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2016年10月30日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く1抜刀心持引歌13居合心持引歌終

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
1、抜刀心持引歌
13)居合心持引歌終
敵色々と有りて我をたますと由油断する事勿れ例へハ鞠を蹴る二同し我が鞠と人の鞠との色をよく見る事也
 敵をたゞ鞠と思いて皆人の
         つめひらきせバいかににがさん
 本来の事より出て事二入り
         あわれ知らばや事の深さハ
 吹けば鳴る鳴かねバ鳴らぬ笛竹の
         声の良とハ何を言ふらん
 打解けてねるが中なる心こそ
         誠の我を顕はし二けり
 引よせて結へバ柴の庵尓て
         解れバ本の野原なりけり
 兎二角二言ふへき様ハなかりけり
         九重の塔の上のあし志ろ
 唱ふれハ仏も我も無かりけれ
         南無阿弥陀仏の声計りして
 極楽ははるか二遠くゆきしかど
         唱へて到る所なりけり
 居合心持引歌終 

読み解く
 抜刀心持引歌の最終です。「居合心持引歌終」と結んでいます。

 敵は色々の策を講じ,我を陥れようとするものです。油断してはなりません。例えば鞠を蹴るのにも似て、同じ鞠でも敵の蹴る鞠と我が蹴る鞠の状況をよく見て応じるものです。

 敵をたゞの鞠と思って詰め寄ったり開いたりすればどうして逃げおおせられるだろうか

 本来此の様であるはずの事でも、実際にやって見れば思った様にはならないものです、それを如何に応ずるかという事がこの道の事の深さでしょう。

 竹笛なども吹けば鳴るし吹かなければ音もしない、単なる音と聞くのでは無く、音の良し悪しを聞き分けるように、何をしようと知らせるのか見極めることです。

 打ち解けて、寝るほどの仲になって、初めて誠の心を知るものです。そのように敵に打ち解けていく事によって敵の心が読めるものです。

 柴で組み上げた庵ですら、解けて崩れてしまえば本の野原でしょう。無心になって策を見抜くものです。

 兎に角、何と言おうと、九重の塔の上に掛けた足場の様なものです。意味のない虚飾に騙されてはいけません。

 仏にすがって南無阿彌陀佛を唱えてみても、仏も我も無いもので念仏ばかり聞こえるだけです。

 極楽は遥か遠くにあると聞いていますが、無心になって極楽・極楽と唱えて到る処なのでしょう。

 居合の心持引歌を終わります。

 歌の解釈は、それぞれの修行に至る中でどの様に聞こえてくるのかが違うのではないかと思います。かと云って、相手の有る事です、独りよがりの思いでは、勝を得る事は出来そうにありません。
 居合は、観衆に拍手を求める大道芸でも無く、ルールに従った強さと速さのテクニックによるスポーツでも無く、命を懸けた武術なのです。 
 心持引歌はそう語っている様に思えてなりません。

 講習会があると、古参の者が、得々として講師の真似を演じています。昨日までの動作の違いに少しも悪びれずにいます。
 そうかと見れば、他の者は「先代とは違う、習う必要は無い」と云って少しも講習会の内容を噛みしめていません。

 当代は、「よく聞き・よく見て・よく読み・自分で考える事」と何度も仰います。柳生新陰流の始終不捨書の冒頭には、習い・稽古・工夫と円相に描かれています。
 よく聞き・よく見て・習い・そして繰り返し稽古して真似るだけ・・そこにとどまっているばかりでは只の棒振りです。

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