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2017年4月23日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事3向詰

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
3)三本目向詰
向詰(むこうづめ)
 抜て諸手を懸け向を突打込也
読み
 抜きて諸手を懸け向うを突き打込む也
読み解く
 居合膝に相対して坐す。相手の害意を察し刀に手を懸け腰を上げ、柄頭を相手の中心に付け前に抜き出し、切先を返して諸手となり、右足を踏み込んで正面の敵を突く。即座に引き抜き上段に振り冠って真向に斬り下ろして勝。
 現代居合の奥居合居業の両詰です。両詰は、両側が狭く障碍物に阻まれて、自由に抜き付けられない様な場での刀の操作法を稽古する業となっています。
 我が体の内で刀を抜き出し突き打込、血振り納刀もやや半身で狭い場所を意識したものです。

 古伝には場の想定は有りません。狭い場などの事は業名を両詰などに改変した為に動作まで制約してしまったのでしょう。
 寧ろ、相対する相手との攻防であるこの流の得意とする横一線のがま口に切る抜き付けをせずに、突きを目的にしています。

 この抜刀の方法は爪先立ち腰を上げて前に刀を抜き出し、相手を牽制するや切先を返し右足を踏み込み上体を乗り出す様にして諸手突きに相手の柄口六寸に摺り込み水月から喉元へ突く心持でしょう。
引き抜き、上段に冠って打ち下す。

 場の想定を思い描くよりも、横一線では不向きと判断し、突き業にしている事に思いを寄せるべき業では無かろうかと思います。
 或は、流の横一線の抜付を知る相手の動作に、横一線を予測させる柄頭で相手の中心線を攻め、相手が下がらんとするか、柄頭を制せんとするやに、抜き出すや切っ先を返して突きで応じるのでしょう。

 其れにしても、何度も言いますが、古伝の業名を改変する理由は何だったのでしょう。
 大江先生の想定は、もともと対敵との想定のみでした。然し「向詰」を「両詰」と業名を変えてしまうと、場の想定が思い描かれてしまいます。
 敵と対する場の周囲の環境が優先され、相手との攻防での状況が置き去りにされてしいます。
 大江先生が改変されたと言われますが、証拠は無く、大江先生に指導された中学生剣士から伝わった言い伝えでしょうか。このような相手を意識させない指導では、一方的な形の繰返しに終わってしまいます。前に対する敵を意識すれば刀の抜き様は自ずから工夫されて然るべきものでしょう。場の想定も当然ですが本末顛倒の観は否めません。
 大江正路先生の「剣道手ほどき」堀田捨次郎共著による「両詰」
「・・右足を少し出して、刀を抜き、柄元を臍下に当て、右足を踏み出して、前方を諸手にて突き、其姿勢のまゝ、上段にて前面真向に斬る」
 
 細川義昌系統の白石元一先生の「大森流長谷川流伯耆流居合術手引」にある「向詰」を稽古して見ましょう。
「・・右足を踏み出して抜刀し、此際刀先が前方に出でざる様、右足を退くと同時に刀尖を先きに返し両手にて柄を握りて臍下前で構へたる後更に右足を踏み出して突き左足を右足踝に引きつけつゝ刀を正面より振り冠り右足を踏み出すと同時に斬り下ろす・・」

「無双神伝居合兵法」の尾形一貫心誠先生の向詰を梅本三男先生が残されています。
「・・例により鯉口を切り右手を柄に掛け、両膝を立つなり右足を少し右前へ踏出し、其の方向へ刀を引抜き、右足を引戻すと共に、刀尖を向ふへ、柄頭を腹部へ引付け諸手となり(刀を水平に構へ)体を少し前へ進め、対手の胸部を突き、更に左足を進ませつつ諸手上段に引冠り、右足を踏込んで斬込み・・」

 先だって、ある人と話している中で、「伝書類は下村派からばかりから出て来て、谷村派からは何も出て来ない、正しい伝承は下村派ではないか」と云われます。
 其の下村派も谷村派と混線してしまい、明治以降はどれがどうとも云えずになっています。
近年は更に、昇段審査の基準などのルールに縛られ特定の形ばかりが稽古されて、古伝の伝えるものは失せつつあるようです。

 谷村派、下村派の分離したのが、第十一代大黒元右衛門清勝からと云われます。この神傳流秘書の筆者が第十代林安太夫政詡かその義父第九代林六太夫守政であれば両派の違いなどは無関係なものです。

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