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2015年12月22日 (火)

曽田本免許皆伝目録その43福井春政先生の目録の4

曽田本免許皆伝目録

43.福井春政先生の目録の4

*第19代福井春政先生から河野百錬先生へ授与された無双直伝英信流免許皆伝である根元之巻と目録について読ませていただいてきました.
 流の名称と、業名などに第15代谷村亀之丞自雄先生や第17代大江正路先生の伝書とは聊か異なる構成が見られました。
 いよいよ、奥書きになるのですがここにも「おや」と思える様な書き付けが有ります。

 天真正

天から真に伝えられた、いつわり飾らないの意味となるのでしょう。
 この天真正を冠した剣術の流派は飯笹長威斎家直による天真正香取神道流を思わせます。重信は之を習ったこともありうるとすればその天真正を冠する事も有りえます。

林崎明神

*林崎甚助重信はこの林崎明神に祈願して抜刀術を開眼したといわれます。江戸時代には重信公を境内に祀ったのでしょう。
 明治5年の調書には「村社熊野神社・格外社居合神社」、明治11年の調書では「村社熊野・居合両神社」とあります。「林崎明神と林崎甚助重信」平成3年林崎甚助重信公資料研究会委員会編より。

初代 林崎甚助重信
(以下十八代穂岐山先生迄連記)
*道統は省略されていますから以下に表記します。(河野先生著無双直伝英信流居合兵法叢書より第7編大江正路先生相伝長谷川流居合術伝書より)
田宮平兵衛業正
長野無楽入道槿露齋
百々軍兵衛光重
蟻川正左衛門宗続
萬野団衛門尉信定
長谷川主税助英信
荒井勢哲清信
林 六大夫守政
林 安大夫政敬(詡の誤記)
大黒元衛門清勝
林 益之丞政誠
依田萬藏敬勝
林 弥太夫政敬
谷村亀之丞自雄
五藤正亮
大江正路蘆洲
穂岐山波雄
*福井春政と続きます。
林崎夢想流
林崎神伝重信流
林崎神伝流
林崎無雙神伝重信流
右同一之名称也
*この流名は無双直伝英信流とも同一の流である、と言うのでしょう。
林崎甚助重信公を始祖としたとしても、同一と言い切るには問題が有りそうです。
 田宮平兵衛業正(政)や長野無楽入道槿露斎の後の百々軍兵衛光重以降は万野団衛門尉宗続までは、良くわかっていません。
 長谷川主税助英信、荒井勢哲清信も土佐の林六大夫守政の師匠かも知れない位にしか掴みようが有りません。
 
 ちなみに、根元之巻の後に掲げられていた林崎無想流が無く、林崎夢想流だけが此処には上がっています。林崎無双流はどうなったのでしょう。
 さらに言えばここに上がって居る四つは実在していた流名か確証が得られません。
 林崎神社の霊験記・居合神社記では「永禄2年1559年に浅野民治丸元服して神夢想林崎流と称して村名を姓とし、林崎甚助重信と改め仇討の旅に出る」、と、林崎甚助源重信公資料研究委員会の「林崎明神と林崎甚助重信」に書いてある程度のものです。
 同書にある伝書から奥羽地方に残された伝書の流名を上げれば、林崎新夢想流・林崎田宮流・林崎夢想流・林崎流居合・林崎神流・林崎流ぐらいなものです。林崎夢想流が一致しますが他は見られません。
神傳流秘書に残された流名は、無雙神傳重信流・無雙神傳英信流です。第19代福井春政先生が河野百錬先生に授与された免許皆伝目録に記載された根拠は何かよくわかりません。
昭和二十五年一月三日
*昭和25年1950年の1月3日にこの伝書は書かれたと言う事になります。
無雙直伝英信流
*「無雙直伝英信流」を第19代正統宗家福井春政先生が河野百錬先生に伝授したと言う事になります。大江先生の大正10年の鈴江吉重先生への伝書では「無雙直伝英信流居合術」です。この辺の違いは、無視すれば良いかも知れませんが何か吹っ切れないものです。
 この年、第19代福井春政宗家により河野百錬先生に紹統印可されています。 
 其処では「「無双直伝英信流居合兵法」正統第20代宗家を紹統印可する者也」と結ばれています。
第十九代正統宗家
居合術範士・柔道教士七段・従七位 
福井春政   花押
大日本武徳会 居合術範士
河野百錬 殿
*第19代福井春政宗家が河野百錬先生に授与された伝書は、大江先生が発行された伝書の形式とは異なります。
 根元之巻はともかく、目録は形式から見れば何か腑に落ちない気がします。
 何か理由があったのかも知れませんが、憶測を出ません。
 流名についてのことも何故過去にあったかも知れない、ご自分でも古伝を稽古されたとは思えない流名を記載しなければならなかったのか納得がいきません。
 土佐の御留流として門外不出であった土佐の居合です。第17代福井春政先生によって土佐から大阪の河野百錬先生に免許皆伝の根元之巻・目録を伝授された事は、この流のその後の発展に大きく影響したもので、今日、全国で此の居合を容易に修行出来る事は其の事が大きく寄与していると思います。
 
 無双直伝英信流の業を学び、その成り立ちを追い求めて来た私は、福井春政先生が其処には全てを書かずとも、土佐以外から宗家を出してでも伝承しようとされた第19代福井春政先生、その意を受け入れ、その証を公にされた河野百錬先生の計り知れない情熱は、土佐の古老の重圧をはねのけたのでしょう。
 第17代大江正路先生も、堀田先生と共著で土佐の居合を「剣道手ほどき」に顕わしていたり、谷田左一先生にも指導されています。細川義昌先生も同様で中山博道先生に指導され夢想神伝流として全国に広まっています。
 江戸時代は、門外不出の理由の一つに武者修行と称する隠密や盗賊など藩外の侵入を防除する方便でもあったにすぎません。
 不思議な免許皆伝ですが、其処には、「土佐だけのものでは無いぞよ」という声が聞かれます。

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