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2015年12月30日 (水)

曽田本免許皆伝目録51細川義昌先生の根元之巻読み下し意訳

曽田本免許皆伝目録


51.細川義昌先生の根元之巻


読み下し及び意訳
*細川義昌先生の根元之巻は政岡先生が大江先生と同じと云う事で省略されていますが下村派の下村茂市先生から嶋村善馬(後の細川義昌)へ授与されたものとは少々異なり寧ろ大江先生が大正10年1921年に鈴江吉重先生に授与されたものの方が近いので、之を読んでみます。
居合根元之巻 大江正路先生より鈴江吉重先生に伝授したる伝書の写 (曽田本2より)
抑此居合ト申者日本奥州林之従大明神夢相二〆奉伝之夫兵術者上古中古雖有数多之違佗流大人小人無力剛力不嫌合兵用云々 末代為相應之太刀尓云 手近勝一命有無之極此居合恐者粟散邊土堺不審之儀不可有之唯依㚑(霊)夢処也 此始尋奥州林崎神助重信ト云者因有兵術望之林之明神一百有日令参籠其満暁夢中老翁重信告曰汝以此太刀常胸中憶持者得勝怨敵云々 則如㚑夢有得大利以腰刀三尺三寸勝九寸五分事柄口六寸勝之妙不思議之極意一国一人之相伝也 腰刀三尺三寸三毎(毒の誤字)則三部尓但脇差九寸五分九曜五鈷之内証也 敵味方成事是亦前生之業感也 生死一體戦場浄土也 如此観則現世蒙大聖摩利支尊天加護来世成仏成縁之事豈有疑哉 此居合雖積千金不真実之人者堅不可授之可恐天罰唯授一人伝之云々
古語曰 其進疾 其退速云々 此意以貴賤尊卑無隔不謂前後輩達其所者許目録印可等無相違
又古語曰 夫百錬之構在則茅茨荘鄙輿兵利心懸者夜自思之神明佛陀祈者則忽得利方是依心済身事燦然。
読み下し
「そも此の居合と申すは、日本奥州林の従、大明神の夢想に之を伝えしめ奉る。夫れ兵術は上古中古数多の違い他流に有ると雖も、大人小人、無力、剛力嫌わずに兵の用に合う云々。末代相応為る太刀に云う。手近の勝ち、一命之れの有無此の居合に極まる。
 恐らくは、粟散邊土の堺、不審の儀これ有るべからず、唯霊夢に依る処也。此の始めを尋ぬれば、奥州林崎神助重信と云う者、兵術を望み之有るに因り、林の明神に一百有日参籠せしめ、其の満暁に夢中に老翁重信に告げて曰く、汝此の太刀を以て常に胸中憶持たる怨敵に勝を得る云々。
 則、霊夢の如く、腰刀三尺三寸を以て大利を得て、九寸五分に勝事、柄口六寸の勝ちの妙不思議の極意、一国一人の相伝也。 腰刀三尺三寸、三毒、則、三部にただ脇指九寸五分九曜五鈷の内証也。
 敵味方に成る事これ亦前生の業感也。生死一体戦場浄土也。此の如く観る、則、現世は大聖摩利支尊天の加護を蒙り、来世に仏と成るは縁なる事、豈疑い有らん哉。此の居合、千金を積むと雖も、不真実の人には堅くこれを授べからず。天罰を恐れ唯一人に之を伝え授くべし云々。
古語に曰く
 其の疾く進むは、其の速退く云々。此の意、貴賤尊卑を以て前後の輩を謂われずして隔て無く、其の所達せし者には目録印可等相違無く許せ。
亦古語に曰く
 夫れ百錬の構え在りて、則、茅や茨の荘鄙と兵の利を心懸けるは、夜、自ずから之を思い、神明佛陀に祈る者は、則、忽ち利方を得、是に依り心を済まし身には燦然たり。」
根元之巻意訳
「抑、この居合と申すものは、日本の東北地方の林の大明神により、夢の中に現れて伝えて来たものである。兵術というものは、上古中古より沢山の他流があってその違いは有るであろうが、大きな人、小さな人にも、無力や剛力の人にも嫌う事の無い兵術である。
 いずれ将来、相応に役立つ太刀で、手近の戦いに勝ち、一命の有る無しはこの居合に依って極まるものである。
 この居合は恐らく、天竺から見て日本の様に粟粒ほどの辺境の地の様に、どんな辺鄙な処であろうとも、この居合の役立つ事を不審に思うべきものでは無い。唯、霊夢に依るものである。
 この居合の始めを尋ねるならば、奥州の林崎神助重信と云う者が、兵法を望んで、林の明神に百日余りの参籠をし、満願の日の暁時、夢の中に老翁が現れ重信に告げて言うには、「汝、この太刀を以て、胸の中に持ち続けている怨みの有る敵に勝つ事を得られるであろう」と告げられた。
 則、霊夢の様に、腰刀三尺三寸を以て、敵の脇指九寸五分に勝つ大利である。柄口六寸に勝つ甚だ巧みな不思議な極意である。一国一人に相伝するものである。
 腰刀三尺三寸は三毒である貪瞋痴、むさぼり求める心・怒りの心・真理に対する無知を、三部の金剛界・胎蔵界・蘇悉地である煩悩を打ち破り、仏の慈悲の心で包み込み、それらを成就して、己の運命を切り開く様に、心の内の心理を悟り脇差九寸五分を打ち破る五鈷である証拠である。
 敵味方と成る事は前生の行為に依る報いを受ける事である。生死は一体のもので戦場も浄土である。この様に観れば、現世は大聖摩利支尊天の加護に守られ、来世に仏と成るのは縁に依る事である。
 この居合は千金を積むと言われても、真実で無い人にはけっして之を授けるべきでは無い。天罰を恐れるべきもので、唯一人に伝えるものである。
 古語に云うには、その疾く進むものは、それを速く退いてしまうものである。 この意味するものは、貴賤、尊卑、前後の輩と謂わず、隔て無くその心得る所を為す者には目録印可などを相違なく許せ。
 又古語に云うには、それは、百錬の茅や茨で拭いた別荘や鄙を構えで有っても、兵の利を心懸け夜之を思い、神や仏に祈るものは忽ち利方を得て、心は正しく整理され身は燦然と輝くものである。」
*この意訳は、谷村派谷村亀之丞自雄が土佐の14代藩主山内豊惇公へ弘化2年1845年に献取された根元の巻きから転写しました。(2015年12月13日)
 嶋村善馬(後の細川義昌)が下村派下村茂市より嘉永2年1849年に授与されたものと同様と思われます。
 少しもおかしなところは見られず、根元之巻そのものが、伝えようとするものは、谷村派も下村派も別段これと言って無いと判断できます。
 

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