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2015年11月13日 (金)

曽田本免許皆伝目録その4小藤亀江の根元之巻読下し


曽田本免許皆伝目録


その4.小藤亀江の根元之巻読下し

居合根元之巻
抑(抑々そもそも)此の居合と申すは、日本奥刕(奥州)林の大明神の夢想に之を伝え奉つる、夫れ兵術は上古中古数多他流の違い有と雖も、大人・小人、無力・剛力、嫌わずに兵の用に合う云々。
末代相応の太刀に為ると云う、手近の勝負一命の有無此の居合に極まる。
恐らくは、粟散辺土の堺に於いて不審の儀之れ有るべからず。
唯㚑夢(霊夢)に依る処也。

此の始めを尋ぬれば奥州林崎神助重信(*神助は甚助の誤かその様に土佐には伝わったか?)と云う者に因り、兵術有るを望み林の明神に、一百有日参籠令(せしめ)其の満暁に夢の中で老翁重信に告げて曰く、汝此の太刀を以て常に胸中に憶持たる怨敵に勝を得る云々。
則、霊夢に有る如く腰刀三尺三寸を以って大利を得、九寸五分に勝つ事、柄口六寸に勝の妙不思議の極意、一国一人の相伝也。
腰刀三尺三寸は三毒則三部に但し脇指九寸五分、九曜五古(五鈷)の内訟也。
敵味方と成る事、是亦前生(前世)の業感也。
生死一體は戦場浄土也。
是に観る如く、則、現世は大聖摩利支尊天の加護を蒙り、来世の成仏成るは縁の事、豈疑い有らん哉。
此の居合は千金を積むと雖も不真実の人には堅く之を授けるべからず、天罰を恐るべし。唯一人に之を伝、云々。
古語曰く
其の疾く進むは、其れ速く退く云々。
此の意、貴賤、尊卑を以て、前後の輩に謂れずして隔て無く、其の所作に達する者を以って目録印可等相違無く許す。

又古語曰く
夫れ百錬の構え在りて、則、茅茨荘鄙と兵の利を心懸けるは、夜自白之を思い、神明佛陀を祈り、忽ち利方を得、是に依って心済み身に燦然(*光り輝く)たる事なり
*以下に、見慣れない、聞きなれない言葉を解説しておきます。
*奥刕は奥州、刀は刂(りっとう)を三つ並べれば州です。
*粟散辺土は我が日本国、粟粒の様に小さな辺境の国
*霊夢、㚑は霊の異体字
*三毒は貪瞋痴、むさぼり求める心・怒りの心・真理に対する無知、三部は密教の仏部・蓮  華部・金剛部、また金剛界・胎蔵界・蘇悉地。
 金剛界は密教で、大日如来の、すべての煩悩 (ぼんのう) を打ち破る強固な力を持つ智徳の面を表した部門。
 胎蔵界は金剛界に対して、大日如来の理性の面をいう。仏の菩提 心が一切を包み育成することを、母胎にたとえたもの。
*蘇悉地(そしつじ)はそれらの成就。
*九曜五古は九曜五鈷の間違いでしょう。
 土曜(聖観音)、水曜(弥勒)、木曜(薬師)、火曜(虚空蔵)、金曜(阿弥陀)、月曜(勢至)、日曜(千手観音)、計都(釈迦)、羅睺(不動明王)の9つの星を「九曜曼荼羅」として信仰した。
 平安時代には「九曜曼陀羅」は真言のご本尊として崇拝され、中でも、この九曜文様が「道途の安全の守護」今で言う「交通安全」の霊験あらたかな「おまじない」だ、ということで、公家衆の輿車・牛車・網代輿・雨眉車・文車等の多くに描かれたと伝えられ厄よけの重要な文様です。
*五鈷は五鈷杵の略で金剛杵、密教で煩悩を破砕し菩提心を表す金属製の法具。
*内訟は内証、仏語、自己の心の内で真理を悟ること。内面的な悟り。
*業感は仏語、善悪の行為が因となって、苦楽の報いを感受すること。
*浄土は五濁、悪道のない仏・菩薩の住する国。
*大聖は仏道の悟りを開いた人の尊称。釈迦、菩薩。 
*摩利支尊天は、陽炎(カゲロウ)を神格化した女神で、陽炎のように目に見えなくとも常に身近に進路の障害になるものや厄を除き、ご利益を施してくれる。武士の間でも戦勝の神として信仰されお守りとされた。
 軍神とされる一方、五穀の結実を豊かにする農業の神ともされる。三面六臂で、走駆する猪に乗っているとされるものが多い。
*豈有疑哉、豈疑い有らんや、どうして疑があろうか、疑いは無い。
*第茨は茅茨 ぼうじ、かやといばらの誤字か。
・・次回はこの根元之巻を現代風に訳してみましょう。

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