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2017年11月30日 (木)

第五回違師伝交流稽古会を終えて

第五回違師伝交流稽古会を終えて
一日目の稽古が終わって、宿に入り懇親会の席上、違師伝交流稽古会の発端が話されました。
 第17代大江正路先生の弟子が伝えて来た無双直伝英信流が今日どの様に伝承されてきたのかこのブログに掲載した時があります。
 その内容から、コメントが寄せられ、資料や中には、参考にと書籍まで譲って下さる方も有ったのです。
 そして、連絡を取り合い、ご一緒に稽古するうちに、ある方から曽田本の原本を譲られ無双直伝英信流の原点「無双神傳英信流居合」の深みに、私はどっぷりはまったのです。
 書籍では大江正路先生の娘さんの「カナダに渡った侍の娘 ある日系一世の回想」もありました。大江先生の人としての生活が垣間見れたものです。
 それらを参考に書き込んでいるうち、政岡壱實先生の孫弟子と言われる方からコメントが寄せられ、師を忍ぶ思いが伝わって来ます。
 政岡先生の著書無雙直伝英信流居合兵法地之巻では、他の技術書に見られない事が解りやすく序説の「居合漫談」に書かれています。
 組太刀に関しては他の解説書では大江正路先生の古伝を改変し独創された居合道形七本ばかりが解説されるにすぎないところ、「太刀打之位・詰合之位・大小詰・大小立詰・大剣取」まで写真と解説がなされています。 
 更に歴史と変遷、伝書などコンパクトにまとめられて目から鱗が落ちる様でした。
 政岡居合を見てみたい、写真があるならば演武のビデオも残されているのではとメールしたところ「ビデオは有りません、兄弟子のビデオは有りますが、それが政岡居合と思われ独り歩きするのは好ましくないので公開できません」との返信でした。
 「それでは演武を見せてもらえませんか」と申し出ると「それならば」と云う事が発端でした。
 今思えば、私の交渉は、右・左・上・下と斬り込んで行く様なものでした。
 見ず知らずの方との交流は武者修行です。
 身を引き締め真摯な心で臨んだつもりでも、どこの馬の骨か判らぬ者の道場破りに乗り込んで来るみたいなものだったろうと思います。
 新神戸の改札口でお会いするまで、胸が締め付けられるような気持ちであったと仰います。
 政岡壱實先生の無雙直伝英信流居合兵法地之巻を、古書店で手にした時からもう久しい。
 居合の業技法の解説書は幾つも読み漁りましたが、今思えば刀の運用ばかりの事でそれも師伝をメモして書き連ねたに過ぎない技術書ばかりだったり、そうかと思えば、精神論ばかりが強調されていたりする。
 今でも、「あれ」と思う時手にするものは、河野百錬先生の「大日本居合道図譜」、政岡壱實先生の「無雙直伝英信流居合兵法地之巻」、山越先生の「京都山内派無雙直伝英信流居合術」、池田聖昂先生の「無雙直伝英信流居合道解説」ぐらいのものです。
 道場では、師匠か古参が前に出て手本を示し、「一本目前」と云って「パチン」と手拍子を打つ、皆は一斉に見本を真似して繰返す。
 其処には理合(意義)も術理(技法)もなく、「かたち」を順番通りに真似しているだけのものが続きます。
 一通り全居連の刀法5本・正座の部11本・抜刀法11本が一斉に抜かれ、自由稽古に入ります。
 自由稽古では古参の者が指導員となって手取り足取り業技法の指導をする。そこには順番通りの「かたち」を師匠を真似て押し付けて来るばかり。どの様な想定のもとに、どの様に敵に応じていくのか、何故そうするかが全くないのです。
 それでも、初心のうちは「かたち」から入るのは当然の事としてまず「真似」ざるを得ません。「かたち」だけの合同稽古について行かれる様になって、手渡された第21代福井聖山先生の「無双直伝英信流居合道宗家教本」は福井宗家の「無雙直伝英信流居合道」の抜き書きコピーでした。
 これは、第20代河野百錬先生の「大日本居合道図譜」の業技法解説を少々文言に手を入れて書き直したもので何故書き直す必要があったのかとも思われます。
 それはともかく、其処に解説されていても、古参の者も理解できておらず言う事とやることはアンマッチで「何故」と問われるとうるさがられたものでした。
 そのうち、「其の業では斬られてしまう」と言ったところ「先輩を愚ろうする者」とのレッテルまで張られたものでした。お陰様で、反骨精神と知りたがりの根性が本物を求めて益々稽古に身が入ったものです。
 違師伝交流稽古会は同流の他の師伝を拝見する事により、習い覚えた我が居合の有り様をより理解でき、或は同じ意義からの想定違いを見せられ、業の応用を知る機会でもありました。
 我が居合も他の師伝の方達にお見せするには当然のことながら自分流ではならず、当代の解説書や稽古会によく出てその考え方や動作を身に付け演武するものでなくてはならないでしょう。
 第五回違師伝交流稽古会の課題は組太刀のうちもっとも居合らしい「詰合之位」です。
 大江正路先生の居合道形7本や太刀打之位11本は良く見かけますが、「詰合之位」は限られたところでしか打たれていません。
 中には極意につき、高段者以外は教えないなど馬鹿を言って満足顔の所もあるやに聞いています。
 立膝に座し居合抜きに抜き合う、あるいは打ち込まれたのをかわして打込むなど居合の基本を設対者を設けて学ぶ好い組太刀です。
 演武会で演舞するものではないのでせいぜい稽古して居合に磨きをかけるべきものでしょう。少し覚えると人前で演武したがる自己顕示欲は有って然るべきものですが慎まないと本物にならず、武的踊りが強調されます。
 「詰合之位」まで書き込んである技術書は政岡壱實先生の「無雙直伝英信流居合兵法地之巻」か第21代福井聖山先生のビデオ及び小冊子の解説書ぐらいがなんとか手に入るものでしょう。これ等も既に学者の宝です。
 恐らく現代居合の高段者の中で何人が詰合之位が打てるでしょうか。
 曽田本の「詰合」は江戸期の第9代林六太夫守政のものが最も古い手附で、私達古伝研究会のメンバーは古伝の「詰合」を研鑽して披露しました。
 政岡先生伝「詰合之位」、福井先生伝「詰合之位」それぞれの思いでその違いを看取り稽古し、実際にそれぞれを学んでみました。
 「他との違いが判れば自分が解かる」時間の経つのも忘れて夢中な二日間でした。
 来年の課題は「大剣取」です。見事に打たれた映像も、手附も安易に手に入りません。従って古伝の手附を読み動作を自分で振り付けて研究せざるを得ません。
 師匠の指導するままに運剣したり、映像に頼った人真似では様になっても武術として決まるか疑問です。武術は形では無いのです。業が決まらなければ意味の無い武的棒振りに終わってしまいます。かと言って、枝葉に逃れれば大剣取の教えは無かった事になってしまうでしょう。
 手附をよく読み、よく考える事、習い覚えた業技法を総動員する事。他流も含め古流剣術を良く見る事も必要でしょう。答えは幾つも有るでしょう、そして得られた運剣動作はどれも間違いではないでしょう。より優れた者に負けてしまうだけです。
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント


友人に紹介されてブログ読んでいますが!
とっても楽しく読まさせていただいてます。
(笑)私はもっとひどく
それではピコピコトンカチでボコスコですよと言って
嫌われました。

昇段審査も
組太刀を取り入れ審査員が打太刀をすれば良いと言い
相手にされませんでした。
最も詰合すら出来ない高段者がいるようです。

投稿: 坂本仁 | 2019年3月29日 (金) 20時57分


友人に紹介されてブログ読んでいますが!
とっても楽しく読まさせていただいてます。
(笑)私はもっとひどく
それではピコピコトンカチでボコスコですよと言って
嫌われました。

昇段審査も
組太刀を取り入れ審査員が打太刀をすれば良いと言い
相手にされませんでした。
最も詰合すら出来ない高段者がいるようです。

投稿: 坂本仁 | 2019年3月29日 (金) 20時57分

>坂本仁さん
>
>友人に紹介されてブログ読んでいますが!
>とっても楽しく読まさせていただいてます。
>(笑)私はもっとひどく
>それではピコピコトンカチでボコスコですよと言って
>嫌われました。
>
>昇段審査も
>組太刀を取り入れ審査員が打太刀をすれば良いと言い
>相手にされませんでした。
>最も詰合すら出来ない高段者がいるようです。

坂本仁さま
コメントありがとうございます。
審査員が打太刀・・いいですね。
それでも形だけを要求される武的演舞に陥る可能性は高そうです。
形は真似られても術が決まらないのが武術なのでしょう。
何が求められる業技法の本質なのかに気ずかないまま終わってしまうのが
仮想敵相手の居合であり、申し合わせの形ですから心ある人が見直して
我が道を行く以外にないのは悲しい現実です。
試験問題として出された要求は形だけですから100点取れて当たり前。
しかし、先日の古伝研究会でこんな事を呆れています。
背丈が180cmの人も150cmの人も大森流の大血振りの切先は振り下した
時、右足爪先から右へ1尺前へ2尺の位置にある事と決めつけられた。
「馬鹿言ってんじゃないよ」でしょう。
    ミツヒラこと松原昭夫


投稿: ミツヒラ | 2019年3月29日 (金) 23時54分

>坂本仁さま
>コメントありがとうございます。
>審査員が打太刀・・いいですね。
>それでも形だけを要求される武的演舞に陥る可能性は高そうです。
>形は真似られても術が決まらないのが武術なのでしょう。
>何が求められる業技法の本質なのかに気ずかないまま終わってしまうのが
>仮想敵相手の居合であり、申し合わせの形ですから心ある人が見直して
>我が道を行く以外にないのは悲しい現実です。
>試験問題として出された要求は形だけですから100点取れて当たり前。
>しかし、先日の古伝研究会でこんな事を呆れています。
>背丈が180cmの人も150cmの人も大森流の大血振りの切先は振り下した
>時、右足爪先から右へ1尺前へ2尺の位置にある事と決めつけられた。
>「馬鹿言ってんじゃないよ」でしょう。
>    ミツヒラこと松原昭夫
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投稿: ミツヒラ | 2019年3月30日 (土) 08時02分

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