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2017年6月 2日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事序文

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
序文
従是以上六段之和ハ自夏原氏段々相伝也 長谷川流二至而居合和集うしタル者也

読み
 是より 以上六段の和は 夏原氏より段々相伝なり 長谷川流に至りて 居合和(ヤワラ)集したるものなり
読み解く
 夏原流和は六段と言って1捕手和之事11本・2立合11本・3小具足11本・4後立合11本・5小具足割10本・6本手之移11本、の六段65本がセットされています。
 夏原氏および夏原流和の謂れは明確なものが見当たりません。
 段々相伝して第七代長谷川英信の頃英信流と一体化したものであると言うようです。

 土佐の居合には居合、棒術、仕組(組太刀)、和(やわら)がセットされて第九代目林六太夫守政が土佐に持ち込んだと思われます。この和の術の伝書は神傳流秘書にあるだけで他に見られないものです。

 夏原流和之事を公開されたのは、第二十代河野百錬先生が曽田先生から曽田本の写しを得て、昭和30年1950年に無双直伝英信流居合兵法叢書として発行されて世に出されたものと思われます。

 木村栄寿先生の昭和57年1982年発行の林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流傳書集及び業手付解説には、夏原流和之事は記載がありません。

 ここでは、曽田先生の直筆による夏原流和を稽古してみます。武術はともすると神業のような術を以て良しとする思いがあるようですが、普通の人が、不意の攻撃に自然に応じられる様に手附に則って極自然に稽古してみます。

 夏原流和之事については、神傳流秘書の巻末に手附が残されたのですが、誰が何時これらの業を作り出したのかわかりません。
 本朝武芸小傳巻九の末尾に小具足について世に鳴るのは竹内流だといっています。荒木流、森流などの後に夏原八太夫の名があります。
 夏原八太夫は夢相流小具足の達人也、今川久太夫その傳を継ぐ、武井徳左衛門今川の傳を得、松田彦進武井の芸を傳、鈴木彦左衛門有りて、松田に従い、その宗を得て精妙と為す。
とあります、これが夏原流和であるかはわかりません。

 南山大学の榎本鐘司先生による「北信濃における無雙直伝流の伝承について」の論文から、「無雙流和棒縄居合目録」の和目録には、夏原流和と思しき業名が散見されています。
 例えば、神傳流秘書の夏原流和之事捕手和之事の使者捕は使者取、砂乱は五月雨、弓返は弓返シ、附入は附入、右詰は右詰、抜捨は抜捨、胸点は急天、向面は向面、遠行は猿猴、鐺返は鐺返シ、と対比できます。
 
 同じく、夏原流和之事の立合では、行連は行違、無想は夢相、裾取は爪捕、支剱は志けん、車附は車附、玉簾は玉簾、燕返は燕返シ、打込は打込、杉倒は廻たおしあるいは天狗たをし、追捕は追捕とほぼ同じ業名です。

 業の項目は夏原流和之事と同様に、立合は立合、小具足は小具足、後立合は後立合、小具足割は小具足割などと同じ項目が続きます。

 これは、天明三年1783年の北信濃の大矢蕃昌編述・滝沢登愛所持の資料に依ります。この北信濃の無雙直伝流は、長谷川英信、小菅精哲斎正継(恐らく 荒井兵作勢哲(清鐵))などによって伝承されたものと思われます。
 土佐の居合の第9代林六大夫守政が、江戸勤番中に江戸にて修行したもので、師は誰であったか確証は有りませんが、土佐の居合と北信濃の居合には繋がるものが有りそうです。
 夏原流和之事は北信濃から遡る方がよさそうです。

 此処では、古伝神傳流秘書の巻末に有る夏原流和之事の手附に基づいた業技法を学ぶ事が目的であって、伝承系統の歴史はご興味のある方が、追及されることにお願いしておきます。

 

 

 

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