« 2017年7月9日 - 2017年7月15日 | トップページ | 2017年7月23日 - 2017年7月29日 »

2017年7月16日 - 2017年7月22日

2017年7月22日 (土)

刀法の解釈の3書き出し比較

刀法の解釈
 
3、書き出し比較
Ⅰ)昭和31年1956年制定時の書き出し(河野百錬著 居合道真諦)
1、形の名称  全日本居合道刀法
2、礼 法    神前の立礼をせず坐礼を以て神座への礼とする
3、発 聲    各業の最後の一刀を斬下す時エイと発聲する
4、業の名称  正座二本立業三本の五本を以て編成する
    正座=イ前切(英信流) ロ前後切(無外流)
    立業=イ切上げ(神道無念流) ロ四方切(水鴎流) ハ切先返し(伯耆流) 
5、血振い    各業の終りに刀を右に開きて血振いをする
Ⅱ)昭和52年配布時(昭和52年5月1日配布)全日本居合道連盟 配布)
1、形の名称  全日本居合道刀法
2、礼 法    神前の立礼をせず坐礼を以て神座への礼とする
3、発 声    各業の最後の一刀を斬下す時エイと発声する
4、業の名称  正座二本立業三本の五本を以て編成する
    正座=イ前切(英信流) ロ前後切(無外流)
    立業=イ切上げ(神道無念流) ロ四方切(水鴎流) ハ切先返し(伯耆流) 
5、血振い    各業の終りに刀を右に開きて血振いをする
 
3、発聲を発声と改められている。それ以外同文。
Ⅲ)平成15年発行「全日本居合道刀法解説(第7代会長池田聖昂先生著)
 
1、形の名称  全日本居合道刀法
2、礼 法   :神前の立礼をせず刀の座礼を以て神前の礼とする。
3、発 声   :各業の最後の一刀を斬下す時「エイ」と発声する。
4、業の名称 :(正座二本立業三本の計五本を以て編成する)
    一本目 前切(正座)(英信流より) 
    二本目 前後切(正座)(無外流より)
    三本目 切上げ(立業)(神道無念流より) 
    四本目 四方切(立業)(水鴎流より) 
    五本目 切先返し(立業)(伯耆流より) 
5、血振い   :各業の終わりに刀を右に披いて血振いをする。
 現代漢字に改め、部分的に括弧等によりわかりやすく構成されています。基本とする内容に特に替えられたと思えるところは見当たりません。
 
 実施するに当たっての解説書ですから、現代風に漢字を改めるのも当然でしょう。業について正座と立業に分けて書かれてあったものを、業名の後に正座か立業かを表現され、業の順番も明確に特定されています。
 制定時、「正座=イ前切(英信流)」の表示であったものを「一本目(正座)(英信流より)」の表現の違いは、業を演じる場合の順番を特定し、その業は特定の流を採用した表現から特定の流の業から「いじって」制定した様に読ませています。
 例えば、「前切」は正座でこれは無双直伝英信流の正座の部であり大森流です。英信流であれば立膝です。血振りは英信流を採用しています。
 
 

| | コメント (0)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事3小具足2剱當詰

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
3)小具足
二本目剱當詰
剱當詰
 相手左の手二亭我可胸を取る我可左の手二亭其手首を取る相手小太刀を抜て下を突くを左の膝を少し立帰りてはづし右の手二て突手を打落引伏セ堅
読み
剱當詰(つるぎあてつめ・けんとうつめ・けんあてつめ・?)
 相手左の手にて我が胸を取る 我が左の手にて其の手首を取る 相手小太刀を抜いて下を突くを 左の膝を少し立て帰りて外し 右の手にて突き手を打ち落し引き伏せ堅む
読み解く

 この「剱當詰」はどう読むのでしょう。「けんとうつめ」「つるぎあてつめ」わかりません。
双方八文字に爪先立ちして坐す処、相手より左の手を伸ばして、我が胸を取る、我は即座に左手で相手の左手首を取る、相手小太刀を抜いて「下を突く」は左膝に突き込んでくるので左膝を「立帰りてはづし」は、左膝を少し左後ろに引いてこれを外すや、右手で相手の突き手を相手の左手を越して打ち落とし、相手の左手の肘に右手を掛けて左脇に引き伏せ固める。

 「立帰りてはづし」の部分を突き込んでくるのでこれを、左膝を後ろに引いて外してみましたが、立て帰るようには見えません。左膝は元々床に着いている、胸を取られた際右足を踏み込んでいるか、・・どのようにするでしょう。
 小太刀を抜いて下に突き込んで来るのを、相手の左手首を握ったまま左手を上に上げ右手で相手の手首を打ち落し、左手を引き下ろして右手を肘に付けて引き伏せ堅める。

古伝は何も示していません。

 この業は、相手の動作に即座に応じるのであって、我から先をとっているようには見えません。組み合って互いに研究するよい例題でしょう。

| | コメント (0)

2017年7月21日 (金)

刀法の解釈の2制定

刀法の解釈
 
2.制定
 
 全日本居合道連盟の刀法の制定について河野百錬先生の昭和37年1962年発行の「居合道真諦」から当時の制定委員及び承認された方達を見てみましょう。
 当時のそうそうたるメンバーによって編成され承認されたもので、其の儘掲載させていただきます。
全日本居合道刀法  百錬述
 全日本居合道連盟は、昭和31年9月18日総会の決議に基き、昭和31年10月7日大阪市四天王寺に於て、各流の師家に依って居合道形制定委員会を開催し、各流より初心者の学び易き最も基本的且つ簡易な業を選び、茲に多年の懸案たりし全日本共通の居合道形を制定し斯道の普及発展に寄与する事となった。
1、形制定月日  昭和31年10月7日制定
2、制定委員
  英信流(長谷川流大森流) 
   範士 河野百錬
   範士 寺井知高
   範士 福島小一
   範士 千葉敏雄
   教士 斎木賢司
  伯耆流
   範士 大野熊雄
   範士 吉沢一喜
   範士 小石昌範
  水鴎流
   宗家 勝瀬光安
  無外流
   宗家 中川申一
 
◉ 編成された形の承認を得たる欠席委員左記
  神傳流
   範士 中山博道
  柳生流
   宗家 柳生厳長
  一刀流
   宗家 笹森順造
  力信流
   範士 大長九郎
  英信流
   宗家 福井春政
   範士 政岡一実
   範士 松田栄馬
   教士 大塚 維
 この制定委員と承認者の面々は戦後の居合道に大きく貢献された先生方で、全日本居合道連盟の輝かしい時代でもあったと思われます。
 全日本剣道連盟が創設され其処に居合道部が新設されたことによって、剣道をするなら全剣連の居合道部へ入れ、と言う様な強引さで全日本居合道連盟は多くの流派と人材を全日本剣道連盟に割かざるを得なかったと推察されています。
 
 竹刀剣道をスポーツに陥らない様に真剣を持っての居合が併設されることに期待感も大きかったと思いますが、竹刀剣道がルールによる打突の判定であれば、どの様にもがいても勝ち負け優先のスポーツに深入りせざるを得ないでしょう。
 真剣を持っただけで、スポーツらしい当てっこ剣道を、真剣による武道の術理と精神性を残して日本のお家芸として存続させる必要はあるのでしょうか。
 如何なるスポーツであっても、究極の処は、心身の全てを駆使し、弛まぬ努力によって勝ち負けを極めるとこでは、精神と鍛え上げた体を駆使する居合とも通ずるものです。
極めようとする極め人は、どの種目においても極める心は同じと思います。
 
 居合の各流派の宗家筋が全剣連の段位に拘る理由はないと思います。同時に全居連に転向して全居連の段位に拘る理由も無いと思います。
 何が何でも、連盟基準に到達し連盟段位が宗家の格をあらわし、其の価値が流派の免許皆伝以上のものであるとするならば、審査基準や審査員の他流にも秀でた知識、実技の資質が要求されてしかるべきでしょう。
 それにしても、全居連の刀法の制定委員と承認者には改めて眼を見張ります。次回以降は実技について、制定時の解説を基に、取り入れた流の基の業を確認し、現代の全居連会長によって指導される業技法の解説を対比し、ある地区の指導者の業技法との整合性を確認して見たいと思います。
 何時如何なる時代においても、同一人が年を経て常に寸分狂わぬ動作など出来るわけも無く、年と共に進化する事は当然でしょう。然しその元になる事の解釈が変化すれば習う者は何をベースにすべきでしょう。
 全居連会長が現在推奨する業技法以外に有り得ない、とするのが全日本居合道刀法の根本原則です。
 指導された通りに出来ないのは、未熟以外の何物でもない事に気が付くべき事です。刀法は各流派から取り入れたものであって其の儘でもなくその心も引き継いではいないと認識し指導されたままの形にあくまでも拘るべきものです。
 全居連に所属し、当代会長の指導を請け其の通りに演じていますと、地区の指導と違うと言う叱責が飛びます。
 流派の業技法に於いては個人的見解も有り得ましょうが、刀法には制定時の解説のままに全居連の最新号の会誌の「刀法の要点」に従い実施すべきです。
 そうでなければ、流派によりばらばらとなって、他流派も認め得る「全日本居合道刀法」にはなりえません。
 不明な処は毎年、当代会長によって行われる「刀法講習会」に参加し直に学び修正をしてゆくものであると思います。
・ 
 此の事は、制定時の河野百錬先生、福井聖山先生、池田聖昂先生の刀法の演武を同時に拝見しても、業の解釈に違いはなく、個人差による動作の範囲での違い以外に取り立てるものでは無いと思います。
 習い覚えた前会長の動作の癖が抜けない様な事では、武術を極めるなどおこがましい事です。
 まして刀法の解説の独創は許されるべきでは無いと思います。
 
 

| | コメント (0)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事3小具足2剱當詰

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
3)小具足
二本目剱當詰
剱當詰
 相手左の手二亭我可胸を取る我可左の手二亭其手首を取る相手小太刀を抜て下を突くを左の膝を少し立帰りてはづし右の手二て突手を打落引伏セ堅
読み
剱當詰(けんあてつめ・けんとうつめ・?)
 相手左の手にて我が胸を取る 我が左の手にて其の手首を取る 相手小太刀を抜いて下を突くを 左の膝を少し立て帰りて外し 右の手にて突き手を打ち落し引き伏せ堅む

| | コメント (0)

2017年7月20日 (木)

刀法の解釈の1序

刀法の解釈
 
1.序
 指導者が変われば業技法の些細な処は変わっても何ら不思議はないし、幾つかは手直しされて進化していくのも何ら不思議でも無いと思います。
 習う者は指導者の教えは現在の指導者に随うのも当然のことで何らおかしい事でもありません。
 
 今回の課題は全日本居合道連盟が昭和31年1956年10月7日に制定、昭和52年1979年5月1日配布の「全日本居合道刀法」の解釈が年を経てある地区では変化している事を分析して見たいと思います。
 そこの多くの高段者は第21代福井聖山先生から講習を受けられています。刀法は意義及び動作は制定時昭和31年当時と変わらず、この改変があるとすれば公に示されたものは全日本居合道連盟第7代会長池田隆聖昂先生による「全日本居合道刀法解説」に見られるもの、あるいは福井聖山先生のビデオによる動作によるものと思います。
 ビデオは、たとえ福井先生の映像であっても、思い通りに演じられないのがどんな達人でもあり得ることで、又ビデオを見て学ぶ者の力量が達していなければ「癖」ばかりを頼りにしてしまうものです。
 次回より数回に分けて、全日本居合道刀法についてその成立過程から五本の業を制定時の解説を基に、現会長の解説書をベースにおいて、ある地区の指導者との違いを整理しておきたいと思います。
 
 ちなみに全日本剣道連盟の制定居合以前にこの全日本居合道刀法は当時のそうそうたる先生方によって編成され当時の日本を代表するような先生方の承認がなされています。
 以後、この解説は、第7代会長によって解説書を出され現代風の文言に改められ、懇切丁寧な解説がされています。
 制定当時の内容は昭和52年配布の際も制定時の儘であり、文言や整理の仕方の改変が微妙に編成時とずれる可能性もあろうかと思いますが、その文言や整理がどのように承認をされたのか手元資料からはわかりません。
 不勉強な部分は、識者の叱責とご指導を賜りたいと伏してお願い申しあげます。
 
参考資料は以下のものを使用させていただきます。
昭和9年1934年発行
       太田龍峰著 「居合読本」
昭和12年1937年年発行
       白石元一著 「大森流長谷川流伯耆流居合術手引」
昭和13年1838年発行
       山内豊健・谷田左一著 「図解居合詳説」
昭和34年1959年発行
       中川申一著 「無外流居合兵法解説」
昭和37年1962年発行 
       河野百錬著 「居合道真諦」
昭和42年1967年再版
       河野百錬著 「大日本居合道図譜」
昭和46年1971年再刊
       川久保瀧次著 「無双直伝英信流居合道の手引」
昭和49年1974年発行
       政岡壱實著 「無双直伝英信流兵法 地之巻」
昭和52年1979年配布 
       全日本居合道連盟「全日本居合道刀法」
昭和55年1982年発行
       平井阿字斎著 「居合道秘伝」
昭和56年1983年発行
       紙本栄一著 「詳解 全日本剣道連盟居合」
平成15年2003年発行 
       第7代会長池田聖昂著 「全日本居合道刀法解説」
平成15年2003年再版
       近代剣道書選集 より江島敬隆著 「伯耆流居合術教本」
平成16年2004年発行
       南野輝久著 「無双直伝英信流居合道覚書」
平成18年2006年発行
       甲斐国征著 「真伝無外流居合兵道
       甲斐国征泰心 「無外流居合兵道」DVD
 
平成19年2007年発行
       堂本昭彦編著 「中山博道剣道口述集」
 
曽田本その2 神道無念流居合
 
第十五代宗家勝瀬善光DVD 「瞬機一刀の理」
 
全日本居合道連盟 会誌 「刀法の要点」
 
第13回刀法講習会DVD
 
第14回刀法講習会DVD
 
三宗家による業の比較「河野百錬先生・福井聖山先生・池田聖昂先生」DVD
 
安永 毅 「伯耆流居合」ビデオ
 
平成10年1998年発行
       江坂静厳編 「居合道新聞抜粋録」
 
 

| | コメント (0)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事3小具足1呪巻

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
3)小具足
一本目呪巻
呪巻
 相手左の手二亭胸を取る右之手二亭短刀を抜胸二押當テたる時我左右之手二亭相手の両のひぢを打もぎす具耳相手の右之手首を取て一方の手を比ぢ耳懸てう津む希耳引伏セ堅める
読み
呪巻(のろいまき)
 相手左の手にて胸を取る 右の手にて短刀を抜き胸に当てたる時 我左右の手にて相手の両の肘を打ち捥ぎ 直ぐに相手の右の手首を取って一方の手を肘に懸けて 俯けに引き伏せ堅める
読み解く
 双方爪先立って左膝を床に付け臀部を踵に乗せ、右膝を立て両膝を開いた八文字に坐し相対する時、相手が腰を上げて右足を踏み込み、左の手で我が胸を取り、右手で短刀を抜いて我が胸に押し当てて来る。
 我はその時、腰を上げるや両手で相手の左右の肘を同時に打ち付けもぎ離すや、左手で相手の右手首を取り、右手を相手の右肘に懸け、左脇に引き伏せ固める。
 
 相手を打ち据えるのは我が右手で相手の左肘、左手で相手の短刀を持つ右手が自然でしょう。相手の右手を我が左右のどちらの手でどの様に取るのか、引き伏せるのは我が左側か右側かの指定も有りません。
 我が右手で相手の右手首を取り左手を相手の右手の肘に懸け右脇に俯けに引き伏せる事も出来るでしょう。
 呪巻の業名の名付けられたイメージが浮かばないのですが・・・。

| | コメント (0)

2017年7月19日 (水)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事3小具足1呪巻

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
3)小具足
一本目呪巻
呪巻
 相手左の手二亭胸を取る右之手二亭短刀を抜胸二押當テたる時我左右之手二亭相手の両のひぢを打もぎす具耳相手の右之手首を取て一方の手を比ぢ耳懸てう津む希耳引伏セ堅める
呪巻(のろいまき)
 相手左の手にて胸を取る 右の手にて短刀を抜き胸に当てたる時 我左右の手にて相手の両の肘を打ち捥ぎ 直ぐに相手の右の手首を取って一方の手を肘に懸けて 俯けに引き伏せ堅める

| | コメント (0)

2017年7月18日 (火)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事3小具足序

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
3)小具足
小具足 
両方足を爪立左の膝ヲ付キ右之膝ヲ浮ケテ折ル八文字二坐ス
読み
小具足(こぐそく)
 両方足を爪立 左の膝を付き 右の膝を浮けて折る 八文字に坐す
読み解く

 小具足の座仕方は、現在の立膝(居合膝)の座仕方のようですが、両足の爪先は立てていますので、いつでも変に応じられる体構えでしょう。
 「両方足を爪立 左足の膝を付き右の膝を受けて(浮かして)折る 八文字に座す」八文字は両膝の開いた姿を指しているのでしょう。
 現在の無双直伝英信流の立膝之部の坐し方は、左足は伸ばして、臀部を足の上に乗せ、右足は右側面を床に着け膝は立てて、両膝を開いて坐しています。
 爪先立った八文字の坐し方が、何時でも変に応じる体構えであるとすれば、現代風は休息の態勢でしょう、変に対しては爪先立てばよいものです。

 小具足とは簡単に
  1. 甲冑の鎧・兜・袖鎧以外のものを指す。籠手や脛当。
  2. 柔術・和のひとつ。
  3. 竹内流は、天文元年(1532年)、美作国一ノ瀬城主竹内中務大輔源久盛によって創始された。居合の始祖と云われる林崎甚助重信が神夢想林崎流を起こしたのが永禄二年1559年(居合振武会 林崎明神と林崎甚助重信より)です。
  4. 小具足術には最古の柔術流派と言われる、竹内流がある。開祖竹内久盛は「この術を身につければ、短刀を帯びたのみで小具足姿と同じように身を護れる」とした。

 神傳流秘書の書かれた時代が何時であったか明確ではないのですが、第九代林六太夫守政(寛文年1662年~享保17年1732年)によって土佐にもたらされ、第十代林安太夫政詡(安永5年1776年没)が覚書していると思われます。
 夏原流の発生は皆目見当が付きませんが、竹内流などから派生したのか、あるいは参考に組み立てられたのではないかと推察しています。
 それを第七代長谷川英信が林崎甚助重信公の居合に組み入れ第八代荒井勢哲が林六太夫に伝授したのであろうと思います。

| | コメント (0)

2017年7月17日 (月)

曽田本その1の1神傳流秘書原文10夏原流和之事3小具足序

曽田本その1
1.神傳流秘書原文
10、夏原流和之事
3)小具足
小具足 
 両方足を爪立左の膝ヲ付キ右之膝ヲ浮ケテ折ル八文字二坐ス
読み
小具足(こぐそく)
 両方足を爪立 左の膝を付き 右の膝を浮けて折る 八文字に坐す
 
 

| | コメント (0)

2017年7月16日 (日)

曽田本その1の1神傳流秘書を読み解く10夏原流和之事2立合11水車

曽田本その1
1.神傳流秘書を読み解く
10、夏原流和之事
2)立合
十一本目水車
水車
 行□り二(行違いに 曽田メモ)相手の胸を右の手二亭逆手二取左の手二亭相手の前の帯を取り組入扨相手突掛るを支ニ後能膝を突其拍子二我可右の脇へ那希る
 以上十一
読み
水車(すいしゃ)
 行違いに(?)相手の胸を右の手にて逆手に取り 左の手にて相手の前の帯を取り組入る 扨 相手突き掛るを機に 後の膝を突き其の拍子に我が右の脇へ投げる
 以上十一
 この業は正面から行き違う様ですから、原文の「行□り二」(行違いに 曽田メモ)としても良さそうです。
 「突掛るを支ニ」については河野百錬先生は「無双直伝英信流居合兵法叢書」では「突掛るを幸に」とされていますがここは「突き掛るを機に」が正しいと思います。
読み解く
 水車は、双方歩み寄って、行き違いに我から相手の胸を右手で逆手に取り、左手で相手の前帯を取って、相手が突っかかって来る拍子に後足を床に着いて身を沈め我が右脇に投げる。

 稽古では「逆手に取り」「前の帯を取り」のように取るは、つかむ、握る、抑える、触れるいろいろに解釈し「相手突掛るを機に後の膝を突其拍子に」を最も有効に利かせるものを手に入れるべきものでしょう。

 業名が水車ですから、この業は右脇に引き倒すのではなく、一回転させるように仰向けに投げ倒すのかもしれません。機を捉える拍子がポイントでしょう。

 前回の十本目追捕は後ろから行き過ぎる際に懸ける業、十一本目水車は前から行き違う際の業と考える方が自然でしょう。但し、この「立合」は「立合 皆相掛」と書き出しに有ります。
 そうであれば、十本目追捕は行き違って我は振り返り「相手の背中を我可両手二亭一寸突・・」でなければならないでしょう。然し其の前の九本目杉倒は「後より行亭相手の両の肩を我か両手二亭取り・・」です。さて・・・。「皆相掛り」では無いような・・古伝はおおらかに解釈しましょう。

以上で立合十一本は終了です。

| | コメント (0)

« 2017年7月9日 - 2017年7月15日 | トップページ | 2017年7月23日 - 2017年7月29日 »