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2017年6月18日 - 2017年6月24日

2017年6月23日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事11鐺返

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
十一本目鐺返
鐺返
 相手の左脇を行通り我が左の手二亭相手の左の手を取る右の手二亭小尻を取りう津む希二於した於し堅める
鐺返(こじりかえし)
 相手の左脇を行き通り 我が左の手にて相手の左の手を取る 右の手にて鐺を取り 俯けに押し倒し堅める

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2017年6月22日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事10遠行

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
十本目遠行
遠行
如前相手の右脇を通り後へ廻り両手に亭合手の肩を一寸叩久相手小太刀を抜かんと春る処を両のひぢの可ゞ美二手を懸背中を膝二て押引カる
読み
遠行(えんこう)
 前の如く 相手の右脇を通り後ろへ廻り 両手にて相手の肩を一寸叩く 相手小太刀を抜かんとする処を 両の肘のかがみに手を懸け 背中を膝にて押し引かる
読み解く
 前の如くですから、相手が居合膝に坐す所へ、我は立って歩み寄るわけです。
 相手居合膝に座して居る所へ、スカスカと歩み寄り、相手の右脇を通り後へ廻り込み、両手で相手の肩を一寸叩く、相手小太刀を抜かんと小太刀に手を掛ける処、後ろから相手の両手の肘のかがみを押え、膝を相手の背中に押付け引き倒す。

 「膝にて押引かる」が判断しずらい処です。相手の背後から両手を廻し相手の肘のかがみを押え、膝を背中に押付けると相手は前屈みにされるので、反撃しようと反り返る処を引き倒すと読んでみました。
 前にうつ伏せに押し倒すのも出来るでしょうが「和やわらぎ」と云う事では一寸強引です。
相手の力を借りるべきかと思います。

 業名の「遠行」は、えんぎょう、えんこう、おんぎょう、いずれにしても、もう聞かされることのない業名です。動作との関連を思って見るのですが心当たりが有りません。

そこで、2017年6月18日の捕手和之事八本目胸點の所で参考にした、南山大学の榎本鐘司教授のレポートを再度引用します。

 参考に、南山大学の榎本鐘司教授による「北信濃における無雙直傳流の伝承について」のレポートによりますと、天明三年1783年大矢蕃昌編述・滝沢登愛所持「無双流和棒縄居合目録」にある「和目録」の業名と「夏原流和之事」の捕手和之事の業名の読み若しくは漢字が一致します。

 北信濃の和目録を先に、括弧内は神傳流秘書の捕手和之事とします。

使者取(使者捕)・五月雨(砂乱)・弓返シ(弓返)・附入(附入)・雨天(右転)・右詰(右詰)・左詰(ナシ)・抜捨(抜捨)・急天(胸點)・向面(向面)・猿猴(遠行)・ゑんはい(ナシ)・鐺返シ(鐺返)

 今回の遠行は猿猴の誤認かも知れません。そうであればこの遠行は「えんこう」と読めばいい筈です。
 北信濃の無雙直傳流の伝承された業手附が明らかになれば、また一つ土佐の居合のルーツが見えてきそうです。

 

 

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2017年6月21日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事10遠行

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
十本目遠行
遠行
如前相手の右脇を通り後へ廻り両手に亭合手の肩を一寸叩久相手小太刀を抜かんと春る処を両のひぢの可ゞ美二手を懸背中を膝二て押引カる
読み
遠行(えんこう)
 前の如く 相手の右脇を通り後ろへ廻り 両手にて相手の肩を一寸叩く 相手小太刀を抜かんとする処を 両の肘のかがみに手を懸け 背中を膝にて押し引かる

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2017年6月20日 (火)

野良猫の子育て

野良猫の子育て
 
 一昨年だったか、ブログにも書いたと思いますが、ご近所の門柱の脇から背が黒く、白い腹廻りの母猫が同じような黒白の子猫をくわえてゆっくり出てきます。
 少しも私に気が付かず悠然として歩いています。   
 小川を隔てた畑からこれを見ていた私は、いたずら心で忍び足で小川に近づき頃合いを計って小川を飛び越し母猫の脇に飛び立ちました。母猫は突然な事で子猫を口から落としてしまい、素早く4,5m走って止まりました。
 母猫の目は、我が子と私を交互に見ながら何時でも逃げられる態勢です。
 起こったことも解らないのか子猫は私の足元に寄ってきます。
 私が、母猫に近寄る素振りを見せると、母猫も飛び去る構えに身を低めます。それでもその場を離れようとはしないのです。
 子猫はもう私の足元に居ます。
 
 「ごめんね、何もしないから連れて行きなさい」と勝手なことを言う私。
 言葉など解かるわけもないのに、それでも母猫の体から警戒の気が消えたように思えました。
 子猫を連れ去ろうとする身構えを感じますが、けっしてその距離を近づけません。そこで、母猫を見つめたまま、後に足を引こうと右足をわずかに動かしたとたん、母猫はその距離を一気に飛んで我が子をくわえ反転して走り去りました。10m位走って振り向いて「どうだ」と言わんばかりに悠々と植え込みに消えて行きました。
 その子猫が、母猫から縄張りを譲られたのか昨年から我が家の周辺に居付いていたのです。出合うとなんとなく声を掛けていたのですが、他の野良猫より心なしか距離が近い様な、その上、出会うやさっさと逃げ去るでもない間柄でした。
 
 この春その猫が、一匹の子猫を連れて我が家の廻りにあらわれました。母猫と同じ様に頭からしっぽまで背中が黒で、腹は白です。
 安全距離を保ちながら、私や妻が草むしりなどしていても平気で子猫とじゃれ合っています。側に近づくと子猫はさっさと物陰に逃げ込み母猫はこちらの様子をうかがっているばかりです。
 
 紫陽花が咲き、蕗が地面を覆う様に生えて、梅雨時なのに毎日暑い日が続きます。
 紫陽花に近づこうと蕗のなかに踏み込むと何か黒いものが蕗の下を右に走り去ります。毎年、アオダイショウやシマヘビが出るので蛇嫌いな私は一瞬背筋がビクとします。母猫がフェンスをくぐって安全距離を保ちます。日陰で憩う親子猫でした。
 蕗の葉陰に子猫が行き場を失ってすくんでいます。首をつまみあげると両手両足を突っ張って拡げ硬直しています。
 かわいい眼にじっと見つめられてしまいました。地面に下ろして手を放すと、のこのこその場を離れるのですが母親の居場所が判らずにいます。
 
 それから、数日たっての事。柿の木を登ったり下りたりする猫を居間から見ていました、いつも、柿の木から我が家のベランダに飛び移りベランダで日向ぼっこを楽しんでいるのを見かけていたのですが、ちょっと様子が変です。
 ベランダを見ると子猫がいます。どうやらベランダへ上がったのはいいのですが、子猫は自力では怖くて降りられない様です。
 母猫は「こうやって降りるのよ」と何度も見本を見せているのでしょう。暇人の私もそれを三十分ほども見ていました。
 母猫より私がじれてしまい二階からベランダに出て子猫に近づくと、子猫は箱の陰に逃げ込んで息を潜めています。
 箱を取り除くと私の足元を走り抜け、柿の木の方に向かったのですがそこで立ち止まって私を見上げます。
 柿の木に飛び移れなければ、捕まえようと私は近づきます。手を伸ばそうと屈むや子猫は一気に飛び降りてしまいました。
 「おぬし、本気になればできるな」。
 あんなに何度も母猫が見本を見せていたのにです。その間、母猫は物陰に隠れていたのでした。
 ベランダを飛び降りた子猫は、クリスマスローズの葉陰に隠れています。
 居間に戻って、ふと外を見ると松の木に親子が登っています。
 母猫が子猫を置いて下りてしまうと、子猫はしばらくもじもじしていましたが爪を立てつつ頭から降りて行きました。
 是って、子猫が独り立ちするための訓練だったようです。私は母猫の手助けをしたのか、より厳しい野良猫の生きる世界を早々と子猫に味合わせてあげたのかでしょう。いずれにしても余計なことでした。
 
 それからしばらくして、外から帰って来た妻が笑っています。「母猫が飛び上がって地面に両手から飛び降りるのを、子猫も真似して、飛び上がっては両手から降りているの、何度も同じ動作をやっていて、あれって獲物を捕る訓練みたい」
 そういえば、テレビで狐なんかがやっている捕獲の仕草の様です。猫の糞には蝉やらバッタのかたい殻が随分混じっていたのを思い出しました。
 此処では獲物は、昆虫類、ごちそうは小鳥やネズミや蛇ぐらいです。餌付けする人はいない様です。
 木に自由に昇り降り出来て、動く獲物に素早く飛びつく厳しいですね。
 野良猫親子の訓練を見聞きして、親子の絆にホロリとさせられ、野良猫の生きる厳しさに想いを寄せるのでした。
 
 そう言えば、随分古い話になりますが、子猫をもらってきて飼っていました。当時は外出自由な飼い方が当たり前でした。ある日この猫がネズミを捕えてきたそうです。
 ネズミ嫌いな妻は、猫がネズミをくわえて来て食卓の上に置き、自慢そうに妻を見上げていたそうです。
 大声で「捨ててらっしゃい」としかり飛ばす、ねこも驚いてネズミをくわえて飛び出て行ったそうです。
 それ以来ネズミをくわえて帰って来る事はありませんでした。キット何処かで血の滴る生肉の御馳走を楽しんでいたのでしょう。
 この子の親は飼い猫でのんびりした人懐こい猫でした。親猫から訓練される前に引き取ったような気もします。本能的に獲物を捕らえる能力をもっていたのでしょう。
 しかしこの子は、弱虫で犬に背中を嚙まれてしまい、脊椎損傷で短い命でした。
 
 この処、野良猫親子を見かけません。先日の夜のこと、県道を横切ろうとして道路の半ばまで右から走り込んだ猫が、私の車に気付いて反転して戻りました。急ブレーキで減速すると、左から一回り大きな猫が一気に車道を右に走り抜けて行きました。
 「おいおい、車道を横切る特訓は無謀過ぎるぞ・・」
 
 その後、この親子を数日見ていないのですが・・・・。
 
 
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事9向面

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
9)捕手和之事
九本目向面
向面
 右脇を通り品二此方よりせり懸る相手よりもせり懸る処於した於之如右う津む希二押た於し堅める
読み
向面(むこうめん・むこうつら・むきめん?)
 右脇を通りしなに 此方より競り懸かる 相手よりも競り懸かる処 押し倒し 右の如く俯けに押し倒し堅める
参考
如右う津む希二押た於し堅める(右の如く俯けに押し倒し堅める)
如右は六本目右詰
右詰
 如前歩ミ行て右脇を行違ひ品二相手の右の手を我が右の手二亭取り左の手をひぢ二上亭引伏せ堅める
読み
右詰(みぎつめ)
 前の如く 歩み行きて 右脇を行き違いしなに 相手の右の手を我が右の手にて取り 左の手を肘に上げて 引き伏せかためる
前の如く歩ミ行て
 二本目砂乱まで前は戻ります。
 相手坐し居る処へ我は立って歩み行・・
読み解く
 相手居合膝に坐す処へスカスカと歩み行き相手の右脇を通りしなに、相手の右肩に両手を掛け競り懸ると相手も腰を上げて、倒されまいと下から競り懸って来る。更に強く競り懸って右手で相手の右手首を取って左手を相手の右ひじに乗せ引き倒し俯けに押しかためる。

 相手の「右脇を通りしなに此方より競り懸る」の動作ですが、相手の右脇を通りしなにどの様に競り懸るのかがポイントでしょう。どこにもその方法が述べられていません。 

 「右の如く」は夏原流和之事捕手和之事六本目「右詰」でしょう。
「前の如く 歩み行て 右脇を行違ひにしなに 相手の右の手を我が右の手にて取り 左の手を肘に上て引伏せかためる」

 相手は抗って右手で抵抗して来る処、その右手を右手で取って、其の儘右手を引き体を右に開いて左手を相手の右肘に掛け俯けに引き倒す。

 この業の業名は「向面」です、むこうつら、むこうめん、むきめんどの様に読んだのか解りません。相手が競り懸かられて顔を我が方に向けるのかも知れません。

 古伝の復元はいくつも出来て来そうです。ある大家曰く「古伝の復元など出来る分けは無い」だそうです。古伝はおおらかです、現代居合の様に物差しで測る様な形に嵌め込まれていません。

 師匠に手解きされた、初心者向けの動作、審査用の動作にとらわれた、マニュアル人間の寂しい発想に思えます。

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2017年6月19日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事1捕手和之事9向面

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
9)捕手和之事
九本目向面
向面
 右脇を通り品二此方よりせり懸る相手よりもせり懸る処於した於之如右う津む希二押た於し堅める
読み
向面(むこうめん・むこうつら・こうめん?)
 右脇を通りしなに 此方より競り懸かる 相手よりも競り懸かる処 押し倒し 右の如く俯けに押し倒し堅める
参考
如右う津む希二押た於し堅める(右の如く俯けに押し倒し堅める)
如右は六本目右詰
右詰
 如前歩ミ行て右脇を行違ひ品二相手の右の手を我が右の手二亭取り左の手をひぢ二上亭引伏せ堅める
読み
右詰(みぎつめ)
 前の如く 歩み行きて 右脇を行き違いしなに 相手の右の手を我が右の手にて取り 左の手を肘に上げて 引き伏せかためる
前の如く歩ミ行て
 二本目砂乱まで前は戻ります。
 相手坐し居る処へ我は立って歩み行・・
 

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2017年6月18日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事1捕手和之事8胸點

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
1)捕手和之事
8)八本目胸點
胸點
 歩ミ行相手の胸を足二亭蹴る平常の稽古二ハ此業なし子細ハ胸を蹴る故也
読み
胸點(きょうてん)
 歩み行き相手の胸を足にて蹴る 平常の稽古にはこの業なし 仔細は胸を蹴る故也
読み解く
 相手が居合膝に坐すところへスカスカと歩み行き、相手の胸を足で蹴り倒す。平常の稽古には此の業は行わない。その理由は胸を足蹴にするからである。

此の業名「胸點」と読みましたが、其の場合は、きょうてん・むねてん・むねつけとなるでしょう。
「點」の行書の様に書かれていますが「占」と「犬」は同じ様な崩しですから「胸黙」とも読めます。それでは、きょうもく・むねもく・きょうぼく・むねだまり・・。

 河野先生の無双直伝英信流居合兵法叢書では、この業名は「胸蹴」とされています。恐らく「點」か「黙」判断できず、業の有り様から「蹴」に変えてしまったのでしょう。
 この業は後に「本手之移」という中に「支點當」或は「支黙當」と云って鐺を取られて陰嚢を蹴る業がありますので、其処では河野先生も「支点當」と「點」を当用漢字の「点」にしています。何れが正しいかは判りません。

 武士の顔や胸を足蹴にされるのは屈辱です。稽古中だとて心すべきことだったのでしょう。
胸などは簡単に肋骨が折れることもあるでしょうから、稽古では古伝に従うのがよさそうです。

 参考に、南山大学の榎本鐘司教授による「北信濃における無雙直傳流の伝承について」のレポートによりますと、天明三年1783年大矢蕃昌編述・滝沢登愛所持「無双流和棒縄居合目録」にある「和目録」の業名と「夏原流和之事」の捕手和之事の業名の読み若しくは漢字が一致します。

 和目録を先に、括弧内は捕手和之事とします。

使者取(使者捕)・五月雨(砂乱)・弓返シ(弓返)・附入(附入)・雨天(右転)・右詰(右詰)・左詰(ナシ)・抜捨(抜捨)・急天(胸點)・向面(向面)・猿猴(遠行)・ゑんはい(ナシ)・鐺返シ(鐺返)

今回の胸點は急天の誤認かも知れません。この北信濃の無雙直傳流の伝承された業手附が明らかになれば、また一つ土佐の居合のルーツが見えてきそうです。

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