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2015年12月 5日 (土)

曽田本免許皆伝目録その26林崎新夢想流明治時代

曽田本免許皆伝目録
その26.林崎新夢想流 明治時代

林崎甚助源重信公資料研究委員会編「林崎明神と林崎甚助重信」に依る研究調査で見られる、江戸時代の伝書、「林崎新夢想流 津軽藩 元禄四年1691年~正徳元年1714年頃」のものを読んできました。
「林崎新夢想流 新庄藩」の明治四十四年1911年松坂次郎左衛門臣盛から早坂理三へ伝授されたものを読んでみます。早坂理三は13歳で免許皆伝を受け大正15年1926年に28歳で亡くなっています。相当の術理に長けた達人だったようですが、13歳でどこまで根元の巻きを理解出来るかは自分と思い合わせると、夢物語です。然しどの道でも術理に達した者には理解出来るのでしょう。
新庄藩「林崎新夢想流」原文 明治44年1911年 早坂理三
「(抑)居合者奥州従林之明神夢想傳也夫兵法者上古中古雖有数多此居合末世相応之(太)刀手近之勝負一命(之)有無極此居合恐於粟散邊土之(堺)不審之(儀)不可有之唯所依霊夢也尋此始或時奥州林崎甚助謂者依兵法望林明神百ヶ日参籠満暁告夢中二云汝此太刀常憶持胸中得勝怨敵云々則如(霊)夢成得大利腰刀三尺三寸以勝九寸五分表六寸而(勝之 欠如)妙不思(議)(之 欠如)極意一国一人相傳也 腰刀三尺三寸者過現未(之)三心三身則三宝也 王法是為三剱禅門有十八種剣六種剣十二種剣又是済家室中重代衲僧截断修行也 殺人刀活人剱都有掌握中脇指九寸五分者九品蓮葉剣之出離憂苦海中生死追倒魔運(軍 の誤字)釈道九曜五古(鈷の誤字)之内証也 則曹洞五位之秘訣敵味方成事是又前生(之 欠如)業感也 生死一躰而百戦場中使大寂光土也 如此観事現世摩利支尊天之護身符也 此居合以賜千金不貴但於實當之人可傳附之兵利懸心者昼夜思之祈神明(之 欠如)息得利正見依心済身耳
畢竟黙然良(稍々)久云
珊瑚枝々掌着月」

*新庄藩「林崎新夢想流}読み下し。

抑居合は奥州林の神明より夢想に之を伝えらる、夫れ兵法は上古中古数多有ると雖も此の居合末世相応の太刀、手近の勝負一命の有無此の居合に極まれる。恐らく粟散邊土の堺に於いて不審の儀、之あるべからず。此の始めを尋ねる、或る時奥州林崎甚助と謂う者、兵法の望みに依り林明神に百ヶ日参籠満暁の夢の中に告げて云う、汝此の太刀を以て常に胸中憶持たる怨敵に勝を得る云々、 則霊夢の如く成し腰刀三尺三寸を以て大利を得九寸五分に勝、表六寸にて勝つの妙不思議の極意、一国一人の相傳也、 腰刀三尺三寸は過・現・未の三心三身則三宝也、王法是を三剱と為す、禅門十八種の剣、六種の剣、十二種の剣有り、又是済家室中重代衲僧截断の修行也、殺人刀活人刀都(すべて)掌握中に在り、脇指し九寸五分は九品蓮葉剣に憂い苦海中に出離し、生死魔軍を追倒するは釈道九曜五鈷の内証也 則、曹洞五位の秘訣と為す、敵味方成る事是亦前生の業感也  生死一体にして百戦場中大寂光土也 此の如く現世を観る事、摩利支尊天の護身符也 此の居合千金を賜うを以て貴からず、但實當の人於いて之を伝附すべし、兵利を心懸ける者は昼夜之を思い、明神の息に祈り利を得、正見心に依って身済に畢竟黙然としてやや久しく云う、珊瑚枝々撑に月着く。

・参考に・・
津軽藩「林崎新夢想流」原文 元禄4年1691年~正徳元年1714年頃
(平成3年居合審部会発行 林崎甚助源重信公資料研究委員会編 より)

 

「抑居合者奥州従林之明神夢想傳之夫兵法者上古中古雖有数多此居合末世相應之太刀手近之勝負一命之有無極此居合恐於粟散邊土之堺不審儀不可有之唯霊夢依所也 尋此始或時奥州林崎甚助謂者依兵法之望林明神百ヶ日参籠満暁夢中告云汝以此太刀常胸中憶持得勝怨敵云々 則如霊夢成得大利腰刀以三尺三寸勝九寸五分表六寸而勝之妙不思議の極位一国一人之相傳也 腰刀三尺三寸者過現未之三心三身則三宝也 王法是為三剱禅門有十八種剣六種剣十二種剱又是□(濟)家室中重代衲僧截断柊(修の当て字)行也 殺人刀活人剣都在掌握中脇指九寸五分者九品蓮葉剣出離憂苦海中生死魔運(軍の誤字)追倒釈道九曜五古之内証也 則為曹洞五位之秘訣敵味方成事是亦前生之業感也 生死一体而百戦場中使大寂光土也 如此観事現世摩利支尊天之護身符也 此居合千金賜以不貴 伹於實當之人可傳附之 兵利心懸者晝夜思之祈神明之息得利正見依心濟身耳

畢竟黙然良久云

珊瑚枝々撑着月」

 

*津軽藩「林崎新夢想流」読み下し。

 

そも居合は奥州林の明神の夢想に従り之を伝う。夫れ兵法は上古中古数多有れども、此の居合末世相応の太刀である。手近の勝負一命の有無、此の居合に極まる。

 恐らく、粟散邊土之堺に於いて不審の儀之れ有るべからず、唯、霊夢に依る所也。

 此の始めを尋ねるば、或る時奥州林崎甚助と謂う者兵法之望に依り、林明神に百日の参籠し満暁の夢中に告げて云う。汝、此の太刀を以て常に胸中憶持たる怨敵に勝を得ん云々。則ち霊夢の如く成せば、腰刀三尺三寸を以て大利を得、九寸五分に勝つ、表六寸にして勝の妙不思議の極意、一国一人の相伝也。腰刀三尺三寸は過現未の三心三身、則ち三宝也、王法是を三剱と為す。禅門十八種の剣、六種の剣、十二種の剣有り、又、是れ済家室中重代衲僧截断の柊(修)行也 殺人刀活人剣、すべて掌中に有り、脇指九寸五分は九品蓮葉剣に憂い苦海の中に出離し、生死魔軍を追倒するは釈道九曜五古(鈷)の内証也。 則ち曹洞五位の秘訣と為す、敵味方と成る事、是また前生の業感也。生死一体にして百戦場中大寂光土たらしむ也。 此の如く現世を観る事、摩利支尊天の護身符也。

此の居合千金を賜うを以て貴からず、但し實當の人に於いて之を伝符すべし。兵利に心懸けるは昼夜之を思い、神明の息に祈り、利を得て正しく見、心済の身により

畢竟黙然やや久しゅうして云う

珊瑚枝々撑に月着く。

*明治44年1911年の新庄藩の林崎新夢想流の根元之巻と元禄4年1691年~正徳元年1714年頃の津軽藩の林崎新夢想流の根元之巻は、200年の時を経てもほぼ同じ様な綴りでしょう。

 土佐の伝書は少しいじりすぎでしょう。

 明治時代のものは、誤字脱字が目立ちますが、丁寧な楷書で、ところどころ行書、草書交じりで書かれています。仏教用語はどこまで理解されていたのか聞いてみたいものです。

東北地方の伝書は他にもありますがこの辺で一旦締めて置きます。

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