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2016年10月18日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く1抜刀心持引歌7沈成躰

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
1、抜刀心持引歌
7)沈成躰
敵太刀打かたき切て掛るに沈成躰に勝有事の位にて教へし 工夫有へし
 古語に 寸の虫かゞむも身をのびん可為 歌に
 長からむさゝげの花は短くて
            短き栗の花の長さよ
(沈成躰→沈成体ナリ 敵ニ対し我体ヲ沈メ低クスルコト也・気を落チツケルコト也)
 工夫 有へし 古人も心は之内二有りとのたもふ也 ものとしたる(物賭したる)に勝負の位知る事なし 深く工夫有へし
 この沈成躰心よりよく敵の心見ゆるもの也
 兵法二曰 端末未見人莫能ク知ルコト と有り 歌に
 悟り得て心の花の開けなば
           たつねん先二色ぞ染むべき
 霜うづむ葎の下のきりぎりす
           有りかなきかのこえぞ聞ゆる

*
読み解く
 敵の打込む太刀に応じ難い時に沈成躰によって勝つ事が出来る位がある、工夫すべきである。古い教えに寸の虫でも身を屈めるのも身を伸びようとする為であるとある。
 是は、菜根譚の前集116にある「以屈為伸」を言っているのだろうと思います。
「巧を拙に蔵し、晦をもってしてしかも明にして、清を濁に遇し、屈を以て伸となす。真に世を渉るの一壺にして、身を蔵するの三屈なり」身を沈めるのは我が身を安全に保つ蔵し方とでも言うのでしょう。

歌に
 ささげの実は長いどじょういんげんの様であるが花は短く、コロッとした栗の実の花は長いことよ
 この歌は尺取り虫の身を屈める姿と合わせて見れば、長は短の元、短は長の元とでも読めばよいのでしょう。
 曽田先生の沈成躰に対する解釈は、敵に対し嵩に掛っていくのではなく、身を沈め、気を落ち着ける事だと仰っています。

その様な心で以って工夫するべきものである。相手が大きく出れば小さく、小さく出れば大きく、或は小さく小さくして大きく返していくなど陰合〆陽に相対して応じる位を知ることである。
 出たとこ勝負の様な賭け事では勝負の位を知ることは出来ない。

 この沈成躰の様に心を沈めて見れば相手の心も読み取ることは出来るものである。
 兵法に曰く、端末を見る事が出来ない人は、状況を能く知る事は無い。
歌に
悟りを得て心が開けて無心と成れば、尋ねるまでも無く相手の動かんとする機を感じられるものだ。心に開いた花の色は求めず共、おのずと見えて来るものだとしゃれています。

 霜に埋もれた葎の下のコオロギのか細い声も聞こえてくるように、心を澄ませばわかるものだ。

 沈成躰は身の掛を低くする事のみでは無く、心を静め無心にする事の教えでしょう。土佐の居合の根底に流れる武術哲学が開き始めてきます。

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