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2015年12月13日 (日)

曽田本免許皆伝目録その34山内豊健公の伝書意訳

曽田本免許皆伝目録


その34.山内豊健公の伝書意訳


*土佐の藩主山内家を大正7年1918年15歳で継がれた従四位子爵山内豊健公への第17代大江正路先生の免許皆伝目録(大正14年8月吉日1925年授与豊健公22歳、居合を大江先生に習い始めて7,8年でしょう)は、第14代藩主山内豊惇公へ献取されたものから比べますと、文言を含め、大江先生の往時の弟子と何ら変わる所は見当たりません。
 旧藩主の後継者に対する、心配りが見られない処は明治維新後既に57年半世紀が過ぎています。
 大江先生も昭和2年1927年に亡くなられていますから、この豊健公への伝授は大江先生が亡くなる2年前、大江先生74歳のことです。未だ、修行途中の孫の様な若者に免許皆伝目録を授与するには心残りもあったろうと思います。
 
この免許皆伝目録を見た時、他の直弟子の方々と何ら根元之巻にも目録にも変わる処も無く、特別気を配りながら書かれた形跡も見当たりません。寧ろ山内豊健と書くべき処山内豊倢と書き間違っても気が付かずに授与されている事に不思議なものを感じます。
 
 受けた豊健公もそのままにしてあるところも、何か拘らない、師弟関係の人情味を感じるのです。
 野村凱風先生が残された「無双直伝英信流居合道能参考」に「かって第17代の宗家大江正路先生が当流を修めるものゝ中に其意義などを充分納得せずして我流に解釈を下し、とんでもないことをやっている人のある事を嘆かれ高知在住の穂岐山先生をはじめ十数名の達人を集められ今は亡き山内容堂公のお孫さんに当たる山内豊健子爵邸の大広間で講習会が行われ私(凱風先生)もその末席を汚したのである。当時山内豊健氏は剣道、居合道其に教士で其後谷田左一先生と共著で「図解居合道詳説」を出版して居らるゝ。
 さて大江先生は懇切に一本一本について解説しながら講授、我流や誤解を戒められた・・」
 この文章では、直接豊健公に向けて「とんでもない居合」と言ってはいませんが、特別扱いもせず大江居合を講習されている様子がうかがえます。
 今時、山内家のお殿様居合を業じるのが当然とばかりに、無双直伝英信流とは一味違うものと、一般に思われていますが、飽くまでも第17代大江正路先生の教えを元としたものでそれ以上でも以下でも無いものでしょう。
 豊健公は幾つかの武道流派を習い独特の教えを残されたか、豊健公の教えを受けた者が
他流の教えを持ちこんだかはわかりません。
 何処にでも見られる事ですが、師伝と称して我流や誤解による独特の形や動作に拘り修行本来の目的を忘れる事もあるものです。
山内豊健公の伝書意訳
 抑、この居合と申すものは、日本の東北地方の林の大明神により、夢の中に現れて伝えて来たものである。
 兵術というものは、上古中古より沢山の他流があってその違いは有るであろうが、大きな人、小さな人にも、無力や剛力の人にも嫌う事の無ない兵術である。
 いずれ将来、相応に役立つ太刀で、手近の戦いに勝ち、一命の有る無しはこの居合に依って極まるものである。
 この居合は恐らく、天竺から見て日本の様に粟粒ほどの辺境の地の様に、どんな辺鄙な処であろうとも、この居合の役立つ事を不審に思うべきものでは無い。唯、霊夢に依るものである。
 この居合の始めを尋ねるならば、奥州の林崎神助重信と云う者が、兵法を望んで、林の明神に百日余りの参籠をし、満願の日の暁時、夢の中に老翁が現れ重信に告げて、言うには、「汝、この太刀を以て、胸の中に持ち続けている怨みの有る敵に勝つ事を得られるであろう」と告げられた。
 則、霊夢の様に、腰刀三尺三寸を以て、敵の脇指九寸五分に勝つ大利である。柄口六寸に勝つ甚だ巧みな不思議な極意である。一国一人に相伝するものである。
 腰刀三尺三寸は三毒である貪瞋痴、むさぼり求める心・怒りの心・真理に対する無知を、三部の金剛界・胎蔵界・蘇悉地である煩悩を打ち破り、仏の慈悲の心で包み込み、それらを成就して、己の運命を切り開く様に、心の内の心理を悟り脇差九寸五分を打ち破る五鈷である証拠である。
 敵味方と成る事は前生の善悪に依る行為に依る報いを受ける事である。生死は一体のもので戦場も浄土である。この様に観れば、現世は大聖摩利支尊天の加護に守られ、来世に仏と成るのは縁に依る事である。
 この居合は千金を積むと言われても、真実で無い人にはけっして之を授けるべきでは無い。天罰を恐れるべきもので、唯一人に伝えるものである。
 古語に云うには
 その疾く進むものは、それを速く退いてしまうものである。 この意味するものは、貴賤、尊卑、前後の輩と謂わず、隔て無くその心得る所を為す者には目録印可などを相違なく許せ。
 又古語に云うには 
 それは、百錬の茅や茨で拭いた別荘や鄙を構えて有っても、兵の利を心懸け夜之を思い、神や仏に祈るものは忽ち利を得て、心は正しく整理され身は燦然と輝くものである。
目録については、割愛します。
奥書きの意味
 以上の目録の一つ一つは、深く秘せられた極意である。真実で無い人には努々相伝してはならない。貴殿は多年この道に熱心に錬磨し其の結果蘊奥を達した事を認め、ここに我が英信流居合術を相伝する。
 宜しく将来、本流の品位を堕す事無く、この拡張を計って、みだりに他流に媚びずに伝授された責任を全うする事を期すものである。
「本流の品位を堕す事無く、この拡張を計って、みだりに他流に媚びず」の部分はこの伝書を読まれた方の修行の心得として如何様に解釈されるか、「品位を堕すな」は品位のあり様は個々の人生哲学に由来するでしょう。しかし抜き付け一本に全ての思いを籠めて無心に抜き付ける居合でありたいと思います。
 「この拡張を計って」は、無双直伝英信流の業ずる人の数を増やせと言ってはいないでしょう。飽くまで「真実の人」に相伝すべきものだと云っています。
 此処は業技法の教えを守っていたずらに術を増やし、其の為に他流の方法を取り込んだりして媚びを売るなと諭されていると思います。
 この部分は、大江先生の伝書に見られるもので他には見られません。思う処があったのでしょう。
・ 
その後、第19代福井宗家のこの部分は「本流ノ品位ヲ堕ス事ナク之ガ普及を計り漫に他流二媚ビズ・・」と、」普及と云う言葉に変えられています。
 大江先生の思いは伝わらないのでしょう・・。あの豊健公の大広間での講習会がふと頭を過ります。
思いつくままに・・・・。
 
 
 
 
 
 

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