« 曽田本免許皆伝目録その1居合根元之巻 | トップページ | 曽田本免許皆伝目録その3小藤亀江の根元之巻原文 »

2015年11月11日 (水)

曽田本免許皆伝目録その2小藤亀江

曽田本免許皆伝目録

その2.小藤亀江の根元之巻

土佐の居合、無双直伝英信流の根元之巻は下村派行宗貞義先生の弟子曽田虎彦先生の
実兄の小藤亀江が受けたものを参照します。
小藤亀江は土居家の三男で小藤家へ養子に出た後土居亀江に戻ります。
小藤亀江への根元之巻は谷村派の谷村樵夫自庸から授与されて居ます。
曽田先生は土居家の四男ですから曽田家へ養子に出たのでしょう。
この頃家督を継ぐために頻繁に行われて居た養子縁組の事と思います。
それにしても兄弟で谷村派、下村派を別々に稽古して居たわけで、その違いなどを明確に説明された物など当時の書物からは判断できません。
業の違いをそれらしく、谷村派は横一線の抜き付けは「正対する」、下村派は「半身」と云った大家も居られます。
しかし谷村派にも半身の先生も居られてその様な業技法の違いでは無く、藩内での何らかの地位を取る為の政治的なものと考えた方がよさそうです。
小藤亀江の根元之巻は明治34年6月15日谷村樵夫自庸から授与されたもので、谷村樵夫自庸は楠目繁次成栄から、楠目繁次成栄は第15代谷村亀之丞自雄から授与されたものです。
第17代大江正路系統では第16代五藤孫兵衛正亮、第15代谷村亀之丞自雄と戻ります。
曽田先生は、第15代谷村亀之丞自雄、第16代楠目繁次成栄、第17代谷村樵夫自庸、第18代小藤亀江とNOを振って居ます。
そして自らを小藤亀江から明治38年6月吉日に従実兄亀江伝来曽田虎彦と書き加えています。
目録は、無雙直伝英信流居合目録とあって、内容は向身・右身・左身・後身の英信流の業名9本、四方切 向・右・左・後の4本、太刀打之位、詰合之位、大小詰、大小立詰、外之物之大事、上意之大事、極意之大事、居合心持肝要之大事と目録が付されて居ます。
大森流に付いては特に目録からは見られません。

|

« 曽田本免許皆伝目録その1居合根元之巻 | トップページ | 曽田本免許皆伝目録その3小藤亀江の根元之巻原文 »

曽田本免許皆伝目録15-11」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 曽田本免許皆伝目録その1居合根元之巻 | トップページ | 曽田本免許皆伝目録その3小藤亀江の根元之巻原文 »