« 曽田本業附口伝その1太刀打之位2附込 | トップページ | 曽田本業附口伝その1太刀打之位4請込 »

2015年10月 7日 (水)

曽田本業附口伝その1太刀打之位3請流

曽田本業附口伝

その1.太刀打之位

 三本目 請流 仕打八

是は敵も我も八相の構にて行真向へ討込也(敵は待て居ても相掛りにても苦しからず)敵十文字に請て又八相にかけて打込也我其の時左の足を一足踏み込みて裏を止ると敵又引きてかむる処を我其の儘面へ突込也敵其の時横に払う也其処を我体を開きかむり後を勝也(又最後に首根に打込み勝もあり)

*前の業の附込で互いに刀を合わせ、双方五歩退いても良いし、打はその場に正眼に構えて仕が五歩退いて元の位置に戻るのを待っていても良いとされています。
互いに左足を出し右足を退いて八相に構える。
ここでは双方八相に構え合掛りにスカスカと歩み寄るとします。

仕は場合にて八相から上段に振冠り右足を踏み込んで打の真向を打つ、打は是を右足を踏み込み(踏み替え)八相から頭上に柄を左にして剣先を右に向け十文字に請ける。
打は右足を引いて八相に構え仕の左面を打つ、仕は左足を一足踏み込んで八相の裏に(左側に)止める。

打は左足を引いて上段に冠る処、仕は右足を踏み込んで打の面に突き込む。打は其の時、右足を引いて上段から左横に是を払うを機に、仕は左足を斜め左に踏み開き体を開いて請け流し右足を左足の後方に踏み替え刀を右から回して振冠り勝ちを制する(または打の首根に打込み勝つ)

この業は、打が退きながら、打ち込んで来るのを裏八相に受け止め、次に再び打とうと振り冠る処、仕は透かさず面に突き込み、打がそれを払うのを当たり拍子に左に廻り込んで首根に打ち込む。

古伝神傳流秘書太刀打之事 本目請流

 遣方も高山相手も高山或は肩へ構まへるかの中也待処へ遣方歩行右の足にて出合ふ打込を打太刀請扨打太刀の方より少し引て裏を八相に打を左足にて出合ふて留相手又打たんと冠るを直に其儘面へ突込み相手八相に払ふをしたかって上へ取り右の足にて真甲へ勝

*この業は比較的解りやすく書かれています。
二本目の附入を終わって、双方青眼に構え、打太刀はその場に右足前で留まり、遣方は青眼の構えのまま五歩引いて元の位置に右足前で戻る。
打太刀が、右足に左足を揃え青眼から「高山或は肩へ構へ」は上段または八相に構え右足を引く。
遣方も左足を右足に揃え、青眼から上段または八相に構える。
通常、打太刀の構えに遣方は合わせるのが剣術の常識ですから上段ならば上段、八相ならば八相です。
打太刀構え待つ処に遣方スカスカと歩み行き、左足で間を越し右足を踏み込み打太刀の高山ならば真向、八相ならば左面に打ち下ろす。八相から敢えて上段に冠り直して真向に打ち下ろすのは、いかがなものでしょう。
打太刀その位置で右足を踏み込みこれを逆八相に受ける。
打太刀右足を少し引いて逆八相から遣方の右面に打ち込む、遣方左足を踏み替えてこれを受ける。
打太刀左足を引いて上段に冠る処、遣方直ぐに右足を踏み込み切っ先を打太刀の面に付け突き込む。
打太刀これを右足を引きながら八相に払う処、遣方払われるに従って左足をやや左前に踏み込み、刀を右から振り冠り、右足を踏み込んで真向に打ち下ろし勝。
古伝は足捌きも語っていますからそれに従う事でよいでしょう。

嶋先生に依る福井春政先生の太刀打之位 請流
「双方八相の構にて前進、仕太刀真向に打込む、打太刀之を十字に請く。
仕太刀更に左足を一歩進め裏を打つ、この時打太刀一歩右足を退き八相より裏に請止め、打太刀更に左足を退き上段に振冠るところを仕太刀青眼より右足を踏出して打太刀の面に突込む、打太刀は之れを左下方に払ふ。
仕太刀其機に体を左に開き右足を前に進め上段に冠り後を勝つ。
互に刀を合はせ原位に復し五歩後退血振ひ、納刀。」

古伝神傳流秘書の太刀打之事 請流は打太刀が仕太刀に打ち込まれて請け、直に退いて仕太刀の右面に打ち込みを仕太刀は受け留めています。打太刀が更に打ち込もうと退いて冠る所を、仕太刀は打太刀の面に突き込み、打太刀が之を払う拍子に筋を変わって打ち込むのです。

嶋先生は仕太刀が先を取って打ち込み、打太刀は之を請けながら後退します。
其の退く所を面に突き込み、打太刀に払わせて其の拍子に筋を変わって勝つ結果は同じでも受太刀が入れ替わっているのは面白い処でしょう。
業附口伝も神傳流秘書も二刀目は打太刀が引きながら打ち込んで居ます。稽古ではいずれも出来て当たり前です。
嶋先生の太刀打之位は、第19代福井春政先生、田岡 傳先生直伝と云う事ですが仕・打の攻防が仕が一方的攻めています。これではこの請流の古伝の心は失われてしまいます。
形は「かたち」では無い処でしょう。

業附口伝は昭和13年1938年発行の河野百錬先生の「無双直伝英信流居合道」の第五節居合形之部第二太刀打之位に紹介されています。其処では出典は明らかではありませんが曽田先生の業附口伝のままに書き込まれています。
その後の河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書の刊行を考えれば、曽田先生との交流はこの昭和13年1938年以前からあったと推察できます。

河野先生は昭和2年1927年、大江先生が76歳で没せられた年に第18代穂岐山波雄先生に師事しています。29歳でした。
昭和10年1935年に穂岐山先生(44歳)が亡くなられ、第19代福井春政先生(51歳)に師事します。河野先生37歳の頃六段位でしょうか。
河野先生は、昭和13年1938年40歳には大日本武徳会居合術錬士で「無双直伝英信流居合道」を発行されています。

|

« 曽田本業附口伝その1太刀打之位2附込 | トップページ | 曽田本業附口伝その1太刀打之位4請込 »

曽田本業附口伝15-10」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 曽田本業附口伝その1太刀打之位2附込 | トップページ | 曽田本業附口伝その1太刀打之位4請込 »