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2016年4月26日 (火)

幻を追ってその7中山博道先生の居合7比較の29血振りの左足

幻を追って

その7.中山博道先生の居合

7、比較の29血振りの左足

*大森流の初発刀の血振りの際の足捌きについてです。
まず古伝神傳流秘書の大森流之事初発刀を読んでみます。
「右足を踏み出し向へ抜付け打込み扨血震し立時足を前に右足へ揃へ右足を引て納る也」
 この手附けは簡単明瞭です、土佐の居合の素養が無ければなぞなぞです。
「お互いに正座して向かい合い、我は右足を踏み込んで前面の敵に抜き付け、上段に振り冠って真向より斬り下ろし、次に、血振いして立ち上がる時右足に左足を引きつける、右足を後ろに引いて納刀する」
 と、言う処は大凡見当が付きますが、流の所作や掟は口伝口授が専らでした。ここでの問題提起は、血振いして立ち上がる時には、前に踏み込んでいる右足に左足を引き付けるのだと言うのです。それから右足を引いて納刀です。
中山博道先生の居合はまず幻のコピーからこの部分を読んでみます。
「・・血振りは大きく回転するのと剣先を少し下げて拳を直ちに額にもって行き振る法とある。踏みちがえた足の先と剣先とは常に平行しているようにする。」
ここで「踏みちがえた足の先・・」と有りますが、立つ時、前足の右足に左足を踏み揃えるのか、立つ時は右足前、左足後の儘起ち上がって血振りのフィニッシュに至り、その後左足を右足に踏み揃え、更に右足を後方に踏み違えるかは文章上読めません。
 敢えて言えば、足の先と剣先は常に平行と云う文言がそれを語っているかもしれないと思いたいのですが、この文章では疑問です。
 現代の無双直伝英信流では、前足の脛は床に垂直なのを掟の所作としています、従って足の先と(?)剣先は平行にはなりません。之も踏み出された右足先と右足の骨盤とのつけ根を結ぶ線と平行ならば何とか理解します。
香山会の幽芳録の鏡心録の初発刀の場合
「・・立ち上がりつつ右肘が体と45度位になるように体の右前方に右肘を伸ばして血振いをし、続いて左足を引きつけると同時に右足を後方に引き(踏み違い)・・」
この文書では、真向に打ち下ろした足踏みの儘(右足前で左足後)に血振りと共に立ち上がり、それから、左足を右足に引き付け同時に右足を後ろに引く足の踏み替えをするのです。古伝の「立時足を前に右足へ揃へ右足を引て・・」とはタイミングが違う様です。
太田龍峰先生の居合読本に鏡心録はそっくりですから、この左足の右足への引き付けのタイミングは中山博道先生の独創か、第16代五藤孫兵衛正亮先生の弟子で中山博道先生の有信館で神道無念流を稽古して居た森本兎身先生の谷村派の所作であったかもしれません。
 第17代大江正路先生は血振りで立つ時、右足に左足を引きつけています。現在の無双直伝英信流はおおかた之に倣って居るはずです。
 
 僅かなタイミングの違いでも全く異なる様に見えるものです。

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コメント

こんばんは。血振いで立ち上がると同時に左足を右足に引きつけると、私の道場では「それは神伝流ではない、直伝だ!」とヤジが飛び交います。私は立ってから引きつけるよりも、立つと同時に引きつける方が、下半身が落ち着いた感があります。逆刀の留めもしかり。刺すも良し、そろりと引き上げるも良し。言い過ぎかもしれませんが、制定居合に毒されて、柔軟に解釈して稽古すべきところが、あれダメ、これダメで融通の利かない型稽古に陥ったように感じますが.....

兵法流浪さま
コメントありがとうございます。
お久しぶりです。山籠もりし、大木と格闘して居まして遅くなりました。
形稽古は特定の想定の元に稽古の動作として開発されたものですから、武術としての居合であるかは疑問点を指摘される方は沢山おられるでしょう。
昇段審査や競技大会などでは、指定された形通りに演じれば良いのですからとやかく云うものでもないと思っています。
指定された形通りさえも出来ずに自分の思い描く居合など絶対に出来っこないとも思っています。
居合は「かたち」ではない、然し「あるかたち」を基本として幾通りでも変化に応じられて初めて「流の武術」となるのでしょう。
直伝の高段位の先生の中にも心得違いの人が居て、「わしの居合は21代の直伝だ、22代の居合など出来るか」とか「K地区の元会長の居合以外はやりたくない」とか不器用を棚に上げて居るキャリア50年の自称名人もいます。
本来居合は目にも止まらぬうちに相手を倒すことができて初めて居合でしょう。同時に目にも止まらぬ相手の抜打ちを躱すのも居合でしょう。
制定居合の、それを極めれば到達点は・・何処にも書かれていません。誰も教えてくれません。でも皆でせっせと勝手に稽古して居ます。
     ミツヒラ


投稿: 兵法流浪 | 2016年5月 1日 (日) 02時41分

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