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2017年5月29日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事21クヽリ捨

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
21)クゝリ捨
クゝリ捨
 -手附記載なしー
読み
クヽリ捨(くゝリすて)
 -手附記載なしー

読み解く
 クヽリ捨(くゝりすて)
 -手附記載なしーですから読み解くことはできません。

 細川家による、木村栄寿本「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流・・」でも「神傳流業手付」の抜刀心持之事には「クヽリ捨」には手附の記載は有りません。
 檀崎先生や山蔦先生は大江先生の「門入」を「隠れ捨」の業名として当てておられます。
 大江先生の門入も古伝には相当する業が見当たりませんのでこれも疑問ですが、現代居合として継承されています。
 檀崎先生や山蔦先生は中山博道先生の指導を受けられたという事ですが、中山博道先生の居合は、大森流・長谷川英信流までは手附が残されていますが奥居合に関しては謎です。いずれにしてもその真相は手持ちの資料では不明です。
 
 土佐の居合の手附は神傳流秘書よりも古いものは現存せず、江戸時代末期までの伝書類も乏しく現代居合への変遷は辿れません。
 抜刀心持の両士引連・賢之事・クヽリ捨は、神傳流秘書に於いてー手附記載なしーなので第9代林六大夫守政が江戸から、土佐にもたらした時には既に業名ばかりであったのかも知れません。
 
 流派の業技法は、その時代の指導者の心得違いや、時代の趨勢によって変化して行くのもやむおえない事でしょう。
 然し、現代では、変えた時にはその理由を明らかに示すのも指導者の責任です。
 棒の振方りばかりの指導で、「業手附の解釈は俺はこう考える」だけでは、古参の者から「先代の方が良かった」と言う感情論だけが浮かび上がって本論が見えなくされてしまいます。
 挙句は「居合を学ぶには元より其の流儀の形を重んじ、苟もこれを変改するが如き事無く錬磨すべきである」と言いつつ「其の習熟するに於いては、何等形の末節に拘泥する事無く、各流を一貫する居合本来の精神を悟りて、日夜錬磨の功を積み、心の円成に務め、不浄神武不殺の活人剣の位に至るを以て至極となす(第20代河野百錬先生の無双直伝英信流居合道昭和13年1938年より)」として己の「形の末節」の正統性を云々するのでは、日夜研鑽せずとも時至りて思いもよらぬ允可を得て功成り名遂げたと錯覚する者には「形の末節」ばかり気になるものです。
 

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