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2015年10月 4日 (日)

曽田本業附口伝・序

曽田本業附口伝

◎参考「曽田虎彦・故竹村静夫君 共に実演したり

太刀打之位
詰合之位
大小詰
大小立詰

五藤先生
谷村先生業附口伝書固り実演したるを詳述したり

筆者曽田虎彦実演したり(虎彦記)
詳解したるにあらざるも竹村君と共に
田口先生のご指導と実兄(五藤先生の実弟 土居亀江)の口伝によりあらましを記したり。

*昭和11年10月26日日本古武道振興会において陸軍戸山学校天覧道場で土佐の居合太刀打之位を打太刀竹村静夫先生、仕太刀曽田虎彦先生で演じた事を指しています。その写真も残され太刀打之位の四本目請込の業を演じる御両人のお姿が曽田本2に残っています。

竹村先生はその後昭和13年2月に突然逝ってしまわれました。残された弟子が楠瀬庸方先生でした。

古伝の組太刀である太刀打之位・詰合之位・大小詰・大小立詰の4種類が収められています。
これは十六代五藤孫兵衛正亮と谷村樵夫自庸先生相伝の免許皆伝目録による業附口伝書に固より(基にして)筆者の曽田虎彦が竹村静夫と実演したものである。
詳細に解説を書いてはいないが、田口先生のご指導と実兄の土居亀江の口伝によってあらましは記してある。

太刀、又は小太刀を持っての組太刀は神傳流秘書では
太刀打之事
詰合
大小詰
大小立詰
大剣取
の五種目がありました、さらに前回の英信流目録の小太刀之位を入れますと都合六種目の組太刀を土佐の居合は持っていた事になります。

土佐の居合の組太刀6種目合計53本
太刀打之位11本
詰合11本
大小詰8本
大小立詰7本
大剣取10本
小太刀之位6本

このうち、政岡先生は太刀打之位・詰合・大小詰・大小立詰・大剣取までの五種目を解説済みで誰でも現代語で稽古できるようにされました。
小太刀之位は恐らく本邦初公開で素読の上動作を付けて置きましたが、実際に演じて不合理な処は課題としてご研究いただきたいと思います。

今回の業附口伝はこのままでも明解なテキストになります。
すでに政岡先生の動作や他の先生方の術理が世に出ていますので参考にされ、古伝をより親しめるはずです。

大江先生の改変された無双直伝英信流居合道形を太刀打之位と誤って思われ、それを打たれる方は、少し工夫をすれば容易に古伝を稽古することができるでしょう。

明治以降に打たれた仕組(組太刀)です、古伝神傳流秘書の仕組を併記しておきます。
しかし、竹刀剣道の直線運動や飛び込み打突を離れて日本人本来の古武術の身体動作をご研究いただけなければと思います。
形は決められた一つの「かたち」をとことん稽古して、その上にそれだけではなく、そこから派生するあらゆる変化に応じる剣の術理を学ぶものです。

此の業附口伝は昭和13年1938年発行の河野百錬先生述による「無双直伝英信流居合道」の第五節居合形之部第二に太刀打之位・第三に詰合之位・第四に大小詰・第五に大小立詰が(當流古傳之略述在文責筆者)とされて掲載されています。
出典は明らかではありませんが曽田先生との交流から得られたものと断定しても良さそうです。
河野先生は、他の著書にはこれらの古伝の形を解説されていませんので、大江先生の無双直伝英信流居合之形のみの稽古であったかも知れません。
昭和17年1942年4月18日から二週間高知におもむき、第19代福井春政先生・田岡 傳先生に、直に指導を受けられた嶋 専吉先生(不明)の備忘録が「無双直伝英信流居合術乾」として綴られています。其処には、古傳の太刀打之位・詰合之位が実際に指導され稽古した中から覚書されています。余暇に大小詰・大小立詰は「浅学の自分としては未だ躬らその扉を叩くの機会を得ないので福井先生御所蔵の文献をそのまゝ拝借謄写して他日の研究を期することゝし・・」とあります。これは文面から曽田先生の業附口伝と略同じものです。

業附口伝に嶋先生の覚書を繰り入れて参考にさせていただきます。

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