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2017年2月 1日 (水)

批判と和の1

批判と和の1
 
 三週間以上も早く玉縄桜が一輪咲き出しています(1月11日)。暖かい冬も楽でいいのですが、それにしても早すぎます。
 梅と桜が同時に満開では湘南の季節感が狂いそうです。 ここでは寒さに負けずに咲くのが梅で、春の兆しがハッキリしてから咲くのが桜なのです。天気予報はこれから寒波が居据わると告げています。
 この桜は、その後の寒波にやられて枯れてしまいました。再び温い陽が続き今度は二輪咲いています(1月23日)。
 皆仲良く「和」して、武術の業技法の「批判」をしてはならないと言う様なことをよく考えずに、得々と喋っている、如何にも悟った様なおざなりの新年の挨拶を聞いていました。
 何処かおかしいのです。仲良く和して批判の無い社会など有り得ないものです。
 批判という言葉を広辞苑で引いてみます。
批判
・批評し判定すること。
・人物・行為・学説・作品などの価値・能力・正当性・妥当性などの評価・検討すること。
否定的内容をもつものをいう場合が多い。
・事物を分析してその各々の意味・価値を認め、全体の意味との関係を明らかにし、その存在の論理的基礎を明らかにすること。
 もう一つ藤堂明保先生の学研漢和辞典を引いてみます。
批判
・臣下の提出した書類に天子や大臣がよしあしの判定をすること。
・物事のよしあしなどについて、評価し判定すること。
 
・つきあわせて、よしあしを決める。
・君主や上司が、臣下から提出された文書を見てよしあしを決める。また、その判定を示した文句。
・見分ける、区別する、可否を決める、答えを出す。
・けじめがはっきりしているさま。
 
 何故批判をしてはいけないのでしょう。どこが問題なのでしょう。評価・検討に「否定的内容を持つものが多い」このところなのでしょうか。
 独裁政権による君主が、臣下の進言を裁定するために評価検討し判断をしたそれが批判であったともされています。
 
 批判は、上位者の特典であって、下位者からの批判はいけないというのでしょうか。
 企業の経営会議や戦略会議なども、稟議書が提出され、経営会議などで審査して合否が下されています。
 ところが、会議以前に根回しがあったりして社長が口切をして決裁されています。これでは議論をしつくして行うべき真の答えを得るのとは程遠いのです。 
 講習会に出かけせっかく学んだ技を稽古していると「そんなものはやらんで良い」。「何故?」と質問しようものなら「お前に居合の何が解る」と冷たい視線が飛んできます。
 
 「俺の方法とは違う」だから「俺の言う通りにしていればいい」上から目線で、お前のは「違う」と言って否定するのが指導と思って居る様です。
 
 下位の者が「何故そうするのですか、こうではいけないのですか」と問えば馬鹿にされたととるような考えの様です。納得できる解説も術理も無いのでは馬鹿にされるのも当然でしょう。
 
 論理性は乏しく、チッポケな優越感を楽しむ感情だけと思われます。習う者はみじめです。
 
 年頭の挨拶の筆頭は、お題ばかりの「武士道精神をもって・・」か「己に従順な羊を求める・・和」ばかりです。指導を主とする立場の者はもっと勉強すべきでしょう。
 
 次回は関連する「和」についてです。対立する議論も批判を悪口としてしまい、うやむやにしないで話し合おうとすれば「和を乱す」不心得者とされたのでは誰も何も言わず、進歩の無い陰口ばかりです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

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コメント

先週、剣道日本8月号に居合八段審査不正の記事が再度掲載されてました。八段審査は入札制(¥250万は不合格、¥300万の人は合格)?相場変動制(¥300万~¥数百万)?六段から上納金制度開始?昔から続いているとはいえ、今回は度し難い、耳を疑うような実情が寄せられてます。長崎県のお家騒動始末で一件落着かと思いきや、昨年秋、全剣連常任理事の不可解な辞任。日本を代表するトップ企業の元社長(全剣連会長)の眼前で起こった一連の不祥事。4年前に端を発する怪文書の存在。たぶん全剣連会長の頭には「?」マークがたくさん浮かんでると推測します。八段・範士とは、日本の伝統である神社仏閣の鳥居や石塔(寄付金が刻印)同様と考えれば頷けないこともないですが.....何かしっくりしません。名誉欲・金銭欲に塗れた居合の段位・称号制は、いつのまにやら、「和」の精神で作られた制定居合を贈賄の歪んだ道具に変貌させたようです。まだまだ根は深そうです。何だかヤバそうな雰囲気になってきました。ウミを除けるのか???暗澹たる気分ですよ。

兵法流浪さま
コメントありがとうございます。
段位取得の為とか、金銭が動くなどは悪癖として何時も話題にされています。
それが居合の段位取得では、事実であっても無くても、真面目に頑張ってきた人の顔に泥を塗りたくるようなものです。

段位を制定する意味、そして欲しがる意味って何でしょう。

審査基準に年齢制限や所属年数による基準そのものも意味があるとは思えません。
30年も一つ事に打込めば金で買わずとも誰からも認められる筈のものでしょう。それが認められないので段位を欲しがる・・そうかな。

真面目に実業社会で生きて来て、子供を育てやっと解放されて再び武道を志した人も自分の年齢と最高段位を勘案すると馬鹿らしくなってきます。
同様に、竹刀剣道でも他の武術でも3、40年続けて来て最後にたどり着くのも居合です。
そんな事にはお構いなしの一度允可されれば剥奪されず、下から追い越されるのは業技法の優劣では無いような段位制度では、ちょっと齧って本質を見抜き去っていくはずです。
それが、居合のレベル低下にもつながっていきます。

在籍期間に週一回の稽古に出てそこそこの段位になればサボりがちで、それでも金による推薦だとか、稽古日以外に一日も休まずに毎日稽古を重ねて現在がある人の重さはどちらが重いのでしょう。
それを塩梅できないようでは日本の武道連盟は意味の無い階級制によって、独裁され遅かれ早かれ崩壊します。
金で手に入れた似非最高段位、碌に稽古もせず時期が来たのでちょこっと顔を出して手に入れた似非段位。

業技法を否定し、人格まで揶揄している癖に連盟会長から允可された段位の意味。

日本文化の伝承にもなり得ないような武術論に自ら居合と言う武術の価値観を見直す時期に来ていると思います。

六段ぐらいまでは制定居合による連盟の段位でその基礎的錬磨の努力を認め、それ以降は、他の基準を作りませんと、12本程度の決められた想定と業技法では優劣の基準は判定しがたく金銭の動く温床を自ら作ってしまったとしか言い様はないでしょう。

全剣連居合の不祥事に蓋をせず、問題解決を明らかにして他の周辺にある同好会的連盟にも影響する程の改革をすべきでしょう。

近代居合は武術の必要性は無いとして優美な武的踊り子をよぼよぼの老人が演じたいならそれまでです。

極論ですが居合の審査判定基準の公平性など自流ですら碌に出来ない者に他流を判定する力などあるわけはありません、そんな事を求めるよりも、八段以降は連盟の幹部となる前提で株主同様に出資金額を明示し業技法とは切り離してしまう事も必要でしょう。
然しどちらにしても誰がそんな幹部の審査による允可をありがたがるでしょう。
幹部候補者は、二年間以内に全国の他流派道場を渡り歩きそこの真髄を学んだ上、審査員試験を他流派の面前で受けてパスしなければ認める事はならないのです。
自流の自道場以外で稽古もしたことのない者など審査員や指導者の価値などあるわけもないでしょう。
上に上がれば上がる程それだけの努力と継続的に金が掛かって当たり前です。

竹刀スポーツ主体のルールによる当てっこなら優劣は出るかもしれません。それでも不審判定は目に余ります。
全剣連に、剣道形や居合のある意味を、連盟よりも己個人がより見直す時期でもあるのでしょう。
かといって、居合のみの連盟でも疑問でしょう。

思いつくままに・・・
          ミツヒラ

投稿: 兵法流浪 | 2017年7月 3日 (月) 23時44分

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