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2016年8月 1日 (月)

幻を追ってその7中山博道先生の居合9大日本抜刀法13後書

幻を追って
その7.中山博道先生の居合
9、大日本抜刀法13後書
*中山博道先生の考案になる大日本抜刀法と河野百練先生の大日本抜刀流の業を比較しながら進めてきました。
 この二人の大家の大日本抜刀法と大日本抜刀流の手附を読みながら、河野百錬先生が無双直伝英信流から創作したものを、中山博道先生が手を加えて考案したものと云う事でいいのだろうと思っています。
 当時武徳会錬士であった河野百錬先生が大阪武徳会の要請を請けて野外訓練用に創作して提出した大日本抜刀流、其れを大阪武徳会が検討を加えた、その際剣道・居合道などの範士であった中山博道先生に見てもらって手を加えたという事としておきましょう。
 何れ何処からか軍部の真剣刀法の一つとして将校の訓練に使った実績かその教書が出て来るかも知れません。江田島の兵学校などでは中山博道先生が直に指導していたかもしれません。
 香山会の中山博道先生考案大日本抜刀法の解説には線画による運剣の方法が示され河野百錬先生の大日本居合道図譜のものよりも教書らしき体裁を示しています。
 中山博道先生が神奈川県平塚の警察署長であった弟子の大村唯次先生に教示された原本が何処かにあるのでしょう。其れに何か示されているかもしれません。
 然し河野百錬先生の創案を中山博道先生考案としているところはどこか嫌な匂いを感じてしまいます。
 香山会の幽芳録は昭和64年1989年に発行されています。河野百錬先生の大日本居合道図譜は昭和17年1942年発行の非売品(実際は昭和18年1943年発行でしょうが河野先生の居合道真諦では昭和17年とされて居ます)で昭和42年1967年に再版されています。
 流派を超えて研究されるなど殆どやられる事は無いような閉鎖的な現状から事実を確認される事も話題にすらならなかったのでしょう。
 無双直伝英信流を修業される方のうち何人が「幽芳録」を読んでおられるでしょう。同様に「幽芳録」を読まれた夢想神傳流の方の何人が「大日本居合道図譜」を読まれているでしょう。
 昭和58年1983年に無双直伝英信流第21代福井聖山先生が解説書をだされその二巻に「大日本抜刀法」として「本抜刀法は、昭和14年7月、正統第20代宗家、河野百練先生が大阪武徳会よりの依頼を受け、野外道場における実戦的集団教練を主眼として古来の居合を基礎として編成したものである。」とされて無双直伝英信流正統正流では盛んに稽古されて来ています。
 足腰を痛めた古老の剣士は立業として大日本抜刀法は容易で居合らしい動作を要求するものですから好んで演武されて居ます。
 一方大村唯次先生が教示を受けた、中山博道先生の考案になるものは演武を見た事が無いような気がします。
 無双直伝英信流でも正統正流以外、或は河野百錬先生の系統を認めたくない傍系、脱退された所は之を引き継いで居ない様です。
業名の違いを整理しておきます。
河野百錬・・中山博道・・福井聖山の順で並べておきます。
基本之形
第一本目 順刀・・縦刀・・順刀その一、その二(第一本目、第二本目)
第二本目 追撃刀・・斜刀・・追撃刀(第三本目)
第三本目 斜刀・・横刀・・斜刀(第四本目)
第四本目 四方刀・・揚刀・・四方刀その一、その二(第五本目、第六本目)
第五本目 斬突刀・・両断刀・・斬突刀(第七本目)
奥之形
第一本目 前敵逆刀・・前敵逆刀・・前敵逆刀(第一本目)
第二本目 多敵刀・・多敵刀・・多敵刀(第二本目)
第三本目 後敵逆刀・・後敵逆刀・・後敵逆刀
替え業   後敵順刀(後敵抜打)・・替え業・・後敵抜打(後敵順刀)(第四本目)
 
 
 
 

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