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2017年5月 9日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事11行違

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
11)十一本目行違
行違
 行違二左の脇二添へて拂ひ捨冠って打込也
読み
行違(ゆきちがい)
 行き違いに 左の脇に添えて 払い捨て 冠って打ち込む也
*
読み解く
  この手附は抜けだらけですが、稽古をしたくなる業です
 「行違二
」ですから、相手が前から歩み来り、行き違う、いわゆる擦違う時に相手の害意を察しての動作でしょう。
 「左の脇二添へて拂い」は相手は前から来て我が左脇を通り過ぎようとするか、我から相手の左脇に外すかは自由です。
 行き違う寸前に刀を前に抜き放ち左脇に刀の棟を当て切先を後ろに刃を外向けて、左腕の上に右腕を乗せて、右足を一歩前に踏み出し、すれ違い様に相手の左胴を引き切る。その足の儘左廻りに相手に振り向き上段に冠り打ち下す。

 此の業の初動は現代居合の奥居合立業袖摺返の動作です。
* 
 英信流居合目録秘訣の上意之大事
 行違「我左脇を通す宜し切る事悪しと知るべし行違さまに抜て突事宜し又敵先に抜んとせば先んじて早く柄にて胸を突くべし行違の詞の掛様の事大事有・・・・」


読み
行違
 「我が左脇を通すよろし 切る事 悪しと知るべし 行き違い様に 抜いて突く事よろし 又 敵先に抜かんとせば 先んじて早く柄にて胸を突くべし 行き違いの詞の掛け様の事大事あり・・・・」

 英信流居合目録では左脇をすれ違う時に突くのが良いと言っています。或は相手の胸を突いてしまえというのです。払い捨てる行違とは相手を左脇を通す様にする処は同じようですが後は、突くべきだと云っています。
 「行違の詞の掛様の事大事有」は不明ですが「上意」の一声でしょうかすれ違うどのタイミングか研究課題でしょう。
 

 英信流秘書は第9代林六大夫守政の居合を本人が書いたのか、第10代林安太夫政詡の記述と思われます。
 しかし、「英信流居合目録秘訣 先生口受ノ侭ヲ記」と書かれ、奥書きがありません。英信流居合目録秘訣の記述者は不明です。第9代の口授を第10代が書いたのかも知れませんが、いずれにしても、第9代が江戸で修行した「抜刀心持之事行違」を「切る事悪し」と批判しています。

 第17代大江正路先生がこの動作を改変して現代の人混みをかき分け敵を切る「袖摺返」とされたと思われますが確証は有りません。土佐の居合は、多くの替え技があった様で、明治期にはどれが元であったか混乱していたかもしれません。土佐に持ちこまれた元は神傳流秘書の教えだけでしょう。
 これとて、始祖林崎甚助重信の居合とは別物のようです。

 細川先生系統と思われる白石先生の摺違
「歩行中摺違ふ際敵を斬る意、歩行中敵と摺れ違う一歩手前に於いて(左足にて鯉口を構え右足を踏み出して)刀を抜き、左足を出すと同時に刀を左側に取る。此時右手は左肘の外に位置し、左手は鯉口を持ちたるまま、右脇腹に取り左右の腕は交叉す。続いて右足を踏み出し摺れ違いざまに敵の胴を横に払い、直ちに振り返り右足を出すと同時に、再び上段より斬り下ろす。」

 この白石先生のテキストは昭和12年の発行大森流長谷川流伯耆流居合術手引きによります。古伝の趣を伝えていると思います。

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コメント

抜刀術の醍醐味を感じる技と思ってます。柄への手掛けが敵の視界に入れば、敵の抜き打ちの方が、抜いて左脇に構え直す自分よりも早いことは明らかです。敵の視界から外れる瞬間に柄へ手掛けるなら、「居合の研究:松峰先生の著作」のように、左足を斜め左後ろに大きく踏み込んで、通り過ぎた敵の脇腹か左前腕に刃を押し当て引き切る刀法でしょう。目録秘訣のように、払い切るよりも突く方が無難そうな気が.....。道場で、この技を稽古すると、古株の高段者に嫌な顔されます。制定8本目の顔面当か、連達(古伝)のような、行違でなければ、納得できないそうです。単に伝書が読めないんでしょ?理解できないんでしょ?と言ってやりたい気分なんですけど(笑)。

兵法流浪さま
コメントありがとうございます。
この行違が現代居合の袖摺返の原形でしょう。大江正路先生の無双直伝英信流の奥居合も組立てが古伝と異なるし、夢想神伝流も古伝かと思えば大江先生と混線していたりしていますから、現代居合はそれはそれで、特定の条件に依る想定として、公の演武会の業として使い分けてやっていればいいのでしょう。
古伝は、さらっと抜けだらけの手附ですから「おおらかに」やりたいものです。そこでは師匠は自分です。師匠は少なくとも名人を求めたいものです。理想の道を究めるならば達人であるべきでしょう。
人前で演じて不評とすれば己の業技法に問題があると理解しさらに深く修行すべきでしょう。
所属流派の所作で100点以上を取ることができた上で、古伝をおおらかに人前で演じる事が出来れば良いのですが、そこまで認められる道場は数少ないでしょう。
古伝の業技法は現代居合の所作に埋もれていますから見慣れない業を見せるよりも、打太刀となって切られ役に廻り、行き違い様に仕太刀の抜く手が見えれば柄を押さえてしまう。
連達の柄当てが急所を外れていれば振り返ってくるうちに背中でも抜打ちに切ってしまうなど幾らでも納得させることができると思います。
想定による一人演武の空間刀法になれた古参など隙だらけですから・・。思いつくままに
        ミツヒラ


投稿: 兵法流浪 | 2017年5月 9日 (火) 23時23分

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