「放し」はずして透かさず相手の中に入り左手で相手の右腕を制し刺す。

小太刀を払ってみましたが、間境を越した我が出足を払って来るでも、腰を払って来るでもいいでしょう。
相手は外されて即座に上段に振り被るか、手を返して霞の様に打ち返すかも知れません。

居合膝はどのようにするのか不明ですが、現在の立膝の座仕方と思えば良いのでしょう。
夏原流の小具足の処に「両方足を爪立左の膝を付き右の膝を浮けて折る八文字に坐す」とあります。両足爪先立っている様です。

現存するテキストでは政岡先生の無双直伝英信流居合兵法地之巻ぐらいです。
政岡先生は「小太刀をさげてかゝる」二本目は「持ちたるなりに」となっているので、抜刀して正眼とも考えられるが、居合の形として考えて納刀のまゝとしたものである。抜刀して左手を腰に、中段「入身の構」でも可ならん。
「間に入った時払われたので引いて外す、飛び込んでさす」

相手外されて上段に振り被る処踏み込んで左手で相手の肘を制しています。

*ここは「小太刀をさげかくる」を優先して、小太刀を抜刀して右手にひっさげて無形の位で間境を越す、が古流の伝らしく、あえて居合の納刀に拘るものでもなさそうです。(2014年12月14日)

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2015年9月16日 (水)

英信流目録 2.小太刀之位 序

英信流目録

2.小太刀之位

小太刀之位序

この小太刀之位は神傳流秘書にはありません。

ここに紹介する小太刀之位は安永五年1776年10月に第12代林益之丞政誠が先師の目録を書き改めたのか、自分の記述したものを見直したのか「英信流目録二巻」に書かれているものです。
安永五年1776年8月10日は林安大夫政詡の亡くなった年でもあります。ですからこの英信流目録は第12代林益之丞政誠の書いたものを第15代谷村亀之状自雄によって書かれた業手附でしょう。
曽田先生のお持ちだった「英信流目録二巻」は、第10代林益之丞政誠の直筆を、谷村派第15代谷村亀之丞自雄が嘉永5年1852年6月に書写されたものを原本に、曽田先生が書写されたものです。
この二巻は「筆山所蔵す」と序に書かれていますから、曽田先生が所蔵しているのでしょう。

「此の目録は昭和23年6月?大阪河野稔氏へ伝授したり」
と曽田先生は朱書きされていますから、書写したものを第20代河野百錬先生に送られたのでしょう。

谷村亀之丞自雄の書き写した英信流目録二巻はすでに、歯抜けになっていて、長谷川流居合以下は伝書になく、残念な事と曽田先生は書いておられます。

曽田先生の手元にあった内容

居合心持引歌(是は神傳流秘書と同様なので省略され書写されていません)

居合棒太刀合巻 並 大森流居合 小太刀之位

此処では、神傳流秘書に無い「小太刀之位」を取り上げてゆきます。

神傳流秘書で見られる小太刀に依る攻防は次の通りです。

相手が小太刀の場合 大小詰・大小立詰
自分が小太刀の場合 大剣取
自分も相手も小太刀  夏原流和之事特に小具足・小具足割

短い刀で太刀と対応する事を学ぶ大剣取と同様良い稽古です。
正座、立膝、奥居合、を充分稽古された方には容易に理解出来るでしょう。

この小太刀之位は河野先生の昭和30年発行の「無双直伝英信流居合兵法叢書」のP107に掲載されている以外は活字本は何処にも見当たりません。
河野先生系統の無双直伝英信流正統会の先生方で之を演ずるは勿論、知る人をお見かけする事すらありませんでした。
河野先生は、大江先生の居合をどんどん整えて行かれた一方で、古伝への憧憬は強くお持ちだったのだろうと思います。

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2015年9月15日 (火)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻4極意之大事8常之棒

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 4、極意之大事

 8)常之棒

能く工夫有べし常にたしなみ心懸け手錬無くてはいかぬ也常棒を第一とすなり深く工夫有べし

*充分工夫して、常に稽古を心懸け、手錬となっていなければならない。常に棒を第一と思い深く工夫あるべし。

極意は何をおいても棒の稽古によって腕を磨くこと、工夫をすることだと言っています。

今回で第十五代谷村亀之丞自雄によって書かれた英信流目録の棒について四項目を終わります。

1.棒太刀合之棒 八本

2.棒合五つ 五本

3.心持之事 五本

4.極意之大事 八本

四項目の内容は、実技は十三本、心得も十三本でした。
此のうち3.心持之事、4.極意之大事はこの英信流目録以外に見られないもののようです。

実技の棒太刀合之棒及び棒合五つは第十代林六太夫守政に依って土佐に持ち込まれ、第十一代林安太夫政詡に依って恐らく書かれたであろう古伝神傳流秘書にも記載されています。

神傳流秘書に依る業の記載武術の順序
1、大森流居合之事(正座之部)11本
2、英信流居合之事(立膝之部)10本
3、太刀打之事(太刀打之位)10本
4、棒合5本
5、太刀合之棒8本
6、詰合(詰合之位)10本
7、大小詰8本
8、大小立詰7本
9、大剣取10本
10、抜刀心持之事(奥居合之部居業之部、立業之部)24本
11、夏原流和之事65本
業数では168本に上ります。この順序は稽古の順序とも考えられるもので、夏原流に至る頃には無刀にても変に応じられる程に組み立てられて居ます。

残念ながら英信流目録は歯抜けになっており、棒、小太刀之位、大森流居合之位だけしか残されておらず、他の業は欠落して居ます。原本は曽田先生の御遺族の手元に現存していると思われますが、昭和20年の高知空爆に依って焼失しているかも知れません。

下村派を名乗る曽田先生はこれ等の伝書の写しを、谷村派を学び尚且つ土佐門外不出と誇った土佐っぽを差し置いて大阪八重垣会の河野百錬先生に惜しげもなく送られていました。
第20代河野百錬先生の無双直伝英信流居合兵法叢書昭和30年発行にはこれらは納められています。
無双直伝英信流、夢想神傳流を学ばれておられる方は居合文化の伝承を志すならば是非ご研究され、刀を抜くばかりでは得られなかった居合の根元に触れられるかもしれません。

次回は「小太刀之位」です。
是もこの英信流目録以外に見られない貴重なものです。
得物は我は小太刀と明確に記載されていますが敵の得物は太刀です。

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2015年9月14日 (月)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻4極意之大事7引合之棒之事

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

4、極意之大事

7)引合之棒之事

是は中をとり楽に引也我も随分引て敵引所を付込みとりたおすべし

*この引合之棒之事はしばらく何を言わんとしているのかわかりませんでした。
わかった時は、現代居合では置き捨てにしている闇討ち、騙まし討ち、あるいは「のほほんとして平和ボケ」の頭を殴りつけるものでした。
それは兵法に於ける騙まし討ち、卑怯とも取れる事でした。

是は仲裁を受け入れて、あるいはお互いに引くことにして、互いに引き、我も棒を下げて充分に引いて、敵の戦闘意欲を無くさせておいて、敵の引き際を機に付け込み取り倒すのでしょう。

此の様に解釈しました。
いかがでしょう。

孫子も兵は詭道(敵を欺く行為)也と言っています。あるいは奇正(奇は敵の思いも寄らない戦術・正は基本的な一定の戦術)とも言っています。

このような、戦いは日本の戦国時代にも幾つもあった戦術でしょう。敵に打ち込ませておいて外して打ち込む等の事は当たり前の事で、只速く力任せなどの事では武術外の事でしょう。

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2015年9月13日 (日)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻4極意之大事6棒縛之事

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 4、極意之大事

 6)棒縛之事

 是はとらへて後ち棒を敵のせなかの帯へ通し横にし棒のはしへ敵の手を引ひろげ両はしへくゝり付る也働き得ぬもの也

*是は敵を捕らえて縛り上げる方法です。「棒を敵の背中の帯へ通し」という文言のイメージが湧きません。
着物ならば帯は腰に横に巻かれて居ますから背中の帯に通すと棒は縦になってしまいます。
後の文章から判断すれば、着物の袖を襷がけしているとか、着物の両袖に端から棒を横に差込み、敵の手を広げさせて手首を棒に縛りつけるのでしょう。
帯も着物も無くともこの方法は使えそうです。後ろに一本前に一本で首を挟んで両手を縛れば抜け出せないでしょう。

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2015年9月12日 (土)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻4.極意之大事5戸入之事

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 4、極意之大事

 5)戸入之事

 是は必ず門など入るに脇を通るべからず中を行くべし亦我を打もの居んとしるならば何にても有合の品羽織にてもまきて棒の先へふとく付てすっとさし出すべし敵我と思切る所を我とりふする也

*門戸を入る時の極意です。
少し文章を直しながら進めて見ます。

是は、門などを入る時、門の片側を通ってはならない。
必ず門の真ん中を行くようにする事だ。
亦、我を打たんとする者が居る事を察知していたら、何でも有り合わせの物でもよいので、たとえば羽織などを棒の先に括り付けて、門の中にずっと差し出すがよい。
敵はそれを我と思い、切ってくる所を取り押さえればよい。

門の片側を通ると、柱の影から不意に打たれるので、真ん中を通り視界を広くして、敵の動静も早く見極められ、我も応じ易くなる。
門の向こうで我を打たんと手薬煉引いている敵を察知しているならば有り合わせのもので良いから我と思わせるように偽装して門の中に差し入れ敵が「それっ」と切って出てきたところを捕らえればよい。
どの流派の奥義の心得にもあるような教えです。坂橋流の棒に残された極意です。
是は、土佐の居合の「當流申伝之事」2015年3月21日などにも同様な教えがあります。

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2015年9月11日 (金)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻4極意之大事4立合心の大事

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 4、極意之大事

 4)立合心の大事

 是は居合の巻にも之れ有通り敵と立合と我がぼうねんを切り一心不乱思い残す心無く死地に入る立合なり此の所にまよいのねんいできてはいかぬなり能く合点有るべし

*立合う時の心の有り様についての教えです。
居合の巻きにも述べてあるがと言っていますが、この英信流目録では居合は大森流居合之位として業手附しか残っていません。全貌が見えれば神傳流秘書と対比しながら古流を味わえるのですが残念です。

是は居合の巻にも有る通り、敵と立合うに当たってはぼうねん(妄念もうねん?)を切って、一心不乱に思い残す事無く死地に入る立合いをするもので、此の所に迷いの念が起れば立合いにならず負けとなるであろう、よく合点せよ。

習い覚え、稽古・工夫をして体得した事であるから、兎角様々な事に「あーしようこーしよう」などの妄念に取り付かれずに一心不乱に立合えと言っています。
真剣勝負は稽古による上手でも無念夢想で一心不乱に立合う者には負けると言われます。

なま兵法は大怪我の元と言われますし、喧嘩なれした無法者などは形稽古を励んだ者は組みし易しとも言われます。

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2015年9月10日 (木)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻4極意之大事3金抗

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 4、極意之大事

 3)金抗

是も亦は同じ事也上下の違い也其の内に右の如く突きはりして追込むうちに頭上へも突事肝要なり

*金抗は「きんこう・きんふせぎ」どのように読むのでしょう。
是も亦眼抗と同じことである。「上下の違い也」の意味は二本目の眼抗が眼を突く極意の教えでした。
是は眼では無く「金抗」ですから金的を突くのでしょう。眼は上、金的は下なのでしょう。
眼抗の様に上を張るや金的を突き、下を張るや金的を突き、そのように突き張りして追込んでいるうちに下ばかりでなく頭上(金的ばかりで無く眼へも)へも突く事肝要である。

上下上下と張りながら眼を突き金的を突き、立ち合って相手をかく乱して使うように研究せよという極意之大事でしょう。

それ以上に何かが伏せられているかとも思うのですが、土佐の伝書は居合道歌以外は至極単刀直入にやるべき事を述べています。余りくどくど思いめぐらせるべきものでは無さそうです。

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2015年9月 9日 (水)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻4極意之大事2眼抗

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 4、極意之大事

 2)眼抗

是は敵の眼を突事第一也上を以てはるいなや眼を突き下たを以てはるいなや眼を突いくつも突様有り立合仕てこれは知る也

*眼抗はがんこう・まなこふさぎでしょう。
是は敵の眼(まなこ)を突く事が第一である。上を張るやいなや即座に眼を突き、下をはるやいなや即座に眼を突いて何度でも眼を突く様にする事である。敵と立合いをして是を知るのである。

敵の眼を突くのが一番であると教えます。
眼に棒を付けると、突くでは大きな違いですが、棒の先を敵の目に付け、圧するには付けるでは無く、何時でも突く意識を持てと言うのでしょう。

棒は打つ得物とばかり思う節がありますが、槍と同様突く効果も大きな武器です。
何の気なしに形ばかりの「詰める」、では詰まるわけはないでしょう。

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2015年9月 8日 (火)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻4極意之大事1盲目杖

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

4、極意之大事

1)盲目杖

是は坐頭目無しでも杖にて我行くべき先へはいずくにても行く也心の留らぬを吉とす也此の所能く工夫有るべしふらりふらりと行我に敵とふ者の無く無念無心にて行敵を出るや否や其の所移るべき也千変万化工夫あるべし

*この盲目杖は解り難い文章です。
是は坐頭(盲目の琵琶法師、按摩、めくら)は目が見えなくとも杖を以って、我が行くべき先へは何処へでも行く。心が留まら無いので良いのであろう。
此の処をよく工夫すべきである。
ふらり、ふらりと行く我に、敵だと言って問う者も無く、無念無心に行く。敵の持ち場を出るやさっさと其処を立ち退くべきである。
千変万化の工夫をしておくべきである。

いずれにしても、心を留めずに無念無心にあるべきものだ、と言うのでしょう。

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2015年9月 7日 (月)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻3心持之事5障棒

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 3、心持之事

 5)障棒

是は外の両人太刀にて切合居所を我留る心持也先ず太刀の合いたる所を上えより其の太刀をおがみ討に討也其れにても落ちずば右の敵の手首を下たより小手上げの如くはね上げる也いなや亦左の敵の手首を棒の下たを以ってはね上げる也両方同時也

*是は決闘の仲裁でしょう。「障棒」の意味は棒で邪魔する、「障り棒」でしょう。
是は外の両人が太刀にて切り合っている時、我は切り合いを留める時の心得である。
先ず互いの太刀が打ち合って物打ちで拮抗した時上から其の太刀を拝み討ちに打ち落とす。
それでも太刀を落とせなければ、右側の相手の手首を下から棒で跳ね上げ即座に左側の相手の手首を下から跳ね上げる。両方同時に跳ね上げる心持ちである。

格好良く仲裁のかたちを取っていますが、二人に太刀で攻められた時の棒捌きも伝えているようにも思います。

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2015年9月 6日 (日)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻3心持之事4一本之棒

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 3、心持之事

 4)一本之棒

是は我一本に敵を討也一心のこ(?)らし一心不乱と討べき也若し亦請たらばいなや手本を上げ敵の眼を突事かんよう也敵のおこたりを討べき也。

*我は棒一本で敵を討つもので、一心残らじ、一心乱さずに此処とばかりに討ち込むものだ。
若し打ち込まれて請けたならば即座に手元を上げて敵の眼を突く事が肝要である。
敵の怠り(隙)を討つものである。

武蔵の兵法三十五箇条の26条に「残心・放心は事により時にしたがふ物也 我太刀を取て常は意のこゝろをはなち心のこゝろをのこす物也 又敵を慥に打時は心のこゝろをはなち意のこゝろを残す 残心放心の見立 色々ある物也 能々吟味すべし」と有ります。

柳生宗矩の兵法家伝書の活人剣に「心をかへす事 一太刀うって、うったよとおもへば、うったよとおもふ心がそのまゝそこにとヾまる也。うった所を心がかへらぬによりて、うっかりと成りて二の太刀を敵にうたれて、先を入れたる事も無に成り、二の太刀をうたれて負也。心をかへすと云ふは、一太刀うったらば、うった所に心ををかず、うってから心をひっかへして敵の色を見よ・・われはうったとおもふて心をとゞめて油断する。敵はうたれて、気が出ると覚悟すべし。」

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2015年9月 5日 (土)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻3心持之事3首尾用法

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 3、心持之事

 3)首尾用法

是は筆に書がたく手錬にて合点行也跡先きかす事第一也
歌に  棒は只あと先大事ゆだんすな
        突(ㇰ)つなぐつのちははやぶさ
能く工夫有るべき也

*首尾用法については筆に書き著わせないので、手錬によって理解するものである。
棒の操作は只、後先きかす事が第一に大切な事である。後先とは棒の両端の捌きでしょう。

歌に託したとして、棒は只、一方だけでなく棒の両端を自在に扱う事が大事で、敵の跡先も油断するな。「突きつなぐつのちはやぶさ」は、「突きつ、薙ぐつ、のちは隼」突き・薙ぐ・後は隼の様にするばかり。意味不明です。
よく工夫有るべき也。

筆に出せない事だそうですから、此処までです。

参考に河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書では
「歌に 棒は只だあと先大事油断すな 突きつ なぐりつ のちは はやぶさ」とされて居ます。
曽田先生の直筆書写ですから写し間違いなのか、河野先生がそう読み方を直されたのか解りません。

何れにしても、棒は自在に動かせる武器です。

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2015年9月 4日 (金)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻3心持之事2込入之棒

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 3、心持之事

 2)込入之棒

 是は敵我を上より打所を我両手にて棒の両はしを取中にて請け左の足を一足込み其儘棒の下たを以て敵の右のほをべたを打也いなや上より亦打也してみれば其儘知れる也

是は敵が上から打ち込んで来るのを、棒の両はしを持って、棒中で請け留め、左足を一足踏み込んで其のまま、棒の下で敵の頬べたを打つ、即座に上から打ち込むなりして見ればわかる事である。

ここは何を言いたいのか良くわかりません。
業から行きますと、敵に真向から打ち込まれたならば、棒の両端を持って十文字に請け、左足を踏み込んで、敵の棒を右に摺り落とし、右足を踏み込んで、右手を棒中に摺り込み、敵の左頬を打つ、又右足を退いて、左足を踏み替え、左手を棒中に添え右手を棒下に持ち敵の頭上に打ち下ろす。

そうすれば、何かがわかるよ、と云うのでしょう。
心持ちの題が、込入ですから敵との間と間合いを外さず攻め立てるとでも云うのでしょう。

前回の棒合五つの五本目に込入がありました。この業の心持を知れと言うのかも知れません。

込入 是は楽に棒の中を持ち先の如く立合也敵より上え打懸る所を我も右の上えにて請右の足を一足引き敵左の下を出す也其の時我も左の下たを合せ左の足を一足引き敵亦上より討つ処を両手にて端を取り左の足を踏み込十文字に請け下た下たとはねあげる也仕廻は右の足にて詰る也

此の業は、敵が、前へ前へと攻め込んで来るのを、請けて下りつつ機を見て攻めに転じています。

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2015年9月 3日 (木)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻3心持之事1間之棒

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 3、心持之事

 1)間之棒

 是は常に我居所に目に立ぬ様に八角にても四角にてもいたし少き者にてくゝり付置くべき也亦定木の如くいたし置も能也

*是は自分の常に居る場所に目立たない様に棒は八角でも四角でも良いので少しのものでくゝり付けて置くべきである。
また定規の様な物にして置くのも良いものである。

いつも用心して、棒を目立たない所に括り付けて置くように心得を述べています。
棒を定規の様に加工して置くなどは良いアイデアです。是ならば部屋に立て掛けて置いても良さそうです。

この「心持之事」は棒の扱いについての心掛けるべき事を述べています。棒術そのものではありません。

「間之棒」の題名が面白いですね。「間」は何でしょう。居間の間、魔の棒、(一)間(6尺)の棒。自分のいる場所の間。
きっと意味があったのでしょうね。あるいは秘伝ですでに消えてしまったとか。

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2015年9月 2日 (水)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻2棒合五つ5込入

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 2、棒合五つ

 五本目 込入

 是は楽に棒の中を持ち先の如く立合也敵より上え打懸る所を我も右の上えにて請右の足を一足引き敵左の下を出す也其の時我も左の下たを合せ左の足を一足引き敵亦上より討つ処を両手にて両端を取り左の足を踏み込十文字に請け下た下たとはねる也仕廻は右の足にて詰る也

*込入は棒の中を相方とも持って立ち合う、敵は右足を踏み出し上から打ち掛かってくる、我は右足を一足引いて棒の下に左手を添えて右上でこれに合わせる。
敵左足を踏み込んで左下に打ち込んでくる、其の時我も左足を一足引いて左の下で合わせる。
敵亦右足を踏み込んで上から討ち込んで来るので我は棒の端を両手で持って左足を踏み込んで十文字に請ける。
敵右足を引いて下がり下へ打ち込んで来るので左下で跳ね上げ、亦打ち込んで来るので右下と跳ね上げ、しまいは敵の水月に棒を突け右足通りに詰める。

「下た下たとはねるなり」ですから、敵は退きながら下、下と打ち込んで来るのを踏み込みつつ合わせて跳ね上げるのでしょう。

神傳流秘書 棒合 五本目 込入

 追込の如く両方立合我足を一足づつ引上下合せ相手打込むを中にて請下にて合せ張如前勝也

*「追込の如く両方立合」ですから、一本目の様に双方棒を左手で杖に突き左足をやや前にして左足先に棒を突いて立合う。

相手、右手を左手の下方に棒に添え右から廻して遣方の左面に右足を踏み込んで打込んで来る、遣方は左足を引いて同様に右手を左手の下方に添え右から廻して之を上で請ける。

相手、右手を其の儘に左手を引いて棒の下を取り、左から廻して左足を踏み込んで遣方の右足に打込んで来る、遣方は右足を引いて同様に右手を其の儘に左手を引いて棒の下を取り左から廻して左足の前で之を請ける。

相手、更に左手を其の儘に右手を棒の上に取り右から廻して右足を踏み込んで真向に打込んで来る、遣方は左足を引いて両手で棒を頭上に捧げ棒中で之を請ける。

相手、更に左足を右足に引き付け、棒を右肩に取り右足を踏み込んで遣方の右足に打込んで来る、遣方左足を引き右足も追い足に之を下にてはり請けに請けるや左足を右足に引き付け、右肩から棒を廻し掛けて右足を踏込み相手の左面に打込み勝。

相手前へ前へと攻めて来るのを一足づつ下りながら之に合わせ、真向に打込んで来るのを頭上に十文字に請け、更に足に打込んで来るのを下がりながら張り受けに合わせるや、攻めに転じて廻し掛けて踏み込んで打ち込み勝。

これで棒合五つは終了です。

次回は3、心持之事で五つあります。
この英信流目録以外に見当たらない坂橋流の棒術の心得のような業のような。
多分この伝書以外に残されていない貴重な資料でしょう。

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2015年9月 1日 (火)

英信流目録 1.居合棒太刀合巻2棒合五つ4引違い

英信流目録

1.居合棒太刀合巻

 2、棒合五つ

 四本目 引違い

 是は楽に右の手にて棒の端を取り引違う也其引違い様に左の手にて棒の中を取り右の手を下げ棒の下を上げ上にて亦合せ亦下た下たと合也仕廻は右にて詰る也

*この引違いは、互いに(楽には互いにの誤記かも知れません)右手で棒の端を持って引き摺りながら歩み行き引違(行き違う)。
其の行き違う時に、左の手で棒の中程を持つや右廻りに振り向き右手を下げて右足前にして棒の下を突き上げて互いに上で合わせる。
棒を頭上で持ち替え右足を踏み替えて左足前にして左下で合わせ、再び左足を踏み替えて頭上で棒を廻し右足を前にして右下で合わせ、右足を踏み出し棒を相手の水月に付けて詰める。

詰めるにあたっては相手が亦、自分の右下(我が左下)に打ち込んで来ると思い合わせようと棒を振り上げる処を踏み込んで詰める。

業名による「引違い」を忠実に辿れば、行違って、敵と認識するや振り返って、互いに戦い勝つのでなければなりません。一方的に振り返って奇襲したのでは原文から外れます。この辺の処は原文は抜けています。
この「引違い」は「左側通行」を採りました。右側の場合も同様に右廻りに振り向く事になります。
これは棒ですから、杖の長さでも棒の端を持てば引き摺る事になります。

「引違い」は、行き違いとして、振り向く業としました。
おそらく、原書は草書体で書かれていますでしょうから「引」と「行」の草書の判読によるものでしょう。曽田先生の文字では「引」としか読めません、誤認でしょう。

なお業名は曽田本の英信流目録では「引違い」ですが神傳流秘書の「棒合 是は坂橋流之棒也と言」では「行違い」です。

神傳流秘書を読む 棒合 4本目 行違

 両方右の手にて棒を引摺り右あいに行違ふ時見返りて下を上にて合せ又一方を上にて合せ又一方を下にて合張如前打懸て勝

*打方、遣方共に右手に棒の中ほどを持って引きずるようして右側を行き違う。
行き違ってお互いに振り向いて見返り、左足出たとき棒の上を左手で持ち、右手を逆手に持ち替え、右に廻りながら右肩に棒を振り上げ、左足を右足に引付、右足をやや斜め右に踏み込んで相手の左面に打ち込み双方棒を合わす。ここが「見返りて下を上に合せ」の部分になります。

「又一方を上にて合せ」は、右手を其の儘、棒を左手で後方に引き寄せ握りを持ち替え棒の上を下に下を上にして左肩に廻し、左足を踏み込んで相手の右面に打ち込む、相手、同様に棒を左肩に廻し右足を引いてこれを棒で受ける。

「又一方を下にて合張」は双方、左手を其の儘、右手を後方に引いて棒の上を下に、下を上にして右肩から廻して右足を踏み替え相手の出足に打ち込む。

「如前打懸て勝」は、三本目請込の業の「扨一方を廻し掛て勝」を再現します。
合張るや棒を右肩から廻し右足を左足に引き付け、相手右足を引いて撃ち込まんとするを右足を踏み込み相手の左面に打ち掛け勝。
これでは「廻し掛けて」が理解できていない気もします。相手の棒を巻き落とすのも考えてみるのですが、私は剛力をもって戦うことを良しとしないのでこのようです。

棒術には流の掟があろうかと思うのですが坂橋流の棒は失伝していますから、手附を元に稽古を繰り返し、身に着けて最も良さそうな技を選んでみるのも面白そうです。

棒は、上も下も、物打もありません。自由に扱えますがそれだけ厄介です。
足の踏み替えを入れてみました。

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