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2017年4月16日 - 2017年4月22日

2017年4月22日 (土)

曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事3向詰

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
3)三本目向詰
向詰
 抜て諸手を懸け向を突打込也
読み
向詰(むこうつめ)
 抜きて諸手を懸け向うを突き打込む也

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2017年4月21日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事2柄留

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
2)二本目柄留
虎之一足の如く下を留て打込
英信流之事二本目虎一足
 左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込ミ後前に同し
前に同し(一本目横雲の納め)
 ・・開き足を引て先に坐したる通り二して納る
読み
柄留(つかとめ)
 虎一足の如く下を留て打ち込む
英信流之事二本目虎一足
 左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込み後前に同じ
前に同し(一本目横雲の納め)
 ・・開き足を引いて先に坐したる通りにして納る
読み解く
 居合膝に座して対座、相手下に抜き付けて来るを、我は刀に手を懸け、左足を引いて切先を下にして抜き請けに留め、上段に振り冠って左膝を着くや真向に斬り下し、刀を横に開き、右足を引いて座したる様にして刀を納める。

 現代居合の奥居合居業二本目脛囲をイメージして柄留を演じて見ました。対座する相手が同じく座する我が右脛に抜き付けて来るなど有るのでしょうか。

 此処は、相手抜き付けんと刀に手を懸けるを、我刀に手を懸けるや左足を引いて刀を返し刃を下にして相手の柄口六寸に抜き付け、怯む相手を即座に真向から斬り下し勝。
柄口六寸への抜き付けは、逆刀で応じました。
 横一線の低い角度での抜き付けも柄頭を低くして抜き出せばいかようにも状況次第でしょう。手首を折った切っ先のみ低い横一線の抜き付けもあるようですが、手首の弱い私には不向きです。

 第十代林安太夫政詡による英信流居合目録秘訣による雷電霞八相より
雷電霞の二ヶ条当流極秘中の秘にして大事、此外に無、・・・、夢うつつの如くの所よりひらりと勝事有其勝事無疵に勝と思うべからず我身を先ず土壇となして後自然に勝有、其勝所は敵の拳也委しき事は印可に有、・・・詰合には二星につづまる敵の拳也二星一文字と云時は敵のこぶしを抜払ふこと也惣じて拳を勝事極意也」


 この「柄留」は古伝であって現代の「脛囲」ではないはずです。すでに失念した極意業でしょう。同時に一本目の「向払」も「柄口六寸」に抜き付け、更に返す刀で「柄口六寸」の払いでも良いはずです。
 競技会や審査会では指定された理合、術理で演じるのは当然ですが、稽古は幾通りも仮想敵を想定し応じるものでしょう。

 柄留の業名は大小詰の三本目柄留と同じです。此方は相手に柄を制された時の応じ方になります。同じ業名が抜刀心持之事にも存在するのは腑に落ちません。

大小詰三本目柄留
抱詰の通り両の手にて柄を取り下へ押付られたる時向のわきの辺りへ拳にて當扨我右の足にて相手の手を踏み柄をもぐ常の稽古には右の足□□を押膝にてこぜもぐ」

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2017年4月20日 (木)

第五回古伝研究の集いを終えてその7

第五回古伝研究の集いを終えてその7

 この第五回古伝研究会は、稽古を終えての覚書がその1~その7に及ぶ長編になってしまいました。感想だけを楽しそうに書くだけならば数行で終わるのですが、古伝の研究が深まり詰合之位を良く稽古する人が増えれば、その蘊蓄は次々に新しい思い付きが吹き出て来るものです。

 それらは、それぞれが、今の実力でしっかり受け留帰ってから振り返りをする事で完成していくでしょう。気になるのは古伝の神傳流秘書の「詰合」を研究するのですが、ともすると参考にする 、明治以降に表された曽田先生の業附口伝の「詰合之位」と混同してしまう事や、現在師匠から習った事、あるいは大家の解説書から出てこれない居附きの姿勢です。

 仕組の業数は大凡、七本~十本ぐらいですがそれぞれの業が独立して完結していると思うのではなく、全業通しで語りかけて来る様に組み立てられているのが古伝神傳流秘書の特徴の一つです。

 習うには、個々の業の基本を学ぶけれど、奥義に至るには通して学び身に付ける様に工夫されています。従って事前準備も「詰合」ならば全業十本をよく読んで置く心掛けも必要です。

 今回は、「詰合」の五本目鱗形を振り返ります。

古伝神傳流秘書「詰合」五本目鱗形
「如前抜合せ相手打込むを八重垣の如く切先に手を添え請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也」

明治以降の曽田先生の業附口伝「詰合之位」五本目鱗形
「坐り方同前左足を一足引き抜合せ 其時敵すぐに我面へ上より打つ也 我もすぐに太刀の切尖へ左の手を添へて十文字に請て左の足を踏み込み摺込み勝也 刀を合せ血振ひ納刀」

 「詰合」一本目の仕太刀、打太刀が入れ替わっています。受け太刀の方法については学んできました。額前頭上で敵太刀を請けて刀諸共両断されては困ります。請けるや摺落して勝を制する事を学ぶものです。

 演武を見て居ますと仕がしっかり額前頭上で十文字請けして、打も打ち込んで拮抗しています。申し合わせですから打は仕が術を出すまで待っています。

 古伝の文章には「請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす」とあって「がちんと受け留め、よいしょと摺り落せ」とは書いてありません。

 然し、業附口伝は「十文字に請て左の足を踏み込み摺込み勝」となっています。現代の詰合之位は、足を踏み替えて、若しくは足を踏み替えながら摺落せと言うのです。
 古伝は、違います。これは「十文字に請けた当り拍子に摺落し打の胸に詰めろ」と解するものでしょう。

 やって見ます。
「前の如く抜き合わせ、相手、上段に振り冠りつつ左足膝を右足踵に引き付け打ち込まんとするを、我右足を引くや、切先に左手を添えて額前頭上にて敵太刀を十文字請けする当り拍子に体を左入身となし切先を敵の眉間に付けると同時に摺落し詰める」

 よいしょとばかりに押落すのとは違います。当り拍子に瞬時に落としてしまいます。

 左右何れにても出来るのですが、右足前の場合は右手を切先に添える必要があるので少々修練が必要です。古伝は坐して十文字に請けろとも立って請けろともいっていません。立った方が多少容易です。
 此の十文字請けを理解出来れば一本目の打太刀の十文字請けも、左手を切先に添えて請ける様にしておくのが良いでしょう。柄を左に両手で持ち切先を右に受け太刀とする教えが横行していますが、請け太刀を嫌う場合を研究しておくべきでしょう。

 第五回の研究会はここまでです。以降は次回の「第六回古伝研究の集い」に譲ります。

 

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曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事2柄留

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
2)二本目柄留
虎之一足の如く下を留て打込
英信流之事二本目虎一足
 左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込ミ後前に同し
前に同し(一本目横雲の納め)
 ・・開き足を引て先に坐したる通り二して納る
読み
柄留(つかとめ)
 虎一足の如く下を留て打ち込む
英信流之事二本目虎一足
 左足を引き刀を逆に抜て留め扨打込み後前に同じ
前に同し(一本目横雲の納め)
 ・・開き足を引いて先に坐したる通りにして納る

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2017年4月19日 (水)

第五回古伝研究の集いを終えてその6

第五回古伝研究の集いを終えてしその6
 
 古伝神傳流秘書の詰合四本目八重垣
「如前抜合たる時相手打込むを我切先に手を懸けて請又敵左より八相に打を切先を上にして留又上より打を請け相手打たむと冠るを直に切先を敵の面へ突詰める」
 
 明治以降の曽田先生の業附口伝詰合之位四本目八重垣
「是も同じく詰合て坐し前の如く左足一足引てさかさまに抜合也 敵其侭我面を打てくるを我又太刀の切尖へ左手を添へて面を請くる也 夫より立て敵敵すぐに我右脇を打つを我其侭刀を右脇にさかさまに取りて此の時右足を一足引き請け留る也 敵又立ちて左の脇を打ち来るを我又左足を一足引きて左脇を刀を直にして請け止むる也 敵又上段より面へ打ち来るを我又右足を引きて上を請て敵かむる処を我右足より附込み勝也 刀を合せ原位置に帰り血振納刀」
 古伝は相手の膝への抜き打ちを請け留めるが、即座に真向に打ち込まれるので柄を右に左手を切先に添えて顔前頭上で十文字に請ける。
 敵すかさず我が左脇より八相に打ち込んで来るのを切先を上にして受け留める、この受け留方は左手は其侭にして右柄手を左脇に引き下ろし切先を上にして刃で請け留る。
 曽田先生の場合は、「・・・夫より立て敵すぐに我右脇を打つを我其侭刀を右脇にさかさまに取りて此の時右足を一足引き請け留る也・・」、相手の打ち込みに我が右脇が追加されています。
 この請け止め方は、頭上で切先を左に十文字受けした左手を右柄手を其の位置に軸として斜め右下に引き下ろし請け留めるのです。
 右手を引き下ろし左手を右に移動して切先を上にして受ける事も可能なのですが、此処では切先を下にしています。
 さらに相手が我が左脇を打って来るので、今度は右手を左脇下に移動し、左手を左肩上方に移動させて切先上がりで請け留めるのです。
 切先下がりの侭右から左へ平行移動する事も可能です。
 曽田先生の詰合之位では左右の脇での請ける方法はこの様に幾つも可能ですが、何故あえて指定しているのでしょう。
 古伝は左脇への打ち込まれるだけですから、切先上がりだけの指定です、これも何故でしょう。
 頭上での十文字受けも、脇腹の受けも、受け太刀のかたちをしっかり取って防禦をせよと言うのでしょう。
 責められて受け太刀だけではいずれ負けとなります、機をとらえて攻撃に転じよという教えでしょう。
 従ってここは打太刀の前に出る攻撃が続き、再び真向に打ち込まれた、打太刀の次の動作が、その場で振り冠ったか、右足を引いて振り冠ったかによる変化を捉えて攻撃に転じています。
 打太刀は、無造作にずんずん攻め立てれば、間近くなって手詰まりになります。その機を捉えるのも一つでしょう。仕太刀に心得あれば、反撃可能な間合いを常に維持しながら受け太刀となるでしょう。
 左右脇での受け太刀の切先下がりや切先上がりはここでは何れでも良い処でしょう。受け太刀にならず当り拍子で反撃するには機を捉える以外にない筈です。
 切先下がりでも、上がりでも、請けるや相手が上段に振り被るので素早く額前で太刀を水平に戻すことの方が重要でしょう。真向でも左右何れでも応じられる態勢です。
 
 この八重垣は幾つも考えさせられる技です。まず詰合の八重垣でも、詰合之位の八重垣でも自論や師の教えがどうであろうとも文字に表された通りに稽古して、その心持ちに親しく味わってみるべきでしょう。
 多少できる様になると、ともすると自論優先の早とちりに陥るものです。
 古伝は打太刀に立って攻め込めとも、其の場で攻め立てろとも、下がってとも、何も指定していません。古伝はおおらかです。それだけ安易な決め事をして居付くなと云っている筈です。
 参考に三谷先生の詰合之位は恐らく政岡先生譲りと思うのですが、右脇の受けは切先上がり、左脇は切先下がりです。
 なお、頭上での受け太刀は、政岡先生の「仕の左手を物打の峯に添えるには四指を揃えてのばし拇指と人差指の基部に峯を当て掌を前に向け五指は充分のばせて刀の安定を計ること」を採用され、拇指は刀の前に出し、四指が内側にあります。
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く9抜刀心持之事1向拂

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
9、抜刀心持之事
1)一本目向拂
抜刀心持之事(格を放れて早く抜く也 重信流)
向拂
 向へ抜付返須刀二手を返し又拂ひて打込ミ勝
読み
抜刀心持之事(格を放れて早く抜く也)
向拂(むこうはらい)
 向うへ抜き付け 返す刀に手を返し 又 払いて打込み勝
*
読み解く
   抜刀心持之事は、居合では大森流居合之事・英信流居合之事に続く居業及び立業の居合です。
 (格を放れて早く抜く也 重信流)ということは始祖林崎甚助重信から伝わる重信流であると云っていますですから詰合・大小詰・大小立詰と同様に伝わってきたものと云うのでしょう。格とは掟と形と云った意味合いです。抜刀心持ちは掟や形に捉われずに早く抜くものと云うのでしょう。

 座居か立居なのか仕方などの解説は有りませんが、現代居合では立膝です。抜刀心持之事では、七本目を終ると「従是立事也」と有って八本目人中から立業であると指定されています。現代居合も大方は古伝を引き継いで居ると考えて、居業で立膝に座すとするのが妥当でしょう。

 向拂は、「向へ・・」は立膝に座し正面に相対する相手に、左から右に抜き付け、返す刀で手を返して右から左に切り払い、左から上段に振り冠って打ち込み勝。と読むことが出来ます。

 横一線に抜き打ちに斬り付けたが相手に外され、不十分なので刀を返して、さて、何処に斬り付けるかは相手次第でしょう。

 尤も近いのは相手の出足とも云えるし、踏み込んで抜き打っているでしょうから、相手が後方に退く余裕が無ければ顔面、首も充分狙えるはずです。

 英信流居合目録秘訣では当流申伝之大事に此の業は居合仮名として「向払」が有りますが目録のみで解説は有りません。

 大江先生の奥居合居業の一本目「霞」が相当すると思われます。師伝によって大江先生の霞ですら返す刀の切払う位置はまちまちです。

 参考に、大江先生の霞「正面に座して抜き付け、手を上に返して、左側面水平に刀を打ち返す」

 ここまでの古伝はおおらかですが、現代居合は指定された特定な部位でないと「違う!」の怒声が飛んできます。「格を放れず早く抜く也」ばかりです。

 向払を相手に仕掛けられた場合の応じ方は大剣取の三本目外石に見られます。
大剣取三本目外石」
是無剣の如く放したる時又右より打を留入りてさす

 是は相手居合膝に坐し居る処へ小太刀を下げかくる、相手抜き打つを、出足を引いて外す、相手抜き打ちを外されて手を返し、左膝を右膝に引き付け、右足を踏み込んで右から払って来るのを小太刀で請け留め、即座に中に詰め入って相手の柄を持つ手を制し突く。

 この場合は、我は立業で、相手の「向拂」に応じたものになっています。

 

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2017年4月18日 (火)

第五回古伝研究の集いを終えてその5

第五回古伝研究会を終えてその5
 
 古伝神傳流秘書の詰合三本目の岩浪は、二本目の拳取のように今度は「・・相手より拳を取りたる時」で、拳を取られ制せられそうになった時の攻防です。
 「我よりも前の如く取り我が太刀を放し右の手にて敵のひじのかゞみを取り左脇へ引きたおす」
 相手の拳を同様に取るや拳を取られている右手の太刀を放して、右手を相手から振りもいで自由にし、相手の肘のかゞみに右手を懸けて引き倒すのです。
 
 明治以降の曽田先生の業附口伝も同様業名は「岩浪」です。業名の違いは三谷先生の詳解居合では「波返」、大田先生の土佐英信流は「岩浪」、政岡先生の地之巻は文字違いの「岩波」。
 
 業の部分を敢えて言えば古伝の詰合は「相手より拳を取り・・」ですが、「我が右の手首を左の手にてとる・・」ところでしょう。
 現代の詰合之位では動作は同じですが、この右拳(右手首)を取る時「逆に取る」と付け加えられています。小手を返す様に取るとでも言うのでしょう。
 
 太刀を放すのは、柄の握りを放せば容易ですが、相手に握られた手首を自由にするには柄を放すと同時に拳を後方に引いてやれば簡単に外せます。
 相手を引き倒すには、逆手に取った手首を上に上げる様にして、相手の肘に右手を上から押える様にして掛け右足を踏込み左足を引いて引き倒す。
 また相手の右手首を逆手に返して、我が右手を相手の右ひじの下から差し込み腕を締める様にして右足を踏込み左足を引いて引き倒す。
 
 此処は相手を仰向けに引き倒す方が見栄えが良いでしょうが、俯けに引き倒すも状況次第でしょう。
 
 引き倒した後の始末は古伝にはありませんが、演武では拳で引き倒した相手の顔面でも水月でも短刀を抜いて突くのも古伝ならでわのものです。
 引き倒した相手を引き起こし元の位置に戻る動作は演武のための動作に過ぎずとやかく言わず静かに残心を意識して演ずるものでしょう。
 この岩浪は詰合の業のうち唯一引き倒しのある技です。
 一本目発早で出遅れを取り戻し相手の抜打ちを受け留め、真向打ちで勝負を付ける。
 二本目拳取で引かんとする相手を逃がさずに付け入って制する。
 三本目の岩浪で相手の抜き付けを請けとめたが相手が即座に付け入って我が拳を制しに来るのを逆に攻め引き倒す。
 此処まで稽古する事から一本目の業の有り様を理解させたのでしょう。二本目も三本目も業技法はいかにもですが、この名人であるより一本目の達人でありたいものです。
 どの仕組みでも一本目にその流の極意が秘められていると思えるのです。
 更に一本目の発早を逆に打太刀に攻め込まれた時の対処が八重垣であり、鱗形と考えられます。
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書原文9抜刀心持之事1向拂

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
9、抜刀心持之事
1)一本目向拂
抜刀心持之事(格を放れて早く抜く也 重信流)
向拂
 向へ抜付返須刀二手を返し又拂ひて打込ミ勝
読み
抜刀心持之事(格を放れて早く抜く也)
向拂(むこうはらい)
 向うへ抜き付け 返す刀に手を返し 又 払いて打込み勝
 

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2017年4月17日 (月)

第五回古伝研究の集いを終えてその4

第五回古伝研究の集いを終えてその4
 
 第五回古伝研究の集い終えて、その1、その2、その3と続けてきました。
 
 その1は、古伝神傳流秘書の「詰合」と明治以降の曽田虎彦先生に依る「詰合之位」との違いを明らかにしてきました。
 「詰合之位」も古伝かも知れませんが、土佐に持ちこまれた当初の「詰合」とは似て非なるものと云うのは言い過ぎかもしれませんが、違う事を示し古伝研究の集いはあくまでも「詰合」を学ぶ事に拘りました。
 
 その2は、その違いを古伝神傳流秘書「詰合」一本目発早と、明治以降の曽田先生に依る業附口伝にある「詰合之位」一本目八相を比較して武術の形と武的演舞の形の違いを学んでみました。
 同時に、明治以降の先生方の解説書だけに頼れない事も学びました。
 
 その3は、一つの業の要求からいくつもの技法がある事を学び、問題点を洗い出してみました。それが受け太刀の左手の添え方でした。
 その4は、古伝の要求する事を、いたずらに師伝に固執したり、大家の書籍だけで判断したり、個人的に身に付けた武術の力量だけで判断すべきではない事を学んでみました。
 此の事は、その業を認識したその人の武的力量によって大きく差が出るはずです。
 
 先ず、古伝神傳流秘書の「詰合」を原文のまま読み込んで、書かれている要求事項を最も適切と思える方法で演じてみる事です。
 書かれている通り、否定せずに繰返し修錬しているうちにその事の真髄が見えて来るものです
 その一つが、真向に打ち込まれた場合の受け太刀の有り様で、左手の太刀への添え様で学んでみました。
 
 今回は、「詰合」の二本目拳取を考えてみます。
 古伝神傳流秘書の詰合二本目拳取
「如前楽々足を引抜合我左の手にて相手の右の拳を取り刺す」
 
 是だけしか書かれていないのです。抜き合わせる動作は確認済みです。敵の膝への抜き付けを虎一足の如く受け留め、相手の太刀を持つ右拳を取り制して、刺突する。と言うのです。
 相手の右拳をどの様に制するのでしょう。
古伝の太刀打之事の拳取を学んで、更に参考に明治以降に書かれた曽田先生の業附口伝から太刀打之位二本目の附込、詰合之位二本目拳取の両方を参考にして見ます。
*古伝太刀打之事附込
「・・抜合せ相手後へ引かむとするを附け入り左の手にて拳を取る 右の足なれ共拳を取る時は左の足也」
 
*太刀打之位の附込
「・・逆さまに抜き合わせ敵の引かんとする処を我が左の足を一足附込左の手にて敵の右の手首を取る此の時は左下にきて敵の体勢を崩す心持にてなすべし・・」
 
*詰合之位の拳取
「・・さかさまに抜合わすこと前同様也 我其侭左の足を踏み込み敵の右手首(拳ならん 曽田メモ)を左手にて押へる也・・」
 
*政岡先生の地之巻の詰合之位二本目拳取は、手附は古伝の文言に従っていますが、動作は
曽田先生の業附口伝の様です。
「・・打引かんとす 仕左足を打の右足の外側へふみ込み左手で右手首をとって左下に引く、同時に右手を腰に当て剣尖を喉につける」
 
*三谷義里先生の詳解居合の詰合之位(形)の拳取の動作は政岡先生と同じですが、「・・左手で打の右手首を逆にとって左下に引く・・」
 
*太田次吉先生の土佐英信流の詰合之位の拳取は立位から右膝を折り敷いて床に付け「・・仕は打の右外側に左足を踏込み右手首を握り左膝を着いて打を引き付け胸部を突く・・」ですが写真は右膝を床に着いている様です。
古伝は抜き合わせて敵拳を制するのも同じですが、拳の取り方を特定する事も、立っていても、膝を着いても良いのでしょう。
 此処でのポイントは、抜き合わせるや敵にしっかり附け入って、左手で敵の刀を持つ右手を逆手に取って前下に引き落し、その際左膝を床に付けて折敷、敵体を崩し堅めて刺突する事を選んでみました。各々の先生方の思いはそれなりに入ったと思います。
 何故前下に膝を着いて引き落し堅めたかは、非力な女性や老人でも充分応じられる体制である事が大事と見たからです。
 いたずらに剛力を持って制して見ても術とは言えないでしょう。より安易な方法があるのに工夫をしないのでは稽古とは云えそうにありません。
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く8大剣取10水月

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
8、大剣取
10)十本目水月
水月
 相手高山我切先を向へさし付行時八相に拂ふを外し拳へ打込ミ勝
以上十本
読み
水月(すいげつ)
 相手高山 我切先を向へさし付け行く時 八相に拂ふを外し拳へ打込み勝つ
以上十本

読み解く
 相手は上段に構え、我は「切先を向へさし付け」ですから正眼に構え切先は相手の喉元又は眉間でしょう。
 正眼に構えスカスカと間境を越すや、切っ先を右に振り左拳に誘い相手我が左小手に八相に払って来るのを、右足を斜め前に踏込み同時に左拳を右肘に引付これを外すや透かさず相手の拳に打ち込み左足を踏み込み詰める。

 柳生新陰流の「くねりうち」をやってみましたが、ここは相手が我が正眼に構えた刀を上段から八相に払って来るのでこれを、刀を上に外し踏み込んで相手の拳に打ち込む。というセオリー通りの方法から研究していけばいいと思います。
 「八相に払う」は何処を八相に払うかは指定されていません。刀など払ってもチャンバラでは無いので意味は無いでしょう、一刀の下に我が戦力を奪える処へダイレクトに打ち込まれるのでなければ此の業は活きて来ません。従って我が拳に打ち込ませる技も学ぶことになります。

 政岡先生は、相手上段、我は正眼に差し出して行く。相手斜めに我が刀を払って来るのを切っ先を下げて外し、ふみこんで小手を取る。

*これは竹刀剣道の常道でしょう。
 相手も太刀で、我が太刀を払う様な方法はどうも好きになれません。
 相手に我が身を土壇となして撃ち込ませそれを外して勝は土佐の居合の根底に流れている様に思っていますがいかがでしょう。

 以上十本

 以上十本で大剣取を終わります。
 太刀打之事十本、詰合十本、大小詰八本、大小立詰七本、大剣取十本、合計四十五本の仕組(組太刀)は現代居合では指導する人も無く、稽古する人も疎らです。
 心ある方は何人かで研究しあって、この「思いつくままに」の仕方を完成させていただければと思います。

 第17代大江宗家の残された形のみに固執し、古伝の形を遺棄する方達も居られます。
 然しその方達は土佐の居合が総合武術であったことを忘れ、他流の形や動作をいかにもそれらしく取り込んでいたりします。
 大江先生の教えだけでは不足と考えられ、総合武術としての修行を目指すとする事には異論などあろうはずは有りません、然し元々あったものを学ぶ事を拒否したのでは先師を蔑ろにする事で恥とすべきものでしょう。
 秘事と称して伝書を公にしてこなかったのか、伝授された方の子孫に其の素養が無かったかは知りません。

 この時代居合に依って人を殺傷するなど論外の事です。日夜弛まず抜きつけていく修行によって己を見つめ直し、あるべき姿を描き出し、其れに向って目指す事が究極の目的でしょう。

 誤りと気づく事があれば素直に直せばよいだけです。いたずらに立場を固執すれば道を外してしまいます。

 弟子を持ち師匠と云われる先生方は文化の伝承を担っていると認識し、たとえそれが己の直近の先師が持ちこんだものであっても、明らかに他流の形や動作であれば、見直して常に古伝と照らした上で古伝に返るべきものと思います。

 古伝は大らかです。自流の古伝を伝える者が無ければ、他流から学んだものを工夫して古伝の大らかな手附から業技法をよみがえらせる事も許されるでしょう。
 現代まで継承される流派は多くは体系的にも充分研究されています。我が国の伝統文化そのものです。
 それが現代風に変化していても決して間違いではない筈です。
 そんな研究を弟子達とフランクに語り合え、稽古する様にならなければこの道は廃れて行くでしょう。
 「俺の習ったものと違う」など当たり前のことなのに、師匠の教えしかやらないなまけものや、不器用な者も所属年数が来れば段位も上がり得々としています。
 あまり意味の無い事で、へぼに任せれば道は外れてしまいます。
 優れた人には自然に人は学びに来るものです。実力がなくとも長年の功績による段位が高く、所属年数が長いだけで道場を任せれば流派は滅び去っていくでしょう。

 個々の指導者に頼らず、統一理論を以て「ルールやかたち」を統一してしまっては、武術を踊りとなしてしまい武的演舞を良しとして伝統文化の破壊ともなりうるものです。一部の管理者によって本質を誤る事も有りうるはずです。

 現代は、この神傳流秘書の様に、誰でもに公開されています。流派の掟は一部の人に隠されたものでは無く、志す万人に公開されて行かないと消えてしまいます。

 一対一の武術など大量殺戮兵器の前に消えてしまっても良いと思われる程に武器の開発が進んでいます。そんな中では日本の武術は意味の無いものと思えるかも知れません。
 剣術から派生していく武術は相手の害意に応じる仕方の手引から始まり、絶えざる修練によって何時如何なる状況でも即座に応じる事が出来る心と柔軟な身体を学ぶものであろうと思うのです。

 古伝などに興味は無いと嘯く古参の人がいます。稽古の度に前に出て、如何にも模範と言う様に得々と演じるのですが何の感動も覚えないのは何故でしょう。

 昨日も今日も何の進化も無い心も見えないかたちだけものです。講習会に行ってきた説明をされても「かたち」ばかりです、その人から何を学べばいいのでしょう。
 審査や大会の演武として教えられただけのことしか出来ない棒振りの弱さが演舞となって出てしまうからでしょう。そこまでです。
 真摯に取り組んだ者だけに武術は微笑みかけてくれると信じています。

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2017年4月16日 (日)

.第五回古伝研究の集いを終えてその3

第五回古伝研究会を終えてその3
 
 古伝神傳流秘書の詰合を研究しますと、フリーな意見が飛び出してきます。
 まず前回の一本目発早で仕太刀は打太刀の膝への抜き付けを受け留ました。このままでは拮抗して双方身動きが取れません。
 古伝の要求は「・・虎一足の如く抜て留め打太刀請る上へ取り打込ミ勝也」で仕は打の真向に打ち下ろし、打はそれを受け太刀となって請ける事です。
 
 ・拮抗している処を、仕は打の太刀を、摺上げて上段に振り被るように意見を出す人もいます。
 ・打は受け止められるや、即座に左足を少し引いて、拮抗を破り上段に振り被ろうする、その機に乗じて仕は振り冠るも有ります。
 ・拮抗したまま仕は附け入って振り冠るも有ります。
 ・仕が上段に振り冠らんと拮抗を破るや、打は突きに行けばいい、と要求外の意見も有ります。
 
 状況次第で変化は如何様にもあるものです、然し手附の要求事項は守らねば詰合の発早ではなくなってしまいます。
 
 詰合の二本目は拳取、三本目は岩浪、四本目は八重垣、五本目は鱗形ですが、この五本目まで一本目の発早の抜き付けが初動になっています。
 その上四本目・五本目は打に攻められ仕は頭上で十文字請けするように要求されています。
 此の事は、詰合は打に抜き付けられた場合の仕の応じ方の変化を示してくれているのです。
 そして、十文字請けによる居着く事を避けよと教えてくれているとも取れます。
 にもかかわらず、十文字請けの方法に拘って、受け太刀として最も斬撃に耐えられる手の裡に拘る人もいます。
 受け太刀は攻め太刀となっていなければならないのです。
 頭上での十文字請けは一本目は指定されていませんが、四本目八重垣では「如前抜合たる時相手打込を我切先二手を懸けて請・・」と指定し五本目も同様です。
 この切先に手を懸けて十文字請けする方法は一本目にも応用できるのです。
 十文字請けするや攻撃に転ずる事を五本目の鱗形が示しています、「切先に手を添へ請留直に敵の太刀を摺落し胸をさす也」となります。
 其の為には、切先に添える手の内は請けても十分であり、攻撃にも容易に応じられる手懸かりであるべきでしょう。
 現在みられる手懸かりは、左手親指を我が方にして拇指と食指の股に刀の棟を乗せる様に添えて四指は敵方を向けています。これでは上段からの斬撃に耐え切れません。
 
 左手拇指を我が方にして拇指と食指の股に刀の棟を乗せ小指邱に棟をあてがう様に掌を上にし切先に添えるのが最も斬撃に耐え、摺落す動作に支障のない方法です。
 
 拇指を敵方に向けて刀の外に出し、拇指と食指との股に棟を乗せて掌を敵方に向ける方法も考えられます。
 これは斬撃力を掌に受けるので受け太刀としては良い方法です。
 残念ながら、敵太刀を摺り落とし刺突するには刃を下に向ける際、拇指を切る可能性もあります。
 欠点を補う修練を要求されますが其れだけの価値も有りそうです。
 
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書原文8大剣取10水月

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
8、大剣取
10)十本目水月
水月
 相手高山我切先を向へさし付行時八相に拂ふを外し拳へ打込ミ勝
以上十本
*読み
水月(すいげつ)
 相手高山 我切先を向へさし付け行く時 八相に拂ふを外し拳へ打込み勝つ
 以上十本

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