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2016年12月

2016年12月31日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く5太刀打之事6水月刀

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
5、太刀打之事
6)六本目水月刀
水月刀
 相手高山或ハ肩遣方切先を相手の面へ突付て行を打太刀八相へ拂ふ処を外して上へ勝つ或ハ其儘随て冠り面へ打込ミ勝も有り
読み
水月刀(すいげつとう)
 相手高山或いは肩 遣方切先を相手の面へ突き付けて行を 打太刀八相に払う処を外して上へ勝つ 或いは其の儘随って冠り面へ打込み勝も有り

読み解く
 打太刀上段或は八相に構え待つ、遣方上段から刀を下げつつ青眼に構え、切先を打太刀の面へ突きつけてするすると間境を越して打太刀の面に突きこんで行く、打太刀思わず八相に払う処、遣方上段に振り上げてこれを外し(刀を下段に下げて外すのも有でしょう)左足を左前に踏み込み右足を踏み込み打太刀の真向を打つ。
あるいは、払われるに随って、左足を左前に踏み込み巻き落とすように上段に振り冠り右足を踏み込み打太刀の真向を打つ。

曽田先生の業附口伝による水月刀
 仕太刀中段、打太刀八相、是も相懸りにても敵待ちかけても不苦、敵の眉間へ我太刀の切尖を指し付けスカスカと行也敵我太刀を八相にかけてなぐる也其時我すぐにかむりて後を勝也

 この業附口伝は谷村先生、五藤先生から伝わったもので、曽田先生と竹村静夫先生が昭和11年1936年に陸軍戸山学校で演じたものだそうです。神傳流秘書から200年位後のもの事です。
 これは大江先生の英信流居合之型では消されてしまいました。切っ先を相手の喉元に付けてスカスカと間境を越す、相手は何をするのかと構え待つ、ハッと思った時喉元に切っ先が迫っている。
 良い業だと思いますが打太刀が耐えられずに払うのに応ずるなどは中学生には形だけになって難しかったのでしょうか。それとも、容易であり得ない業としてみたのでしょうか。
 太刀打之事三本目の請流と似ていますので捨てたとも取れます。
 繰り返し稽古する事で三本目請流と六本目水月刀の違いを理解して見る事も必要でしょう。
 次の七本目独妙剣は大江先生は是も捨てています。五本目月影と似た所もあるのですが全くその業のポイントは異なります。

 太刀打之事は初心者が居合よりも先に学ぶべきもので、間と間合い、手の内、十文字、輪之内等を学ぶもので、決して申し合わせの演武用の遊戯では無いのです。

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2016年12月30日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書原文5太刀打之事6水月刀

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
5、太刀打之事
6)六本目水月刀
水月刀
 相手高山或ハ肩遣方切先を相手の面へ突付て行を打太刀八相へ拂ふ処を外して上へ勝つ或ハ其儘随て冠り面へ打込ミ勝も有り
*読み
水月刀(すいげつとう)
 相手高山或いは肩 遣方切先を相手の面へ突き付けて行くを 打太刀八相へ拂う処を外して上へ勝つ 或いは其の儘随って冠り面へ打ち込み勝つも有り
 

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2016年12月29日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く5太刀打之事5月影

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
5、太刀打之事
5)五本目月影
月影
 打太刀冠り待所へ遣方右の脇に切先を下けて構へ行て打太刀八相二打を切先を上て真甲へ上て突付て留め互に押相て別れ両方共車二取り相手打をはつす上へ冠り打込ミ勝
読み
月影(つきかげ)
 打太刀冠り待つところへ、遣方右の脇に切先を下げて構え行きて 打太刀八相に打つを 切先を上げて真甲(向)へ上げて突き付けて留め 互に押合いて別れ両方共車に取り 相手打つを外す 上へ冠り打込み勝つ

読み解く
 此の業名月影は大江先生に依って、無双直伝英信流正座の部九本目月影として盗用されてしまったものです。正座の部は神傳流秘書の大森流之事九本目勢中刀です。
 この手附に従って打つのは間と間合いの在り様を心得る必要があります。遣方は前回の請入で中央から青眼の構えで五歩退き元の位置に右足前で立つ。打太刀は其の儘青眼に構え、遣方が元の位置に立つや、右足を引いて八相に構える。
 遣方は、右足前の儘、下段に切先を下げ、切先を右に右下段に構える。右下段の切っ先は相手左膝に付ける心持でしょう。

 遣方スカスカと間合いに踏込むや打太刀八相に遣方の左面を打って来る、遣方切先を上げ、打太刀の真向へ付き付ける様に突き込んで打太刀の打ち込みを留め、互に拳を合わせ押し合い後方に別れ双方とも車(脇構え)に取る。
 この脇構は幾つかの形が有りますが、特に指定されていません。しっかり相手に刃を見せて構え瞬時に斬り込める体勢を作るのを学んで見たい所です。
 打太刀が遣方の出足を車から斬って来るのを左足を引いて外し、上段に振り冠って打太刀の真向に打込み勝。ここは上段に振り冠る様な無駄な動作はせずに、車から八相に打つのもいいかも知れません。

曽田先生の谷村、五藤先生の業附口伝の月影
 「是も同じく抜て居る也相懸りにても敵待ちかけても不苦敵八相にかたきて待ちかくる也敵八相に打処を出合て互に押合又互に開き敵打込む処を我左足を引き立直りて打込み勝也」

 大江先生は此の月影を鍔留の名称に改変し、打太刀青眼からの真向打ちを、遣方は下段から上段に振り冠って物打で真向相打ち、拳で押合い脇構えに取り、打太刀の出足への打ち込みを遣方は出足を引いて外して真向に打込みます。
脇構えから、打太刀は一旦上段に振り冠って遣方の出足を身を低め斜めに斬り付けます。
 遣方も車から上段に振り冠って真向に打込みます。古伝は明らかに打太刀の八相で左面もしくは左肩への打ち込みを右下段から遣方は打太刀の喉を突く様にして摺り上げて留めています。打太刀の打込みが厳しい場合は、摺り落ちて鍔によって請け止める事も有ろうかと思います。

 即座に双方踏み込んで、拳を合わせ押し合う拮抗した状況を打太刀の押して引くに応じて、双方脇構えになり、打太刀は即座に踏み込んで遣方を攻め、遣方はそれを外して討ち込むすさまじい業です。
 大江先生がこの月影の双方の出合いで真向打に替えたのは中学生に古伝は危険と判断されたのでしょう。

 「遣方右の脇に切先を下けて構へ行て打太刀八相二打を切先を上て真甲へ上て突付て留め」ですから此の方が緊迫感があり八相に打ってきますから遣方の右脇下からの突き上げに依り十文字摺上げに出来るので大いに稽古すべきと考えます。

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2016年12月28日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書原文5太刀打之事5月影

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
5、太刀打之事
5)五本目月影
月影
 打太刀冠り待所へ遣方右の脇に切先を下けて構へ行て打太刀八相二打を切先を上て真甲へ上て突付て留め互に押相て別れ両方共車二取り相手打をはつす上へ冠り打込ミ勝

読み
月影(つきかげ)
 打太刀が冠り待つ所へ 遣方は右の脇に切先を下げて構え行きて 打太刀が八相に打つを切先を上げて真甲へ上げて突き付けて留め 互に押し合いて別れ 両方共車に取り 相手打つを外す 上へ冠り打込み勝つ
 

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2016年12月27日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く5太刀打之事4請入

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
5、太刀打之事
4)四本目請入
請入
 前の如く打合相手八相に打を前の如く二留又相手より真甲を打を躰を右へ開きひじを切先尓て留勝
読み
請入(うけいれ・うけいり)
 前の如く打ち合い 相手八相に打つを前の如くに留め 又 相手より真甲(真向)を打つを   体を右へ開き肘を切先にて留め勝
読み解く
 前の如くを三本目請流から引用して請入を補足します。
 遣方も高山相手も高山或ハ肩へかまえるかの中也相手待処へ 遣方歩行右の足にて出合ふ打込を打太刀請け 扨打太刀の方より少し引いて裏を八相に打を前の如く左足にて出合いて留め又相手より真甲を打を躰を右へ開きひじを切先尓て留勝


 「前の如く打合」この神傳流秘書も省略が多くて其の都度前に戻らなければなりません。
 秘伝は毛筆による写し書きでは「前の如く」で省略したくなります。
 この、手附で気が付きましたがここでは「打太刀」を「相手」と書いています。気になる処ですが相手と書いたり打太刀と書いたり、我を「遣方」と書いたり「我」は当然として「相手八相に打を前の如くに留」と云う様に省略してしまったり、統一性が見られなくてマニュアル育ちには古伝は不向きです。
 其の上句読点もないので、切る処を間違えると違う意味になってしまう事も有ります。

 三本目請流を終え、互に中央で刀を合わせ(此処は打太刀三歩進み遣方三歩下る)、打太刀は其の儘、遣方は五歩退き元の位置に戻る。現代風ではこうなるでしょう。
 打太刀、遣方共に高山、または八相に構える。
 遣方スカスカと歩み行き、間境を左足で越すや右足を踏み込んで打太刀の左面を打つ、打太刀右足を踏み出し八相にこれを受ける。この受太刀は刃で受けるのがこの流では当たり前ですが摺落とすように受けるのも工夫でしょう。
 打太刀、逆八相から右足を引くや遣方の右面を八相に打つ。遣方左足を踏み込んで打太刀の打ち込みを受ける。
 打太刀左足を引いて上段に構え真向に打ち込まんとする。遣方右足を右斜め前に踏み込み右半身となるや打太刀の打ち下さんとする左肘を切っ先にて斬り左足を右足後方に摺り込む。
 打太刀右足を少し引いて青眼に刀を下ろし、遣方左足を正面に戻し右足を追い足にして付け、打太刀右足より三歩出て、遣方左足より三歩退き刀を合わせ、打太刀其の儘、遣方五歩下がり元に戻る。

 古伝には足捌きも演武の為の進退も書かれていませんが現代風に付けて見ました。
 此の太刀打之事四本目請入で、現代風に仕太刀が八相に打込むとしましたが、此処は古伝は仕太刀が打込のは高山ならば真向打込、肩から(八相の構え)ならば八相でしょう。当然受太刀も異なります。
 又、「打太刀が真甲に打つ」は、打ち込まんとするとしましたが、古傳の文言では「相手より真甲を打を躰を右へ開きひじを切先尓て留勝」ですから打込んで来るのを体を右に開いて外しと読めるのですが、体を交わし敵の打ち下ろさんとする肘を切先で打つが、居合剣士に向く方法でしょう。

曽田先生に依る五藤先生、谷村先生の業附口伝太刀打之位請込
 「是も同じく相懸りにても敵待かけても不苦請流の如く八相にかたぎスカスカと行て真向へ打込也敵十文字に請て請流の如く裏より八相に打其処を我も左の足を出し請流の如く止むる也敵其時かむりて表より討たんとする所を其儘左の肘へ太刀をすける也」

 「左の肘へ太刀をすける也」の「すける」は「すく」で削ぎ切る、転じて掬い切るかもしれません。

大江先生の英信流の型の三本目絶妙剣がこの業に近いものです。
 「打太刀は其のまゝにて左足を出して体を斜向きに八相となり、仕太刀は青眼より左足を出して八相となる、仕太刀は八相のまゝ右足より五歩交互に進み出て、同体にて右足を踏み出して、右面を切る、打太刀は右足を引きて、前の如く打合せ、打太刀は左足を引きて上段構となりて、斬撃の意を示す。之と同時に
仕太刀は右足を出して体を右半身とし、中腰となりて、左甲手を斬る、静に青眼になりつゝ打太刀は、三歩出で、仕太刀は三歩退る」

 仕太刀は八相から打太刀の「右面を切る」ですから、一旦上段に振り冠ってから右面に逆八相に打ち込むのでしょう。古伝は違う様です。

 「体を半身とし、中腰となりて、左甲手を斬る」ここが「すける」状態でしょうか、師伝によっては仕太刀は中腰になり右から掬い上げるように打太刀の左肘に切り付けています。
 古伝は「相手より真甲を打を躰を右へ開きひじを切先にて留勝」です。打太刀は上段に構えるや打ち込んで来るのを、遣方はすばやく筋を変わって打太刀の左肘を斬るのでしょう。
 打太刀が斬られるために上段に構えて待っているようにしているなど論外です。

 直線的に間を外さない技を学びました、ここでは敵の動きを察知して、敵が左足を引いて上段に構え打下さんとする瞬前に、我は筋を変わって付け入り、その左肘を切るのでしょう。
 筋替えが早すぎれば敵が転じるかもしれません。もたもたして居れば真向に打ち込まれます。
 筋を変わらずに、「打太刀は左足を引きて上段構となりて」に附け入って、下から掬い斬りに左肘を斬るなども変化業を稽古しておくと形が生きてきます。

 ある人曰く「申し合わせだから」・・・・そんな形稽古など何度やって居ても意味は無さそうです。此の業だけで幾つもの技の稽古が出来るものです。

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2016年12月26日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文5太刀打之事4請入

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
5、太刀打之事
4)四本目請入
請入
 前の如く打合相手八相に打を前の如く二留又相手より真甲を打を躰を右へ開きひじを切先尓て留勝
*読み
請入(うけいれ)
 前の如く打ち合う(遣方も高山相手も高山或は肩へかまえるかの中也相手待つ処へ 遣方歩み行き右の足にて出合い打込むを打太刀請け 扨打太刀の方より少し引いて裏を八相に打つを)前の如く左足にて出合いて留め 又相手より真甲を打つを躰を右へ開きひじを切先にて留め勝つ
古傳の手附に見られる「前の如く打ち合う」という省略部分を三本目請流から引用して補ってあります。
 

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2016年12月25日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く5太刀打之事3請流

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
5、太刀打之事
3)三本目請流
請流
 遣方も高山相手も高山或ハ肩へかまへるかの中也待処へ遣方歩行右の足尓て出合ふ打込を打太刀請扨打太刀の方より少し引て裏を八相に打を左足尓て打合ふて留相手又打たんと冠るを直二其儘面へ突込み相手八相に拂ふをしたかって上へ取り右の足尓て真向へ勝
読み
請流(うけながし)
 遣方も高山 相手も高山 或いは肩へ構えるかの中也 待つ処へ遣方歩み行き右の足にて出合う 打ち込むを打太刀請け 扨 打太刀の方より少し引いて裏を八相に打ち合うて留め 又 打たんと冠るを直ぐに其の面へ突き込み 相手八相に払うを随って上へ取り右の足にて真向へ勝つ

読み解く
 この業は比較的解りやすく書かれています。
 二本目の附入を終わって、双方青眼に構え、打太刀はその場に右足前で留まり、遣方は青眼の構えのまま五歩引いて元の位置に右足前で戻る。
 打太刀が、右足に左足を揃え青眼から「高山或は肩へ構へ」は上段または八相に構え右足を引く。
 遣方も左足を右足に揃え右足を引いて、青眼から上段または八相に構える。通常、打太刀の構えに遣方は合わせるのが剣術の常識ですから上段ならば上段、八相ならば八相です。

 打太刀構え待つ処に遣方スカスカと歩み行き、左足で間を越し右足を踏み込み打太刀の真向または左面に打ち下ろす。
 打太刀その位置で右足を踏み込んでこれを逆八相に受ける。
 打太刀右足を引いて逆八相から遣方の右面に打ち込む、遣方左足を踏み込んでこれを受ける。
 打太刀左足を引いて上段に冠る処、遣方直ぐに右足を踏み込み切っ先を打太刀の面に付け突き込む。打太刀これを右足を引きながら八相に払う処、遣方払われるに従って左足をやや左前に踏み込み、刀を右から振り冠り、右足を踏み込んで真向に打ち下ろし勝。

曽田先生の谷村先生、五藤先生業附口伝による請流
「是は敵も我も八相の構にて行真向へ討込也(敵は待て居ても相懸りにても不苦)敵十文字に請て又八相にかけて打込也我れ其時左の足を一足踏み込て裏を止ると敵又引てかむる処を我れ其儘面へ突込也敵其時横に払う也其処を体を開き冠り後を勝也(又最後に首根に討込み勝もあり)

 五藤先生は八相です。我れが歩み行き右足を踏み込み真向へ打ち込むと、相手は待っている場合は左足を引いてこれを十文字に受ける。相懸りの場合では右足を踏み込んで受けるのでしょう。
 次に、相手が右足を引いて八相に打ち込んでくるのを我は左足を踏み込んでこれを受け止める、「裏を止める」は左足前にして切っ先を左上に向けて逆八相からの右面への打ち込みを止める事でしょう。
 「敵又引てかむる」ですから、敵の打ち込みは右足を引いて打ち込み我に止められ、また左足を引いて撃ち込まんと冠る処、我は相手の面へ右足を踏み込み突き込む。
 相手たまらず右足を引いて我が刀を横に払う処、我は払われるを機に左足を左前に踏み込み体を開き右肩より振り冠って勝ちを示す、または相手の首根に打ち込み勝。

政岡先生は、打太刀が左足を引いて上段に構える処、我は右足を踏み込み相手の正面へ突込む、相手右足を踏み込んで斜めに払う、我は払われて左足を左前にふみ込んで体を開きつつ左手を上げて受け流し面。

 此の業は請流が業名です。現代居合にある受流しの様に、受け止めて、摺り落とすのではありません。
 
 大江先生の英信流居合の型請流
「刀を腰に差したるまま、静に出で打太刀は刀を抜きつゝ左、右足と踏み出し上段より正面を斬り、体を前に流す。仕太刀は左足を右足の側面に出し、刀を右頭上に上げ受け流し左足を踏み変え右足を左足に揃へて体を左に向け打太刀の首を斬る、仕太刀は左足より左斜へ踏み、打太刀は左足より後へ踏み、退きて青眼となり次の本目に移る」


 これは奥居合立業の受流です。独立した剣術の形としてあった太刀打之事を、中学生向けに居合の稽古になる様に改変されたのかも知れません。

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2016年12月24日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書原文5太刀打之事3請流

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
5、太刀打之事
3)三本目請流
請流
 遣方も高山相手も高山或ハ肩へかまへるかの中也待処へ遣方歩行右の足尓て出合ふ打込を打太刀請扨打太刀の方より少し引て裏を八相に打を左足尓て打合ふて留相手又打たんと冠るを直二其儘面へ突込み相手八相に拂ふをしたかって上へ取り右の足尓て真向へ勝
読み
請流(うけながし)
 遣方(仕太刀)も高山(上段)相手(打太刀)も高山 或いは肩へかまえる(八相に構える)うち也 (相手)待つ処へ遣方歩み行き右の足にて出合う 打込むを打太刀請ける 扨 打太刀の方より少し引いて裏を八相に打つを左足にて打ち合って留め 相手又打たんと冠るを直ぐに其のまま面へ突き込み 相手八相に払うを従って上へ取り 右の足にて真向へ勝つ

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2016年12月23日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く5太刀打之事2附入

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
5、太刀打之事
2)二本目附入
附入(附込共イウ)
 前の通り抜合せ相手後へ引かむと春るを附入左の手にて拳を取る右の足なれ共拳を取る時ハ左の足也
読み
附入(つけいり)
 前の通り抜き合わせ 相手後ろへ引かんとするを 附け入り 左の手にて拳を取る 右の足なれども拳を取る時は左の足也

読み解く
 これは大江先生の英信流居合之型では「拳取」の名称で残っています。然しこの古伝の業名は「附入」です。「附け入る」とはどういうことか、流によってさまざまな考え方があろうかと思いますが、附け入るとは、「機会に乗じる」、例えば敵が退くのに乗じて攻勢に出るなどでしょう。
 相手は間を外し、我が隙を狙おうとする、我はその一瞬の隙に付け込んで行く、この攻防をさしているはずです。拳を取る事がメインではないのです。
 「前の通り」ですから一本目出合の様に打太刀、遣方とも、元の位置に戻り、横に開いて納刀し構えを解く。
 再び、打太刀より刀に手を懸けスカスカと間境に至り、打太刀右足を踏み込んで遣方の右膝に抜付ける、遣方刀を抜き、右足を踏み出して之を右膝前で受ける。
 打太刀が後へ退こうとする機に乗じて、遣方は左足を打太刀の右足側面に踏込み、左手で打太刀の右手を制し、右足を左足後方に摺り込み体を開いて切先を打太刀の胸に着ける。
 この遣方が左手で打太刀の右拳を制する処を拳取と云い之を大江先生は拳取と称したのです。拳の制し方は色々ある様ですが、打太刀の手首を四指で上から握り拇指を打太刀の拳にあて下に引き制するなどでも十分で容易でしょう。
 拳を取り逆手に制する事ばかりに気を入れて教える処も有る様ですが、先ずしっかりと附入る機を学ぶ事、打太刀に密着する事を学ぶ事でしょう。

曽田先生の谷村亀之丞自雄、五藤孫兵衛正亮の業附口伝から附入
「是も出合の如く相懸りにて右の足を先にして場合にてさかさまに抜合せ敵の引かんとする処を我れ左の足を一足付込左の手にて敵の右の手首を取る此の時は左下に引き敵の体制を崩す心持にてなすべし互に刀を合せ五歩退き八相に構え次に移る也」


この手附には相手の胸に切っ先を付ける動作がありませんが、古伝も拳を取るところまでです。現在は大江先生の拳取にならっている様です。

大江先生の英信流居合之型拳取
 「一本目と同じく、虎走りに出で、膝にて抜き合わせ、仕太刀は、左足を打太刀の右足の側面に踏み込み、左手にて打太刀の右手頸を逆に持ち下へ下げる、打太刀は其のまゝにて上体をやや前に出し、仕太刀は其れと同時に右手の拳を腰部に当て、刀尖を胸に着け、残心を示す、仕太刀は一歩退り、打太刀は一歩出でて青眼構となる(仕太刀は五歩青眼にて退り打太刀は其のまゝにて位置を占む)」


 古伝との違いを読み取るだけの稽古を積んで行かなければ、ただの剣舞になってしまいます。古伝は形では無く場に臨んで勝つための稽古でしょう。足並み揃えた合同演舞などは論外です。

 大江先生の居合之型を太刀打之位と言う処もある様ですが、それは河野百錬先生が大日本居合道図譜(昭和17年発行)で言い出した様です。古伝は古伝らしく太刀打事(位)であって、大江先生のものは無双直伝英信流居合道形でしょう。近年古伝を打つ処も増えて来ています。残念ながら竹刀剣道の構えや足捌きが目に付き、古流の動作が見られない形演舞か、早いばかりのチャンバラになっているようです。

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2016年12月22日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書原文5太刀打之事2附入

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
5、太刀打之事
2)二本目附入
附入(附込共イウ)
 前の通り抜合せ相手後へ引かむと春るを附入左の手にて拳を取る右の足なれ共拳を取る時ハ左の足也
読み
附入(つけいり)(附込(つけこみ)共いう)
 前の通り抜き合わせ相手後へ引かんとするを 附け入り左の手にて拳を取る 右の足なれども 拳を取る時は左の足也
参考 
前の通り抜合わせは一本目「出合」
相かかり二かゝり相手より下へ抜付るを抜合せ留て」

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2016年12月21日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く5太刀打之事1出合

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
5、太刀打之事
1)一本目出合
出合
 相かかり二かゝり相手より下へ抜付るを抜合せ留て打込相手請る右足也
読み
出合(であい)
 相掛りに懸かり 相手より下へ抜き付けるを抜き合わせ留めて 打込み 相手請ける右足也
読み解く
 此の太刀打之事一本目出合は、曽田本に依れば五藤先生、谷村先生の業付口伝を基に曽田先生が竹村静夫と実演したといいます。明治維新から昭和の初めまで忘れられていた仕組(組太刀)だったのでしょう。
 
 五藤先生・谷村先生業附口伝より出合(仕打納)
「是は互に刀を鞘に納めて合懸りにてスカスカと行く場合にて右の足を出しさかさまに抜き合せ敵引く処を付け込みて左足にてかむり右足にて討也此の時敵一歩退き頭上にて十文字に請け止むる也互に中段となり我二歩退き敵二歩進みあらためて五歩退く也納刀」

 古伝の出合を稽古して見ます。この太刀打之事は鞘付木刀を使用するものです。
 出合の「相懸り」は走り込まず五藤先生の手附の様に双方ともスカスカと歩み寄り場合に至ると打太刀より右足を踏込み膝下に抜き付けて来る。
 遣方(仕太刀)透かさず右足を踏込み抜刀して之を膝下で受け留める。此処は業附口伝では双方刀を下に抜き合わせて相打ちですが、古伝は「相手より下へ抜付るを抜合せ留て」ですから打太刀が足に抜き付けて来るので、仕太刀は右足を囲う様に受け留めるのです。

 古伝の抜合わせ留て打込相手請る右足也」
 打太刀は請け留められて、上段に振り冠むろうとするのを、遣方は左足を右足に引き付けるや上段に振り冠り右足を踏み込んで打太刀の真向に斬り下す。
 打太刀左足を一歩退き右足を追い足に頭上にて十文字に請け留める。
この請け留めは土佐の居合の組太刀の形では、柄を左にして敵刀を刃で受けるのが定番になっていますが、少々不自然ですから、柄を右にして左手を刀の棟に添えて請ける十文字請けも稽古しておきますと良いかと思います。
 互に中段となり遣方二歩退き、打太刀二歩進み改めて五歩退いて血振り納刀す。と現代の組太刀は歩数まで指定しています。

 出合のポイントは、打太刀から柄に手を掛けるのです。
そして打太刀から間境で仕掛けて来る、遣方はそれを受ける処が先ず最初の出合です。

 どちらとも云えず双方間境を越して抜刀し申し合わせの膝下に相打ちでは無いのです。
 遣方も抜付けんとするが、打太刀が勝り、打太刀が斬り付けんとする瞬間に打込まれる部位を守る運剣が欲しいものです。

大江先生の改変した無双直伝英信流居合道形「出合」
 「打太刀は柄に手を掛ける、仕太刀は打太刀の如く、柄に手を掛け、双方体を前方少しく屈め、虎走りにて五尺の距離に出て、右足を出したるとき、膝の処にて打は請、仕は抜打にて刃を合す、仕太刀は直ちに、右足左足と一歩摺り込みて上段より真面に打込む、打太刀は左足より右足と追足にて退き、刀を左斜にして受ける、仕太刀は二歩退り、打太刀は二歩出て、中段の構えとなり、残心を示す、之れより互に後へ五歩づつ下り元の位置に帰り血拭ひ刀を納む。」

 
大江先生の出合いは、打太刀が仕太刀の抜打ちを「膝の処にて打は請」ています。此処は古伝では、仕太刀が請けています。
 仕太刀は抜打ちを留められ、追い込む様に摺り込んで、上段から打ち込むので打太刀は下りながら「刀を左斜にして受ける」のですが、この表現では、柄を右に切先を左にして受けると解するのが普通でしょう。此処は五藤先生の「敵一歩退き頭上にて十文字に請け止むる也」とも違う様です。古伝は「相手請る右足也」とおおらかです。

 古伝を演ずる場合、書かれた文章を忠実に辿る事が大切です、書かれていない動作は状況下で最も適切な動作であるべきで、同時に次にある文言に対応できるものであるべきでしょう。
 出合いの歩数や形に捉われすぎても意味の無い申し合わせの殺陣の演舞になってしまいます。これでは、合同演舞で足並み手並みを揃えるのも思いつくはずです。
 また、早いばかりの力任せで実の無い形を見かけますが、時代劇のヤクザのチャンバラの様で忙しいばかりです。

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2016年12月20日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書原文5太刀打之事1出合

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
5、太刀打之事
1)一本目出合
出合
 相かかり二かゝり相手より下へ抜付るを抜合せ留て打込相手請る右足也

読み
出合(であい)
 相懸かりにかゝり相手より下へ抜き付けるを 抜き合せ留めて打ち込み相手請ける 右足也

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2016年12月19日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く5太刀打之事前書

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
5、太刀打之事
前書
太刀打之事(鞘木刀也 立合之事也)
   神傳流秘書による無双神傳英信流居合兵法には、空間刀法の居合に設対者を設けた仕組(組居合・組太刀・勢法)が組み入れられています。
 抜き打ちの一刀で制する事が出来ない場合に応じる、或は先を取られた場合に応じるもので所謂型(形)剣術です。
 「形」は井せい(わく)と彡せん(模様)の会意兼形声文字で、いろいろな模様をなすわくどりやかたのこと、外に見えるかたち。
 「型」は井せい(わく)と刂(刀)と土による会意兼形声文字で、砂や粘土でつくった鋳型のこと。形と同系の言葉。
 武術や演芸で基準となるしぐさや歌い方に形・型は使われています。どちらでもよいのでしょう。(藤堂明保学研漢和辞典より)
 稽古には鞘付き木刀を用いています。立合とは立って行い、互に木刀で太刀打ちをする稽古形である事を意味しています。
 
太刀打之位などという呼び方の「位」については、「人」と「立」の会意文字で「人がある位置にしっかり立つ姿」地位をあらわすもので、この使い方は土佐の居合の古伝神傳流秘書には見当たりません。
 第12代林益之丞政誠により安永五年1776年に書かれて嘉永五年1852年に谷村亀之丞自雄により書き写されたという「英信流目録」に棒立合之位・小太刀之位・大森流居合之位などと書かれていますので、業の順序や位置をあらわす様にして、他流からの借り物かもしれません。
 
 形を稽古するに当たり最初から木刀を構えて打ち合うのではなく、鞘に納められて居る木刀を腰に差して、双方間合いに至り木刀を抜付けて行くのと、初めから木刀を構えて立ち合うのとが組み込まれています。従って抜付ける鞘の内を学べ間と間合いを覚える居合らしい仕組です。
 居合が仮想敵相手の空間刀法ですから、敵を想定するにもぜひ初心の内から学ぶべきものでしょう。
 
 大江先生は、古伝の太刀打之事を廃して「英信流居合の型」を組み上げられています。
内容は、太刀打之事に添ったものですが、中学生に覚えやすく安全で居合の業と関連させたりしています。古伝神傳流秘書の太刀打之事は10本ですが、大江先生の改変したものは7本です。明治40年頃に中学校で居合を指導する機会に組み立てたと思われます。
 当時大日本武徳会の形稽古の為に大日本剣道形が検討されていました、其れに乗らんとして考えられたのか、純粋に居合にあう双方打ち合う形を創作されたのか意図は不明です。
古伝の形を捨て去るべき理由も見当たりません。
 
 一本目は大江先生も古傳太刀打之事と同様出合から始まりますが、双方刀を鞘に納め大森流の虎乱刀(正座の部追風)の様に虎走りに駆け寄り膝下に抜き打ちして居ます。
 古伝太刀打之事は「相懸りにかゝり」で双方間を詰める仕方は、工夫次第の様です。大江先生は、白兵戦を思い描き「突撃!」の号令で走り行く兵士を想像されたかもしれません。
 此の相懸りについては、曽田本に依れば無双直伝英信流第16代五藤先生、第15代谷村先生の業付口伝を基に竹村静夫と実演したというものによると、「出合、是者互に刀を鞘に納めて相懸りにスカスカと行く・・」と歩み足を思わせます。
 現代居合による古伝太刀打之位も大江先生の走り込んで抜き合う方法が浸透していて、何故か居合の抜付けの気位や古流剣術の彼我立合い接近するイメージからかけ離れ、ドタバタ接近して品格の乏しい感じを受けるのは、打ち手の気位によるのか、「突撃!」の合図に突っ込んでいく姿を彷彿とさせるためか命を懸けて強敵と対する重厚感が伝わりません。
 古伝の太刀打之事は、双方歩み寄る事から始めたいものです。

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2016年12月18日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書原文5太刀打之事前書

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
5、太刀打之事
前書
太刀打之事(鞘木刀也 立合之事也)

太刀打之事(鞘木刀也 立合いの事也)

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2016年12月17日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く4英信流居合之事10抜打

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
4、英信流居合之事
10)十本目抜打
抜打
 大森流の抜打二同之事也
読み
抜打(ぬきうち)
 大森流の抜打に同じ事也 
読み解く
 英信流居合之事では十本目は抜打で大森流之事の十一本目抜打と同じ事と云って居ます。
大森流居合之事十一本目抜打
 座して居る所を向より切て懸るを其のまゝ踏ん伸んで請流し打込み開いて納る 尤も請流に非ず此所筆に及ばず

 大江先生の英信流抜打は長谷川流真向で現在は無双直伝英信流居合兵法立膝の部真向です。
大江先生の立膝の部真向
「正面に向って座し、腰を伸し趾先を立て、刀を上に抜き上段となり、同体にて切る此時両膝を左右に少し開く。血拭ひは其姿勢のまゝ刀を納め、伸したる腰は徐ろに正座に直り、刀の納まると同時に臀部を両足踵の上に乗せ、静に正座となる。」

 大江先生の大森流抜き打ち、無双直伝英信流居合兵法正座の部抜打となります。
「正面に座す、対座にて前の敵を斬る心組にて其正座の儘刀を前より頭上に抜き、上段に冠り、身体を前に少し出し、前面の頭上を斬る、血拭ひは中腰の同体にて刀を納む。」

 大江先生は、大森流は「刀を前より頭上に抜き」英信流は「刀を上に抜き」です。古伝の「向より切て懸るを其のまゝ踏ん伸んで請流し打込み」の心持ちが文面からは見られません。

 大江先生の系統も後に河野先生の頃から正座の部抜打に「もし敵斬り込み来たりてもその刀を受け流す気にて行う」とあり、真向にも「(右拳は顔前を通して頭上に)刀を左肩側より体を囲う様に剣先を下げて抜き取り・・」とその心持を伝えています。

 林安太夫政詡による英信流居合目録秘訣に「勝事無疵に勝と思ふべからず我身を先ず土壇となして後自然に勝有」と、相手に打たせて其の機に乗じ応じると言うものです。居合心を忘れては土佐の居合ではなくなってしまいます。

 何時誰が指導されたのか、闇討ちだまし討ちの様に、敵の動作など無関係に抜いて上段に振り冠り、跳び込んで大きな音を立てて打込む。何がこの業のポイントかもわからずになっているのではないでしょうか。

 抜打は本来大森流も英信流も江戸中期では同じであったのでしょう。
 刀を前に抜く、上に抜くいずれも相手が打込んで来る事を意識した動作であるべきものでしょう。
 一方的に斬り掛っていくのではない処が忘れられると闇打ちです。古伝は上に抜くのも横に抜くのも指定して居ません、どちらでもいいのでしょう。現代風に演ずれば大森流は横に抜き、英信流は上に抜く。坐し方も正座であれとは云っていません。
 英信流による立て膝による抜打も是と云って支障に成る事など見当たりません。現代居合では何故正座によって抜き打つのでしょう。そこが研究課題ですが答えは無いでしょう。

 この、抜打に付いては、「向より切て懸るを其のまゝ踏ん伸んで請流し打込み開いて納る 尤も請流に非ず此所筆に及ばず」の処を充分研究すべきものでしょう。「請流しに非ず」と云っています。
 「我身を先ず土壇となして後自然に勝有」を噛みしめてみますと、新陰流の合し打ちの心得を要求されている様に思えてなりません。

 

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2016年12月16日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書原文4英信流居合之事10抜打

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
4、英信流居合之事
10)十本目抜打
抜打
 大森流の抜打二同之事也

読み
抜打(ぬきうち)
 大森流の抜打に同じ事也
大森流居合之事十一本目抜打
 坐して居る所を向より切て懸るを其のまゝ踏ん伸んで請流し打込ミ開いて納る尤も請流二非春此所筆二及ばず
読み
 座して居る所を向こうより切って懸るをそのまま 踏ん伸んで請け流し 打ち込み 開いて納める 尤も請け流しに非ず このところ筆に及ばず

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2016年12月15日 (木)

鶏寒上樹鴨寒下水

 来年の書初めの課題を出しました。
 ニワトリにちなんだ言葉を捜していて見つけ出したのがこの禅語です。
 鶏寒上樹 鴨寒下水
(鶏寒くして樹に上る 鴨寒くして水に下る)
 中国の宋代の智昭によって1188年に編纂された「人天眼目(にんでんがんもく)」にある禅宗五門の要義です。
 
 鳥も、種類によって状況に応じた対処の仕方が異なる事を述べたもので、人もまた同じ様にそれぞれの思いによって、異なる考えで行動をしながら悟りに至るとでも解すればいいのでしょう。もっと日常的な処に置き変えれば、人は夫々なのでしょう。
 何でもかんでも同じ思想を持ち、同じ様に行動をしなければいけないなどと無理強いして、折角夢を持って門を叩いて来た者を潰しているとも知らずに、自分の我を押し付ける事はまま有ります。
 もっとおおらかに、一人一人をよく観て、何を求めにやってきたのか、よく聞いて指導してあげられないものでしょうか。
 かと言って、何の方針もないまま、好き勝手にやってもらうわけにも行かないのも人の世の定めです。
 習いごとに来ていながら、何を得ようとするのか目指すものが無いまま、その日その日が愉快であるのもいいかもしれません。集いの場であったり、ちょっとした居場所という価値もあるでしょう。しかし、それでは何も得られないでしょう。
 初段の審査を受けるために、稽古に励んで居た30代の女性です。「段位相応の力を持てとか、規約に縛られるなどは求めていなかった」と言うのか、メール一つで審査当日ドタキャンしてきました。
 審査を受けるための基本となる所作の一つ一つ、それらは彼女にとって今までに無かったプレッシャーだったのでしょう。
 着付けが不十分なため、袴がずり落ちたり、胸がはだけてしまったりして、下着が丸出しで目のやり場に困ったものでした。
 書道でも、武道でも、やるべき事をやっておかなければ、次の動作が、充分生きてこないものです。
 お遊戯や、棒振り体操、楽しい仲間が居ればいい、とでも思って居たのでしょうか。人それぞれとは言え、理解できても迎合する程に悟り切れないまま頭を抱えてしまいます。
 ある道場の、40代の女性は「段位や競技に興味はないの、伝統と云われる業技法は無理にやらせないで」と言っていました。教え魔の古参も遠のき、それでも見よう見まねで一人で稽古に励んでいたようです。
 先日たまたま一人稽古の際その方にお会いしました。稽古をしながら、業の切れ間にそれと無く拝見していました。
 順番通りに業は出来て居ます、見様見真似であっても5~6年も続けているのですから当然と云えば当然です。
 しかし、全く勝手な、武術には程遠い、棒振りです。習いに徹する時期を持てば、スルスルと、先人が教え示している事が出来て、何故そうするのかも解るのに、無駄な時間が経つばかりです。
 柄握りすら出来て居ない為でしょうか、それとも稽古が過ぎたのでしょうか、柄糸が擦り切れてビニールテープでほぐれを捲いてあります。
 他人にいじられるのを嫌うのか、指導されても出来ない不器用を恥じて思うのか、プライドとも違う様です。
 三カ月ほどの個人教授で見事昇段した女性がいます、毎回の稽古で疑問にぶつかると「何故そうするのですか」と聞いてきます。
 武術ですから、対敵がいる事、その敵に応じる為に心得を実技を見せながら聞いてもらいます。
 坐し方一つもその理合を解きほぐします。納得できれば、即座に其の通りやり始めます。其の日に出来なくとも次の稽古日にはかなり出来ています。そしてぐんぐん腕が上がっていました。
 「この子は何時もそうなの」と、パティシェを目指すために修行しているお店のおかみさんも笑って彼女の調理場に臨む心掛けを聞かせてくれました。
 プロを目指し励む人には、廻りの人も助けてくれるのでしょう。審査当日、彼女が居なければ店は回らないのでしょう、彼女の為に店を休んでくれています。そんなプレッシャーもしっかり受け止めていた女性です。
 高齢者の入門も多くなって、真面目に指導を受けて稽古していても、心身の弱体化は避けられません。高齢初心者が生涯続けられ歳相応に進歩していく仕組みも必要でしょう。若い人と同じような稽古法や昇段基準では嫌気がさして、棒振り体操に甘んじたり心ある人は去って行かれます。
 他の武術やスポーツで鍛えられた人は、古参を直ぐに追い越してしまいます。怠け者のへぼを追い越す仕組みも必要でしょう。
 若いころから励んで来られた方も、年を取れば、衰えは隠せません。「昔はこうだった」は幻です。最も自分に適した道具と術の研鑽が必要でしょう。
 一頃80歳までは進歩すると聞いていましたが、元気で90歳を迎えらえる方も大勢おられます。昔の思い出に浸るのではなく昨日よりは今日、今日よりは明日へと、情けないへぼ踊りでは無い、いぶし銀の様な世界を自ら切り開いていく以外にないのでしょう。
 ある人曰く「長生きも術の内」そうかもしれません。長生きしても使える武術は自分だけのものです。
 興味を持って入会されても、「やってみたが思っていた事と違う」、カルチャーショックを受けている人も多いようです。
 指導者が自分の価値観を押しつければ、想いはお互いに通じ合わないものです。
 メンツばかりで、闇雲に弟子の数を競いあえば、総じてレベル低下は避けられません。一人の師匠が心を尽くして弟子と対せる人数は15名位までが限界でしょう。
 号令一過、大勢の弟子が全員で同じ業を抜きつけても、戦場に送り出す従順な兵士を作る、或はこれから稽古する準備運動になっても大した効果は望めません。
 そんな中でも、師匠の日常の立居振舞や先輩に稽古を付ける姿をよく観て、ひたすら、眼と耳で学ぶ人もいます。やって見て、「是でよいでしょうか」と素直に尋ねる心もある人もあります。
 何十年と他の事をやって来ていても、習う時は全てフリーにして習いに徹する。その上で樹の上でも水の中でも少しも遅くは無い筈です。
 保守的なのか、自分を変える勇気がないのか、昔取った杵柄ばかり主張して、勝手な理論を振り回して居たりするのもいるでしょう。
 習うふりをして、無駄な時間を潰しているのを見ると・・・そのままずっとそうしてそこを居場所として落ちつくのも勝手です・・・或は、其の内へぼでも古参になって、人生唯一の威張れる場所となるでしょう・・・でも誰も・・・それぞれです。
 周囲を見直しませんと伝統文化の継承には、とても厳しい時代になったとも云えると思います。
 古伝の研究は基より、せっせと講習会にも通い良く観・よく聞き・よく読み・よく考えての気付き、そこで得られた多くの知人や知識も、形ばかりを演ずる者には、勝手な事をやって居る不心得者にしか思えないものでしょう。
 昔から、廻国修行に出る者も見られます。師匠はそれを快く送り出したものです。・・・自分の価値観しか認められない狭量では、鶏や鴨にも劣るかも知れません。
 
 この書初めの語句の意味を味わい、文字をじっと眺めていますと、何故か、こみあげて来るものが有ります。
 難しい文字も無いのですから、無心になって、筆を走らせればいいだけなのに・・・思いつくままに。

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く4英信流居合之事9瀧落

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
4、英信流居合之事
9)九本目瀧落
瀧落
 刀の鞘と共二左の足を一拍子二出して抜て後を突き直ぐ二右の足を踏込ミ打込ミ開納る此事ハ後よりこじりをおっ取りたる処也故二抜時こじりを以て當心持有り
読み
瀧落(たきおとし)
 刀の鞘と共に左の足を一拍子に出して 抜きて後ろを突き 直に右の足を踏み込み打ち込み 開き納める 此の事は後ろより鐺をおっ取りたる処也 故に抜く時鐺を以って當てる心持ち有り


 これは立膝に座している時、後ろの相手が我が刀の鐺を掴んで抜かさない様に押し付けてくる。「おっ取りたる」は、「押し取って」「急いで取る」「ゆったり取る」などの意味ですから相手の動作により次の我が動作も決まって来るでしょう。

 ここは、後ろから我が鐺をゆったりと取られ、背中に押し付けられそうになるので、鐺を押し付けられるに任せてゆっくり立ち上がる。
 左足を前に踏み出すと同時に急に柄を右胸に取って鐺を持つ相手の手を外し、右足を踏み出し抜刀し、後方に振り向くや相手を突き、右足を踏み込んで真向に打ち下ろし、刀を横に開いて納刀する。
 これが大方の現代居合の瀧落でしょう。ただし「抜時こじりを以て當心持有り」は心持ちすら見られません。

 場の状況を「此事は後よりこじりをおっ取りたる処也」の追記で示してくれています。次の「故に抜く時こじりを以て当てる心持有り」は、鐺を外された相手が前にのめるならば出来るかもしれません。現代居合では見られない動作です。

 この神傳流秘書の手附では、現代居合の素養が邪魔します。鐺は掴まれたら現代居合の方法では、容易に相手は放してくれそうもありません。
 鐺を掴まれたまま、左足を後方に退いて、相手に背中で附け込み、左足を踏み出して柄を胸に引き付け、右足を踏み出し体前に抜刀して、同時に鞘を後ろに退いて鐺で相手に付き当てるや反転して相手に突きこむ事は出来そうです。此の場合相手の手は鐺から離れていようと否とに無関係で抜刀できる事が前提です。

大江先生の瀧落
後を向き、徐ろに立ちて左足を後へ一歩引き鞘を握りたる左手を其儘膝下真直に下げ、鐺を上げ後方を顧み、右手を膝上に置き同体にて左足を出し、右手を柄に掛け胸に当て右足を前に進むと同時に抜き、刀峯を胸部に当て、同体の儘左へ転旋して、体を後向け左足を前となし、其体の儘胸に当てたる刀を伸ばし刀は刃を右横に平として突き左(右の誤植か)足を出しつつ上段に取り、左膝を着き座しつゝ頭上を斬る、血拭ひ刀を納む。」

 大江先生の手附では、相手の手を放させる文言が見えません。又「抜時こじりを以て當心持」は有りや無しやです。

夢想神伝流の山蔦先生の瀧落
 「敵は自分の背に顔を向け約80cm離れて座っている想定。
鐺を掴まれ立ち上がり、鐺を右後上方に寄せ第一の振り払いを行うが敵は掴んだまま、左足を、爪先を下向きに浮かせて右にまわし、左ふくらはぎを右脛に付け、鷺足となり、同時に刀をしゃくるようにして右乳辺りに持って来て第二の振り払いにより敵手を振り払う。右手を柄に掛け左足をトンと着き、同時に右足を左足の右側30cm辺りに踏み付け、刀を右横やや上方に抜き上げ左へ廻り込む様にして、刀を上から下へ落す様に敵の胸を突く・・・
」*
複雑な足捌きが行われていますが、敵の手は手附通りには振り払えないものです。
振り返っての突きは、何故か上から突き下ろす様な表現です。刃は此の時上向きになっている様です。

 この業の事理をとやかくするよりも、この複雑な動作をそれらしく捌く事でしょう。鐺を掴まれて立つ、(振り捥ぐ)、抜刀し刺突する、真向に斬り下す。
 それぞれ気剣体一致の拍子が理解できなければただの剣舞でしょう。其れには繰返し設対者を設けて後ろから鐺を持ってもらう実戦同様の稽古が必要でしょう。但し、設対者が、業を知っていてどのようにしても握り締める様な事では外せないでしょう。

 瀧落の敵に握られた鐺は我れが相当の剛腕でも敵手は握りを解いてはくれません。かの中山博道先生も「日本剣道と西洋剣技」の中で「後方より武器を掴まれた場合、これを外すには、左、右と順次に対手の逆を行か、同時にこれを拂ひ外すかの二様あるが、この外すということは非常に困難な業で、沢山ある抜刀各流にも、その例はまことに少ない」と述べられています。

 古伝は「後よりこじりをおっ取りたる処・・刀の鞘と共二左の足を一拍子二出して抜て後を突き」と云っています。
 握られた鐺に固執せずに、左足を踏み出すと同時に、鐺を持たせたまま前に抜刀して「抜時こじりを以て(後方の敵に)當」振り返って刺突する。この方が理に叶っています。

 但し演武会でこのように演じれば、出鱈目をするなと大目玉でしょう。容易に出来ない、瀧落の鐺外しを出来て居る振りで演ずるのも愉快です。

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2016年12月14日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書原文4英信流居合之事9瀧落

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
4、英信流居合之事
9)九本目瀧落
瀧落
 刀の鞘と共二左の足を一拍子二出して抜て後を突き直ぐ二右の足を踏込ミ打込ミ開納る此事ハ後よりこじりをおっ取りたる処也故二抜時こじりを以て當心持有り
読み
瀧落(たきおとし)
 刀の鞘と共に左の足を一拍子に出して 抜きて後ろを突き 直に右の足を踏み込み打ち込み 開き納める 此の事は後ろより鐺をおっ取りたる処也 故に抜く時鐺を以って當てる心持ち有り
 

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2016年12月13日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く4英信流居合之事8波返

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
4、英信流居合之事
8)八本目波返
波返
 鱗返二同し後へ抜付打込ミ開き納る後へ廻ると脇へ廻ると計相違也
読み
波返(なみかえし・浪返)
 鱗返に同じ後へ抜付け打込み開き納める 後へ廻ると脇へ廻るとばかりの相違也
・・参考
七本目鱗返
 「左脇へ廻り抜付打込ミ開き納る(秘書には岩浪と同し事を記しあり口伝口授のとき写し違へたるならん)」
読み解く
 七本目鱗返しと同じと言います。鱗返が左脇へ廻るのに波返は後ろに廻るだけの違いだと言うのです。
 後ろに座す相手の害意を察し、刀に両手を掛け腰を上げ爪先立ち、鱗返同様左廻りに正面の相手に振り向くや、左足を引いて横一線に抜き付け、左足を右足踵に引付上段に振り冠り真向に打ち下ろし、刀を横に開いて納刀。
 現代居合では、鱗返も波返も右足を軸に左廻りです。鱗返は敵は我が右脇ですから左廻りが最短ですから当然でしょう。
 波返は真後ろの敵ですから左廻りでも右廻でも良い筈です。

 後ろの相手を抜き打つには、左廻りが絶対有効なのでしょうか。敵は真後ろでも、我が右脇、右後にも敵に転ずるかも知れない予備軍がいないとも限りません。
 大森流の當刀(後)も左廻りですが、大森流では右廻りしてもさしたる違和感は無く大森流右刀を180度回転にしたようなものです。

 鱗返の右廻は一旦180度真後ろに廻って更に90度右廻りするのではよほどの状況が無い限り不要でしょう。自然に最短で廻る筈ですから左廻りに為ります。
 波返しは、左右どちらでも180度廻るだけで同じ回転です、左廻りは立膝の坐し方では左足が右足より後に在るので右足先軸での左回転を妨げません。
 左足先を軸に右廻りしようとすると、右足が邪魔して左足の回転を妨げます。右足を軸にした右回転は左足の運用次第です。

 中腰に立上り、右足を軸に右廻りの回転に従って左足を常に体の後方にある様に移動させて後に振り返るや左足を後方に引いて抜付ける。
 今一つは、中腰に立上り右足を左足に添わせるか少し後方に引いてから右回転すれば容易に回転出来ます。
 もう一つ、中腰に立上り左足を右足の少し前に踏み出して左足を軸に右回転し後方に振り向くや右足を引いて抜付けます。

 更に、中腰に立上り左足を右足の前に千鳥に踏んで置いて左足を軸に右回転して右足を引き抜付ける、など幾つかやって見れば足捌きに依る体の運用が明確に把握できるでしょう。
 中腰に立ち上がらずに右回転も可能ですが、左膝を軸にした場合左足でも右足でも後方に引くのは厄介です。
 右足を引くか左足を引くかは右回転の際敵との間を瞬時に測る眼も大切です。
 古伝神傳流秘書にある抜刀心持之事、所謂現在の奥居合ですが、その三角や四角が右廻と左廻りの混合です。
神傳流秘書抜刀心持之事三角
「抜て身を添へ右廻りに後ろへ振り廻りて右脇を切る。
此の方法は幸いにも英信流居合目録秘訣の上意之大事に解説されています。
「三人併居る所を切る心得也ヶ様のときふかぶかと勝んとする故におくれを取る也居合の大事は浅く勝事肝要也三人併居る所を抜打に紋所のあたりを切先はづれにはろをときはびくとするなり其所を仕留也三人を一人づつ切らんと思ふ心得なれば必仕損ずる也一度に払ふて其おくれに付込で勝べし」
神傳流秘書抜刀心持之事四角
「抜左の後の角を突右の後の角を切る右の向を請流し左の向を切又右の向を切る也」
上意之大事
「三角にかわる事無し是は前後左右に詰合ふ之心得也故に後ろへ迄まわって抜付る也」
 左右いずれからも回転出来ても、現代居合の動作は左廻りが業の形です、業は千変万化するなどとんでもないと言う形をなぞるのが趣味の人の前で、右廻りして「業違」と言って笑われるのが落ちでしょう。
 冒頭の「鱗返に同じ」の文章によって鱗返の様に左廻りに後に振り向き抜き付けるのが古伝の指定した方法だと読み解くのが妥当でしょう。
 しかし波返の右廻も稽古しておくだけの心構えは欲しいものです。

 大江先生の浪返「後へ向き左より正面へ両足先にて廻り、中腰となる、左足を引き、水平に抜付け上段に取り、坐しながら前面を斬るなり」古伝に忠実です。

 曽田本ではこの業名は「波返」ですが現代居合は「浪返」と書くのが多そうです。業名の漢字はどちらが妥当でしょう。

波(は、なみ)
 波及・波紋・音波
 風などによって水面が上下して傾き、生じるなみ。転じて、なみだつ水面。なみのように伝わり及ぶさま。

浪(ろう、なみ)
 浪費・放浪
 清らかななみ、なみのようにとりとめもないさま、型にはまらずかってなさま。

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2016年12月12日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文4英信流居合之事8波返

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
4、英信流居合之事
8)八本目波返
波返
 鱗返二同し後へ抜付打込ミ開き納る後へ廻ると脇へ廻ると計相違也
参考
鱗返
 「左脇へ廻り抜付打込ミ開き納る(秘書には岩浪と同し事を記しあり口伝口授のとき写し違へたるならん)」
読み
波返(なみかえし・浪返)
 鱗返に同じ後へ抜付け打込み開き納める 後へ廻ると脇へ廻るとばかりの相違也
 
 

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2016年12月11日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く4英信流居合之事7鱗返

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
4、英信流居合之事
7)七本目鱗返
鱗返
 左脇へ廻り抜付打込ミ開き納る
(秘書にハ岩波と同じ事を記しあり 口伝口授のとき写し違へたるならん 曽田メモ)

読み
鱗返(うろこかえし)
 左脇へ廻り抜打ち打ち込み開き納める
(秘書には岩浪と同じ事を記しあり 口伝口授のとき写し違えたるならん 曽田メモ)
 
 鱗返の手附は曽田先生が書き改めてメモされたという事です。
 参考に、細川義昌邸より借用されたという、木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法 夢想神傳重信流 傳書集及び業手付解説」では神傳流業手付の英信流抜刀之事「鱗返」
右に向き居って左り廻りに向へ抜付左の足を引冠り打込み開き納る也」
細川本の読み
 「右に向き居って 左廻りに向うへ抜き付け 左の足を引き 冠り打込み 開き納るなり」
 曽田本の出処が不明なので比較すべきでは無い思いますが、細川本も鱗返しの手附は鱗返では無い手附が記されていたのではないかと推察します。
 それは、文章の表現が、神傳流秘書の英信流居合之事とは雰囲気が違うと思われるからです。
 「右に向き居って・・」の書き出しですが、英信流居合之事(英信流抜刀之事)ではこのように座して居る我を正面に対して右向きであることをまず述べた業手付は有りません。
 「左廻りに向うへ抜き付け」という二節目の我が動作から敵の所在を我が右脇と想定させているのが基本です。
 次に「左廻りに向うへ抜き付け 左の足を引き 冠り打込み」では左足を引く時が敵に抜き付けてからの様に受け取れます。「左へ振り向きり 左の足を引き 向うへ抜き付け」が神傳流秘書の手附けの有り様と思います。
 この鱗返しの手附は、書写の時、間違えたまま伝わり、後世の者が書き写す際手直ししたと思われます。
読み解く
 「左脇へ廻り」ですから、相手は我が左脇に座すのでしょう。
 左脇に座す相手の害意を察し、刀に両手を掛け、腰を上げ、爪先立つや右足を軸に刀を抜きつつ左廻りに相手に振り向くや、左足を引いて横一線に抜付け、倒れる相手に、上段に振り冠って斬り下ろし、横に刀を開いて納刀。

 現代居合の鱗返になってしまいましたが、相手の想定は様々です。
 殺意を口にするだけで、元のまま座している。
 我に振り向き我が柄を制しようとする。
 刀に手を掛け腰を上げた状況である。
 我が方に振り向いて抜刀しようと刀を抜きつつある。
 右足を踏み込まんとする寸前。
 立ち上がって抜刀寸前、などいくらでも仮想敵の想定は可能です。
 我も敵の動作に先んじて応じる心持を以て敵の首又顔面、或は奥義の柄口六寸に抜き付けなければなりません。
 相手が腰を上げ振り向いて抜き付けようとするならば、左足の引きは低く、立ち上がりつつあれば合わせて高くでしょう。

 古伝の極意は「柄口六寸」でした。
 左足を後方に引いて、横一線の抜き付け、下からの切り上げ、上に抜き上げていれば、高く抜き付けるなどでしょう。

 現代居合の無双直伝英信流の鱗返を稽古して見ます。
 テキストは北海道滝川の坂田先生の「無双直伝英信流居合道入門」昭和48年発行。坂田先生は初め夢想神傳流を20年近く修行され後に政岡壱實先生、山本晴介先生に講習会でお会いし無双直伝英信流を稽古されています。
 テキストから見ますと河野百錬先生の大日本居合道図譜に従い、谷田佐一先生の居合詳解に居合心を刺激されていたようです。古伝神傳流秘書も研究されておられます。

鱗返
 理合:我が左側に居る敵に対し立ち乍ら其の首に抜き付け、更に上段に振りかぶり斬り下す業である。
技法:正面に対し右向に立膝。
 刀を抜きかけつつ右足先を軸として左に廻りつつ低く中腰に立ち上り、正面に向って左足を後に引くや腰を伸して敵の首に一文字に抜き付け、左膝をつき乍ら上段に振りかぶり、敵の真向に斬り下し、血振り納刀。

 細川義昌先生系統かと思われる広島の白石元一先生の昭和12年発行の大森流・長谷川流・伯耆流居合術手引の鱗返は「左方に立てる敵に対して行う」とあります。左方に向き乍ら左足を退きて中腰となり、横一文字に敵の胴部を斬り・・。

 夢想神伝流山蔦重吉先生の鱗返は、中腰に立ち上がり敵に向くと同時に左足を後ろに引くや中腰のまま敵の座して居るこめかみに抜き付ける・・此の時敵は座したまま右向きで柄に手を掛けている状況の様です。左足を後方に引くのは相手との間に斬り間を作るためとか。

 大江先生の鱗返「中腰にて左足を引きて抜付け、此の抜付けは水平とする事・・中腰は両膝を浮かめて抜付けるなり(敵の甲手を斬る)*大江先生の(敵の甲手を斬る)の思いは、どこに引き継がれたのでしょう。政岡先生の居合に残されて居る様です。

 昇段審査や競技会などでは決められた形で抜き付ければよいだけの事ですが、地味ですが、稽古では想定を幾つか変えて抜き付ける位置によって左膝の高さを工夫する、或は抜き付ける拳の高さを変えるなど稽古の楽しさが倍増するかもしれません。
 ついでに一刀目の抜付け不十分の際の左足を右足に引き付け右足を踏出して打込むなどでしょう。
 古伝の無双直伝英信流には見られない、敵が刀を抜出しつつ立ち上がる処、下からの小手への切上げも稽古して見るのも良いと思います。

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2016年12月10日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書原文4英信流居合之事7鱗返

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
4、英信流居合之事
7)七本目鱗返
鱗返
 左脇へ廻り抜付打込ミ開き納る
(秘書にハ岩波と同じ事を記しあり 口伝口授のとき写し違へたるならん 曽田メモ)
読み
鱗返(うろこかえし)
 左脇へ廻り抜打ち打ち込み開き納める
(秘書には岩浪と同じ事を記しあり 口伝口授のとき写し違えたるならん 曽田メモ)
 
 鱗返の手附は曽田先生が書き改めてメモされたという事です。
 参考に、細川義昌邸より借用されたという、木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法 夢想神傳重信流 傳書集及び業手付解説」では神傳流業手付の英信流抜刀之事「鱗返」
「右に向き居って左り廻りに向へ抜付左の足を引冠り打込み開き納る也」
細川本の読み
 「右に向き居って 左廻りに向うへ抜き付け 左の足を引き 冠り打込み 開き納るなり」
 曽田本の出処が不明なので比較すべきでは無い思いますが、曽田本も細川本も鱗返しの手附は鱗返では無い手附が記されていたのではないかと推察します。
 それは、文章の表現が、神傳流秘書の英信流居合之事とは雰囲気が違うと思われるからです。
 「右に向き居って・・」の書き出しですが、英信流居合之事(英信流抜刀之事)ではこのように座して居る我を正面に対して右向きであることをまず述べた業手付は有りません。
 「左廻りに向うへ抜き付け」という二節目の我が動作から敵の所在を我が右脇と想定させているのが基本です。
 次に「左廻りに向うへ抜き付け 左の足を引き 冠り打込み」では左足を引く時が敵に抜き付けてからの様に受け取れます。「左へ振り向きり 左の足を引き 向うへ抜き付け」が神傳流秘書の手附けの有り様と思います。
 この鱗返しの手附は、書写の時、間違えたまま伝わり、後世の者が書き写す際手直ししたと思われます。

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2016年12月 9日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く4英信流居合之事6岩浪

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
4、英信流居合之事
6)六本目岩浪
岩浪
 左へ振り向き左の足を引刀を抜左の手切先へ添へ右の膝の外より突膝の内に引後山下風の業に同
後山下風の業に同じ
 浮雲に同じ・・読み
岩浪(いわなみ)
 左へ振り向き 左の足を引き刀を抜 左の手切先へ添え 右の膝の外より突く 膝の内に引き 後山下風に同じ。  
参考
 後同前但足は右足也 浮雲と足は相違也
浮雲:・・抜付左の手を添へて敵を突倒春心尓て右の足上拍子に刀を春ねへ引切先を後へはね扨上へ冠り膝の外へ打込ミ後同前又刀を引て切先を後へはね春して取りて打込事も有
 切先を後へはね上へ冠り(膝の外へ打ち込み)後同前 又刀をはねずして取りて打込む事も有り
但足は右足也 浮雲と足は相違也切先を後へはね上へ冠り(膝の外へ打ち込み)後同前 又刀をはねずして取りて打込む事も有り 但足は右足也 浮雲と足は相違也
読み解く
 六本目の岩浪は敵は左脇に座しますから左身となります、敵が我に仕掛けんとするのでしょうか、それとも我が一方的に仕掛けるのでしょうか、ここも敵の仕掛けようとする動作は何も書かれていません。
 敵の怒りに満ちて殺意を含む言葉でしょうか。
 敵が刀に手を掛け抜かんとするのでしょうか。
 敵が我が方に乗り出して我が柄を取らんと手を伸ばすのでしょうか。
 敵が我が左手を掴んで我を制しようとするのでしょうか。
 それとも我れが一方的に敵に仕掛ける闇討ちでしょうか。 
 現代居合は、「敵の害意を察して機先を制する」と曖昧です。

 我は、立膝に座し、我が左に同じく立膝に座す敵が、我に害意を持って仕掛けんとするのを察し、刀に両手を掛けるや腰を上げ左足爪立ち、右足を軸に左廻りに左に振り向き、敵に対するや左足を後方に引くと同時に刀を抜出し、切先鯉口を出るや左手拇指と食指で切先に添え、切先を持つ左手甲を右膝外に付け、反動をつけて左膝を床に着くや敵の胸部を刺突する。
 左手を刀の棟に添え、右足を右に踏み開き刀を右足の内側に引く様にして敵を引き倒す。 刀を撥ね上げ上段に振り冠り右足を踏み込んで引き倒した敵の胴に斬り下ろし横に開いて右足を引いて納刀。これが大概の現代居合の岩浪でしょう。

 古伝は、敵に対し、我は刀に両手を掛けて左廻りに敵に向き、左足を引くと同時に抜刀するのです
 この運剣動作は、現代居合の夢想神伝流では、座した方向の後に左足を引いて刀を抜出し、左膝を着いて90度左に廻って敵に正対して刺突して居ます。同様に無双直伝英信流もその様です。
 無双直伝英信流山内派では「刀に手をかけ腰を浮かし左足を右足元に寄せ爪先を立て刀が相手に見えぬ様体に近く右方に抜く・・」と云う抜き様です。山内派と云っても大江先生の指導によった筈ですから、何処かで動作を変えてしまったのでしょう。

大江先生の岩浪
 右に向き、左足を後へ引き、刀を体前に抜き直に左手にて刀尖を押さへ、右膝頭の処へ着け、左足を右足に寄せ、体を正面に直し・・」ですから山内派の抜刀所作ではありません。
 山内派は「同一方向に列している左側の彼に対し知られざるよう刀を抜き突如其の方向に向き直り胸又は腹を突き・・」これでは、お殿様の闇打です。

 何れにしても、現代では、どの師伝でも、我が左に座す敵の害意を察知し、其の方に向き直ってから抜刀する事は無く古伝の動作は失念した動作でしょう。
 然し、古伝は、左に座す敵の方に振り向いてから左足を後方に引いて抜刀し切先を反転させて突き込むのですから、現代居合の奥居合居業の両詰を思い浮かべます。稽古をして、その理を得て見る事も良さそうです。

 無双直伝英信流正統正流では、左に座す敵が我が方に振り向き我が柄を取らんとするのを、刀に手を掛けるや、腰を上げ、爪先立つや後方に左足を引いて、刀の刃を上向きにしたままスッと抜き出し、敵の攻撃を封じてしまう、我は左に反転し敵を刺突する。

 夢想神傳流では、敵は右向きに坐したまま、始動しない前に右脇腹を刺突されます。敵は、所謂不意打ちをされるのでしょうか、動作に現れない害意に応じるには、素早い状況判断と、的確な動作が求められます。

 

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2016年12月 8日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書原文4英信流居合之事6岩浪

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
4、英信流居合之事
6)六本目岩浪
岩浪
 左へ振り向き左の足を引刀を抜左の手切先へ添へ右の膝の外より突膝の内に引後山下風の業に同

読み
岩浪(いわなみ)
 左へ振り向き 左の足を引き刀を抜 左の手切先へ添え 右の膝の外より突く 膝の内に引き 後山下風に同じ。  
 
 後山下風の業に同じ
 浮雲に同じ・・
参考
 後同前但足は右足也 浮雲と足は相違也
浮雲:・・抜付左の手を添へて敵を突倒春心尓て右の足上拍子に刀を春ねへ引切先を後へはね扨上へ冠り膝の外へ打込ミ後同前又刀を引て切先を後へはね春して取りて打込事も有
 切先を後へはね上へ冠り(膝の外へ打ち込み)後同前 又刀をはねずして取りて打込む事も有り
但足は右足也 浮雲と足は相違也

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2016年12月 7日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く4英信流居合之事5山下風

曽田本その1
1.神傳流秘書を読む
4、英信流居合之事
5)五本目山下風
山下風
 右へ振り向き右の足と右の手を柄と一所尓て打倒し抜付け後同前但足は右足也 浮雲と足は相違也
読み
山下風(やましたかぜ、やまおろし、おろし)
 右へ振り向き 右の足と右の手を柄と一緒にて打ち倒し 抜き付けあと同前 ただ足は右足也 浮雲と足は相違也
 後同前 但足は右足也 浮雲と足は相違也については
浮雲に同じ:左の手を添へて敵を突倒春心尓て右の足上拍子に刀を春ねへ引切先を後へはね扨上へ冠り・・浮雲同様抜き付けた後は、敵を突き倒し、切先をはねて振り冠って・・。
 但足は右足也 浮雲と足は相違也浮雲では膝の外へ(左膝の外へ)打込ミ・・山下風では右足を踏み込み打ち込む・・。


読み解く
 まず業名の「山下風」は現代居合では「颪」おろしの漢字が当てられています。「山颪」の二文字を使えば「やまおろし」です。どのように「やましたかぜ」を読ませたのでしょう。
 慶応2年1866年に下村派の下村茂市が島村善馬に授与した根元之巻には「山下」と書かれています。
 古伝は縦書きですから「山颪」の「おろし」を「下風」と書いて「山下風」をやまおろしと読ませたのでしょう。
 「颪」は山から吹き下ろす風の意味ですから現代居合は「颪」

 英信流居合の四本目浮雲と、五本目山下風は我が右脇に敵は座す、所謂右身の業技法です。敵は我に害意を持って仕掛けて来ようとする。
 古伝の山下風には敵の仕懸けがどのようであるか何も読み取れません。敵が我が柄を取ろうとするのも、敵が刀に手を掛けて抜かんとするも有りでしょう。

 我は右に振り向き「右の足と右の手を柄と一緒にて打倒し」については、敵の立膝に座す右足と、敵が刀の柄に手を掛け抜き付け様とする其の右手と柄を、我が柄頭と右足で打ち倒す。
 それとも、敵が我が柄を制しようとするので、其の手を外して、我が右足で敵の柄を踏み固め同時に我が柄で相手を打ち倒すのか。
 太田龍峰先生に依る中山博道先生の「山下嵐」の意義を読んでみます
「右側面に坐せる敵が抜刀せんとするを取り敢えず刀柄を以て其の手背を強打しヒルム所を抜刀して斬りつけ、其の倒るゝを再び正面より胴部に向かひ斬り下ろす業である。」
 無双直伝英信流の谷村派第17代大江正路先生の立膝の部「颪」を「剣道手ほどき」では「左向き腰を浮めて右斜めに向き、柄止め、・・」ですから、敵の抜かんと刀に掛けた柄をとめていたのでしょう。
 それが、第20代河野百錬先生は「浮雲と同様に我が柄を取らんとするを我れ柄頭を敵の顔面に当てる、敵退かんとするを直にその胸部に斬込み右に引倒して上段より胴を斬下して勝つ」(昭和17年大日本居合道図譜)
 恐らく、江戸末期には、幾つも替え業があって夫々想定が違って居たのでしょう。 

 柄頭を以て敵を打ち据え、敵後ろに反り返る間に、鞘を後方に引き腰を捻って敵の肩から胸に抜き付け、刀に左手を添えて、右足の方に引き倒し刀をはね上げ打ち下す。
 颪の場合の左足外への打ち下ろしは、現代居合では見られ無いのですが「後同前」に従ってみれば左足外かなと思えてしまいます。
 「但足は右足也 浮雲と足は相違也」ですから右足を踏み出して切り下す、足は浮雲と違うよ、と云って居ます。
 左足外への打ち下ろしは、その様な状況に出会った際慌てずに技を自然に繰り出せるように教えたものと解すべきかも知れません。
 古伝はおおらかですが、反面よく読んで文字の向こうにあるものを読み取ることもしなければただの抜けだらけで手におえないマニュアルです。

 敵が柄に手を懸け抜刀しようとするのか、我が柄を制止に来るのか、神傳流秘書の山下風からは読み取れませんが、どちらも有として学べる「山下風」です。
 現代居合の師伝を充分稽古した上で、「おおらかに」古伝の心持を汲み取れれば良いのですが、習った事だけしか出来ないのでは古伝は遠すぎます。

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2016年12月 6日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書原文4英信流居合之事5山下風

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
4、英信流居合之事
5)五本目山下風
山下風
 右へ振り向き右の足と右の手を柄と一所尓て打倒し抜付け後同前但足は右足也 浮雲と足は相違也
読み
山下風(やましたかぜ、やまおろし、おろし)
 右へ振り向き 右の足と右の手を柄と一緒にて打ち倒し 抜き付けあと同前 ただ足は右足也 浮雲と足は相違也

参考
 後同前但足は右足也 浮雲と足は相違也
浮雲:・・抜付左の手を添へて敵を突倒春心尓て右の足上拍子に刀を春ねへ引切先を後へはね扨上へ冠り膝の外へ打込ミ後同前又刀を引て切先を後へはね春して取りて打込事も有
 

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2016年12月 5日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く4英信流居合之事4浮雲

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
4、英信流居合之事
4)四本目浮雲
浮雲
 右へ振り向き足を踏みもぢ彳腰をひねる抜付左の手を添へて敵を突倒春心尓て右の足上拍子に刀を春ねへ引切先を後へはね扨上へ冠り膝の外へ打込ミ後同前又刀を引て切先を後へはね春して取りて打込事も有
読み
浮雲(うきぐも)
 右へ振り向き足をふみもじ彳(踏み込んでとまる) 腰をひねる抜き付け 左の手を添えて敵を突き倒す心にて右の足上拍子に刀を脛へ引き切り 切先を後へ撥ね 扨 上へ冠り膝の外へ打ち込み 後同前 又 刀を引きて切先を後へ撥ねずして取りて打込む事も有り
彳は、ぎょうにんべんですがチャク、とかテキとかの読みがあります。意味は「ついと前に進み出る、少し歩いては止まること、佇む」などを意味します。
 この業は、イメージが湧いてきません。恐らくこれだけではどのようにしたらいいのか見当がつかないほど抜けだらけなのでしょう。

読み解く
 現代居合の浮雲のテキストをベースにしてその上に古伝を乗せて見るばかりです。使われている言葉がまずわかりません。「もぢり」は捩る、振り向いて足を絡めるでしょう。
 「彳」はてき、ちゃく、意味は「ついと前に進み出る、佇む」。右へ振り向き足を絡めるようについと左足を踏み込み止めて、腰を左に捻り抜き付ける。
 左手を刀に添えて敵を突き倒す心持で、・・「右の足上拍子に」は意味が解りません。・・
 右足を右に踏む拍子に敵を右足の方に付き倒す様に引き切り倒し刀を右足脛に引き付ける。
 敵を引き倒すや刀を後ろに撥ね、上段に振り冠って、左膝の外側に相手の胴(首)に打ち込んで右に開いて納刀する。
 又は、刀を右足脛へ引いて相手を突き倒しそのまま相手を引き切って、切っ先を撥ねずに右より上段に振り冠って左足外に相手の胴(首)に打ち込む。
 

 何とか現代居合の浮雲が下敷きになって解読できたようですが、今一つ「上へ冠り膝の外へ打込み」が理解できずにいます。
 左膝外としたのは、右足の方に相手を引き倒したので、右膝外には相手の体は無いと見たのです。
 相手を引き倒すにあたり、刀を右足脛まで引き込んでも相手の体は左足外側までしか倒れこまないので、反撃される前に左足外に打ち込まざるを得ないのかもしれません。少々ドラマの見すぎでしょうか。想像力のなさでしょうか。
 左足で相手の袖、腕、肩を踏みつけ動かないようにして切りつけるとか・・・??。あれやこれや、らしき御説もある様です。
 この左足外の打ち込みは、解説抜きでこの流の居合はどこでも素直にやっていて愉快です。 

 この浮雲の現代居合の意義は河野百錬先生は「横に坐す右側二人目の敵が我が刀の柄を取らんとするを、外して敵の胸部に斬込み、右に引倒して其胴に斬下して勝つの意也」
(昭和17年1942年居合道図譜より)

 三人居並ぶ文言は大江先生・堀田先生共著「剣道手ほどき」の付録にある浮雲に括弧書きに追記の形で書かれていますが、動作にその必要性は見られません。
「・・・敵を引き倒し、直ぐに刀を肩上にかざし、上段にて正面に直り左斜めを斬る、此時膝頭外にて両手を止む、血拭ひ刀を納む。(敵三人並び一人の敵を置き先の敵を斬る時)

 神傳流秘書には三人である事は読み取れません。この英信流之事では、一本目から十本目まですべて一対一の攻防です。あえて四本目の浮雲を三人の攻防とする意味はあるのでしょうか。
 林六太夫守政以後の誰かが三人として、それらしく演じたのかも知れません。左膝外への打ち込みも疑問ですがそれ以上です。

 中山博道先生が谷村派の第16代五藤正亮の弟子森本兎久身に指導を受けて浮雲は「右側面に坐せる敵が我が刀柄を握ろうとする・・左足を僅かに右に踏み着けると同時に斬り下す。」(左膝外に斬り下しています)。

 先師の教えをいじくり廻した大家も左膝外に切り下す、之だけは守っているのが愉快です。
イチャモンつけずに教えられた通りやっていれば、何かひらめくことがあるかもと今日もそうしています。
 

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2016年12月 4日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書原文4英信流居合之事4浮雲

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
4、英信流居合之事
4)四本目浮雲
浮雲
 右へ振り向き足を踏みもぢ彳腰をひねる抜付左の手を添へて敵を突倒春心尓て右の足上拍子に刀を春ねへ引切先を後へはね扨上へ冠り膝の外へ打込ミ後同前又刀を引て切先を後へはね春して取りて打込事も有
読み
浮雲(うきぐも)
右へ振り向き足をふみもじ彳(踏み込んでとまる)腰をひねる 抜き付け左の手を添えて敵を突き倒す心にて 右の足上拍子に刀を脛へ引き切り 切先を後へ撥ね 扨 上へ冠り膝の外へ打ち込み 後同前 又 刀を引きて切先を後へ撥ねずして取りて打込む事も有り
彳は、ぎょうにんべんですがチャク、とかテキとかの読みがあります。意味は「ついと前に進み出る、少し歩いては止まること、佇む」などを意味します。
 
 

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2016年12月 3日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く4英信流居合之事3稲妻

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
4、英信流居合之事
3)三本目稲妻
稲妻
 左足を引き敵の切て懸る拳を拂ふて打込ミ後同前
読み
稲妻(いなずま)
 左足を引き 敵の切って懸かる拳を拂うて打込み あと前に同じ
読み解く
 この稲妻の手附を読んでいますと、「敵の切て懸る拳を払ふ」と云う処で、場の想定が幾つも駆け巡ります。
 
①敵は何処から来るのか、正面か、斜め右か、斜め左か、後か、何処から来ようと、応じられる心構えと、運剣動作は稽古して見ればと思います。
 此処は、一本目横雲から三本目稲妻までは、向身とされて居ます、向うは正面ですから敵は正面に居る事になります。従って左足を引いて正面に抜き付けです。
 
②敵は我に対して立膝で座していたのが、急に立ち上がって刀を抜いて来たのか。

③敵は我と同様に立膝に座していたのが、急に両手を刀に懸け、大森流抜打ちの如く腰を上げ爪立って刀を上に抜き上げ上段に取って打ち下さんとするのか。

④「左足を引き」は何故右足を踏み込まないのか。敵との間がある場合は、我れの方から踏み込む事も可能です。
 ここでは対座する敵の不意の攻撃に応じるとすれば、敵が打込まんとする瞬前に、左足を後方に引いて間を外すと同時に敵の打ち下さんとする両小手に抜き付けるのでしょう。

⑤「拳を払ふ」は、横一線の抜き付けと違うのか。
 敵が立ち上がって打込んで来ようとするならば、我も腰を上げ立ち上がり左足を引くや右拳は肩より高く斜めに抜き付ける。
 敵の打ち込みが速ければ腰を低く左膝も高く上げずに引き斜めに抜き付けるでしょう。

⑥敵が座して腰を上げて上段から打ち込まんとするならば、我は腰をあげ左膝を後方に低くく引き、肩より高く斜めに抜き付ける。此の場合は肩より高く横一文字もあり得るでしょう。

⑦敵が立って打込んで来るならば、小手を払われただけで崩れ落ちるとは言い切れないと思います。後方に引く相手を追いこんで左足を右足踵に引き付け上段に振り冠って右足を踏み込み真向に斬り下ろす。

⑧敵が低く抜き打って来るならば、我も低く抜き付けるわけで、此の場合は敵との間合いによって左膝を右足踵に付けて座して真向に打込むのでしょう。

⑨現代居合では、中腰に立ち上がり左膝を低く浮かし抜き打ちに敵小手を払い、左膝を右足踵に着いて、上段より敵を切って居ます。

⑩敵が高く上段から打込まんとするのに対し、立ち上がり左足を伸ばし上体を起し抜き付ける様にする所も有ります。それでも左膝を右足踵に送り込んで座して上段から打ち込んでいます。

 いずれにしても、敵の動作に応じた対応であるもので、どれも稽古すべきものでしょう。高く立って打ち込もうとした敵の小手を切っているのに、左膝を着いて相手の頭上に斬り下ろす想定が描けずに困ります。敢えて真向打ち下しが敵の頭上であると思う必要も無いとは言え
 小手を切られて前に本能的に崩れ落ちるとも云われますが、いかがなものでしょう。

河野先生の大日本居合道図譜の稲妻
「正面に対座する敵、上段より斬付けんとする機先を制し其甲手に斬付け直に真向に打下して勝の意なり。
 中腰に立ち上がるや左足を一歩後方に退き腰を左に捻りて敵の甲手に斬り付ける、之より左膝をつきつつ諸手上段となり斬下し・・」

政岡先生の地之巻の稲妻
「正面に向って座す所へ正面から斬り下して来られたので、すばやく籠手に応じ、真甲から切下す動作。
 左足を引き、中腰のまま体を開き籠手に応ず、左膝を右足の処まで送りつつふりかぶる。」

 両先生とも、上段から切って懸られるのを、河野先生は、左足を引いて左に腰を捻り(開き)敵の拳に抜付けています。政岡先生は、大きく鞘送りして、柄頭を敵に向け、打ち込んで来る右籠手を、鞘引きするや左上から斜めに斬り付けています。
 
 土佐の居合の極意である柄口六寸の教えに相当する業の一つでしょう。敵と間合いによっては右足を踏み出して先をとる抜付けも、ついでに稽古しておけば頭が柔らかくなります。
 もう一つついでに、左足を引いて水平に胴に抜付ければ夢想神傳流の横雲になります。
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 政岡先生は「左足を引き、中腰のまま体を開き籠手に応ず」ですから右半身になって筋を替って抜き付けると読みたいのですが、左足を後方に真直ぐ引くのですから、筋は変われません。演武では敵の斬り下す右小手を、刀を抜き上げて左から右へ斜めに斬り下して居る様です。この籠手への抜き付けには、新陰流の斬釘截鉄による片手抜刀が使えそうです。

 河野先生の場合も、左足を引けば自然に右半身になるのですが、甲手に抜刀の基本である「腰を左に捻りて敵の甲手に斬り付ける」横一線の抜き付けのようです。筋を替る意識は見られません。

 当代はこの抜付けを「上段より我に斬り付けんとするその甲手(両内甲手又は左内甲手)に我れ斬り付け・・」と斬り付け部位を特定しています。

 此の業は田宮流の表之巻一本目にある稲妻と業名と動作が似ています。妻木正麟宗家の想定では「対座している敵が立ち上がって右斜め前方から上段から切りかかろうとするので、我はすばやく立ち上がりつつ敵の肘に抜き付け。さらに真っ向から切り下ろして勝つ」と云うものです。

 

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2016年12月 2日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書原文4英信流居合之事3稲妻

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
4、英信流居合之事
3)三本目稲妻
稲妻
 左足を引き敵の切て懸る拳を拂ふて打込ミ後同前
読み
 稲妻(いなずま)
 左足を引き敵の切って懸る拳を拂うて打込み後前に同じ

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2016年12月 1日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く4英信流居合之事2虎一足

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
4、英信流居合之事
2)二本目虎一足
虎一足
 左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込ミ後前に同し
読み
虎一足(とらいっそく)
 左足を引き 刀を逆に抜きて留め 扨 打込み 後 前に同じ

読み解く
 現代居合では、敵が我が右足に薙ぎ付けて来るのを、敵刀を受け払う気持ちにて受け止め、上段に振り被って真向に斬り下す、と無双直伝英信流も夢想神伝流も教えています。
 相対して立膝に座す敵が、同じく座す我が右足に抜き付けてくる想定は疑問です。立って攻め込んで来る敵であれば右足などに斬り付けるわけも無さそうです。
 敵の害意を察して刀に手を掛け抜出しつつ腰を上げる処、敵は我が右足に抜きつけてくるならば解かります。
 
 立膝ですから腰を上げれば右足は左足より前ですから右足に抜きつけられたならば、右足を引いて外すこともできます。
 古伝は「左足を引き」ですから右足は誘い足となります。或は、敵が我が右肩に斜めに斬りつけて来るので、左足を引いて外したが右足に流れて来るので、之を受け留める事も出来そうです。
 しかし、次の「刀を逆に抜きて留め」がとても気になります。口伝口授の秘められた失伝した奥義でしょう。

 柄口六寸の奥義を思い描くならば、相手が刀の柄に手を掛け抜き出さんとする右小手に我は左足を引いて刃を下向きに返して抜き付け、上段に振り冠って真向に打ち下ろし、刀を横に開いて納刀する。これが古伝であったかも知れません。

 この業は、神傳流秘書にある詰合の一本目「発早」に見られる動作に類似します。この辺りの動作に古傳の奥義が潜んで居そうです。組太刀を申し合わせの形としてしか理解出来ない人には何も得られない仕組みです。
 大森流(正座の部)八重垣の受払の動作とも類似します。
 詰合の一本目発早を読んでみます。
「楽々居合膝二坐したる時相手左の足を引下へ抜付るを我も右の足を引て虎の一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込ミ勝也」


 詰合の一本目発早では、双方居合膝に坐す。相手が刀を抜きつつ腰を上げ抜き付けんとするので、我も刀を抜きつつ腰を上げるや、相手が左足を引いて我が出足の右足に抜き付けて来る、我も左足を引くや相手の抜き付けを受け払う、我は即座に左足膝を右足踵に引き付け上段に振り冠って真向に打ち込み勝つ。相手は物打ちに左手を添え顔前頭上で我が打ち込みを受け負けを示す。

 この古伝の業は現代居合の技法では、思いは達せられそうも無い様な気がします。詰合之発早の手附を古伝の虎一足の稽古の形とも思えますが、それはそれで、相手の抜き付けんとする柄手に逆刀で抜き付け制する、失念した柄口六寸が気になって仕方がありません。

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