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2017年6月24日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事11鐺返

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
十一本目鐺返
鐺返
 相手の左脇を行通り我が左の手二亭相手の左の手を取る右の手二亭小尻を取りう津む希二於した於し堅める
読み
鐺返(こじりかえし)
 相手の左脇を行き通り 我が左の手にて相手の左の手を取る 右の手にて鐺を取り 俯けに押し倒し堅める
読み解く
 相手居合膝に坐す処、我はスカスカと歩み行き、相手の左脇を通りしなに身を屈めて我が左手で相手の左手首を取り、相手の後に廻り込み、右手で相手の小太刀の鐺を取り背中に押付け押し倒して俯けに固める。

 此の業名は「鐺返」こじりかえし、でしょう。濁りたい人は「こじりがえし」でしょう。鐺を取って背中に押付けて押し倒す。捕手和之事の業の一つですから、相手に捕まえに来た事を悟られない様にして、押さえこんでしまう一方的な攻撃です。

 以上十一本

 捕手和之事(使者捕・砂乱・弓返・附入・右転・右詰・抜捨・胸點・向面・遠行・鐺返)を終わります。

 こうして、捕手和之事を稽古して見ますと、現代居合が相手の害意を察して其の機先を制する、と云う精神性が、其ればかりでは無いものであって、何が何でも、与えられた使命を全うする事は、己の信じた事を貫き通す武士道精神に裏打ちされる事を意味するとも思えます。

 したがって、状況に応じ先々を打てなければならないのでしょう。その状況の中で後の先を認識すべきなのでしょう。

 是を一方的な騙し討ち、闇打ち、と云い切れるかどうか疑問です。現代居合の奥居合暇乞の業を、闇打ちだから正式な演武会ではやらないと云う人も居ます。
 たしかに主命を帯びて相手の首を取りに行ったのに、相手の隙が無く、帰り際の僅かな隙に鐺で打ち倒し仕留める心得も土佐の居合の「極意之大事」に暇乞の教えで語られています。これを卑怯な騙し討ちと解釈するのも解らない事も有りませんが、何時でも名乗りをあげてから戦いに挑むという事でいいのでしょうか。

 いや、あれは相手が挨拶の際に抜き付けんとするのを察して機先を制する居合の本領を最も良く伝える業だと云う人も居ます。
 しかし、その様に抜いていると思える演武はめったにお目に掛れません。

 暇乞ではありませんが、古伝神傳流秘書の大森流之事の抜打は「坐して居る所を向より切て懸るを其のまゝ踏ん伸んで請流し打込み開いて納る 尤も請流に非ず 此所筆に及ばず」と有ります。

 それを現代の河野百錬先生の大日本居合道図譜では「正面に対座する敵の害意を認むるや直ちに其の真向より抜打にして勝つ」と古伝の「・・向より切て懸るを・・」の明解な文言を端折ってしまっています。

 それにもかかわらず、一方的に抜いて真向に打ち込んでいて平気な剣士が、暇乞を騙し討ちだからなどと述べる資格は無さそうです。

 そんな術理レベルの事では無く、何の為に刀を抜かざるを得ないのかが先ず有る筈です。
 その後で、身を土壇にしてとか、兵法家伝書の殺人剣や活人剣とか孫子の兵法の兵は詭道なりでも読み直して研究するところでしょう。

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