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2017年12月

2017年12月31日 (日)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位7順刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
七本目順刀
 是盤坐してる前のものを切る心持奈り我其侭右より立春つと引抜か多より筋違二切也是も同之く跡者春ねへ置き逆手尓とり納ㇽなり
読み
七本目順刀(じゅんとう)
 是は 坐したる前の者を切る心持なり 我其の侭右より立 すっと引抜き 肩より筋違いに切る也 是も同じく跡は脛へ置き逆手に取り納る也
 

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2017年12月30日 (土)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位6流刀

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
六本目流刀(又流討共いふ 曽田メモ)
 是盤坐之多る所へ左横脇ゟ敵討かゝり来る也其時我ㇵ左の足を立少々前へふみ出之横二請流ㇲ心持尓て其侭右ノ足をふみ出之筋違尓切り跡盤春ねへ置キ柄を逆手尓取直之納ムル也
読み
六本目流刀(りゅうとう)(又流討共いふ 曽田メモ) (またながれうちともいう 曽田メモ)
 是は 坐したる所へ左脇より敵討ち懸かり来る也 其の時我は左の足を立て少々前へ踏み出し 横に請け流す心持ちにて 其の儘右の足を踏み出し筋違いに切り 跡は脛へ置き 柄を逆手に取り直し納るなり
読み解く
 六本目流刀は大江先生の改変された正座の部の請流(受流)でしょう。曽田先生の補足メモの「流討共いう」の業名は、私の資料からは検証できません。
 是は座している所へ敵が「左横脇」より討ち掛かって来る、左横脇とは何処からだか「左の横の脇」理解出来ません。左も横も脇も皆我が体の左からになってしまいます。まあ「そっちの方から」敵が討ち掛かり来るでどうでしょう。

 其の時我は左足を「左の足を立て少々前へふみ出し」、坐している前(正面)に左足を踏み出し、「横に」は左に請け流す心持にて(刀を頭上にかざし)そのまま右足を踏み出し(受け流されて体を崩す)敵に向き直り、「筋違いに」は真向打ち下ろしではなく、右から左下へ斜めに敵の(首あるいは肩)を斬る。
跡は刀を(右)脛へ置き、柄を逆手に取り直し納刀する。

 これは正面向きで座し居る時、左脇から斬り込まれています、左脇に座す敵が抜き打ちに上段から斬り込んで来る。
 それを左足を正面に踏み立てるや、刀を抜き上げ左肩を覆って受け流し、受け流されて体を崩した敵の方に向き直りつつ中腰になり右足を左前に踏み込み(斜め後ろに左足を引いて)八相から斜めに敵の首へ切り下ろす。跡は同じ・・。

 立ち上がらずに受け流してみました。この場合は刀を上に抜き上げ鞘を下に引いて頭上と左肩を囲うようにして一気に受け流す、むしろ摺り落すでしょう。この手の請け流しは、他流にもあるようです。

 座す方向と敵が立って切りかかる事、足捌きを真似れば全剣連の三本目受け流しです。

 古伝神傳流秘書の大森流之事六本目流刀(流討共言 曽田メモ)
左の肩より切て懸るを踏出し抜付左足を踏込抜請に請流し右足を左の方へ踏込み打込む也扨刀をすねへ取り逆手に取り直し納る膝をつく

 

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2017年12月29日 (金)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位6流刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
六本目流刀(又流討共いふ 曽田メモ)
 是盤坐之多る所へ左横脇ゟ敵討かゝり来る也其時我ㇵ左の足を立少々前へふみ出之横二請流ㇲ心持尓て其侭右ノ足をふみ出之筋違尓切り跡盤春ねへ置キ柄を逆手尓取直之納ムル也
読み
 六本目流刀(りゅうとう)(又流討共いふ 曽田メモ) (またながれうちともいう 曽田メモ)
 是は 坐したる所へ左脇より敵討ち懸かり来る也 其の時我は左の足を立て少々前へ踏み出し 横に請け流す心持ちにて 其の儘右の足を踏み出し筋違いに切り 跡は脛へ置き 柄を逆手に取り直し納るなり
 

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2017年12月28日 (木)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位5陽進刀

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
五本目陽進刀
 是盤正面二坐春る也右の足一足ふみ出し立なり二抜付左をふみ込ミ討込ム也春く尓右腋へ開キ其侭納ム也
 陰退刀其侭左の足を跡へ引其時亦抜付打込ミ血ふるひの時立左の足を右尓揃へ納る時右を一足引也
読み
五本目陽進刀陰退刀(ようしんとういんたいとう)
 陽進刀 是は正面に座す也 右の足一足踏み出し立つなりに抜き付け 左を踏み込み討ち込む也 すぐに右腋へ開き其の儘納む也
 陰退刀 其の侭左の足を跡へ引き 其の時亦抜付け打込み 血ふるいの時立ち左の足を右に揃え納める時右を一足引く也
参考
 古伝神傳流秘書の大森流居合之事「陽進陰退」
陽進陰退
 初め右足を踏出し抜付け左を踏込んて打込ミ開き納又左を引て抜付跡初本ニ同し
読み
陽進陰退(ようしんいんたい)
 はじめ右足を踏み出し抜付け 左を踏み込んで打込み開き納める 又左を引きて抜き付け跡初本に同じ
読み解く
 是は正面向きに座している。ここでは、「立つなりに抜き付け」です。正座の前の様に、右足を踏み込んでいますが、立ち上がって抜き付ける様に読めます。
 腰を上げ右足を踏み込むならば現代居合の正座の「八重垣」です。
 右足を踏み込み抜き付け、立ち上がりつつ、振り冠って左足を踏み込んで真向に打ち下ろします。
 すぐに右に刀を開き、其の体制の儘納刀。充分手ごたえあっての納刀でしょう。

 陰退刀の解説がなくて解かりませんが、現代居合に面影があるとすれば下がりつつ抜きつけることで、左足を後ろへ引いて再び抜き付け切り下ろす。この二度目の抜き付けは新たな敵とも、先に切り倒した敵とも何の状況説明もありません。

古伝神傳流秘書の大森流之事「陽進陰退」
「初め右足を踏出し抜付け左を踏込んで打込み開き納又左を引て抜付跡初本に同じ」

*神傳流秘書では「右足を踏出し抜付け」であって英信流目録は「右の足一足ふみ出し立なりに抜付」とは異なります。
 現代居合も、右足を踏み込み立ち上がって抜きつけてはいません。
 右足を踏み込み立ち上がって抜きつける稽古をしてみるのですが「正面に坐する也」ですから、相手も立ち上がって切り込まんとする想定です。

 大江先生の正座の部八重垣は最初に切り倒した敵が、力を振り絞って右足に切り付けてくるので、右脛を囲って敵刀を払い留め、振り冠って打ち下ろして仕留めています。
 夢想神伝流では新たな敵が切り込んで来るので、間を外して抜き打ちに斬り付け、振り冠って打ち下ろしています。この方が古伝を伝承していると思われます。

 細川義昌先生系統と思われる白石元一先生の「陰陽進退」では、「前方の敵を斬りたる後敵再び足に斬り付け来るを応じて防ぎ続いて斬り倒す意」と云って、「敵再び我が足に斬り付け来るを左足を引きつゝ刀を抜きて(刀の鎬にて)受留め防ぎたる後、左足を右足踝の所に引きよせてつくと同時に、左方より刀を上段に振り冠り、右足を出して真向に斬り付ける」

 同じく細川義昌先生系統で昭和49年発行の貫正館梅本三郎先生発行第18代尾形郷一貫心識「居合兵法無雙神伝抜刀術」の「陰陽進退」も白石居合と略同様ですが「・・刀を納めつつ右膝を跪き納め終りたる所へ(別人が向脛薙付け来る)急に立ち上り左足を一歩退くと同時に、刀を前へ引抜き切先の放れ際に左腰を左へ捻り、体は正面より左向きとなり(視線は右の対手に注ぐ)刃部を上に向け差表の鎬にて張受けに受け止め・・・」

 古伝は、一本目は抜付け(横一線の抜き付け)、二本目は真向打ち下し、三本目は抜付け、四本目は真向です。 

 此の英信流目録は安永5年1776年に第12代林益之丞政誠が書きあらわしたもので、それを後の谷村派の谷村樵夫自庸が嘉永5年1852年に書き写されたものです。
 ですからこの伝書は谷村派系統のもので現在の大森流(正座の部)の五本目八重垣はこの動作であるはずです。明治という時代の混乱か時の流れがなせるものか、業手附にも影響して「本当は」どこにあるのでしょう。

 立ち上がって抜き打ちする、座ったままで抜き打ちする。、いずれも行われていたのでしょう。
 二人目の敵に横一線に斬り付けるなのか、張り請けするのか、気力を振り絞った一人目の敵に脛囲いで応ずるなのか、自由に想定をして稽古してみます。
 現代居合では、見られない、右足を踏み出し立つなりに抜き付けて見ますが、慣れれば至極普通の事です。どれも出来て当たり前のことです。

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2017年12月27日 (水)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位5陽進刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
五本目陽進刀
 是盤正面二坐春る也右の足一足ふみ出し立なり二抜付左をふみ込ミ討込ム也春く尓右腋へ開キ其侭納ム也
 陰退刀其侭左の足を跡へ引其時亦抜付打込ミ血ふるひの時立左の足を右尓揃へ納る時右を一足引也
読み
五本目陽進刀陰退刀(ようしんとういんたいとう)
 陽進刀 是は正面に座す也 右の足一足踏み出し立つなりに抜き付け 左を踏み込み討ち込む也 すぐに右腋へ開き其の儘納む也
 陰退刀 其の侭左の足を跡へ引き 其の時亦抜付け打込み 血ふるいの時立ち左の足を右に揃え納める時右を一足引く也
参考
 古伝神傳流秘書の大森流居合之事「陽進陰退」
陽進陰退
 初め右足を踏出し抜付け左を踏込んて打込ミ開き納又左を引て抜付跡初本ニ同し
読み
陽進陰退(ようしんいんたい)
 はじめ右足を踏み出し抜付け 左を踏み込んで打込み開き納める 又左を引きて抜き付け跡初本に同じ
 

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2017年12月26日 (火)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位4當刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
四本目當刀
 是盤後二向て坐春る也正面へ左より廻り左の足を出し抜付春ぐ尓打込ミ血ぶるひの時立右の足を左二揃納る時左を一足引納る也
読み
四本目當刀(あたりとう・とうとう?)
 是は 後ろに向いて座する也 正面へ左より廻り 左の足を出し抜付けすぐに打込み 血ぶるいの時立ち右の足を左に揃え 納める時左を一足引き納める也
読み解く
 「當刀」は、大江先生の業名改変による「正座の部四本目後」でしょう。業名の「當刀」の刀を當(あたる、あてる、ぴたりとあてる、まともに対抗する)。後ろの敵に刀をぴたりと抜き打つ、という意味になるのでしょうか。

 是は後ろに向いて座する、正面に対して後ろ向きと言うのでしょう。そして敵に背中を見せた後ろ向きです。
 左廻りに廻って左足を踏み出し抜き付ける、すぐに上段に振り冠って打ち込むのですから
後ろに居る敵に左回りに振り向きざま抜き打ちに斬り付け、上段に振り冠って斬り下ろす。
 「血ぶるひの時立」ですから大血ぶりでしょう。血ぶるいで立ち上がる時右足を左足に踏み揃えて立つ。納刀の際は踏み出した左足を引いて納刀する。

 後ろの敵を抜き打ちに斬って、真向に打ち込んで血ぶりして納刀する、と言っているだけで
目録に覚書程度の業手附を付けて与えたとしかいい様はありません。どのように後ろに振り向くのかは、口伝口授、師の技を真似る事だったのでしょう。

 「當刀(大江先生の後)」は180度の回転技です。廻ることは出来ても、左足を踏み込んで敵に抜き付けるのは容易ではありません。敵の居ない所を切っていたり、左足を踏み込めずに手だけの力ない抜き付けであったりします。

 ここでは池田先生の正座の部後を稽古してみましょう
剣理:我れ正面に対し後ろ向きに座し、我が後方に座せる対敵に対する業にして、・・

術理:両膝を内絞りに寄せながら左手を鞘に掛け、左拇指腹を鍔に掛けると同時に、柄頭を己が人中にある様に鞘を送り出すと共に右手を柄に掛け、鯉口を切る。

 柄に右手を掛けると同時に腰を上げ、両足爪先立つ。
 次いで気を以って敵を圧する心持にて刀を抜き懸け、右膝は床に着きたるまま左膝を浮かして立てながら、右膝、左足先を軸にして左廻りに廻る。

 約90度位廻りて後敵我が視野に入りなば、刀の抜き込みの速さを早めつつ、我が体が正面に向き直る直前に於いて正面に対し45度位に柄頭を持ち来たり、その時、切先三寸迄抜き込む事(抜刀寸前)が大切である。

 我が体が正面に向き直るや否や左足を我左股関節の前に踏み込み踏み立てる。この時、右足先は右膝の後ろに在る様に動作する事に留意されたい。と同時に左敵を見定め、左手鞘を90度に反らして左鯉口手と左肘を共に後ろに退くと共に、正面に対し右45度位にて抜刀寸前(切先三寸位)迄抜き込みたる刀を抜き放ち、横一文字に斬り付ける。この場合、我が体が正面に向き直りて柄頭を正面に向けてより抜刀してはならない。

 この太字部分は第20代河野百錬先生の大日本居合道図譜に従って書き込まれたものでその術理は意味不明です。
 正面45度ほど振り向いた時切先三寸迄抜出すのは理解しますが河野先生は二本目の右で「刀身45度の所-刀を(右拳を)之より左に運ばぬ事」とされています。四本目當刀も同様とされています。
 理由も解からずに、正面45度で柄手の右拳を其の方向で固定し、体のみ正対させて、その様に抜いているのを見ますが、切先外れの抜付けになっています。
 22代は「これは対敵との位置関係及び間と間合いの関係上、斯くの如く実施する事と心得られたい」と教本に記されています。これでは理解不能です。先師の教えを踏襲されたのでしょう。
 正面に振り向くわけですから、当然柄手を左に振らずとも、体の正対に従えば柄頭は稍々右若しくは対敵の中心を攻めて抜刀されるはずです。
 河野先生の帯刀は柄頭は我が臍前中心線上が基本で、鍔が臍前中心線上ではありません。
 我が体が正面45度になった時、柄頭は正面に対し30度です、言い換えれば柄頭が正面に45度の場合、我が体は60度正面向きになっています。我が体を正対させれば、柄頭は75度正面向きで敵の中心線を攻めて抜刀されるでしょう。当然、右拳を左に運ばないが成り立ちます。
 異論として、右回転では途中で敵に柄を制せられるとか、河野理論に都合の良い事を述べられる方も有ります。もともと対敵との位置関係、間合いから土佐の居合は柄を制せられる可能性が高いもので、稽古はよしとしても実戦抜刀術としては工夫が必要です。

 両足爪先立つ時、両足は其の場にて爪立つ方が良い。両足を開いて爪立つ場合、我が正面に向き直りたる時、左足を踏み込み立てる動作が不完全になる。即ち、向き直りたる時、早や左足を踏み立てたる状態になっている為、斬り付けは手のみで斬る姿となり、踏み込み踏み立てると同時に斬り付けると言う斬り付けの勢を殺ぐ事になりかねない。

 この両足を揃えてその場で爪先立てば、左足を一旦右足に退き付けてから踏み立てる無駄がありません。古参の方はこの一旦引いてから踏み立てています。左足は回転しながら右膝に引き付けられている工夫が必要です。
 後ろ向きに座って、大股開きで始めるのは見苦しいものです。後ろ向きでの爪立が美しくありたいものです。

古伝神傳流秘書による大森流居合之事「四本目當刀」

 左廻りに後へ振り向き左の足を踏み出し如前

 「左廻りに後ろへ振り向き」ですから、相手は我が後方に座し、左廻りに後ろに振り向き左の足を踏み出し抜付け打込む。

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2017年12月25日 (月)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位4當刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
四本目當刀
是盤後二向て坐春る也正面へ左より廻り左の足を出し抜付春ぐ尓打込ミ血ぶるひの時立右の足を左二揃納る時左を一足引納る也
読み
四本目當刀(あたりとう)
 是は 後ろに向いて座する也 正面へ左より廻り 左の足を出し抜付けすぐに打込み 血ぶるいの時立ち右の足を左に揃え 納める時左を一足引き納める也

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2017年12月24日 (日)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位3右刀

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
三本目右刀
 是盤左脇へ向て坐春る也右へ廻り右の足をふミ出之抜付春く尓討込血ぶるひの時左の足を右尓揃納る時右を一足引納ㇽ也
読み
三本目右刀(うとう、みぎかたな)
 是は 左脇へ向て座する也 右へ廻り右の足を踏み出し抜付け 直ぐに討ち込み 血ぶるいの時左の足を右尓揃へ納める時 右を一足引き納める也
読み解く

  この業は敵の左脇に我は座す、ですから、道場の正面向きの場合、左向きに我は座し敵は右側に居ます。
 古伝は対敵を意識した業名です、大江先生の場合は場の正面に対し我の座す方向を元にした業名です。
 なぜ業名まで変える必要があったか、大江先生に直接お聞きしたいものです。
 この業名は無双直伝英信流では「正座の部左」で、これによって左向きに坐し右に敵を受けています。

 明治維新と云う王政復古の中で、徳川幕府時代の物事を極端に否定して新生日本を推し進めようとした時の指導政権に土佐は大きく貢献しています。
 太平洋戦争敗戦後の日本人の行動にも戦前を否定するものもあるように、前のものを否定し新たなものを生み出すという事かも知れません。

 敵有りきではなく、まず我有り、と云う意識を中学生達に示したかったからかも知れません。
時代はむしろ「敵有りき」に「敵を求め」て行ったようです。

 私は何処を向いていようとも「彼の左側に坐している時、彼が仕掛けてくるので・・」の方が我が軸がぶれずに良いな、とも思っています。


是は我は敵の左側に、同じ方向を向いて座している、我は右に廻って右足を踏み出し抜き付け、すぐに振り冠って打ち込み、血振るいし、右脚に左足を引き付け、納刀の時右足を一足引いて納刀する。

無双直伝英信流居合道解説(無双直伝英信流居合道第22代宗家著)正座の部の三本目「左」で英信流目録大森流居合之位右刀を再現してみましょう

剣理:我れ正面に対して左向きに座し、我が右側に座せる対敵に対する業にして(対敵も同様左向きに座したる状態にある)第一本目「前」と同意義也。然して第一本目と同じ態にて実施する。

術理:両膝を内に寄せながら左手を鞘に掛け、左拇指腹を鍔に掛けて柄頭を我が正中線に二~三寸送り出すと共に右手を柄に掛け鯉口を切る。
 それと共に柄頭に引かれる心持ちにて腰を上げ、両爪先立つや否や、右膝を浮かしつつ立てながら、左膝はそのまま着きたる状態にて左膝・右足先を軸にして、気を以って敵を圧する心にて徐々に刀を抜きながら右廻りに正面(我が右側に座する敵の方)に廻る。
 正面に向き直るや否や直ちに右足を踏み立てて横一文字に斬り付ける・・以下省略。

 正座の部前・右・左と三本目にも拘わらず詳細な術理のテキストです。
 文章によって、ここまで詳細に動作を付けられたテキストは従来もありません。
 口伝口授を良い事に抜けだらけのテキストでは何時までも、師匠の癖だらけの動作に縛られてしまいます。

 修行が進めば進むほど、宗家としてここまで詳細に書かれた意図を思い読み直しその心を思います。
 その上で己の体の歪に気づき直せるものは直し、無理があればそこから自分流を生み出すものでしょう。
 そして師匠に問うものでしょう。

 ある道場での事、「俺は技も心も直に指導を受ける師匠がすべてである、お前は、講習会やDVDとテキストで学んだ業技法を優先する、武道を学ぶ資格は無い」と剥きになって古参の方が研究熱心な後輩を攻めています。この古参の方の言いたい事は「段位や所属年数の高い者には、何事も黙って従え、長幼の序を持って敬い、礼を失するな、教わったことだけをやっていればいい」というのでしょう。その古参どう見ても、師匠の業技法も心も持ちあわせずに、どこかの古い戦前の武道書の一節を言うだけの方のようです。

 武道界は、戦時中の面影を強く残しています。柔道界の不祥事もその一端でしょう。
 「上官には逆らわず、言いなりになって死ぬことが国や肉親を思う事」・・・。やれやれそこまで「かび臭く」はなりたくないものです。

 五輪強化選手に選ばれた優秀な人を相手に「お前の変わりは幾らでも居る」というような監督の発言はまさに戦時中の日本軍のカビです。

 古参・高段位であればあるほど人一倍の修行をすべきものでしょう。
 号令を掛けて悦に入っていたり、道場の隅でサボって品評会をしていたり、昔習ったと言う事に固執して勉強もしないようでは、何が・・です。

 師匠が進化しているのに弟子ばかりが昔の習いに固執して、研究もしない様では呆れてしまいます。
 そんな弟子を持った師匠も哀れです。

 4歳の幼児が古伝の剣術を習いに来ています、見よう見まねで打ち込んでいます、見事に左右に筋を変えて、古流の動きが出来ています。

 そこの師匠は「あの子は私の先生である」

 人は真似ることで、知恵を得て進化してきました、より高いものを求めるには先ず真似てとことんやってみる事でしょう。
 子供だからとか、初心者だからとかで、見下したり、否定から始まる人生では面白くもないものです、幼児には戻れなくとも幼児の向上心はいつまでも持ち続けたいものです。

この子は、今、楽しそうに、大人に混じってモップを押して道場を走っています

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2017年12月23日 (土)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位3右刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
三本目右刀
 是盤左脇へ向て坐春る也右へ廻り右の足をふミ出之抜付春く尓討込血ぶるひの時左の足を右尓揃納る時右を一足引納ル也
読み
三本目右刀(うとう、みぎかたな)
 是は 左脇へ向て座する也 右へ廻り右の足を踏み出し抜付け 直ぐに討ち込み 血ぶるいの時左の足を右尓揃へ納める時 右を一足引き納める也

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2017年12月22日 (金)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位2左刀

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
二本目左刀
 是盤左脇へ向也坐春る也ヒタリへ廻り左の足を一足ふみ出抜付春く尓打込亦血ぶるひを之て立時右の足を左尓揃納る時左を一ト足引納ㇽ也
読み
二本目左刀(さとう、ひだりとう、ひだりかたな)
 是は 左脇へ向く也 坐する也 左へ廻り左の足を一足踏み出し抜付け 直ぐに打ち込む 亦 血ぶるいをして 立つ時右の足を左に揃え 納める時左を一足(ひとあし)引き納める也
参考
古伝神傳流秘書大森流之事二本目左刀
左刀
 左の足を踏み出し向へ抜付け打込み扨血震して立時足を前之左の足へ踏み揃へ左足を引て納める以下血震する事ハ足を立替へ先踏出したる足を引て納る也
読み
左刀(さとう)
 左の足を踏み出し向うへ抜付け打込み扨血振るいして立つ時足を前の左の足へ踏み揃え左足を引いて納める 以下血振いする事は足を立替え先ず踏み出したる足を引いて納める也

読み解く

 是は正面に対し、右側に向いて座る。左へ廻り左の足を一足踏み出して抜き付け、すぐに打込み、血振るいして立ち上がる時は左足に右足を引き付け揃える。納刀の際は右足を一足引いて納刀する。

 この、英信流目録の大森流居合之事左刀は、「左へ廻り左の足を踏み出して抜き付け」です。

 「古伝神傳流秘書大森流居合之事左刀」では左へ廻らず、正面向きの儘で左足を踏み出し、抜きつけています。


 「左の足を踏み出し向へ抜付け」をやってみます。正面に向いて座し、左足を踏み込んで正面の敵に抜付ける。
 初発刀は右足を踏み出し正面に抜付ける、二本目の左刀は左足を踏み出し正面に抜きつける。
 何の不思議も無いのですが、正面の相手に右足だ左足だと踏み込み足を変える業技法を稽古させている様です。左刀とは踏み込み足をさして言っているか、敵は我の左側に坐すというのでしょう。

 英信流目録の大森流之位左刀は右向きに座り、左回りして左の敵を切る業に変わっています。神傳流秘書の文言が抜けているのか意図的なのか知るすべはありません。

 古伝神傳流秘書の「大森流左刀」は、大江先生の改変によって「正座の部右」となっています。
 大江先生の右は、正面に対し自分が右向きに座っている場合の業で敵は左に居るというものです。
 対敵意識を持つ古伝を、演武の場所から絞った言い回しに変えた理由はなんなのでしょう。中学生向きにとも思いたいのですが、その必要は無いでしょう、判りません。

 大江先生の改変と言われる事に疑問を感じて居ます。江戸末期から明治に懸けての混乱期に多くの事が失伝したかも知れません。大江先生はそれを掘り起し整理されたのかも知れません。
 或いは、大江先生は若いころに居合を齧っただけで、充分認識しないまま、明治という混乱期に、居合が曲がりなりにも出来る者が土佐を離れて中央で働き、たまたま人手不足の土佐の指導者に祀られたのかも知れません。然しそのことを記すものも、弟子の方々も大江先生の改変と云うだけでそれ以上は何も語られて居ません。
 私が大江先生を批判する様な文章を書くので気に入らないと仰る方がおられます。訳も無く神様呼ばわりするほど、馬鹿なへそ曲がりではありません。
 それ程崇めたいならば、大江居合を徹底的に稽古されればと思うのですが、そんな人に限って当代の居合すら碌に学ばないもので、如何なものでしょうか。

 

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2017年12月21日 (木)

真玉泥中異

 平成30年の書初めの言葉を景徳伝燈録から「真玉泥中異」を選んでみました。

 読みは「しんぎょくでいちゅうにいなり」、本物の宝石ならば泥の中にあっても輝くものだ、と読まれます。

 上海で個展を開いて来た元美術の教授であった造形作家の作品が地元の方の心に響いたのでしょう。
 作品に入り込んで一体となって嬉しそうにVサインを送っているご婦人。その向こうで、次は「わたしが作品に入る」と真剣な顔をして順番待ちする幼い子供。
 作者と嬉しそうに作品の中で一緒に記念撮影する人。

 ライブなどでは演奏者や歌手と観客が一体となって楽しんでいる状況が普通に見られるのですが、造形作品と一体というのもめずらしくそれも中国の方達とです、同じ感情なのでしょう。

 芸術作品は静かに鑑賞するものとばかりの、お堅いお人には理解できないでしょう。
 その作品には「どうぞご一緒にこの宇宙にお入りになりませんか」という、何かいつもと違う、誘ってくれるやさしさと暖かさがあったのです。

 芸術作品は、ともすると投機の材料とされ、そのものの持つ価値よりも金が絡んだ評価が優先されてしまうものです。それに名士が絡めば万々歳です。それが芸術作品がそのもの以上に権力のネタに扱われる格好の材料でもあるのでしょう。遠い昔、正宗の刀と鑑定されたものが恩賞として政治に巻き込まれたこともうなずけます。

 一方、心に残る作品は、どんなへぼでも人には大切な名品になってしまうものです。先祖の残した素焼きの「かわらけ」一つにも、今の自分を大切に思ってくれる家族を思い、心は和むものです。世に云う名品でも其の時の我が心とアンマッチならば置き捨てられてしまうものです。

 或る忘年会での事、「おっさん」がそんな会話に割り込んで来て、中国と日本が過去にどうだったか、日本は何をし、中国は何を思って居るか。或は戦後の教育が進駐軍の言いなりにされ、その片棒を政府も日教組も当然学校の先生達も担いでいた、そんな世界に居たものなど中国人との芸術を語る権利はない、まして政治と芸術作品に依る忖度など口にする権利も無いと言ってわけのわからぬことで粟を吹いています。

 この「おっさん」の歴史的な考察は間違ってもいない処も有るでしょう。戦前、戦後日本人は或る種の引力に引きずられ、洗脳され本質を失っていたか、自分を出せば「己の居る場所が無かった」ともいえるものです。
 当然この「おっさんも」そんな両親や、先生に育てられたにすぎません。その上、「おっさん」は、この芸術家を否定する程の何かをしている様子は有りません。
 「おっさん泥中泥」かな、余計な所に口を挟んでいないで己の「真玉」を全力を投じてみては、と思うばかりです。

 今更、「おっさん」が自覚して、日本の行政も、片棒担いだ教育者も間違っていたと「ほざいて」見ても、元教授を否定しても意味の無い事です。歴史上の過ちを知ったならば、自分は今何をしているかが大切なことでしょう。

 この造形作家は、中国の人と作品を媒介に利害関係なしに「和」する心を分かち合えた事は貴重な事だと思えるのです。そこから、新しい交友が芽生えていくことを期待したいと思います。
 
 何処に居ても、何をしていても「輝いていなければ本物ではない」そのためには「何処でも,いつでも全力を出す」、評価は他人がする事であっても、自分は信じたことを貫き通す。
 口先ばかりで何もせず、廻りが悪いと言ってみても、他人のあらをほじくってみても何も変わらず、取り残されるばかりでしょう。

 そう言えば、この「おっさん」居合をやっているのですが、最近膝が痛いだのと言って稽古に出て来ない上に「あんな指導者の居合はやってられない」と言って居る。
 「あんな指導者の70年をこえる居合」をとことん研究した形跡も見られないのに・・・膝痛など、へぼな体の使い方に由来するに過ぎず、真玉と独りよがりは別物です。

 新年を迎えるに当たり、厳しい時代が押し寄せて来る気配を感じます。「何時如何なる変にも応じるられる」柔軟な心と体を「習い・稽古・工夫」して、真っ直ぐ信じた道を歩きたいものです。

 それには、「一行三昧」に、是で良いと思わずにより上を目指し。
 「下載清風」を知り、死に物の形に拘り、力むばかりの余計なものを下ろし。
 「帰家穏座」 何時も本物とはと考えながら、穏やかに座すようにしたいものです。

 
 
 

 
 

 

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曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位2左刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
二本目左刀
是盤左脇へ向也坐春る也ヒタリへ廻り左の足を一足ふみ出抜付春く尓打込亦血ぶるひを之て立時右の足を左尓揃納る時左を一ト足引納ㇽ也
読み
二本目左刀(さとう、ひだりとう、ひだりかたな)
 是は 左脇へ向く也 坐する也 左へ廻り左の足を一足踏み出し抜付け 直ぐに打ち込む 亦 血ぶるいをして 立つ時右の足を左に揃え 納める時左を一足(ひとあし)引き納める也
参考
古伝神傳流秘書大森流之事二本目左刀
左刀
 左の足を踏み出し向へ抜付け打込み扨血震して立時足を前之左の足へ踏み揃へ左足を引て納める以下血震する事ハ足を立替へ先踏出したる足を引て納る也
読み
左刀(さとう)
 左の足を踏み出し向うへ抜付け打込み扨血振るいして立つ時足を前の左の足へ踏み揃え左足を引いて納める 以下血振いする事は足を立替え先ず踏み出したる足を引いて納める也

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2017年12月20日 (水)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位1初發刀

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
一本目初發刀
 平常之如く坐之居ㇽ也右の足を一足婦ミ出抜付討込亦左の足を出之右尓揃へ血ぶるひをして納むる也血ぶるひの時立也右を引納ㇽ也
読み
一本目初發刀(しょはっとう)
 平常の如く坐し居る也 右の足を一足踏み出し抜付け討ち込む 亦 左の足を出し右に揃へ 血ぶるいをして納むる也 血ぶるいの時立つ也 右を引き納むる也
読み解く
 平常の如く座している。右足を踏み出して抜き付け、その足のまま振り冠って討ち込む。左足を右足に揃えて立ち血振るいをし、右足を引いて刀を納める。

 「平常の如く坐し居る」ですが、正座とも立膝とも書かれていません。

 古伝神傳流秘書の大森流之事初発刀を読んでみます。
「右足を踏み出し向へ抜付け打込み扨血震し立時足を前の右足へ踏み揃へ右足を引て納る也」

 神傳流秘書は随分簡単に書かれています。英信流目録の方がやや克明です。これも座仕方の説明はありません。

 この英信流目録の原本は安永5年1776年に書かれています。江戸幕府は慶長8年1603年に開かれています。幕府が開かれてから173年も経ち10代将軍家治の時代です。
 立膝の方法はかなり古そうですが、正座は江戸時代に入ってから、武家の正式な座し方になったとも言われています。
 座り方など特に決まりがなければ如何様にも座れます。
 「平常の如く坐し居る」と言えば、この安永5年頃ならば正座の坐し方が、殿中では十分浸透した武士の座し方と言えるかもしれません。
 大森流は正座と思い込んでいますから、何の疑いもなく「正座」しますが「平常の如く・・」と改めて読むと「さてどのように座ろうか」と思ってしまいます。

 此処は同時代に書かれた「童蒙初心之心持」の動作をよく研究してみます。
 
この伝書は木村栄寿先生の「林崎抜刀術兵法夢想神傳重信流」に記載されているもので庚申5月(1860年万延3年)に下村定から島村義郷に伝授したものです。転載禁ずですがこの道の正しい継承の為にご容赦ください。

 「刀を差し体を真っ直ぐ腰腹の抜けない様に着座し両手を膝に置く。
 正面に対座する敵を見定める心持で、息を吐くにつれて左右の手を刀に掛けるや抜き出す。
 右手の柄掛は柄の平部分より何となく柔らかに掛け、糸を繰り出す様にするすると抜き出し、切先が鯉口を離れる間際に鞘を左に返し、柄の握りが自然と納まる所に納まるや、小指・薬指を次第に締めて、左の肩腰共後ろへ捻り開き、右の肩はぐっと締めて、顎を引いて俯けにならず、のびやかにして、右手の力六分左手の力四分の心持ちで何の懸念も無く左右の手で引き分けて抜き付ける。

 抜き付けた時は、体は胸を張り、腹を出し、半身ならず正面向きにならず、いわゆる三角の曲尺(まがりかね)で半開半向となる。
 さて抜き付けの際、顔色に今から抜くぞとばかりに柄を握り抜き出すなど甚だ悪く、何事も無き様に柔和に抜き出すべし。

 抜き付けは臍の底に心を鎮め、敵の乳通りを無心に抜き付けるもので、敵が屈んで脛を立てた時は我も同じと心得、抜き付けた刀は肩から拳刀の切先へと水走りするものとする。しかし、水が滞り無く流れてしまうように切先が下がり過ぎてはいけない。この処は筆に述べ難い。

 左右の足は真直ぐに踏み、後ろの脛が床から浮かないように。前の脛が内側に倒れては甚だ弱くなる。

 抜き付けの、切り上げる様な、かまぼこの様な刃筋は鞘の引き方に問題が有るので充分工夫すべきだ。

 業のポイントは第一に目付けである。首を左へ傾けて抜き付けた刀を覗き見するようにしていてはいけない。気脈が切れてしまう。打ち込むまでは敵の面より拳を見、打ち込みに連れて斬り付けた所へ目を移していくものだ。納刀が終わり座を立つまで目付けは敵に付けておく事。

 振り冠りは後ろ足を進める心持で冠り込む、切先倒さず左の肩の上へ突き込む心持で、冠る拍子に拳を下げるのは気脈が切れるようで甚だ悪い。振り冠った時ちょっと上目使いするのも気脈の切れるのでよくない。

 打ち込みは手の内を柔らかに冠り、体をよく伸ばし腰に気を入れ、小指より順に締めて打ち込む。刃筋狂わず、強く打ち込むのがよい。

 右手が勝って右の小鬢より打ち込んでいるのは曲芸と言うものだ。拳を揃え絞まりよく調えば刀刃は真直ぐに下りて切れ心知よい。」


 この童蒙初心之心持を読んでいますと、昔から同じ事を言われていたのかと少しも変わらない修行途上の事をほほえましく思います。

 童蒙とは初心者の事で、「初心の者への修行の考慮の一助になればとあらましを書いた」、としています。
 大いに参考になるもので、原文のままでも十分意味は伝わってきます。

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2017年12月19日 (火)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻6大森流居合之位1初發刀

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
6、大森流居合之位
 
一本目初發刀
 平常之如く坐之居ㇽ也右の足を一足婦ミ出抜付討込亦左の足を出之右尓揃へ血ぶるひをして納むる也血ぶるひの時立也右を引納ㇽ也
読み
一本目初發刀(しょはっとう)
 平常の如く坐し居る也 右の足を一足踏み出し抜付け討ち込む 亦 左の足を出し右に揃へ 血ぶるいをして納むる也 血ぶるいの時立つ也 右を引き納むる也

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2017年12月18日 (月)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻5小太刀之位6上段ノ弛

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
六本目上段ノ弛
是盤敵ハ上段也我盤小太刀をひっさげ相懸り尓て春可〵と行場合尓て敵片討二打所を我行でも奈之行ぬでも奈し気のつり合尓て春っかりと弛之上より討込なり
読み
六本目上段ノ弛(じょうだんのはずし)
 是は 敵は上段也 我は小太刀をひっさげ相懸かりにてスカスカと行く 場合にて敵 片討ちに打つ所を 我れ行でもなし 行かぬでもなし 気のつり合いにてすっかりと外し 上より討ち込む也
読み解く
 この「上段ノ弛」は敵は上段、我は無形の位に小太刀をひっさげて、相懸りにすかすかと歩み寄る。
 間境で敵、我が真向を片手打ちに打って来る、我は敵が空を打って来るのに付け入って行くでもなく、間を外すでもなく、「気の釣合」にて、上体を少し引いて「すっかりと弛し」、同時に上段に振り冠って右足を踏み込み真向に打ち込む。

 相手は、我れが小太刀であり太刀との差を意識して、「片討」とはどのようにするのか分かりかねますが、恐らく遠間から左手を柄から外して右手の片手打ちに大きく打って来るのでしょう。
 聊か間遠いと見てふっと前に乗り出すようにして、敵の打ち込みを誘う様にし、すっと引くような気を発して敵の打ち込みを誘う。
 敵が吊られて打ち込むのを、外すや太刀が空を切るや透かさず小太刀を振り冠って、筋替わりに左足、右足と大きく踏み込んで真向に打ち込む。
そんな、間の見切りを稽古してみました。

 これで英信流目録に残された小太刀之位六本を終わります。
この英信流目録は、谷村派の第十二代林益之丞政誠によって安永五年1776年に書かれたものです。
 しかし、その奥書に「林 政誠 干時安永五年 冬十月吉日改之」と有ります。その事は、この英信流目録は林益之丞政誠が、先師の第11代大黒元衛門清勝か第10代林安太夫政詡によって書かれたものを書き改めたのか、自らの記述を改めたのか判りません。
 ここでは、第12代林益之丞政誠に依って書かれたものとします。

 その理由は神傳流秘書より、業手附が具体的でなお多少ぶれがあり、第九代林六大夫の息吹が薄れていると思う事で第十代林安太夫政詡の記述とは思えないのです。
 更に第十代林安太夫政詡は安永五年1776年8月10日に亡くなっています。此れは「林 政誠 干時安永五年 冬十月吉日改之」ですから同年10月に林益之丞政誠の「改め書」であると判断いたします。
 それを嘉永五年1852年に谷村派の第十五代谷村亀之丞自雄が書き写したものです。更に、昭和に入って下村派の曽田虎彦先生が書き写したとされます。昭和23年には曽田先生は河野先生にこの写しを送られています。

 神傳流秘書に無い小太刀之位なので、第九代林六太夫守政が江戸で第八代荒井勢哲あるいは第七代長谷川英信から伝授されたものでは無い気がします。江戸時代末期に何処かの流派のものが紛れ込んだと思われます。

 小太刀之位は昭和30年に河野先生が曽田先生の写本を元に「無双直伝英信流居合術叢書」を出され公開されました。
 現在では相当の大家と称する方でも、本の存在を含めて小太刀之位を知らず、ましてそれを演じたのを見た事もないのです。

 古伝神傳流秘書の大剣取と合わせて小太刀之位は残しておきたいものです。
 これらの古伝には現代風のマニュアル化された動作はありません。手附を紐解き動作を付ける事の難しさは、江戸時代の武士の心得のある者には容易に出来た事でも、現代では失念した身体操作を呼び覚まさない限り難しいものです。

 このブログを目にする事の出来る居合人は、高段位の方ではごく少なくPC操作の出来ない世代の方には不可能なことです。
 若い方々が自ら掘り起こす以外に神傳流秘書の居合は伝承されることは無いでしょう。
 土佐の居合は総合武術であったにもかかわらず、他流の方法を取り入れてしまった先生や道場は幾つもあるようです。神傳流秘書の手附を学び江戸時代の業に戻って見る事も良いのではと思う次第です。

 然し、読めない、読めても意味が解らない、読んでも、居合しか知らない為にどの様にしたらよいか解らない、動画がないから出来ない、誰かその道の大家の指導が無ければ出来ない、ないない尽くしの現代人に古伝を継承出来るか覚束ない。
 この道を志すならば、伝統ある古流剣術の本物を目指す先生の教えを乞い、それを学ぶと同時に、古い時代の文字や言葉も学ぶ覚悟がないと難しそうです。伝統とはそういうものでしょう。

 私は、幸い志す仲間に恵まれました。幾人かで知恵を出し合いグループでものにする「輪」の組織も必要です。
 段位や所属年数などによるカビの生えた「和」の組織では無理と考えます。

 武術は、「人と人が互に己の信じた事を貫くために行使する最終手段である」はずです。そして、戦わずに和する事を学ぶものです。

 明治以降に武術が分割、文断されて独立した技術ばかりが目につきます。それでも、得意とする武術を持つ人が集えば古伝は幾つも理解されていくはずです。

 新しい時代は、道場間の壁を越え当然師匠の懐からも顔を出し、部門の壁を越えた繋がりが古に導いて呉れる筈と信じて居ます。

 それを後ろから見守り、急げと応援する心が無ければ、現代の若者を揶揄する資格すら、年寄りにはないものと信じます。

 まして明治以降の先師の書き残したものすら、公にするなという考え方では、武術はどんどん演武会用の踊りになってしまう筈です。

 河野先生も「私の足らざる所を補足して呉れる様な熱意ある研究家を待つ次第である」と結ばれています。

 是は無双直伝英信流居合兵法叢書の自序にある思いで、資料をもっと集めてほしいと云って居るばかりでなく、古伝と現代居合に根本的違いは認めがたいとも仰っています。

 小太刀之位を終わります。

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2017年12月17日 (日)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之位5小太刀之位6上段ノ弛

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
六本目上段ノ弛
是盤敵ハ上段也我盤小太刀をひっさげ相懸り尓て春可〵と行場合尓て敵片討二打所を我行でも奈之行ぬでも奈し気のつり合尓て春っかりと弛之上より討込なり
読み
六本目上段ノ弛(じょうだんのはずし)
 是は 敵は上段也 我は小太刀をひっさげ相懸かりにてスカスカと行く 場合にて敵 片討ちに打つ所を 我れ行でもなし 行かぬでもなし 気のつり合いにてすっかりと外し 上より討ち込む也
 

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2017年12月16日 (土)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻5小太刀之位5下段ノ弛

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
五本目下段ノ弛
 是者敵者さして待也我ㇵ小太刀をひっさげ春可ヽと行也敵其所を抜付の如く抜付亦タ春く尓両手尓て一足婦ミ込ミ左の下をなくる也我其所を足を引春っかりと弛之敵亦上より討所を請流之勝也
読み
五本目下段ノ弛(げだんのはずし)
 是は敵は差して待つ也 我は小太刀を引っ提げ スカスカと行く也 敵其の所を抜付けの如く抜付け 亦 直ぐに両手にて一足踏み込み 左の下をなぐる也 我其の所を足を引きすっかりと弛し 敵亦上より討つ所を請流し勝也
読み解く
 是は、敵は太刀を腰に差して待つ、我は小太刀を右手に持ち、切先を下にして無形之位でスカスカと歩み行、相手は我れが間境を越えると見るや「抜付の如く」に抜付て来る。
この「抜付の如く」の業は何を指すのか、手付けの文章では解りません。
 
 抜付そのものを解説したものも見当たりませんので、此処は横一線にがま口に抜き付ける土佐の居合の抜き付けを想像しておきましょう。
 この抜付は空振りして我を牽制するのでしょう。我がふっと立ち止まる処、直ぐに左手を柄に添え両手で、一歩踏み込んで我が左から出足を薙いでくる。
 神傳流秘書の抜刀心持之事の「向払」の要領でしょう。現代居合の奥居合居業の「霞」の返す刀を両手で行うのでしょう。
 我は後足を引き、前足を連れ足に引いて相手の薙いで来る太刀を「すっかりと弛し」、外されて相手は、すぐさま上段に振り冠って我が真向に打ち込んで来る処、小太刀を顔前頭上に左肩を覆う様に上げ、相手太刀を請けるや腰を捻って左に請け流し、右足を右前に踏み込んで相手の首を打つ。この請け流しも、筋を替って逃げ流しにせずに、敵の打ち込みを、敵の懐に入る様に付入って敵太刀の打ち下ろされる鍔際近を下から突き上げる様に請けて、其の拍子に左腰を捻って流す事です。

 此の業は相手の横一線の抜き付け、切返して下に斬り付け、上段よりの真向打ちを躱す業です。正確な間積りを身に付けるには良い業です。

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2017年12月15日 (金)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合太刀合棒太刀合之巻5下段ノ弛

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
五本目下段ノ弛
是者敵者さして待也我ㇵ小太刀をひっさげ春可ヽと行也敵其所を抜付の如く抜付亦タ春く尓両手尓て一足婦ミ込ミ左の下をなくる也我其所を足を引春っかりと弛之敵亦上より討所を請流之勝也
読み
五本目下段ノ弛(げだんのはずし)
 是は敵は差して待つ也 我は小太刀を引っ提げ スカスカと行く也 敵其の所を抜付けの如く抜付け 亦 直ぐに両手にて一足踏み込み 左の下をなぐる也 我其の所を足を引きすっかりと弛し 敵亦上より討つ所を請流し勝也

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2017年12月14日 (木)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻5小太刀之位4當中剱

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
四本目當中剱
 是も敵ハ上段二構ゑる也我ハ小太刀をひっさげ中と二待也敵春可〵と来りて我可首のあたりを左り右と討チ亦下タを討也其所尓て我足をそろゑ春っ可りと弛ㇲ敵亦面より打所を十文字二請流之勝也
読み
四本目當中剱(とうちゅうけん)
 是も敵は上段に構える也 我は小太刀を引っ提げ中途に待つ也 敵スカスカと来たり我が首の辺りを左り右と討ち 亦下を討つ也 其所にて我足を揃えスッカリと外す 敵亦面より打つ所を十文字に請流し勝也
読み解く
 是も、敵は上段に構える。我は右足を前にして小太刀を引っ提げ無形の構えとなる、双方歩み寄る途中で我は左足出た時立止まり敵を待つ、敵はスカスカと間を詰めて来て、上段から我が首の辺りを左肩、右肩と切り返して討ち込んで来る。我は、左足を引いて右半身となって筋を替えて外し、更に右足を引いて左半身となって其の打ち込みを外す。
 相手はそこで、今度は低く我が左足を打って来るので、左足を引いてすっかりと外す。
相手外されて上段に振り冠って我が面に打込んで来るのを、右足を踏み込み小太刀を顔前頭上に左肩を覆う様にして相手の太刀を十文字に請けるや腰を左に捻り受け流し、左足を右足の後方に摺り込み右半身となって片手上段から相手の首を打つ。
 左足前で敵を待つとしましたが、両足揃えたハの字立ちでも、右足前でも同様に応じられるでしょう。

 「小太刀をひっさげ」というのは、小太刀を右手に持ち、切先を下げ、右足爪先の線上あたりに付け、左手もぶらりと自然に下げて、自然体に立ち、構えのない無形を指すのでしょう。

 「當中劔」の読みも意味することも分かりませんが、なんとなく業を感じさせる業名のように思えます。

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2017年12月13日 (水)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻5小太刀之位4當中剱

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
四本目當中剱
 是も敵ハ上段二構ゑる也我ハ小太刀をひっさげ中と二待也敵春可〵と来りて我可首のあたりを左り右と討チ亦下タを討也其所尓て我足をそろゑ春っ可りと弛ㇲ敵亦面より打所を十文字二請流之勝也
読み
四本目當中剱(とうちゅうけん)
 是も敵は上段に構える也 我は小太刀を引っ提げ中途に待つ也 敵スカスカと来たり我が首の辺りを左り右と討ち 亦下を討つ也 其所にて我足を揃えスッカリと外す 敵亦面より打つ所を十文字に請流し勝也

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2017年12月12日 (火)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻5小太刀之位3中請眼

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
三本目中請眼
と申ㇵ是も敵ㇵ上段尓かまゑる也我盤小太刀をさ之出し切先を敵の真ミ合へさし付ヶ行也場合尓て敵拝ミ討尓打也我其所を上へ春つかりと弛之かむりて敵引所をみけんヱ打込ム也
読み
三本目中請眼(ちゅうせいがん)
 中請眼と申すは 是も敵は上段に構える也 我は小太刀を指し出し切先を敵の真見合いへ指し付け行く也 場合にて敵拝み討ちに打つ也 其の所を上へすっかりと弛し冠りて 敵引く所を眉間へ打込む也
読み解く

 左請眼は相手の左眼に切先を付ける、右請眼は相手の右眼に切先を付ける、次は中請眼です。
 中請眼は相手の眉間に切先を付け、相手は上段に構えて相進みに間に至る、相手我が真向に拝み打ちに打ち込んで来る処、我は出足を引くや「上へすっかりと弛し」小太刀を上段に冠って、「外されて引く」相手に附け入って眉間へ打込。

 一本目、二本目とも我が小太刀を相手は払って来たのですが三本目中請眼では、「拝み討ちに打」込んで来ます。
 相手は太刀ですから小太刀との寸法の差を活かした間取りから、我が右小手、右肩、真向の何れかへも打ち込めるでしょう。此処は真向への拝み打ちです。

 我は拝み打ちされた「其所を上へすっかりと弛し」は相手の拝み打ちの切先の間を見切るわけで、最も深く打込んで来るのは我が頭上でしょう。
小太刀を「上へすっかりと弛し」をどの様にするのか、工夫のいる処でしょう。此処では、「すっかりと弛し」です。
 小太刀で受流す、突き上げて摺り落すなどでは無く、ただ外す事です。
 左足右足と引いて大きく後ろに退く、右拳に打ち込まれるならば出足を引く、或は左か右に筋を替って外す。
 此の業は、相手の起こりを知る良い業です。相手は拝打ちして我に外され、切先を我が喉元に付けて引かなかったならば、我は外すと同時に振り被って筋違いに踏み込んで眉間へ打込む。

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2017年12月11日 (月)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之位5小太刀之位3中請眼

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
三本目中請眼
と申ㇵ是も敵ㇵ上段尓かまゑる也我盤小太刀をさ之出し切先を敵の真ミ合へさし付ヶ行也場合尓て敵拝ミ討尓打也我其所を上へ春つかりと弛之かむりて敵引所をみけんヱ打込ム也
読み
三本目中請眼
 中請眼と申すは 是も敵は上段に構える也 我は小太刀を指し出し切先を敵の真見合いへ指し付け行く也 場合にて敵拝み討ちに打つ也 其の所を上へすっかりと弛し冠りて 敵引く所を眉間へ打込む也
 

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2017年12月10日 (日)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之棒5小太刀之位2右請眼

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
二本目右請眼
是盤敵盤上段也我も小太刀を向へさし出之敵の右の眼へ切先をさし付行也是も相掛尓て小太刀を左の方へ筋違二拂ふ也其所を我亦左請眼の如くかむり左の手尓て敵の左の手を取り勝也
読み
二本目右請眼(みぎせいがん)
 是は 敵は上段也 我も小太刀を向へ指し出し 敵の右の眼へ切先を指し付け行く也 是も相掛りにて 小太刀を左の方へ筋違いに払うなり 其の所を我亦 左請眼の如くかむり左の手にて敵の左の手を取り勝也
読み解く
 二本目は、敵は一本目と同様に上段に構える。この上段は左拳が額前頭上に四五度に切先を上げた上段が英信流の上段か、左拳が頭上に有って切先四五度の上段か判りませんが、現代竹刀スポーツの上段ならば前者、古流剣術ならば流派に依る上段でしょう。英信流に新陰流が混入していれば後者でしょう。
 此の時相手は、右足前の右上段か左足前の左上段かもあるのですが、我は小太刀の切先を相手の右眼に付けていますから左足前の構えに為る筈です。さすれば此処は相手も左足前に構えるとするのが常道かも知れません。

 是も相懸りにスカスカと歩み寄り、相手は我が小太刀の攻めに思わずそれを「左の方へ筋違に払ふ」。この「筋違に」は、上段から真直ぐに打ち落す様に払うのではなく、右袈裟掛けに我が左の方へ払う、我はそれを小太刀を上段に冠って外すや、右足を稍々右に踏み込んで相手左肘を左手で制して、真向に打ち込む、或は刺突の構えを取る。

 右請眼も相手は上段から我が小太刀を払うのですが、相手は我が小太刀を持つ拳を切って来るのを外して、附け入って相手の左肘を取るとする位の事で良いだろうと思います。

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2017年12月 9日 (土)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻5小太刀之位2右請眼

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
二本目右請眼
是盤敵盤上段也我も小太刀を向へさし出之敵の右の眼へ切先をさし付行也是も相掛尓て小太刀を左の方へ筋違二拂ふ也其所を我亦左請眼の如くかむり左の手尓て敵の左の手を取り勝也
読み
二本目右請眼
 是は 敵は上段也 我も小太刀を向へ指し出し 敵の右の眼へ切先を指し付け行く也 是も相掛りにて 小太刀を左の方へ筋違いに払うなり 其の所を我亦 左請眼の如くかむり左の手にて敵の左の手を取り勝也

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2017年12月 8日 (金)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻5小太刀之位1左請眼

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
一本目左請眼
 と申ㇵ敵盤上段二かまゑ我盤片手尓て小太刀を向ヱさし付敵の左の眼へ切先を付て相懸り尓て行也敵場合尓て我小太刀を筋違尓右へ横に拂ふ也其時我すく二小太刀をつむりへかむり左の手尓て敵の右のひぢを取勝也
読み
一本目請眼(せいがん)
 左請眼と申すは 敵は上段に構え 我は片手にて小太刀を向へ指し付け 敵の左の眼へ切先を付けて相懸かりにて行也 敵場合にて我が小太刀を筋違いに右へ横に拂う也 其の時我れ直ぐに小太刀をつむりへ冠り 左の手にて敵の右の肘を取り勝也 
読み解く
 左請眼と云うのは、敵は太刀を上段に構え、我は右片手に小太刀を持ち、右足を前に踏み、相手の左眼へ切先を付け、相懸りに双方歩み寄る処、相手左眼に付けられた我が小太刀を八相に右へ払ってくる。
 其の時我はすぐに小太刀を頭上に振り冠り、左足を左前に踏み込んで左手で相手の右ひじを取って、相手の真向に小太刀を打ち込み勝。英信流目録の原文のままに打ってみればこのようでしょう。

 双方スカスカ歩み寄る時、我が小太刀を相手の左眼に突き付けて歩み寄るので、相手は小太刀が気になって払ってくる、透かさず右手を上げて小太刀を上に外し、左足を左前に踏込み、敵の右手を左手で制して、小太刀を打ち込む。
 さて、相手は小太刀を払って、外されたので返す刀で切り上げようとする事も有り得ます。
 外すや左足を左に踏込み敵の右手を制する。稽古では、相手は我が小太刀を持つ左拳を打ちに来るのを外して打ち込むも、太刀の長さを利して我が左肩口に切り込むのを外して打ち込むのもありでしょう。

 いずれにしても、相手の打ち込みを外すや踏み込んで相手の右ひじを制して、打ち込む。この場合、我の攻めは右拳が中心線上あって相手の左眼を突きさす気がなければなません。

 相手は外されても右に太刀を流さず、我が中心線に切先が付け留まる心持ちは大切です。
 従って、我も外しても真直ぐに相手に付け入る事は出来ません。
 この業手附けにはありませんが、相手が払って来るのを上段に振り冠って外すや筋を替って真直ぐに振り下して敵の拳(柄口六寸)を打つ事も稽古次第です。

 小太刀を抜いて構える際、左手を栗形に添えて構えるのが剣道形にありますが、ここではどのように左手を裁くのか指定されていません。
 英信流小太刀之位の左手の構えは、軽く握って自然に垂らすのも、鯉口を握って居るのも良いでしょう。
 規制の形にとらわれず研究してみるのも良いかもしれません。

 小太刀の剣先と足の関係は、一般的な方法で切先右の左請眼ならば右足前で構え、切先左の右青眼ならば左足前で構えとします。
 右足先は正面の敵に向け、左足は左前に稍々開き右足踵のやや後ろに踏み、我が中心軸は両足の開いた中心にある自然体です。  
 現代では竹刀剣道の影響を受けて踏み出しは、出足からと言われますが、中心軸が左右の足の中心にあれば、右足からでも、歩み足の左足からでも容易です。

 

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2017年12月 7日 (木)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻5小太刀之位1左請眼

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
一本目左請眼
 と申ハ敵盤上段二かまゑ我盤片手尓て小太刀を向ヱさし付敵の左の眼へ切先を付て相懸り尓て行也敵場合尓て我小太刀を筋違尓右へ横に拂ふ也其時我すく二小太刀をつむりへかむり左の手尓て敵の右のひぢを取勝也
読み
一本目請眼(せいがん)
 左請眼と申すは 敵は上段に構え 我は片手にて小太刀を向へ指し付け 敵の左の眼へ切先を付けて相懸かりにて行也 敵場合にて我が小太刀を筋違いに右へ横に拂う也 其の時我れ直ぐに小太刀をつむりへ冠り 左の手にて敵の右の肘を取り勝也 

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2017年12月 6日 (水)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻5小太刀之位初めに

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
初めに
 小太刀之位は打太刀は太刀を持ち、仕太刀は小太刀で応ずるものです。この英信流目録にしか収録されていない仕組の形となります。
 英信流目録は林安太夫政誠によって安永五年冬十月吉日改之、と奥書にある事を信じれば安永5年1776年10月に土佐の居合の第10代林安太夫政誠が「何かを」書き改めたものです。
それを嘉永五年1852年癸子六月吉祥日第15代谷村亀之丞自雄が書写したものになります。
 「古伝神傳流秘書」には「小太刀之位」は存在しません。神傳流秘書ならば「小太刀之事」という呼称が振り当てられる筈です。
 随って神傳流秘書では無いもう一つ別の伝書が有ったかもしれません。或は林安太夫政誠が第9代林六太夫守政の持ち込んだ土佐の居合に他流の仕組(形)を組み入れたものかも知れません。
 いずれにしても、英信流目録は神傳流秘書と並ぶほどの伝書であったと推察できます。歴史的検証は何方か土佐の心ある剣士の方による研究に委ねたいと思います。
 神傳流秘書に残されている小太刀に依る仕組(形)は大小詰・大小立詰・大剣取と夏原流和之事に有ります。
 しかし体術を交えない純正の小太刀による剣術は、この英信流目録の「小太刀之位」六本と大剣取10本のうちの前4本(無剣・水石・外石・鉄石)がそれでしょう。
 近年は土佐の居合も居合だけが稽古されるばかりで総合武術であった事が忘れられ、居合風演舞に偏ってしまっています。
 組太刀という呼び方で形を打つ所も、大方は第17代大江正路先生によって古伝太刀打之位を改変してしまった無双直伝英信流居合之形七本とやっと詰合之位を打つ程度でしょう。
 大剣取は、政岡壱實先生の伝承をされる方や、その著書「無双直伝英信流居合兵法 地之巻」を参考に打たれる道場もあるかとは思います。
 小太刀之位は第20代河野百錬先生によって昭和30年1955年に「無双直伝英信流居合兵法叢書」によって発表されていながら、無双直伝英信流正統会ですら置き忘れられてしまっています。
 古伝の多くの伝承が失われてしまった土佐の居合ですが、残された形手附によって復元は可能です。
 平成28年11月に関西の有志と関東の有志で「小太刀之位」を原書より一年がかりでこうであろうと東西それぞれ研究して相互に打ってみました。
 ほぼ同じ様な動作でまとまり、土佐の居合の古伝の手附の解かりやすい文章と現代居合人の力量をもってすれば多くの業技法が復元できるものと認識を強くしたものです。
 「古伝に興味は無い、現代居合以外は知る必要などない」などと嘯く者が「昔はこうだった、武術的にはこうだ」などと想像ばかりの嘘つきにはなりたくないものです。
 小太刀之位を学ぶ者は、竹刀剣道の「あってっこの」間と間合いを知り、古流剣術の体捌きを身に付け、居合という仮想敵相手の空間刀法の真のありようを認識しなければ、申し合わせの「かたち」ばかりに陥るでしょう。
 師匠の真似だけに明け暮れて、申し合わせの形稽古に固執した演舞会向け形では、先師に追い付けもしない、本物も見えてこないのは当然のことでしょう。
 何をするにしても本物を目指して「弟子たる者師匠の出来ない事でもやらねばならぬ」と仰った素晴らしい指導者もおられるのです。
 「弟子たる者師匠の知らぬ事を学ぶべからず」では情けないものです。流派の武術を学ぶ者は古伝の声に応える時期が来ていると思っています。

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2017年12月 5日 (火)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻4極意之大事8常之棒

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
八本目常之棒
 能々工夫有之常二たし奈三心懸ケ手錬無ㇰて盤い可ぬ也常棒を第一と春奈り深く工夫有べし
読み
八本目常之棒(つねのぼう)
 能々工夫これ有り 常に嗜み心懸け手錬無くてはいかぬ也 常に棒を第一とすなり 深く工夫有るべし
読み解く
 充分工夫して、常に稽古を心懸け、手錬となっていなければならない。常に棒を第一と思い深く工夫あるべし。

 極意は何をおいても棒の稽古によって腕を磨くこと、工夫をすることだと言っています。


 今回で第十五代谷村亀之丞自雄によって書かれた英信流目録の棒について四項目を終わります。

1.棒太刀合之棒 八本

2.棒合五つ 五本

3.心持之事 五本

4.極意之大事 八本

四項目の内容は、実技は十三本、心得も十三本でした。
此のうち3.心持之事、4.極意之大事はこの英信流目録以外に見られないもののようです。

実技の棒太刀合之棒及び棒合五つは第十代林六太夫守政に依って土佐に持ち込まれ、第十一代林安太夫政詡に依って恐らく書かれたであろう古伝神傳流秘書にも記載されています。

神傳流秘書に依る業の記載武術の順序
1、大森流居合之事(正座之部)11本
2、英信流居合之事(立膝之部)10本
3、太刀打之事(太刀打之位)10本
4、棒合5本
5、太刀合之棒8本
6、詰合(詰合之位)10本
7、大小詰8本
8、大小立詰7本
9、大剣取10本
10、抜刀心持之事(奥居合之部居業之部、立業之部)24本
11、夏原流和之事65本
業数では168本に上ります。この順序は稽古の順序とも考えられるもので、夏原流に至る頃には無刀にても変に応じられる程に組み立てられて居ます。

 残念ながら英信流目録は歯抜けになっており、棒、小太刀之位、大森流居合之位だけしか残されておらず、他の業は欠落して居ます。原本は曽田先生の御遺族の手元に現存していると思われますが、昭和20年の高知空爆に依って焼失しているかも知れません。

 下村派を名乗る曽田先生はこれ等の伝書の写しを、谷村派を学び尚且つ土佐門外不出と誇った土佐っぽを差し置いて大阪八重垣会の河野百錬先生に惜しげもなく送られていました。
 第20代河野百錬先生の無双直伝英信流居合兵法叢書昭和30年発行にはこれらは納められています。
 無双直伝英信流、夢想神傳流を学ばれておられる方は居合文化の伝承を志すならば是非ご研究され、刀を抜くばかりでは得られなかった居合の根元に触れられるかもしれません。
古伝などに興味は無いと言う人には居合のあるべき姿も見えないままに終わってしまうでしょう。踊りまがいの居合馬鹿で終わったのでは寂しい限りです。

 次回は英信流目録にしか残されていない「小太刀之位」です。是もこの英信流目録以外に見られない貴重なものです。
 得物は我は小太刀と明確に記載されています。敵の得物は太刀です。無刀への一歩を踏み出す良い手附です。

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2017年12月 4日 (月)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻4極意之大事8常之棒

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
八本目常之棒
 能々工夫有之常二たし奈三心懸ケ手錬無ㇰて盤い可ぬ也常棒を第一と春奈り深く工夫有べし
読み
八本目常之棒(つねのぼう)
 能々工夫これ有り 常に嗜み心懸け手錬無くてはいかぬ也 常に棒を第一とすなり 深く工夫有るべし

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2017年12月 3日 (日)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻4極意之大事7行(引)合之棒

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
七本目行(引)合之棒
 是者中を取り楽尓(互尓)行(引)也我も随分行(引)て敵行(引)所を付込ミとりたおすべ之
読み
七本目行(引)合之棒(ゆきあいのぼう、ひきあいのぼう)
 是は 中を取り楽に(互に)行(引)く也 我も随分(充分)行(引)て 敵行(引)所を付込み取り倒すべし
 この 七本目は文字の判読が「行合之棒」なのか「引合之棒」なのか草書体が不十分で読み取れません。
 原本によるのか、曽田先生の癖なのか単独の文字では厄介です。河野百錬先生の「無双直伝英信流居合兵法叢書」では「引合之棒」と読んでいます。
読み解く
 これを「行合之棒」ではしばらく何を言わんとしているのかわかりませんでした。「引合之棒」と読むことで言いたいことが理解出来てきました。
 わかった時は、現代居合では置き捨てにしている闇討ち、騙まし討ち、あるいは「のほほんとして平和ボケ」の頭を殴りつけるものでした。
 それは兵法に於ける騙まし討ち、卑怯とも取れる事でした。

 これは書き出しの字句に「是者中を取り」に注目し「仲裁を受け入れ」て、あるいは「お互いに引くことにして」、互いに引き、我も棒を下げて充分に引いて、敵の戦闘意欲を無くさせておいて、敵の引き際を機に付け込み取り倒すのでしょう。此の様に解釈しました。いかがでしょう。

 孫子も兵は詭道(敵を欺く行為)也と言っています。あるいは奇正(奇は敵の思いも寄らない戦術・正は基本的な一定の戦術)とも言っています。

 このような、戦いは日本の戦国時代にも常にあった戦術でしょう。敵に打ち込ませておいて外して打ち込む等の事は当たり前の事で、只速く力任せなどの事では武術外の事でしょう。

 そうであれば、この極意之大事の七本目は「引合之棒」で決まりでしょう。

 
 

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2017年12月 2日 (土)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻4極意之大事7行(引)合之棒

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
七本目行(引)合之棒
 是者中を取り楽尓(互尓)行(引)也我も随分行(引)て敵行所を付込ミとりたおすべ之
読み
七本目行(引)合之棒(ゆきあいのぼう、ひきあいのぼう)
 是は 中を取り楽に(互に)行く也 我も随分(充分)行(引)て 敵行(引)所を付込み取り倒すべし
この 七本目は文字の判読が「行合之棒」なのか「引合之棒」なのか崩し文字を読み取れません。河野百錬先生の「無双直伝英信流居合兵法叢書」では「引合之棒」。

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2017年12月 1日 (金)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之事4極意之大事6棒縛之事

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
六本目棒縛之事
是者とらへて後チ棒を敵のセなかの帯へ通之横尓之棒の者之へ敵の手を引ひろげ両者しへくゝり付る也得働ぬ者也
読み
六本目棒縛之事(ぼうしばりのこと)
 是は 捕えて後 棒を敵の背中の帯へ通し 横にし棒の端へ敵の手を引き拡げ 両端へくゝり付ける也 働き得ぬもの也
読み解く
 是は敵を捕らえて縛り上げる方法です。「棒を敵の背中の帯へ通し」という文言のイメージから、着物ならば帯は腰に横に巻かれて居ますから背中の帯に通すと棒は縦になってしまいます。それを横に倒して棒の端に敵の両手を縛り付ける、というのです。
 後の文章から判断すれば、着物の袖を襷がけしているとか、その襷に横に棒を通して、棒の端に両手を紐で縛り付ける。
 或は着物の両袖に端から棒を横に差込み、敵の手を広げさせて手首を棒に縛りつけるのも良さそうです。
 帯も着物も無くとも敵の首を挟む様に、首の後ろに一本、前に一本で首を挟んで両手を縛れば抜け出せないでしょう。
 

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