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2016年7月27日 (水)

第三回古伝研究の集いを終えて

第三回古伝研究の集いを終えて

 春から夏にかけて、居合の行事が目白押しで四カ月ほどお休みしていた古伝研究の集いを行いました。
 生憎の小雨ですが、却って真夏の稽古には天の恵みです。
 今年の違師伝交流稽古会の課題が古伝英信流目録に残された「小太刀之位」六本です。之を古伝を原文のまま読んで其処に示された動作の通りに形を再現する事です。

 土佐の居合には刀で、或は、棒を持っての攻防から始まり、段々に稽古を重ねて太刀と小太刀、そして無刀に至り神妙剣に達する総合武術が準備されています。

 明治以降武術は特定の武器又は術に分離してしまい総合的に学ぶ習慣を失って来ています。小太刀之位は居合から剣術を学び無刀に至る手前の稽古業と云ったらよいのでしょう。
 太刀対小太刀による攻防から間と間合いを知り、体の運用を学び、敵の起こりを実感できるもので、一人演武の仮想敵相手の空間刀法を磨き上げてくれます。
 演武会や競技会の理に叶った美しい武的演舞とは聊か違うのですが、一人演武の仮想敵の想定をより一層明確に出来、形ばかりの演武では無いものを養成して呉れる様に思います。

 初めて、参加された方も居られますので、会に参加された方々は連盟も道場も師伝も異なる方が居られますので、特色のある師伝をご挨拶代わりに数本ずつ抜いて戴きます。
 それらは、礼式から抜刀、振り被り、打ち下し、血振り、納刀に夫々特色があり、拍子の取り方にも同じ業を演じられても違う息吹が感じられます。
 第一回の研究会の折り、静かにドアを開けて入られた土佐の居合中西岩樹先生の孫弟子の方が来られました。

 大森流、英信流を抜いて頂きました。じっと見つめていますと、この身幅から大きく出ないコンパクトの中に鋭い物を感じて、森繁樹先生の居合を思い出していました。恐らくこの方は中西岩樹先生の居合を抜く唯一の剣士かも知れません。

 久しぶりに拝見する、違師伝の居合を拝見させていただきながら、一方では統一理論に依るのか制定居合の下に古き良き居合が権威に因って失われていくかも知れない、それぞれの個性を認め、それぞれがより良きものを目指して進化する、そんな大らかな気持ちが権威者に欲しい、其れを理解出来る、自流の術理が高いばかりではだめで、それ以上に学識高い審査員の要請があるべきだとつくずく思っていました。

 ある研究会で、「上を見て下を斬る下を見て上を斬る自流の居合をやったら居合の先生から目付がなってないと言って落されてしまった、先生の方が何も解っていない」と笑って仰る方が居ました。これなどその流の目付の重要な処ですが、不勉強な審査の先生では制定居合の目付けや拍子以外は皆不可にされそうです。

 小太刀之位は曽田本の英信流目録以外に見られないもので、活字になっているのは河野百錬先生の昭和30年1955年発行、昭和38年1963年再版の無双直伝英信流居合兵法叢書以外には見られない貴重な仕組(組太刀)です。
 恐らく現在相当段位の高い先生でもその存在を知らず、まして小太刀之位の演武など見た事も無いと仰る方ばかりでしょう。非売品ですから発行部数も少なく既に半世紀前のものです。きっと師匠から道場を引き継がれた折り一緒に譲られていたかもしれず忘れ去られているかもしれません。
 この無双直伝英信流居合兵法叢書は河野先生に昭和23年1948年に曽田先生が送られた曽田本の写しから読み下して発行されたものです。曽田先生はこの本の発行を見る事は叶いませんでした。昭和24年1950年にお亡くなりになっています。

 今日の課題は曽田先生の写し書された第15代谷村亀之丞自雄先生直筆の英信流目録に収録されている「小太刀之位六本」です。原文のまま読んで稽古して行きます。
 さすがに長い事居合を稽古されておられる方々ですのですぐ呑み込まれておられます。初めて小太刀を持たれた方も、一時間半ほど小太刀を握って、いつの間にか小太刀の捌きもご自分のものにされておられます。
 11月には違師伝交流稽古会でお互いにどの様に小太刀之位を解釈し演じるか楽しみです。文字に書かれて居る手附は大変判り易く直に演じられます。

 然しその奥はなまじの稽古では達せられそうも有りません。

 

 

 

 

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