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2015年10月26日 (月)

曽田本業附口伝その3大小詰1抱詰

曽田本業附口伝

その3.大小詰

一本目 抱詰

互に対坐、打は仕の柄を両手にて取らんとすすぐに仕は両手にて打の二の腕を下より差し上ぐる様に掴み我が左脇に引き倒す也

向うて居る敵我が刀の柄を両手にて押付る時敵の両肘へ手をかけうすみ上げ左え振り倒す 五藤メモ)

嶋 専吉先生の写した第19代の大小詰一本目 抱詰
「打太刀は仕太刀の柄を両手にて捉らんとす、仕太刀は直に両手にて打太刀の二の腕を下より差し上ぐる様に掴み己が左脇に引き倒す。

*嶋先生の謄写された物は曽田先生の書かれた業附口伝其のものです。

*打は小太刀を帯し、仕は太刀を帯して互いに立膝に座して対座する、打は腰を上げ仕の柄を取ろうと乗り出して両手を伸ばしてくる。
仕はすぐ様、両手で打の二の腕を下から差し上げる様に掴み絞り込んで制し、腰を上げて打を浮かし左脇に引き倒す。

五藤先生の教示では、打(敵)は仕(我)の柄を両手で取り押し付ける時、打の両肘に両手で下からかけ「うすみ上げ」左へ振り倒す。すでに柄を取られて、押し付けられています。打の肘を両手で少し持ち上げる様に腰を上げて打を浮かし左へ振り倒す。

我が柄を押さえ様と手を出してきたところか、すでに柄を取られたかの状況の違いです。
どのように敵の両肘に手を掛けるのが最も有効でしょう。抱き詰めと言う業名を考えれば両腕で敵の両腕肘の辺りを抱き抱える様にするのが実戦では有効でしょう。ここでは業手附に素直に従って稽古します。

*大小詰は我は太刀を差し、敵は小太刀を差して居合膝(立膝)に座す。
そのようにするとは、指定されていません。
詰合之位は「神傳流秘書の詰合」に(重信流也是より奥之事極意たるに依って確実に稽古する也)とありますから、奥居合は立膝によると現代では常識となっています。
さらに神傳流秘書の大小詰の括弧書きには(是は業にあらざる故に前後もなく変化極りなし始終詰合居合膝に座す気のり如何様ともすべしまず概ねこの順にする)とはっきり仕様を付けています。
大小については、太刀と小太刀による攻防と想像ます。
「詰」は詰め合って座すでしょう。
立膝の詰め合いで双方の間隔は右爪先または左膝頭間で三尺位であまり広く取らないこと。畳一畳に二人が向き合って座すもっとも自然な位置取りでしょう。

ここで、この大小詰は「打・仕」と「敵・我」を言い換えてあって前回までの詰合が「敵・我」とは異なる書き方が気になります。この手附は曽田先生が口伝によって書かれたもので太刀打之位・詰合之位とは違う参考文献に依っているかも知れません。是以後の手附はすべて「打・仕」の使い方です。

五藤メモとした部分は第十六代五島孫兵衛正亮先生の教示であると、曽田先生の注意書きがあります。それでは「敵・我」であらわしています。曽田先生の手附と五藤先生の教示を対比しながら業を稽古していきます。

神傳流秘書 大小詰

(是は業にあらざる故に前後もなく変化極りなし始終詰合組居合膝に坐す気のり如何様ともすべし先大むね此順にする)

重信流

神傳流秘書 大小詰 一本目抱詰

楽々居合膝に詰合たる時相手両の手にて我が刀の柄を留る時我両の手を相手の両のひじに懸けて躰を浮上り引て其儘左の後の方へ投捨てる

*序
詰合は、矢張り重信流と云う事で、奥の事として極意であるから格日(確実)に稽古するものと始めに有りました。
双方太刀を帯して居合膝に坐したる時の攻防、或は立っての攻防でした。
大小詰は相手は小太刀、我は太刀を帯します。

此の大小詰は、「是は業にあらざる故」と云います。是は業では無いと云うのはどの様な事をさすのか解りません。
刀を抜いて抜き打つ居合の業技法では無いと言うのでしょうか。内容から見て心得とは云い難いのですが、柔術でも剣術でも無く其の混合とでも言うのでしょうか。

「前後もなく変化極りなし」は順番はどうでもいいから前後して稽古しても、状況に応じて変化極まりないと考えて工夫しろと言う様です。

「始終詰合組居合膝に坐す」と座し方は双方詰合って組む。詰合うとは膝詰と云う様に双方の間隔は近く手を伸ばせば容易に相手の胸ぐらを掴める程でしょう。
居合膝の名称が出ていますが、どの様であったかは不明です。
片膝立ちした座仕方として置きます。此の頃すでに居合膝と云ったのか、この武術を習う人達の通称かも知れません。

そして、気のり次第にどの様にしても良いが、大むねこの伝書の順序で稽古すれば良い、と云って居ます。

詰合は双方太刀でした、この大小詰は打太刀は小太刀で、遣方は太刀を差しての攻防です。相手との間は近いもので膝頭で2、3尺位が妥当でしょう。

*この業名は抱詰(だきずめ)でしょう。
相手は小太刀を差し、我は太刀を差して向かい合って居合膝に坐す。「楽々居合膝に詰合たる時」の楽々をどのように解釈するのか、失伝した大小詰であり当然のようにその「楽々居合膝に詰め合う」仕方も失念しているのでしょう。

「楽々」の書写が間違っていることもあるでしょうが、そのまま曽田先生に敬意を払って、相手をにっくき敵と意識する事無く貴人と接するが如く、さりとていたずらに緊張せずに作法に従って楽々居合膝に互いに接する。
相手は腰を上げて、爪立つや我が刀の柄を両手で抜かさないように抑えてくる。
我は相手の両肘に下から両手を掛け絞り上げるように同時に腰を上げ、相手が浮き上がる処、左足を引き体を左に開いて左後方に投げ捨てる。

五藤先生は明治30年1897年に亡くなっています。
曽田先生は明治23年1890年生まれ、行宗先生に師事したのが明治36年1903年です。
曽田先生と五藤先生の直接の接点はありえないでしょう。

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