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2017年12月18日 (月)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻5小太刀之位6上段ノ弛

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
5、小太刀之位
 
六本目上段ノ弛
是盤敵ハ上段也我盤小太刀をひっさげ相懸り尓て春可〵と行場合尓て敵片討二打所を我行でも奈之行ぬでも奈し気のつり合尓て春っかりと弛之上より討込なり
読み
六本目上段ノ弛(じょうだんのはずし)
 是は 敵は上段也 我は小太刀をひっさげ相懸かりにてスカスカと行く 場合にて敵 片討ちに打つ所を 我れ行でもなし 行かぬでもなし 気のつり合いにてすっかりと外し 上より討ち込む也
読み解く
 この「上段ノ弛」は敵は上段、我は無形の位に小太刀をひっさげて、相懸りにすかすかと歩み寄る。
 間境で敵、我が真向を片手打ちに打って来る、我は敵が空を打って来るのに付け入って行くでもなく、間を外すでもなく、「気の釣合」にて、上体を少し引いて「すっかりと弛し」、同時に上段に振り冠って右足を踏み込み真向に打ち込む。

 相手は、我れが小太刀であり太刀との差を意識して、「片討」とはどのようにするのか分かりかねますが、恐らく遠間から左手を柄から外して右手の片手打ちに大きく打って来るのでしょう。
 聊か間遠いと見てふっと前に乗り出すようにして、敵の打ち込みを誘う様にし、すっと引くような気を発して敵の打ち込みを誘う。
 敵が吊られて打ち込むのを、外すや太刀が空を切るや透かさず小太刀を振り冠って、筋替わりに左足、右足と大きく踏み込んで真向に打ち込む。
そんな、間の見切りを稽古してみました。

 これで英信流目録に残された小太刀之位六本を終わります。
この英信流目録は、谷村派の第十二代林益之丞政誠によって安永五年1776年に書かれたものです。
 しかし、その奥書に「林 政誠 干時安永五年 冬十月吉日改之」と有ります。その事は、この英信流目録は林益之丞政誠が、先師の第11代大黒元衛門清勝か第10代林安太夫政詡によって書かれたものを書き改めたのか、自らの記述を改めたのか判りません。
 ここでは、第12代林益之丞政誠に依って書かれたものとします。

 その理由は神傳流秘書より、業手附が具体的でなお多少ぶれがあり、第九代林六大夫の息吹が薄れていると思う事で第十代林安太夫政詡の記述とは思えないのです。
 更に第十代林安太夫政詡は安永五年1776年8月10日に亡くなっています。此れは「林 政誠 干時安永五年 冬十月吉日改之」ですから同年10月に林益之丞政誠の「改め書」であると判断いたします。
 それを嘉永五年1852年に谷村派の第十五代谷村亀之丞自雄が書き写したものです。更に、昭和に入って下村派の曽田虎彦先生が書き写したとされます。昭和23年には曽田先生は河野先生にこの写しを送られています。

 神傳流秘書に無い小太刀之位なので、第九代林六太夫守政が江戸で第八代荒井勢哲あるいは第七代長谷川英信から伝授されたものでは無い気がします。江戸時代末期に何処かの流派のものが紛れ込んだと思われます。

 小太刀之位は昭和30年に河野先生が曽田先生の写本を元に「無双直伝英信流居合術叢書」を出され公開されました。
 現在では相当の大家と称する方でも、本の存在を含めて小太刀之位を知らず、ましてそれを演じたのを見た事もないのです。

 古伝神傳流秘書の大剣取と合わせて小太刀之位は残しておきたいものです。
 これらの古伝には現代風のマニュアル化された動作はありません。手附を紐解き動作を付ける事の難しさは、江戸時代の武士の心得のある者には容易に出来た事でも、現代では失念した身体操作を呼び覚まさない限り難しいものです。

 このブログを目にする事の出来る居合人は、高段位の方ではごく少なくPC操作の出来ない世代の方には不可能なことです。
 若い方々が自ら掘り起こす以外に神傳流秘書の居合は伝承されることは無いでしょう。
 土佐の居合は総合武術であったにもかかわらず、他流の方法を取り入れてしまった先生や道場は幾つもあるようです。神傳流秘書の手附を学び江戸時代の業に戻って見る事も良いのではと思う次第です。

 然し、読めない、読めても意味が解らない、読んでも、居合しか知らない為にどの様にしたらよいか解らない、動画がないから出来ない、誰かその道の大家の指導が無ければ出来ない、ないない尽くしの現代人に古伝を継承出来るか覚束ない。
 この道を志すならば、伝統ある古流剣術の本物を目指す先生の教えを乞い、それを学ぶと同時に、古い時代の文字や言葉も学ぶ覚悟がないと難しそうです。伝統とはそういうものでしょう。

 私は、幸い志す仲間に恵まれました。幾人かで知恵を出し合いグループでものにする「輪」の組織も必要です。
 段位や所属年数などによるカビの生えた「和」の組織では無理と考えます。

 武術は、「人と人が互に己の信じた事を貫くために行使する最終手段である」はずです。そして、戦わずに和する事を学ぶものです。

 明治以降に武術が分割、文断されて独立した技術ばかりが目につきます。それでも、得意とする武術を持つ人が集えば古伝は幾つも理解されていくはずです。

 新しい時代は、道場間の壁を越え当然師匠の懐からも顔を出し、部門の壁を越えた繋がりが古に導いて呉れる筈と信じて居ます。

 それを後ろから見守り、急げと応援する心が無ければ、現代の若者を揶揄する資格すら、年寄りにはないものと信じます。

 まして明治以降の先師の書き残したものすら、公にするなという考え方では、武術はどんどん演武会用の踊りになってしまう筈です。

 河野先生も「私の足らざる所を補足して呉れる様な熱意ある研究家を待つ次第である」と結ばれています。

 是は無双直伝英信流居合兵法叢書の自序にある思いで、資料をもっと集めてほしいと云って居るばかりでなく、古伝と現代居合に根本的違いは認めがたいとも仰っています。

 小太刀之位を終わります。

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