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2016年10月 4日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く表紙

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
表紙
表紙
 
下村派
   第十六代宗家  曽田虎彦
                  筆山
夢想神傳流抜刀術
無双直傳英信流居合術
英信流居合秘書
 
   土佐居合兵法叢書
此の書者他尓見る事を得ざる
山川幸雅(先生)ノ口伝秘書を写しえたり
志之二固り不残抄録□る□□□□へ□也
土佐居合兵法秘書写     曽田印
        山川幸雅先生
        谷村亀之丞先生
       抜刀心持引歌
       居合
       居合組
       棒合
       棒太刀合
      山川幸雅先生相伝
      神傳流秘書写
文政二己卯之歳十一月吉祥日 山川幸雅述
本書は他に見えざる秘本にて原本はたぶん戦火にて
焼失せるか大事々々

 
表紙は厚紙に下村派第十六代宗家の曽田虎彦筆山とペン書されています。下村派第十四代下村茂市定の弟子であった曽田先生の師匠行宗貞義が下村派第十五代を紹統印可されていたかは不明です。
 江戸期から明治にかけて土佐の居合に宗家という考え方があって公に認められていたとは思えません。
「下村派
   第十六代宗家  曽田虎彦
                  筆山」
 恐らく、土佐藩及び土佐藩主への指導をする師範の許しが藩から谷村派若しくは下村派に下されたかと思います。
曽田先生については、行宗貞義門下として活躍されたであろうが免許皆伝(根元之巻及び目録)を師匠から授与されていれば、この曽田本にその内容が記載されたであろうと思いますが何処にも記述されていません。
 記載されているのは曽田本その1では、谷村樵夫自庸より曽田先生の実兄小藤亀江に明治34年1901年に授与された根元之巻き及び目録。
 曽田本その2に大江正路先生から大正10年1921年鈴江吉重へ送られた居合術根元之巻及び目録です。
 行宗貞義先生から明治37年1904年中村虎猪へ授与された大森流居合術、長谷川流居合術の中伝の写しです。
 自分の免許皆伝が記載できていない事に疑問を感じます。
 その反面弟子であった山本俊夫幽泉の残した昭和18年から20年のメモの「無双直伝長谷川英信流居合術極秘」には「昭和19年8月10日外出日に曽田先生宅を訪問、英信流に就て種々拝聴協議を下したる後秘蔵伝書、極意書其の他、数百年以前の貴重なる巻物を拝見の光栄に浴す、又、英信流居合目録一巻を授ける、と申しくれた、早くほしいはやくほしい」と書かれています。
 「英信流目録」とは何を意味するのか解りませんが、曽田先生は下村派の道統を引き継ぐ者としての自覚の上での発言でしょう。
 次に続く流名とその術については、この曽田本その1をどの様な題名で位置づけるべきか模索したのだろうと思います。
「夢想神傳流抜刀術、無双直傳英信流居合術、英信流居合秘書、土佐居合兵法叢書
此の書者他尓見る事を得ざる
山川幸雅先生ノ口伝秘書を写しえたり
志二固り不残抄録□る□□□□へ□也」
 この曽田本その1には、「居合兵法伝来」という項目があってそこには「目録には無双神伝英信流居合兵法とあり 是は本重信流と言うべき筈なれど長谷川氏は後の達人なる故之も称して英信流と揚られたる由也」と有ります。
 そうであれば、土佐の居合の流名呼称は「無双神伝英信流居合兵法、又は、無双神伝重信流」でしょう。
 何を迷われたのか疑問です。大江正路先生に依る「無双直伝英信流居合兵法」、中山博道先生に依る「夢想神伝流」の流名呼称が聞こえていた時代ですからそれらに対する配慮かも知れません。
 山川久蔵幸雅による「土佐の伝書の写しを残らず写した」と書かれていますが、経年変化で読み切れません。
土佐居合兵法叢書
この一行から河野百錬先生は「無双直伝英信流居合兵法叢書」の題名を曽田本に冠したと思われます。
此の書者他尓見る事を得ざる
山川幸雅(先生)ノ口伝秘書を写しえたり
志之二固り不残抄録□る□□□□へ□也
土佐居合兵法秘書写     曽田印
        山川幸雅先生
        谷村亀之丞先生
       抜刀心持引歌
       居合
       居合組
       棒合
       棒太刀合
      山川幸雅先生相伝
      神傳流秘書写
文政二己卯之歳十一月吉祥日 山川幸雅述
 次の処もまだ迷って居る様です。そして、最後に「神傳流秘書」の写しで文政2年1819年11月吉祥日に 山川幸雅が記述したものであるとしています。
 原本は、持ち主に返却されたのでしょうかいずれにしても高知空襲で「原本はたぶん戦火にて焼失せるか 大事々々」とメモを残されています。
*
 曽田本その1は、土佐の居合の古伝「神傳流秘書」及び伝書類から書き写されたものです。
 この伝書の出処が何処にも記載がなされていないのは残念なことです。
 史料としての価値はどうでもよい事です、其処に書かれている土佐の居合心は現代居合を師匠の真似事で済ましている事に其れこそ「違う!」と叱責を飛ばしてきます。
 細川家より借りられた木村栄寿本と内容に違いは無いので元は同じものから何度も書き写され、巻物に仕立てられるさい、書写した者により好みの表題を付けられたと思います。
 これらのものを、山川久蔵幸雅によるニセものと云う人もいるようです。全巻読み終えてみればご自分こそ偽物を稽古されている事に気が付くはずです。
 
 此処では、末尾にある山川幸雅先生相伝  神傳流秘書写  文政二己卯之歳十一月吉祥日」 を元に第九代林六太夫守政が土佐に持ちこんだものは「神傳流秘書」に有とします。

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