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2017年7月2日 - 2017年7月8日

2017年7月 8日 (土)

第六回古伝研究の集いを終えて

第六回古伝研究の集いを終えて
 
 6月25日日曜日に終えた、第六回古伝研究の集いも何時もなら当日夜から「振り返り」を書き出すのですが、その日は我が道場の通常稽古日ともあって、かけもち稽古でした。
 翌日からチョット旅に出る約束があって戻ってきたのが7月3日月曜日です。ようやく筆を執りました。
 
 古伝研究会の後に続く我が道場では、一通りそろい踏みの刀法・正座・抜刀法を終えると、ぞろぞろ木刀を持ちだし道場の隅に集まって組太刀を始めだしました。
 「あれ!」残っているのは私と、膝の悪いもう一人、そしてご高齢の道場長。
 私はのけ者にされたようです、彼らは道場の隅に遠慮がちです。道場の中央は大きく空いたまゝでした。
 
 やれやれ、もうじき来る夏季講習会の組太刀稽古に合わせ、付け焼刃の手習いを道場長の許しを得て英信流居合道形の地区独特動作の稽古を個人的にするそうです。
 その割にはほとんどが何時も持ってきていない木刀持参です。事前に話し合っていたとしか思えません「だったら、道場の正式稽古として中央で大きく広がってやれよ」、と思うのですが何故かこせこせとして締りの無いものを感じます。
 地区の組太刀は元々、第21代福井聖山先生のビデオから地区の誰かが工夫された独特の居合道形です。
 鍔付き木刀を鞘無しで帯に差します。
 これはどこか変ですが、誰も其の謂れを知らない不思議です。
 鍔はともかく鞘無しは誰がそうしたのか、もともと土佐の組太刀は仕組みと云い「鞘付き木刀」と指定されています。
 刃引きの真剣も使われていた様ですが、日本刀は数回打ち合えば復元に耐えない程の刃こぼれになります。
 
 「形はたとえ刃引きであっても真剣で打ちあえば刃こぼれする、復元は不能となる、霊器日本刀を粗雑にする土佐の居合の形はおかしい、剣道型の方がまだまし」という様な事を仰って戸山流の祖中村泰三郎先生は刀の打ち合わない形を考案されています。
 確かに、土佐の形は、刀で受け太刀となる「かたち」が多すぎます。受け太刀は待ちの姿勢となり居付きの原因ともなります。
 これはかなり程度の低い形と考えられ、初心者向けのものと云えるでしょう。稽古を積んでさらにこの形を昇華させざるを得ません。
 申し合わせの形を良しとしているようでは何年やってもあまり効果は期待できそうにありません。
 
 真剣で演武会などで演じるのは、形を見世物にした武的演舞ですからそこに見るべきものなど少しもありません。「かっこよく踊ってろ」でしょう。
 
 鍔は、地区では絶対条件で打ち合った時、木刀が流れて小手を傷つけるというのです。古流剣術ではかえって、真向打ち合いでは相手の鍔による小手への損傷を考慮し鍔無し木刀で稽古します。間と間合をわきまえれば、地区風の心配など少しもありません。
 
 形は第17代大江正路先生が古来の形を中学生向けに改変して独創されたものです。従って「無双直伝英信流居合道形」というのが正式名称で七本の業によって成り立ちます。
 第20代河野百錬先生が大日本居合道図譜でこの大江先生の「無双直伝英信流居合道形(太刀打の位)」と括弧書きしてしまいました、その後のこの組太刀を無双直伝英信流の河野先生に師事されたところでは「太刀打之位」と呼んでいます。この地区風も是を「太刀打の位」と言い切っています。
 次いでですから無双直伝英信流正統会の組太刀は第17代大江正路の古伝太刀打之位を中学生向きに改変したもので、その解説書は以下の通りです。
 
 ・大正7年1918年発行堀田捨次郎著大江正路監修「剣道手ほどき(付録)」
 ・昭和13年1938年発行河野百錬著「無双直伝英信流居合道」
 ・昭和17年1942年発行河野百錬著「大日本居合道図譜」
 ・昭和40年1965年発行野村譲吉凱風著「無双直伝英信流居合道の参考」
 ・昭和41年1966年発行川久保瀧次著「無双直伝英信流居合道の手引」
 ・昭和44年1969年辻川新十郎記「宇野又二先生伝無双直伝英信流居合」
 ・昭和55年1980年発行大田次吉著「土佐英信流」
 ・昭和55年1980年発行「平井阿字斎著「居合道秘伝」
 ・平成2年1990年第九回無双直伝英信流居合道全国大会講習会資料「太刀打之位」
 ・平成3年1991年福井虎雄聖山著「無双直伝英信流之形」
 ・平成14年2002年山越正樹編集「京都山内派無双直伝英信流居合術」
 
 古伝による「太刀打之位」は十一本の業で風格のある剣術と言えます。力任せに打ち合っている動画も見られますが、あれでは気品も無く真似したいなど思う事も有りません、 それでも近年は、大江先生の「無双直伝英信流居合道形」を打たず、古伝「太刀打之位」を打たれる道場の方が多い様に思えます。 いずれ又この分析を公開したいと思います。
 
 古伝研究会で、古文書を読んで動作を特定し、詰合をやってきたばかりです。この古伝「詰合」ですが、業数十本、これも明治以降の「詰合之位」十一本とは異なります。
 今日の私の刀袋には木刀やら袋竹刀やら組太刀道具一式がぎっしり詰まっています。取り残されて道場長と柳生新陰流の「合し打ち」と、一刀流の「切り落し」の話しをしながら木刀でその奥の深さを二人して味わっていました。
 
 「わしも十年でも若かったらなー」と、今少しで米寿を迎えられる先生は、お元気乍らも「体力の衰えを感じる」と仰りながら眼をキラキラと輝やかせておられました。
 
 地区風では、何処かおかしいのです。形の意味を能く知らない者がいじり廻してしまっています。
 当地区の僻み根性の一つでしょうか、当代宗家の業を学ばず、先代の業に固執する怠け者がうようよいます。
 自ら学び尽くして良し悪しを見極める本物を求める気風が欠けているのでしょう。
 影響力の強い指導者に引っ張られたか、自分の信念を貫くには、この地区は「居場所がないと不安でならない」日本人の最も標準的気質で弱虫のくせにはったりばかりの地区かもしれません。
 第六回古伝研究会へ戻りましょう。
 今回は特に遠方の地方から来られる方も無く、いつものメンバーとその門弟の方が来られています。通常稽古日を利用し稽古に来られたわけで、初心者からベテランまで混じっておられます。
 詰合ですから立膝の坐し方までもまだ初心の様な方もおられます。前回の詰合の残りを進めるわけにはいきません。
 一本目「発早」から六本目「位弛」まで、三時間の稽古でそれぞれの方々の出来栄えはいつの間にか見違えるほどの「かたち」になって来ています。
 形の手附を覚えて諳んじ、刀の持ち方、手の裡、運剣操作、足の運び・・基礎的な事は次回やればさらに進化するに充分です。
 
 「何!。詰合を初心者に教えるなど無謀だ」。ですか。
 武術の教えを初伝から奥伝へと順番を追って行く指導法は、一見理屈では当然と思えるのですが、私も此処の仲間も2、3年で奥居合まですべて習い覚えて業名一つでどの業もこなしたものです。
 私を指導された漫画家の田中正雄先生は多くの武道を経験され、八十過ぎの御身体で膝腰を痛められながら、躊躇なくいかなる業技法もお教え下さいました。
 正座の部一本目前は土佐の居合の根源の業です。
 何年たっても完成と言える気がしません。其ればかり十年抜いてみてもどれほどの進歩が得られるでしょう。あらぬ教えの呪縛は自ら研究して乗り越えざるを得ません。
 この田中先生も様々な武術を積み上げて最後に到達したのが居合でしょう。コツコツと身に付けられたのでしょう。第21代福井聖山先生の教書は至る所マンガ入りの覚書で埋まっていました。
 コツがつかめずに横一線に抜いていますと、立業の抜刀法の「順刀其の1や2」を抜かせ、立膝の「横雲」も抜かせます。ついでに「霞」も習った様に覚えています。
 それらは皆横一線の抜き付けから始まり、正座でコツをつかめなくとも他の業によっても得られる事を示唆しています。
 
 今日の稽古を見ていますと、知育・体育の個人差があってそれぞれです。それを見抜いて指導される人にあった個別英才教育が居合には最も有効と思われます。詰合は太刀打よりも居合の呼吸を学ぶには有効です。初心者でも他の武術の経験者ならば「かたち」だけならすぐにできるでしょう。
 
 どこの道場に行っても稽古人数は10名前後、ひどいのはそれ以下です。十羽一絡げによる安易な稽古法はあたら名人となるであろう人材を失う事になるかも知れません。
 
 余談ですが、私の書道教室も生徒は自分の机に座ったまま、書いたものを何枚も机に積み上げて有ったり、今まさに手本を見ながら書き込んでいる最中であったり、私は巡回しながら反故を拾って見て廻り、同じ過ちの繰り返しに気付いてもらい、共に書き比べをしたりしています。
 私が正面の離れた机に座って、生徒が「是が今日の一番」の作品を見せに来るのを待つようなことはして居ません。その上朱の訂正など大嫌いです。
 15人ぐらいまでは2時間もあれば充分見て廻れるものです。それもそれぞれが別の課題を勉強中であってもです。その代わり私は「へとへと」になります。
 
 現代の流の武術は名人上手、達人を育て、その業と心を次世代へ伝承すべきものです。
 習う者も心の中では達人を自らの目標とし、しかも萎縮せずのびのびと、真実を楽しみ、何故そうするのか良く聞き理解し、力を抜いて、ゆるゆるとして頑張らない事でしょう。 そしてのって来た時は無我夢中で修錬すべきものです。
 
 棒振り体操で健康維持も人それぞれですが・・・。
 
 此の時代、刀を持って白兵戦での斬り合いなど考える事すらばかげています。
 刀を振り上げ上官の「突撃!」の号令で誰が自動小銃の標的になりますか・・・。そんなウソの頑張りに合わせる必要はありません。
 武道の根源を求める剣士を目指す稽古法は、いたずらに棒振りの数に拘らず、棒振りの術理を解かり、励むうちに、ふっと奥義に目覚めるはずです。
 そして武術は終生現役でありたいものです。力や速さでは若者に勝てるわけはないでしょう。如何に無駄のない動きを手に入れる事です。若かりし昔を偲んでばかりで、引退することは武道には有り得ません。体が動かなくとも武道は出来るはずです。
 今日の古伝研究会に、それぞれの門人方のレベルに構わずお連れになった先生の、懐の深さに頭が下がります。
 自分の門人を、他人に預ける事は並の人には出来ない事です。「弟子たる者師匠の出来ない事でもやれ」と言われた太田次吉先生の言葉を思い出しています。
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合7燕返

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合
七本目燕返
燕返
 玉簾の通り我が指を取り折付引かんとす類を其侭付入っ亭中二入倒す
読み
燕返(つばめかえし)
 玉簾の通り 我が指を取り折り付け引かんとするを 其の侭付け入って中に入り倒す
参考 玉簾の通り
 相手我が左右之指を取り上へ折上類処を此方より其親指をにぎり躰を入っ亭(相手の手を引もぢ指を肩二可希亭相手の左の手を前へ取り躰を抜希亭引廻す)
読み解く
  燕返は玉簾の様に我が左右の手の指を相手が取り上に折上げ、引き倒そうとする処、相手の引くに任せ、相手の手を親指で握り込み其の儘相手に附け入って体を密着させ押し倒す。

 玉簾も燕返も、抜けが多くて「これでどうだ」と云い切れない様な感じもしますが、技をあえて細かく云わない処が古伝のおおらかな処と解釈して、あらゆる可能性を追求して稽古する事に意義ありとすべきでしょう。

 決められた形を順序良くやって見ても、相手の状況によっては意味なしの場合があるものです。此の場合も、指を制せられて、折り上げられ引き落とされそうになるのに附け入って相手の手を握り締めて足を絡めて仰のけに倒す事も出来るでしょう。附け入れば倒す方法が見つかるものです。

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2017年7月 7日 (金)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事2立合7燕返

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
2)立合
七本目燕返
燕返
 玉簾の通り我が指を取り折付引かんとす類を其侭付入っ亭中二入倒す
読み
燕返(つばめかえし)
 玉簾の通り 我が指を取り折り付け引かんとするを 其の侭付け入って中に入り倒す
参考 玉簾の通り
相手我が左右之指を取り上へ折上類処を此方より其親指をにぎり躰を入っ亭(相手の手を引もぢ指を肩二可希亭相手の左の手を前へ取り躰を抜希亭引廻す)
 

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2017年7月 6日 (木)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合6玉簾

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合
六本目玉簾
玉簾
 相手我が左右の指を取り上へ折上類処を此方より其親指を尓きり躰入っ亭相手の手を引もぢ指を肩二可希亭相手の左の手を前へ取り躰をぬ希亭引廻す
読み
玉簾(たますだれ)
 相手我が左右の指を取り 上へ折り上げる処を こちらより其の親指を握り 体を入って相手の手をひきもじ 指を肩に懸けて 相手の左の手を前へ取り 体を抜けて引き廻す
読み解く
 この業名は玉簾(たますだれ)です。南京玉簾は大道芸で見ることもなくなったものですが、ひねると形が変わったりして楽しませてくれます。この捻りを業名に被せたのでしょう。

 双方歩み寄る処、相手より我が左右の手の指を取って上に反らせる様に折り上げる、其の時我の方から相手の親指を握りこんで体を相手に密着させて、手を引いて相手の握って居る手を逆に引く様にして「引もじ」ひきねじり指を自由にして、左手を相手の肩に懸け、「相手の左の手を前へ取り体をぬけて引廻す」の処は、右手で相手の左手首を取って体を左に廻し乍ら引き廻し倒す。

「体をぬけて引廻す」の処は沈み込んでとも取れるし、後ろに廻り込む様にとも取れます。
現存する合気の業などに、このような指を返される業は、甲手返し、木葉返しなど幾つもある様です。

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2017年7月 5日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事2立合6玉簾

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
2)立合
六本目玉簾
玉簾
 相手我が左右の指を取り上へ折上類処を此方より其親指を尓きり躰入っ亭相手の手を引もぢ指を肩二可希亭相手の左の手を前へ取り躰をぬ希亭引廻す
読み
玉簾(たますだれ)
 相手我が左右の指を取り 上へ折り上げる処を こちらより其の親指を握り 体を入って相手の手をひきもじ 指を肩に懸けて 相手の左の手を前へ取り 体を抜けて引き廻す
 

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2017年7月 4日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合5車附

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合
五本目車附
車附
 支劔の通り胸を取るを我左の手二亭取り扨相手突むとする我右の手二亭留す具二入っ亭中に入る倒す
読み
車附(くるまつき)
 支劔の通り胸を取るを 我れ左の手にて取り 扨 相手突かんとする 我れ右の手にて留め 直ぐに入って中に入り倒す
参考 
支劔の通り胸を取る
 相手我が胸を左の手二亭取る・・(我可右の手二亭其手首を取り) 
読み解く
前回の支劔の様に相手が我が胸を左手で取る、我は今度は左手で相手の手首を取って制する。
相手右手拳で突こうとするのを、扨 我は右手で其れを請け留めて直に中に附け入って倒す。

扨、以降が良くわからない文章ですが、相手が右手で突き込んで来ようとするのを、右手で請け留め、相手の懐に入って、背負い投げとしたいのですが、左脇へ引き廻し倒すが無難でしょう。
 何も書かれていませんから自由に状況に応じて対処する処です。

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2017年7月 3日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事2立合5車附

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
2)立合
五本目車附
車附
 支劔の通り胸を取るを我左の手二亭取り扨相手突むとする我右の手二亭留す具二入っ亭中に入る倒す
読み
車附(くるまつき)
 支劔の通り胸を取るを 我れ左の手にて取り 扨 相手突かんとする 我れ右の手にて留め 直ぐに入って中に入り倒す
参考 
支劔の通り胸を取る
 相手我が胸を左の手二亭取る・・(我可右の手二亭其手首を取り) 
 
 
 

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2017年7月 2日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合4支剱

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合
四本目支劔
支劔
 相手我の胸を左の手二亭取る我可右の手二亭其手首を取り相手右の手二亭打込を我か左の手二亭請留右の手を相手のひぢの可ゞ美二外より懸向へ折常の稽古二ハ引廻した於春

読み
支劔(しけん)
 相手我の胸を左の手にて取る わが右の手にて其の手首を取り 相手右の手にて打込むを我が左の手にて請け留め 右の手を相手の肘の屈みに外より懸け向うへ折る 常の稽古には引き廻し倒す
読み解く
 前回の三本目裙取は我から相手の胸を取って押したのですが、今度は、相手がわが胸を左手で取る(つかむ)、我は右手でわが胸を掴んでいる相手の左手首を取る。
相手は右拳で打ち込んで来るので我は左手で其れを請け止め、右手を相手の肘のかがみに外側から巻き懸けて相手の肘を折る。
普段の稽古では引き廻して倒す。

 「相手のひぢの可ゞ美二外より懸向へ折」ですが、我が左手は相手の打ち込む右手を請け止めて制し、右手は相手の左手首を取っています。その右手を放し相手の右手の肘のかがみに外より懸け肘折りする。
 我が右手は相手の左手首を持ったまま相手の右肘のかがみに懸ける事も相手次第で可能です。右手を相手の左手から離して相手の右肘のかがみに懸けるのも可能です。
いずれも、骨折させてしまいそうです。

 常の稽古では、相手の左右の手を取った状態で左廻りに引き倒すでしょう。

 

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