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2015年12月31日 (木)

曽田本免許皆伝目録52細川義昌先生の目録

曽田本免許皆伝目録


52.細川義昌先生の目録

*細川義昌先生は、旧姓嶋村善馬17歳の時、下村派下村茂市より慶応2年1866年12月吉日に根元之巻と「林崎重信直伝流居合兵法」の目録をうけています。
 政岡先生の「細川義昌先生の傳書」として「地之巻」に掲載されている細川先生が大正11年1922年3月吉日に発行された伝書では、目録の始めに「無双神傳英信流兵法目録」とされています。
 嶋村善馬が受けた目録の流名は「林崎重信直伝流居合兵法」とあります。
 此の事は巻物を写真に撮られて、木村栄寿先生は「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説」P33に載せられています。
 余談ですが、その根元之巻には「此始尋奥州林崎神助重信・・」と「神助」が使われていますが、目録の「林崎重信流居合兵法」ではその奥書に「右林崎甚助重信流居合兵法貴殿・・」と「神助」を「甚助」と書かれています。
 不思議な不一致ですが、土佐はおおらかだったとしておきましょう。
 此処では政岡先生により発表されている、大正11年1922年の細川先生の目録を勉強します。
 この目録も政岡先生の地之巻のものと、下村茂市に依る目録とは同じと思いますが対比もして置きます。(括弧)内は、嶋村善馬の伝書に依ります。
・・
無双神傳英信流兵法目録
(括弧内は林崎重信直伝流居合兵法の目録名)
(事 形)
1、向身 横雲・虎一足・稲妻
1、右身 浮雲・山下し(山下)
1、左身 岩波(岩浪)・鱗返
1、後身 浪返(波返)・滝落(瀧落)
     四方切  向右左後
太刀打三位(立相之位)
1、出合 1、附込 1、請流 1、請込(請入) 1、月影 
(1、絶妙剣 地之巻欠落) 1、水月刀 1、独妙剣 1、心明剣
詰合之位
1、八相 1、拳取 1、岩波(岩浪) 1、八重垣 1、鱗返(鱗形)
1、位弛 1、燕返 1、眼関落 1、水月刀(水月) 1、霞剣
大小詰(大小詰之位)
1、抱詰 1、骨防(骨防□) 1、柄留 1、小手留 1、胸捕 
1、右伏 (1、左伏 地之巻欠落) 1、山形詰 
(1、〆捕) (1、袖摺返) (1、鍔打返) (1、骨防返)
(1、蜻蛉返) (1、乱曲) (電光石火)
*嶋村善馬の伝書は大小詰・大小立詰を合せ大小詰之位としています。
 細川先生が古伝に基づき、下村茂市の伝書を改めたのか、政岡先生が改めたのか判りません。
大小立詰
1、〆捕 1、袖摺返 1、鍔打返 1、骨防返
1、蜻蛉返 1、乱曲
*政岡先生の地之巻では、左伏、電光石火が欠落しています。
外之物之大事
1、行連 1、連達 1、追懸切(遂懸切) 1、惣捲 
1、雷電 1、霞
上意之大事
1、虎走 1、両詰 1、三角 1、四角 1、門入
1、戸詰 1、戸脇 1、壁添 1、棚下 1、鐺返
1、行違 1、手之内(手内) 1、輪之内(輪内) 1、十文字
(1、手離剣)
極意之大事
1、暇乞 1、獅子洞入 1、地極捜(地獄捜) 1、野中幕 1、逢意時雨
1、火対雨(火村風) 1、鉄石 1、遠方近所 1、外之剣(外剣) 1、釣瓶返
1、智羅離風車
居合心持肝要之事(抜刀兵術真心肝要之大事)
1、捕手和居合心持之大事 1、立合心之大事(立相心之大事) 
1、太刀組附位之事(太刀組附位事) 1、太刀目附之事(太刀目付之事)
(1、軍場之剣) 1、野中之幕之大事 1、夜之太刀之大事(夜之太刀)
(1、閨之大事) 1、潜り之大事(潜之大事) (1、帯車之事)
1、戸脇之事 1、獅子之洞出之事 1、獅子之洞入之事
(雷電霞是極刀萬法一心 口伝)
右九ヶ条者深秘之極意也非真実之人者努々不可有相伝者也
(此九ヶ条者深秘之極意也非真実之人者努々不可有相傳者也)
貴殿無双直伝英信流居合就多年御執心太刀次悉令相伝候向後御□専要候若御所望之仁於有之者兼而其人之取罰又指南尤可仍免許之状如件
(右林崎甚助重信流居合兵法貴殿就多年御執心抜刀一術悉令相傳□向後御嗜専用候依而目録免状如件)
・・
*奥書読み下し
(雷電霞是極の刀、萬法一心)
右九ヶ条は之を深く秘す極意也、真実の人に非ざれば努々相伝有るべからざるもの也
(此の九ヶ条は之を深く秘す極意也、真実の人に非ざれば努々相伝有るべからざるもの也)
貴殿は無双直伝英信流居合に就き多年御執心ありて太刀次悉く相伝せしめ候、向後(□)嗜み専要に候、若し、御所望の仁之れ有るに於いては、兼ねてその人の罰文(又 文誤植か)を取り、指南尤もにして之を免許する事くだんのごとし
(右林崎甚助重信流居合兵法を、貴殿多年に就き御執心、抜刀一術悉く相伝せしむ、□向後御嗜み専用に候、依って目録免状くだんの如し)
・・
*この目録を読んで見ますと、政岡先生の書き写された細川義昌先生の原本の行方が気になります。下村茂市より伝授されたものとはどこか違うのです。
 谷村派の大江先生程変えてしまう事は無かったのですが、土佐の居合は、先師の教えをいじって動いているのでしょう。
 伝書集を略2カ月に渡って、掲載して来ました。大江先生は複数に根元之巻を授与されました、細川先生は植田平太郎先生・中山博道先生の名が上がっていますがそれ以外は聞こえてきません。
 中山博道先生は、谷村派の16代五藤正亮先生の弟子森本兎久身先生に土佐の居合を習い免許皆伝と言われます。細川義昌先生からも免許皆伝を貰ったの、間に合わなかったのと云われて、長期にわたって指導を受けたであろう森本兎久身先生が霞んで見えます。
 細川先生の方が社会的地位が高いとか、居合で名が高いなどの単なる権威主義の為せることかも知れません。
 中山博道先生や植田平太郎先生等はその業績からみれば、土佐の居合の免許皆伝などに拘ることもないでしょう。
 大江先生の根元之巻の複数発行(七人とか)が宗家問題の混乱のきっかけであったかもしれません。
 大日本武徳会の段位、戦後の全居連・全剣連・其の他の連盟・個別道場の段位が絡み合って本来の根元之巻及び業目録の価値がぐちゃぐちゃになっているようです。
 連盟の段位は有るが、流派の印可は何もないお化けを生み出しているのも不思議な現象です。
 飛躍しますが流派が連盟に媚びていてはいずれ消えていくでしょう。
 根元之巻は柄口六寸の奥義と居合心を伝えています。根元之巻を持ちながら柄口六寸を指導出来ない。
 業技法の動作や形に拘ってばかりで居合心など聞いたことすらないのでは困ったものです。
 業目録では大江先生の業目録を勝手に変更したり、附け足したり、挙句は他流の業を書き込んでいるものもあります。これなど伝系を蔑ろにするもので、本来別伝として明記すべきでしょう。
 価値の無い形だけの免許皆伝と貢献度による段位では、自己満足に過ぎずに大金のやり取りが横行し、根元之巻を授与されたものが連盟の範士の下であるとするならば流派は不要でしょう。
 
 思いつくままに・・・。
 
 
 

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