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2017年2月 5日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く6坂橋流棒2太刀合之棒8袖返

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
6、坂橋流棒
2)太刀合之棒
八本目袖返
袖返
 棒より打込むを横に拂をはつし棒の先を突付る心二亭面に勝 我ハ棒を左の手二亭突敵ハ車に構へて居相手太刀を右車二構我棒を左の手二亭杖二突居る処へ右の手を添へ棒より打込むを横二拂ふをはつして棒の先を面二突込む心二亭勝  以上八本
読み
袖返(そでかえし)
 棒より打ち込むを横に拂うを外し 棒の先を突き付ける心にて面に勝つ 我は棒を左の手にて突き 敵は車に構えて居る 相手太刀を右車に構え 我棒を左の手にて杖(つえ)に突きいる処へ 右の手を添え棒より打ち込むを 横に拂うを外して 棒の先を面に突き込む心にて勝つ
 以上八本


読み解く
 これは、難しそうで単純な業です。
 相手は右車に構えている。
 車の構えは竹刀剣道の横車の様に、顔を我が方に向け、両足を肩幅に開き、左肩と右肩を水平に入身とし、左手の柄頭は我が方に向けて左腰に付け、右手は右足股関節辺りに付け、刀の切っ先を下げて刃を下に向け構える。
 この構えから現代の形では上段に振り冠ってから右足を踏み出し真向切り下したり、袈裟に切り下します。

 江戸中期の古流では、この方法も行われていたでしょうが、多くはこの構えで腰を低く両膝を開き四股を踏む形で、刀の刃は外向きで刃を我に見せているでしょう。
 古流はこの形を変えずに、そのまま右足を踏み込み目標の処に打ち込んでゆきます。

 我は左手で棒の上を持ち杖について左足をやや前に出しその爪先あたりに棒をついて立ちます。
我から仕掛けて、右手を逆手に棒に添え右肩に廻し、右足を踏み込んで相手の左肩に打ち込む。
 相手これを横車の構えから右足を踏み込み横から払ってくる。払われる儘に相手太刀を左足を踏み替え請け流し右から廻して棒の先を相手の面に突き込む。

 我れ相手の左肩に打ち込むや相手その足踏みのまま払ってくることもあるでしょう(柳生新陰流の一刀両断)。
 我の棒での打ち込みは相手の左肩に当たる様に打ち込めば相手は左肩を体を左に引き外せます。外すと同時に払ってくるので、相手太刀は我が棒を払い打つことになります。払われて請け流し突き込むとしたのですが、これでは「「棒より打込むを横に払ふをはづし」の文言にヒット出来たでしょうか。

これも第12代の英信流目録の袖返で稽古してみます。
居合棒太刀合巻 棒太刀合之位「袖返」
「是は敵は太刀を車に構え居也我は棒にて上より討也其所を敵横になぐる也我其所を懸け太刀の裏を廻し棒の先きにてみけんを突也」

*「懸け太刀の裏を廻し」は、我が棒で相手の左肩に打ち込む処、相手は太刀で棒を払ってくる、払われる儘棒の先を左手を引いて引き戻し、相手太刀の裏からみけんに突き込む。

 第9代林六太夫守政が江戸で習ったものを第十代林安太夫政詡が文章にしたのだろうと思われます。その動作を、習った第十一代大黒元右衛門清勝、その次は英信流目録を書いた第十二代林益太夫政誠です。之等の先師方は皆縁戚関係あったようです。それでも動作は変わっています。

 この坂橋流之棒が絶えて久しい現代に「本当はこうであった」と言い切る事は不可能でしょう。手附が伝える意図を汲み取り工夫するばかりです。居合を業じ、棒を合せ業じられる方の工夫をお聞かせ願えれば最高の喜びです。

以上八本

 坂橋流棒は前回の棒合五本、今回の太刀合之棒八本の十三本が神傳流秘書では伝えられています。

 安永五年1776年に林益之丞政誠による英信流目録二巻によれば、居合棒太刀合之巻に棒太刀合之位八本、棒合五に五本、心持之事に五本、極意之大事に八本があります。
神傳流秘書には心持之事、極意之大事は有りません。これらも坂橋流の棒であるかは解りません。

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