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2015年9月25日 (金)

英信流目録 3.大森流居合之位3右刀

英信流目録

3.大森流居合之位

 三本目 右刀

是は左脇へ向て坐する也右へ廻り右の足をふみ出し抜付すぐに討込血ぶるいの時左の足を右に揃納る時右を一足引納る也。

*この業は敵の左脇(左側)に我は座す、ですから、道場の正面向きの場合、左向きに我は座し敵は右側に居ます。
 対敵を意識した業名か、我の座す方向を元にした業名かの事です。なぜ業名まで変える必要があったか、大江先生に直接お聞きしたいものです。
 この業名は無双直伝英信流では「正座の部左」です

 明治維新と云う王政復古の中で、徳川幕府時代の物事を極端に否定して新生日本を推し進めようとした時の指導政権に土佐は大きく貢献しています。
 太平洋戦争敗戦後の日本人の行動にも戦前を否定するものもあるように、前のものを否定し新たなものを生み出すという事かも知れません。

 敵有りきではなく、まず我有り、と云う意識を中学生達に示したかったからかも知れません。
時代はむしろ「敵有りき」に「敵を求め」て行ったようです。

 私は「彼の左側に坐している時、彼が仕掛けてくるので・・」の方が我が軸がぶれずに良いな、とも思っています。

*是は我は敵の左側に、同じ方向を向いて座している、我は右に廻って右足を踏み出し抜き付け、すぐに振り冠って打ち込み、血振るいし、右脚に左足を引き付け、納刀の時右足を一足引いて納刀する。

無双直伝英信流居合道解説(無双直伝英信流居合道第22代宗家著)正座の部の三本目「左」で英信流目録大森流居合之位右刀を再現してみましょう

剣理:我れ正面に対して左向きに座し、我が右側に座せる対敵に対する業にして(対敵も同様左向きに座したる状態にある)第一本目「前」と同意義也。然して第一本目と同じ態にて実施する。

術理:両膝を内に寄せながら左手を鞘に掛け、左拇指腹を鍔に掛けて柄頭を我が正中線に二~三寸送り出すと共に右手を柄に掛け鯉口を切る。
 それと共に柄頭に引かれる心持ちにて腰を上げ、両爪先立つや否や、右膝を浮かしつつ立てながら、左膝はそのまま着きたる状態にて左膝・右足先を軸にして、気を以って敵を圧する心にて徐々に刀を抜きながら右廻りに正面(我が右側に座する敵の方)に廻る。
 正面に向き直るや否や直ちに右足を踏み立てて横一文字に斬り付ける・・以下省略。

 正座の部前・右・左と三本目にも拘わらず詳細な術理のテキストです。
 文章でここまで詳細に動作を付けられたテキストは従来もありません。
 口伝口授を良い事に抜けだらけのテキストでは何時までも、師匠の癖だらけの動作に縛られてしまいます。

 修行が進めば進むほど、宗家として公にここまで詳細に書かれた意図を思い読み直しその心を思います。
 その上で己の体の歪に気づき直せるものは直し、障害があればそこから自分流を生み出すものでしょう。
 そして師匠に問うものでしょう。

 ある道場での事、「俺は技も心も師匠がすべてであり、お前は、講習会やDVDとテキストで学んだ業技法を優先する、武道を学ぶ資格は無い」と剥きになって古参の方が研究熱心な後輩を攻めています。

 この古参の方の言いたい事は「段位や所属年数の高い者には、何事も黙って従え、長幼の序を持って敬い、礼を失するな、教わったことだけをやっていればいい」というのでしょう。

 どう見ても、師匠の業技法も心も持ちあわせずに、どこかの古い戦前の武道書の一節を言うだけの方のようです。

 武道界は、戦時中の面影を強く残しているようです。
 柔道界の不祥事もその一端でしょう。
 「上官には逆らわず、言いなりになって死ぬことが国や肉親を思う事」と・・。やれやれそこまで「かび臭く」はなりたくないものです。

 五輪強化選手程の優秀な人を相手に「お前の変わりは幾らでも居る」というような監督の発言はまさに戦時中の日本軍のカビです。

 古参・高段位であればあるほど人一倍の修行をすべきものでしょう。
 号令を掛けて悦に入っていたり、道場の隅でサボって品評会をしていたり、昔習ったと言う事に固執して勉強もしないようでは、何が・・です。

 指導する立場を自認する方は、己が出来ない事こそ習うものに強く要求するだけの「心の大きさ」を持つべきでしょう。

 一方で師匠が進化しているのに弟子ばかりが昔の習いに固執して、研究もしない様では呆れてしまいます。
 そんな弟子を持った師匠も哀れです。

 4歳の幼児が古伝の剣術を習いに来ています、見よう見まねで打ち込んでいます、見事に左右に筋を変えて、古流の動きが出来ています。

 そこの師匠は「あの子は私の先生である」

 人は真似ることで、知恵を得て進化してきました、より高いものを求めるには先ず真似てとことんやってみる事でしょう。
 子供だからとか、初心者だからとかで、見下したり、否定から始まる人生では面白くもないものです、幼児には戻れなくとも幼児の向上心はいつまでも持ち続けたいものです。

この子は、今、楽しそうに、大人に混じってモップを押して道場を走っています。

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