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2015年12月 9日 (水)

曽田本免許皆伝目録その30山内豊惇公伝書読み下し


曽田本免許皆伝目録

その30.山内豊惇公伝書読み下し

正統第15代 谷村亀之丞自雄先生相伝

免許皆伝目録
 土佐藩主、山内豊惇(とよあつ)公に奉授の伝書にして山内家に伝承所蔵されたる本巻二部(根元之巻及び無双直伝英信流居合目録)は曽田氏を通じて著者(第20代宗家河野百錬先生)に贈られたるもの也
*曽田本その1・その2共にこの伝書の写しは記載されていません。この流の貴重な資料として確実に保管されて居る事を祈ります。

居合根元の巻

 抑(抑々そもそも)此の居合と申すは、日本奥刕(奥州)林の大明神の夢想に従て之を伝え奉つる、兵術は上古中古数多の他流の違い有と雖も、大人小人、無力・剛力、嫌わずに兵の用に合う云々。末代相応の太刀と為ると云う、手近の勝負一命の有無此の居合に極まる。
 恐らくは、粟散辺土の堺に於いても不審の儀之れ有るべからず。唯多夢(㚑夢の読み違い・霊夢)に依る処也。

 此の始めを尋ぬれば、奥州林崎神助重信(*神助は甚助の誤かその様に土佐には伝わったか?)と云う者に因り、兵術これ林の明神に有るを望み、一百有日参籠令(せしめ)其の満暁の夢の中に老翁重信に告げて曰く、汝此の太刀を以て常に胸中に憶持たる怨敵に勝を得る云々。
則、多夢(霊夢)に有る如く腰刀三尺三寸を以って大利を得、九寸五分に勝つ事、柄口六寸に勝の妙不思議の極意、一国一人の相伝也。腰刀三尺三寸は三毒則三部に但し脇指九寸五歩(分 誤字)、九曜五古(五鈷の判読誤り)の内訟也。
 敵味方と成る事、是亦前生(前世)の業感也。生死一體は戦場浄土也。是に観る如く、則、現世は大聖摩利支尊天の加護を蒙り、来世の成仏成るは縁の事、豈疑い有らん哉。
 此の居合は千金を積むと雖も不真実の者には堅く之を授けるべからず、天罰を恐るべし。唯授一人に之を伝う、云々。

古語曰く
其の疾く進むは、其れ速く退く云々。
此の意、貴賤、尊卑を以て、前後の輩に謂れずして隔て無く、其の所作に達する者を以って目録印可等相違無く許す。
又古語曰く
夫れ百錬の構え在りて、則、茅茨荘鄙と兵の利を心懸けるは、夜自白(?)之を思い、明神佛陀を祈り、忽ち利方を得、是に依って心済み身に燦然(*光り輝く)たる事なり

天神正

林明神
 
林崎神助重信
 
田宮平兵衛尉業正
 
長野無楽入道槿露斎
 
百々軍兵衛尉光重
 
蟻川正左衛門宗続
 
万野団右衛門尉信定
 
長谷川主税助英信
 
荒井勢哲清信
 
林六大夫守政
 
林安太夫政詡
 
大黒元右衛門清勝
 
林益之丞政誠
 
依田萬蔵敬勝
 
林弥太夫政敬
 
谷村亀之丞自雄    自雄花押
 
 
弘化二年(1843年)乙巳  十二月十八日
 
 
 
 

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