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2017年6月26日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合1行違

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合 皆相掛
一本目行違
立合 皆相掛
行違
 左脇を行違ひさ満二我か左の手二亭相手の左の手を取り右の足二亭相手の足を蹴類と一拍子二後へ引た於春但た夫婦さを取る処を常ハ肩を取る也
読み
立合 皆相掛 (たちあい みなあいがかり)
行違(ゆきちがい)
 左脇を行き違いさまに 我が左の手にて相手の左の手を取り 右の足にて相手の足を蹴ると一拍子に後ろへ引き倒す 但 たぶさ(髻)を取る処を常は肩を取る也 
*読み解く
 夏原流和之事の二項目は立合です。双方立って歩み行く相掛りの攻防です。
 一本目行違
 此の立合も我から仕掛けています。相手の左脇を行き違い様に左手で相手の左手首を取り、後ろに廻り右足で相手の足を蹴ると同時に右手でたぶさ(もとどり、曲げの集めて結わえてあるところ、てぶさ、)を掴んで後へ引き倒す。
 但し普段の稽古では、たぶさを取らず相手の肩を掴んで後ろへ引き倒す。実戦では、右足で相手の後ろ足を蹴って、右手でたぶさを掴んで、左手も引いて引き倒す。
 引き倒した後のとどめは、記載されていません。

 「左脇を行違さまに」ここでは相掛りですから双方が歩み出合うわけです。従って相手は、我が左脇を行違うのです。左手どうしが行き違いです。

右の足にて相手の足を蹴る」は相手の右足でも左足でもいいのでしょう。

参考
 行違は、行きちがうこと、すれちがうこと、くいちがうこと、手筈が狂うこと・・。行き来する、行き交う、互いに違った方向に行く、すれちがう、物事がうまく行かなくなる・・。
 擦違は、擦れ合って通りすぎる、きわどいところで行き違う。
 摺は、たたむ、ひしぐ、する、すり。紙や布を折りたたむ、ひっぱて折る、印刷する。

 この、夏原流和之事の二項目目の立合についても、前回の捕手和之事同然に、南山大学の榎本鐘司教授の「北信濃における無雙直伝流の伝承について」のレポートから資料Ⅳ「無双流和棒縄居合目録」天明3年1783年大矢蕃昌編述・滝沢登愛所持の目録を見てみます。

 項目は「立合」初めに無双流・・目録、括弧内を夏原流和之事とします。

 行違(行違)・夢相(無想)・爪捕(裾取)・志けん(支剱)・車附(車附)・玉簾(玉簾)・打込(打込 但し7本目燕返の後にあり)・燕返シ(燕返)・廻たおし(杉倒)・天狗たおし(ナシ)・追捕(追捕)・八幡大菩薩(類似業名ナシ 但し11本目水車)以上です。

 これらの業が、長谷川英信、荒井勢哲をへて北信濃に伝わって滝沢登愛が指導していた様です。年代的には土佐の第9代林六太夫守政の生没が寛文2年1667年生~享保17年1732年没ですから、この北信濃の目録は天明3年1783年の事ですから林六大夫の没後50年を経ています。長谷川英信あるいは荒井勢哲に直に指導されていなくともその弟子とは江戸で接触した可能性はあるでしょう。

 業名の似かよった事だけで、推測する事は出来ませんが、北信濃に有るかも知れない業手附と業名を対比し夏原流和之事の土佐への伝播が見えるかもしれません。

 史的考察はここまでとし、総合武術として書き残された土佐の古傳神傳流秘書の業技法を研究し、現代居合では得られないかもしれない武術の心持ちを求めて稽古する事を優先します。

 

 

 

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