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2015年12月11日 (金)

曽田本免許皆伝目録その32山内豊健公の伝書原文

曽田本免許皆伝目録


その32.山内豊健公の伝書原文

*土佐の第14代藩主山内豊惇公が第15代谷村亀之丞自雄から献取された無双直伝英信流居合術の免許皆伝目録を読んできました。
一部分ですが次の第15代藩主山内豊信(容堂)公も谷村亀之丞自雄から免許皆伝目録を献取受されていました。
 今回は山内豊健公明治36年1903年生まれ、昭和21年1946年43歳逝去が第17代大江正路先生から大正14年1925年【豊健公22歳の時)に授与された免許皆伝目録を拝見させていただきます。
山内豊健公の根元之巻原文
居合術根元之巻
抑(抑の文字を手偏では無く木偏で書き出されています)此居合ト申者日本奥州林之従 大明神夢相二メ奉傳之夫兵術者上古中古雖有数多之違侘流大人小人無力剛力不嫌合兵用云々 末代為相應之太刀尓云 手近勝一命有無之極 此居合恐者粟散邊土於堺不審之儀不可之有唯依㚑夢(霊夢)処也 此始尋奥州林崎神助重信ト云者因有兵術望之 林之明神一百有日令□籠(叅・参籠であろう)其満暁夢中老翁重信告曰汝以此太刀常胸中憶持者得勝怨敵云々 則如㚑夢有得大利以腰刀三尺三寸勝九寸五分事柄口六寸勝之妙不思儀之極意一國一人之相伝也 腰刀三尺三寸三毎則三部尓但脇差九寸五分九曜五銘(五鈷 の鈷を銘と書き間違い)之内証也 敵味方成事是亦前生之業感也 生死一體戦場浄土也 如此観則現世蒙大聖摩利支尊天加護来世成仏成縁之事豈有疑哉 此居合雖積千金不真實之人者堅不可□(援とあるが爰(ここに)の誤字でしょう))之可恐天罰唯授一人傳之云々
古語曰
其進疾者 其退速云々
此意以貴賤尊卑無隔不謂前後輩其所作者許目録印可等無相違
又古語曰
夫百錬之搆(構)在則茅茨荘鄙與兵利心懸者夜思之神明佛陀祈者則忽得利方是依心済身事燦然
英信流居合術名稱
正座之部
一番 向身、二番 右身、三番 左身、
四番 後身、五番 八重垣、六番 請流、
七番 介錯、八番 附込、九番 月影、
十番 追風、十一番 抜打
立膝之部
一番 横雲、二番 稲妻、三番 虎ノ一足、
四番 浮雲、五番 颪、六番 岩浪、
七番 鱗返、八番 浪返、九番 瀧落、
十番 真向
奥居合之部
一番 霞、二番 脛囲、三番 四方切、
四番 戸詰、五番 戸脇、六番 棚下、
七番 両詰、八番 虎走、九番 行連、
十番 連達、十一番 惣捲、十二番 惣留、
十三番 信夫、十四番 行違、十五番 袖摺返、
十六番 門入、十七番 壁添、十八番 請流、
十九番 暇乞、廿番 仝、廿一番 仝
型並二発聲
イ-ヱ-イ
一番 出合、二番 拳取、三番絶妙剣、
四番 獨妙剣、五番 鍔留、六番 請流
七番 真方
番外一 速浪、仝二番 雷電、迅雷
右之条々深秘之極意也 非真實之人者努々不可有相傳者也 貴殿多年斯道二熱心錬磨之結果其蘊奥二達セラルヽヲ認め爰二我英信流居合術ヲ相傳候宜シク将来本流ノ品位ヲ堕ス事ナク之カ擴張ヲ計リ漫二他流二媚ヒス以テ傳授ノ責ヲ全フセラレン事ヲ期セラル可シ
天真正
林明神
初代
林崎神助重信
田宮平兵衛業正
長野無楽入道槿露齋
百々軍兵衛光重
蟻川正左衛門宗續
万野團右衛門尉信定
長谷川主税助英信
荒井勢哲清信
林 六大夫守政
林 安太夫政詡
大黒元右衛門清勝
林 益之□(丞の誤字か)政誠
依田萬蔵敬勝
林 □(彌の誤字)太夫政敬
谷村亀之□(丞)自雄
五藤正亮
無双直伝英信流
居合術十七代目
範士 大江正路
大正十四年八月吉日   花押
山内豊倢(健の誤字)殿
宛名が山内豊倢殿になっています。大江先生は印可された人の名をミスっています、大正14年は1925年で大江先生73歳です。
 山内豊健先生の居合を習われた方達が一堂に会して稽古会を行った際、山内豊健先生を忍び稽古会の呼称を無双直伝英信流山内派とされたそうです。
 いつの間にか、それが山内家に伝わる殿様居合として伝承された独特のもの、「無双直伝英信流山内派」である様に思い、思われて来ています。
 第15代谷村亀之丞自雄の伝書を観ても、当時の藩主に特別な業技法を伝えた形跡は見られません。
それでは、明治生まれの山内豊健先生は如何にと思うのですが、その伝書にも特別なものは見当たりません。
特定の人の集まりが定着しますと、それまでの普遍的な業技法が、師匠の癖や、思い込み、或は想定違いによって変化して特化する事はあるでしょう。
 近代では、土佐の居合を学んだ中山博道の弟子に依る夢想神傳流が顕著なものです。
 これなど手附を読みますと、無双直伝英信流そのものであって、想定と所作に違いが見られる程度で、博道先生の書かれた解説では何ら違いを感じません。
 伝書と実際は違うと云われても、十人十色であり、限りなく直近の師匠に似るものです。

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