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2016年5月24日 (火)

幻を追ってその7中山博道先生の居合7比較の57横雲の座仕方の3

幻を追って

その7.中山博道先生の居合

7、比較の57横雲の座仕方の3
 
壇崎先生の座仕方を前回「夢想神伝流居合」から勉強させていただきました。
「・・中伝の場合の座法は戦国時代に発達したるものにて、鎧を着用しているを以って立膝とする、左足を「アグラ」足にしその踵の上に尻の穴が没する様に臀部を乗せ、右膝を右斜めに立て、爪先が左膝頭を出ぬ程度にして下腹を出し、上体を垂直にして、両手は、軽く両股に指を上向け握りて置く、・・」
立膝は戦国時代から発達したと言い鎧を着用すると立膝とする、何処から言い切るだけの証拠を得られたのでしょう。
 有名人や大家が活字本にすると真実らしくなってしまいます。特に武術関係は師匠の云う事が絶対の世界です。
 明治以前の土佐の居合は幻の中にあって、伝書も公に見られる様になったのは最近の事です。
 立膝の座仕方を戦国時代から発達した、しかも鎧を着用した時のものと昭和44年1969年以前に活字に顕わして言ったのは誰でしょう。
大正7年1918年発行の「剣道手ほどき」から谷村派第17代大江正路先生の立膝
「長谷川流の血拭ひは打下したる形状から、右手は右側面斜へ右膝を摺る如く出し左手は右手とさくが如く鞘の鯉口に当て下腹に力を入れる。此の血拭ひより直に刀を大森流の如く尖先三寸を納めるのであります。足踏みは大森流と違ひまして刀を納めると同時に前足を引き後ろ足の踵に臀部を乗せるのであります。・・」
*長谷川流の横血振りと納刀の際の足捌きばかりで長谷川流座仕方はどこにも書かれていません。
昭和8年1933年の河野百錬先生の無双直伝英信流居合術全の立膝の部
「横雲:正面に立膝に座し・・」
*河野先生もこれ以上の事は何処にも書かれていません。
昭和9年1934年発行の太田龍峰先生の長谷川英信流居合の坐法
「この流では箕坐をするのである、その方法は左足上に臀部を托し、右足は甲全体を地に着けることなく、小趾の側だけで着け、右膝を僅かに挙げて坐るのである。」
*太田龍峰先生も解説は簡単です、箕坐についての歴史も風習も語っていません。
昭和13年1938年発行の河野百錬著「無双直伝英信流居合道」
「立膝は公卿坐又は武者坐とも称し箕坐をなす、先づ左足裏上に臀部を托し、右脚は膝を立て足裏を上に向けず、拇指の側を軽く浮かしてやゝ床に向く様にし、指が左膝の線より前にあまり出ぬ程度にして坐す。坐したる時は顎をひき、両手は股の中程にやゝ内側に向けて軽く置き、奥歯を軽く合わせ、唇に殊更に力を入れず、胸を張らず、肩を下とし、腰に十分の気力を注ぎ(腰を折らず、下腹を前に出す)すべて自然体なるべし。坐する時は左膝を先に、立つ時は右膝を先にす。」
昭和13年1938年山内豊健・谷田左一著「図解居合詳解」
「長谷川流の坐り方はまた異なっている。即ち左膝を折って膝下全部を床に着けて、左足裏に臀部を載せ、右足をば斜に立てゝ、上体を真直にして坐り、両手は拇指を内に入れて軽く握り、各々の股の中間に内側に向けて置き、稍々肘を張って・・」
昭和17年1942年発行の河野百錬先生の「大日本居合道図譜」の立膝
「立膝の坐し方は武者坐とも称し武具を着用したる際の坐し方なるが要は自由なる坐居より不意の変に応ずる刀法を示したるものにして徳川の中期に編成されたる(当流九代林六大夫守政の頃)正坐の業に先立ちて組立てられたるものなり。前述基本、正座を十分習得したる後之を修得すべし。
 立膝の坐し方二種
 其1
1.何れの坐し方にてもよし。
2.右膝を浮かし、右足爪先を正しく正面に向け、左足心に臀部を下す。(踵の内側に肛門部をのせる。)
3.両手は軽く握り左手を股に、右手は手首を膝に拳を軽く添ゆ。
 其2
 両手は軽く握りて上向け、左手は股の基部に、右手は膝の内側に把る。
1、立膝は坐し方の関係上、上体左に屈がみ腰屈がみ易し。腰に気力を注ぎて、上体を屈めぬ様工夫すべし。
2.右足は左に向かぬ様。斜下に向け、足心が左膝の線にある程度より前に出さぬ事。」
*鎧を着た場合の坐し方と云うのは、河野先生の武者坐などの言葉によって過剰反応した後の夢想神伝流の先生の創作かも知れません。
 もう一つ左足踵に肛門を乗せるのも同様かも知れません。河野百錬先生の資料集めと集めて「是だ」と思ったら検証もせずに乗ってしまうことが為せるものかも知れません。そして大家の云う事なら何でも良しとする是又武道界の単純さが充満していた時期と言っても言い過ぎではないでしょう。
 違うと言う資料がありましたら、是非識者のお話しを伺いたいものです。

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コメント

脛あてをしていて正坐ができるわけがない。又鎧で固めた武者をどうして片手で肩から水月まで切れるのでしょうか?立膝技は素肌剣法です。正坐は江戸前期後半に完成しました。立膝は当時の当たり前の姿です。
加齢黄斑変性あり丁寧に入力しずらい。失礼しました。

坂田勝美さま
コメントありがとうございます。
仰ることもごもっともですね、大家の教本の疑問の一つをほぐしていただけました。
読みずらいブログでお疲れ様でした、お大事にご自愛ください。
       ミツヒラ

投稿: 坂田勝美 | 2016年5月24日 (火) 15時23分

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