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2017年1月 8日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く5太刀打之事10打込

 
曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
5、太刀打之事
10)十本目打込
打込
相懸又は打太刀待処へ遣方より請て打込み勝
読み
打込(うちこみ)
 相懸り 又は 打太刀待つ処へ遣方より請けて打込み勝つ
読み解く
 この業の文章は判読し難いので困ります。
 打太刀待つ処へ又は相懸りに懸るのでしょう。
 前回の心妙剣が打太刀上段、遣方納刀。絶妙剣が双方上段でしょうから、此処も双方上段で行きます。特に指定されていませんから、相青眼でも良いでしょう、
 「遣方より請て打込み」は、上段に構え相懸りにスカスカと歩み寄り、打太刀が打込んで来るのを遣方も直ちに請けて(応じて)、打込んで勝と読みます。
 それとも、遣方より打込まれるのを打太刀が請けて、打込んで打太刀が勝ってしまっては仕組みの意味が根底から崩れてしまいます。文章と睨めっこしてもそうは読み取れないでしょう。

 此処は、一刀流の切落しや新陰流の合し打ちと考える処でしょう。合し打ちは相手が真向に打ち込むのを遣方も応じて真向に打ち込みます。
 その辺の呼吸を「遣方より請て」と書き表したのかもしれません。太刀を斬り落とされて、遣方の太刀が打太刀の頭上に打ち込まれ打太刀が負けるのです。
 政岡先生は「斬り結ぶのみ」としています。是では、唯の太刀を真向打ちして双方の中間で合せているだけです。
 動画で見たり、稽古を見ていますと、大方はこの斬り結びで終わらせていますが、このような稽古ではこの打ち込みから得られるものは何も無さそうです。

 曽田先生の業附口伝によりますと「(伝書になし口伝あり) (留の打込なり)仕打中段、双方真向に物打にて刀を合はし青眼に直り退く」
 この業附口伝は、合し打ちを暗示しています。「双方真向に」を稽古し、相手に打ち勝つ技を手に入れなければただの上手な棒振りです
 (留の打込みなり)
は真向合し打ちで勝負がついて「物打にて刀を合し青眼に直り退く」でしょう。
 中には、真向に打ち合い、打太刀の刀を遣方の鍔で弾き落すのだがそこまでやらずに中途で物打合せするとか言っているのを聞いたことが有ります。やれやれ・・・。
 第9代林六太夫守政がせっかく持ち込んであった新陰流の「合し打ち」を失念してしまったように思えてなりません。
 
 土佐の居合は元々総合武術として持ち込まれたものです。大森流(正座の部)や英信流(立膝の部)と平行して太刀打も指導すべきものです。決して太刀打は高段者のものでは無いのです。
 居合は一人稽古による空間刀法ですが、稽古では常に相手の動きを知り、仕懸けて来るのを認識する習慣が欲しいものです。そして、間と間合いを知り、体軸を基とした前後左右の使い様の認識が出来て来るからです。
 他の武術では柔道、合気道、空手、太極拳などをされる方はどんどん先に進めるはずです。居合だけの不器用なへぼの言葉に惑わされ、貴重な時間を無駄にしない様にしたいものです。
 かと言って正しい指導者も無く、古流を学ぶ気も無く、自ら手附を読み解く能力も無い剣士には古伝の心持ちは不向きです。古傳太刀打之事は、演武会を飾る武的演舞で終わらせては残念です。

 太刀打之事学ぶに当たっては、ゆっくり・大きく・正確に行うべきで、いたずらに早さと剛力で誤魔化したのでは、時代劇のチャンバラの見過ぎです。そして決して申し合わせの熟練した武的演舞に陥るべきではないでしょう。
 太刀打之事を終わります。

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