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2015年11月23日 (月)

違師伝交流稽古

違師伝交流稽古

  今年もあと一月余りを残す事になってしまいました。三連休ともあって新幹線の乗り場は、大きな荷物を抱えた人で一杯です。
 降り立った駅に、懐かしい顔が今年も笑顔一杯に出迎えてくれます。毎年続けて来た、師伝の異なる方々との交流稽古会を今年も11月21日、22日の2日間行いました。
 同じ無双直伝英信流でも第17代大江正路先生の直伝であるとしていても、当時のお弟子さんは大江先生に習った時期や、人に依っては指導内容が違うでしょう。まして、そのお弟子さんから代を重ねて来れば、同じ理合でも動作が異なるものです。
 居合は、理合によって自分の頭の中に仮想敵を描いて、その仮想的に向かって技を繰り出す空間刀法です、間合いや、拍子の少しの違いでも技法の変化が起こるものです。其の上人は、育ちは勿論のこと、身長も体重も筋力も性格も性別も哲学も夫々です。幾らでも異なるものが生み出されます。
 其れにもかかわらず師匠の真似をして「之が当流の掟だ」として狭い範囲に無理やり押し込まれて得々としているのです。
 半面、どんなに、其処からはみ出て見ても、釈迦の手を出られない孫悟空です。
 今回の課題は、一人演武の空間刀法ではなく対敵を相手にした太刀打をそれぞれ披露してその真髄を学んで見ようとするものです。
 ここでの、稽古形は、大江先生が中学生向きに改変された無双直伝英信流居合形七本では無く、土佐に伝わって来た、古伝太刀打之位(神傳流秘書の太刀打之事)十本の稽古です。
 形は、江戸末期には、防具と竹刀によって実戦に近い動作を促成で身に着けさせる稽古法に取って代わられた様に思えますが、本来白刃の下をかいくぐって来た先師が残された取って置きの稽古業で之を充分稽古する事によって、幾つもの課題が解決されるはずです。
 平和な江戸時代には、いつの間にか、形を、狭い申し合わせの打ち合いの「かたち」に押し込め、足の運びは何歩で、ここで振り冠り、ここに打込まれるのでこのように受けて・・など、テレビでみる歌手や踊り子の演舞同様なものになってしまったのでしょう。
 それでは喧嘩慣れした無法者に勝てるわけもなく、決められた「かたち」から外れた打込みには為す術すらなかったのでしょう。
 
 現在の形の演武を見ていますと、見事に恰好よく美的武術を演じています。中には真剣を以て打ち合う振りをして「如何にも」と得々と演じたりしています。
 ひどいのは、合同演武と称して、号令一過、足並みそろえて、打ち合う音まで合わせるが如き踊りまがいの集団剣の舞を演じています。
 第20代河野百錬先生は「形は姿勢を正確にし、眼を明らかにし、技癖を去り、太刀筋を正しくし、動作を機敏軽捷にし、間合いを知り、気位を高め、気合を練るなど甚だ重要なものなり。
 形を演ずるに当たりては充分に真剣対敵の気合を罩(こ)め、寸毫の油断なく、一呼吸と雖も苟(いやしく)もせず、居合の法則に従ひ確実に演錬すべし。形に最も重んずべきは単に其の動作のみならず実に其の精神にして、気合充実せず、精神慎重を欠かば、如何に軽妙に是を演ずるとも一の舞踊と択ぶ所なし。学者の心すべきところなり。」と言われています。
 是だとて、形を演ずる心懸けの息を出ていないかも知れません。形は人前で得々と演じたり、足並みそろえて演じるものでは無く、その与えられた、手附から繰り返し稽古する事により、必勝不敗の秘術を身に着ける事を学ぶ事で有る筈です。
 背丈を合せ、申し合わせのままに、合同演舞(武??)とはなんなのでしょう。かと言って、はじめに形を覚えなければ、何事も進歩する能わず共いえます。大人のチャンバラはそれなりにそこまででしょう。
今回は、師匠に習ったままを拝見します、その技法を解説してもらいます。同じ師匠筋の太刀打ちならば申し合わせの部位に打ち込まれもしますが、師伝違いでは其の都度戸惑うものです。何回も他道場を渡り歩いていても新鮮な驚きと発見に高ぶってきます。
 太刀打之事一本目出合だけでも、参加された方々の動作は随所に自分と違う事に気が付きます。わからない処は、質問し、やって見るのです。
 此の形は何を学ばせようとしているのか、そのポイントは何だろう・・。この先生の師伝の意図する処は是かも知れない、是非覚えたい、などそんなこんなで三時間半で六本迄進むのが精一杯でした。翌日に更に残り分を、稽古し合います。
 形の持つ、奥の深さがひたひたと染み込んで来きます。
 大江先生以前の古伝です、一旦失伝された物が復元されて伝承されたものですから、業毎に最後に古伝神傳流秘書の業手附を読んで見て、検証して見る事も忘れない様にしてみました。
 大江先生以前の古伝太刀打之位(太刀打之事)の復元は政岡先生の地之巻に行われています。
 政岡先生は復元にあたり「秘伝書を基として出来るだけの関係書類を参考として復活したものでありますので不合理な点、変だなあと思われる処、斯ありたいものだなどのお考えが多い事と思いますので、御気付の点に就いては大小となくお申出下されたく御互に手を取り合って正しいものを再現し後世に残し伝えたいと念願でありますのでご協力お願いたします」
と、綴られております。政岡先生は地之巻発表の一年前に77歳で稽古中にこの世を去っておられます。地之巻発表以前からご研究の有ったものですから既に半世紀を過ぎて、政岡先生に縁のある方々とこの太刀打之事を研究し合えたのは、きっと政岡先生の御導きによるものかと、しみじみ地之巻を開いています。
 

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コメント

ミツヒラ様
有り難うございます。
居合修行者は守るべきものと、
時と共に変化していくものを
見極めなければならないと思っています。
慢心は全ての成長を止めます。
生きざまは必ずや業に出ます。
居合道は恐ろしくも楽しい道です。
来年は是非とも!!

無銘さま
コメントありがとうございます。
お心、受け留めさせていただきます。
    ミツヒラ

投稿: 無銘 | 2015年11月28日 (土) 20時10分

ミツヒラ様
初めまして。大阪英信流(笑)の無銘と申します。
毎朝、拝見しておりますがコメントは初めてです。
違師伝交流稽古。良いですね。必要だと思います。
自分とは違う。とは大切な事で、気づき、学び、時には違和感につながります。
居合修行にとって、自分以外の他者は大変有難い存在です。同じ身体、同じ人生の人なんていませんから…。
是非、いつの日かご一緒させて頂きたいと思います。

無名様
コメントありがとうございます。
武術は古い因習が根強く、交流などしたくともできない上から目線の雰囲気が充満しています。
隠すべきものなどこの時代有る筈も無く、自流の師伝をベースにして、お互いに素晴らしい研究課題を手に入れられます。
他者を否定せず、伝承すべきものは頑なに守りつつ、間違いに気付けば如何に師伝でも素直に直せばよいだけと思っています。
在らぬ方に行くか行かないかは、自覚と善き師に巡り合えるか否かでしょう。
機会があればぜひ、一手御教示いただければ幸いです。
       ミツヒラ

投稿: 無銘 | 2015年11月26日 (木) 18時21分

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