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2015年12月 6日 (日)

曽田本免許皆伝目録その27山内豊惇公伝書初めにの1


曽田本免許皆伝目録

その27.山内豊惇公伝書初めにの1


河野百錬先生の昭和30年発行無双直伝英信流居合術兵法叢書には正統第15代谷村亀之丞自雄先生相伝による土佐の第14代国主山内豊惇公(とよあつ)の免許皆伝目録が編入されています。是は、私の手元に有る曽田本その1にもその2にも書写されていないものです。
  河野先生はこの伝書を曽田氏を通じて贈られたものだと無双直伝英信流居合兵法叢書のこの豊惇公の伝書の冒頭に記されています。曽田先生がどこから手に入れられたのか定かではありません。
山内家と言えば居合では無双直伝英信流山内派を呼称される方々がおられます。其の方達は、第15代土佐藩主山内豊信(容堂)公(文政10年1827年~明治5年1872年45歳没)のお孫さんである山内豊健公(明治36年1903年~昭和21年1946年43歳没)が大正14年1925年に第17代大江正路先生より根元の巻きを伝授されていますので、豊健公の指導を受けられた系統の方々が集まっての稽古会の際、稽古会の名称に「無双直伝英信流山内派」を呼称されたと聞いています。
その居合は大江先生指導の谷村派を元とする事は間違いないでしょう。
 土佐の藩主だからと言って、殿様居合として特別な業技法を大江先生から伝えられたとは思えません。寧ろ、大江先生から豊健公ばかりでなく他の大江先生の直弟子の方々が独走するのを戒められた稽古会の様子がうかがえる追憶が残されています(野村凱風先生著無双直伝英信流居合道の参考昭和40年1965年発行)。
 ある会では、山内派を名乗る事について、明治天皇より山内容堂公の功績によってたてられた山内子爵家の居合として、山内派を名乗った事に由来する事が土佐武道史話にあるなどと何か山内派とは元々第17代大江正路宗家の弟子達とは、一味違う様な印象を持たれる事が書かれていますが、平尾道雄先生の土佐武道史話にはその様な記事は見当たりません。
 無双直伝英信流山内派として独特な居合の様に思わせるべきものか疑問です。
 山内豊健公は、明治36年生まれですから山内容堂公に居合を習えるわけもなく、第17代大江先生を師とされておられたのですから正統無双直伝英信流谷村派および幾つかの所作に大江先生が習われていたとされる長谷川流の下村派が混入していたかとは思います。
 其の他の武術は、いくつか身に着けられていたかとも思います。
 昭和21年以降山内豊健先生を忍びその道統の方達に依って独自の進化をされたものと察します。
 容堂公の居合熱はすごく、「七日七夜の間休みなしの猛稽古を続けた。数人の家来がこれに参加したものだがあまりの烈しさにみんな倒れて、最後まで公のお相手をしたものは、わずかに二人か、三人にすぎなかったそうだ。(史談速記録)
 容堂公の気性のはげしさがこの談話のうちにもかんじとれるし、その居合もただの殿様芸では無かったらしい。師匠の谷村亀之丞は・・・(昭和36年1961年発行平尾道雄著土佐武道史話より)」
 容堂公の師匠は谷村亀之丞自雄ですが、伝書が伝授されたかは不明です。いずれどこからか出てく来るか楽しみです。
 出て来たとしても、それは山内派が江戸末期から既に独特のものという証しにはならないでしょう。
追記
 実は見落としていたのですが、大江先生の直弟子政岡壱實先生の昭和49年1974年発行の「無双直伝英信流居合兵法地之巻」に徳川末期の伝書として次の様な文章が有ります。   
 天保時代谷村亀之丞自雄より山内豊信公(豊重・容堂)に送りし伝書(本文前と同じ、是は政岡先生へ大江先生が送られた伝書の根元之巻及び目録を指しています)
右九カ条・・・相伝者也
敬白 天保11庚子年12月8日臣自雄所学之無双直伝英信流居合術可奉授 公孫豊信公旨蒙尊命辱御居合拝見実次聡敏明篤温習勉強雖暑寒無間断経年十年戴す五箇年予今臣竊(ひそか)推技亦頗可謂致正道而巳於点謹而献所受於師秘旨目録伝来之秘書矣誠恐誠恐頓首頓首
天保15年申辰年11月15日
谷村亀之丞  花押
*天保15年は1844年の事です。政岡先生はこの山内豊信(容堂公)の授与された伝書を見ているのでしょう。容堂公への伝書は、上記の様に簡略されていますので参考までとします。いずれどなたかが全貌をお示し下さるでしょう。
 今回は土佐藩主第14代山内豊惇(やまうちとよあつ)公の伝書をこれから読んで行きます。

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