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2017年11月26日 - 2017年12月2日

2017年12月 2日 (土)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻4極意之大事7行(引)合之棒

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
七本目行(引)合之棒
 是者中を取り楽尓(互尓)行(引)也我も随分行(引)て敵行所を付込ミとりたおすべ之
読み
七本目行(引)合之棒(ゆきあいのぼう、ひきあいのぼう)
 是は 中を取り楽に(互に)行く也 我も随分(充分)行(引)て 敵行(引)所を付込み取り倒すべし
この 七本目は文字の判読が「行合之棒」なのか「引合之棒」なのか崩し文字を読み取れません。河野百錬先生の「無双直伝英信流居合兵法叢書」では「引合之棒」。

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2017年12月 1日 (金)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之事4極意之大事6棒縛之事

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
六本目棒縛之事
是者とらへて後チ棒を敵のセなかの帯へ通之横尓之棒の者之へ敵の手を引ひろげ両者しへくゝり付る也得働ぬ者也
読み
六本目棒縛之事(ぼうしばりのこと)
 是は 捕えて後 棒を敵の背中の帯へ通し 横にし棒の端へ敵の手を引き拡げ 両端へくゝり付ける也 働き得ぬもの也
読み解く
 是は敵を捕らえて縛り上げる方法です。「棒を敵の背中の帯へ通し」という文言のイメージから、着物ならば帯は腰に横に巻かれて居ますから背中の帯に通すと棒は縦になってしまいます。それを横に倒して棒の端に敵の両手を縛り付ける、というのです。
 後の文章から判断すれば、着物の袖を襷がけしているとか、その襷に横に棒を通して、棒の端に両手を紐で縛り付ける。
 或は着物の両袖に端から棒を横に差込み、敵の手を広げさせて手首を棒に縛りつけるのも良さそうです。
 帯も着物も無くとも敵の首を挟む様に、首の後ろに一本、前に一本で首を挟んで両手を縛れば抜け出せないでしょう。
 

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2017年11月30日 (木)

第五回違師伝交流稽古会を終えて

第五回違師伝交流稽古会を終えて
 
 一日目の稽古が終わって、宿に入り懇親会の席上、違師伝交流稽古会の発端が話されました。
 第17代大江正路先生の弟子が伝えて来た無双直伝英信流が今日どの様に伝承されてきたのかこのブログに掲載した時があります。
 その内容から、コメントが寄せられ、資料や中には、参考にと書籍まで譲って下さる方も有ったのです。
 そして、連絡を取り合い、ご一緒に稽古するうちに、ある方から曽田本の原本を譲られ無双直伝英信流の原点「無双神傳英信流居合」の深みに、私はどっぷりはまったのです。
 
 書籍では大江正路先生の娘さんの「カナダに渡った侍の娘 ある日系一世の回想」もありました。大江先生の人としての生活が垣間見れたものです。
 それらを参考に書き込んでいるうち、政岡壱實先生の孫弟子と言われる方からコメントが寄せられ、師を忍ぶ思いが伝わって来ます。
 政岡先生の著書無雙直伝英信流居合兵法地之巻では、他の技術書に見られない事が解りやすく序説の「居合漫談」に書かれています。
 組太刀に関しては他の解説書では大江正路先生の古伝を改変し独創された居合道形七本ばかりが解説されるにすぎないところ、「太刀打之位・詰合之位・大小詰・大小立詰・大剣取」まで写真と解説がなされています。 
 更に歴史と変遷、伝書などコンパクトにまとめられて目から鱗が落ちる様でした。
 政岡居合を見てみたい、写真があるならば演武のビデオも残されているのではとメールしたところ「ビデオは有りません、兄弟子のビデオは有りますが、それが政岡居合と思われ独り歩きするのは好ましくないので公開できません」との返信でした。
 「それでは演武を見せてもらえませんか」と申し出ると「それならば」と云う事が発端でした。
 今思えば、私の交渉は、右・左・上・下と斬り込んで行く様なものでした。
 見ず知らずの方との交流は武者修行です。
 身を引き締め真摯な心で臨んだつもりでも、どこの馬の骨か判らぬ者の道場破りに乗り込んで来るみたいなものだったろうと思います。
 新神戸の改札口でお会いするまで、胸が締め付けられるような気持ちであったと仰います。
 政岡壱實先生の無雙直伝英信流居合兵法地之巻を、古書店で手にした時からもう久しい。
 居合の業技法の解説書は幾つも読み漁りましたが、今思えば刀の運用ばかりの事でそれも師伝をメモして書き連ねたに過ぎない技術書ばかりだったり、そうかと思えば、精神論ばかりが強調されていたりする。
 今でも、「あれ」と思う時手にするものは、河野百錬先生の「大日本居合道図譜」、政岡壱實先生の「無雙直伝英信流居合兵法地之巻」、山越先生の「京都山内派無雙直伝英信流居合術」、池田聖昂先生の「無雙直伝英信流居合道解説」ぐらいのものです。 
 
 道場では、師匠か古参が前に出て手本を示し、「一本目前」と云って「パチン」と手拍子を打つ、皆は一斉に見本を真似して繰返す。
 其処には理合(意義)も術理(技法)もなく、「かたち」を順番通りに真似しているだけのものが続きます。
 一通り全居連の刀法5本・正座の部11本・抜刀法11本が一斉に抜かれ、自由稽古に入ります。
 自由稽古では古参の者が指導員となって手取り足取り業技法の指導をする。そこには順番通りの「かたち」を師匠を真似て押し付けて来るばかり。どの様な想定のもとに、どの様に敵に応じていくのか、何故そうするかが全くないのです。
 
 それでも、初心のうちは「かたち」から入るのは当然の事としてまず「真似」ざるを得ません。「かたち」だけの合同稽古について行かれる様になって、手渡された第21代福井聖山先生の「無双直伝英信流居合道宗家教本」は福井宗家の「無雙直伝英信流居合道」の抜き書きコピーでした。
 これは、第20代河野百錬先生の「大日本居合道図譜」の業技法解説を少々文言に手を入れて書き直したもので何故書き直す必要があったのかとも思われます。
 それはともかく、其処に解説されていても、古参の者も理解できておらず言う事とやることはアンマッチで「何故」と問われるとうるさがられたものでした。
 そのうち、「其の業では斬られてしまう」と言ったところ「先輩を愚ろうする者」とのレッテルまで張られたものでした。お陰様で、反骨精神と知りたがりの根性が本物を求めて益々稽古に身が入ったものです。
 違師伝交流稽古会は同流の他の師伝を拝見する事により、習い覚えた我が居合の有り様をより理解でき、或は同じ意義からの想定違いを見せられ、業の応用を知る機会でもありました。
 我が居合も他の師伝の方達にお見せするには当然のことながら自分流ではならず、当代の解説書や稽古会によく出てその考え方や動作を身に付け演武するものでなくてはならないでしょう。
 第五回違師伝交流稽古会の課題は組太刀のうちもっとも居合らしい「詰合之位」です。
 大江正路先生の居合道形7本や太刀打之位11本は良く見かけますが、「詰合之位」は限られたところでしか打たれていません。
 中には極意につき、高段者以外は教えないなど馬鹿を言って満足顔の所もあるやに聞いています。
 立膝に座し居合抜きに抜き合う、あるいは打ち込まれたのをかわして打込むなど居合の基本を設対者を設けて学ぶ好い組太刀です。
 演武会で演舞するものではないのでせいぜい稽古して居合に磨きをかけるべきものでしょう。少し覚えると人前で演武したがる自己顕示欲は有って然るべきものですが慎まないと本物にならず、武的踊りが強調されます。
 「詰合之位」まで書き込んである技術書は政岡壱實先生の「無雙直伝英信流居合兵法地之巻」か第21代福井聖山先生のビデオ及び小冊子の解説書ぐらいがなんとか手に入るものでしょう。これ等も既に学者の宝です。
 恐らく現代居合の高段者の中で何人が詰合之位が打てるでしょうか。
 曽田本の「詰合」は江戸期の第9代林六太夫守政のものが最も古い手附で、私達古伝研究会のメンバーは古伝の「詰合」を研鑽して披露しました。
 政岡先生伝「詰合之位」、福井先生伝「詰合之位」それぞれの思いでその違いを看取り稽古し、実際にそれぞれを学んでみました。
 「他との違いが判れば自分が解かる」時間の経つのも忘れて夢中な二日間でした。
 来年の課題は「大剣取」です。見事に打たれた映像も、手附も安易に手に入りません。従って古伝の手附を読み動作を自分で振り付けて研究せざるを得ません。
 師匠の指導するままに運剣したり、映像に頼った人真似では様になっても武術として決まるか疑問です。武術は形では無いのです。業が決まらなければ意味の無い武的棒振りに終わってしまいます。かと言って、枝葉に逃れれば大剣取の教えは無かった事になってしまうでしょう。
 手附をよく読み、よく考える事、習い覚えた業技法を総動員する事。他流も含め古流剣術を良く見る事も必要でしょう。答えは幾つも有るでしょう、そして得られた運剣動作はどれも間違いではないでしょう。より優れた者に負けてしまうだけです。
 
 
 
 
 
 
 

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曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻4極意之大事6棒縛之事

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
六本目棒縛之事
是者とらへて後チ棒を敵のセなかの帯へ通之横尓之棒の者之へ敵の手を引ひろげ両者しへくゝり付る也得働ぬ者也
読み
六本目棒縛之事(ぼうしばりのこと)
 是は 捕えて後 棒を敵の背中の帯へ通し 横にし棒の端へ敵の手を引き拡げ 両端へくゝり付ける也 働き得ぬもの也

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2017年11月29日 (水)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻4極意之大事5戸入之事

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
五本目戸入之事
 是盤必ㇲ門奈と入ル尓脇を通るへ可ら須中を行へシ亦我を打もの居ルと之るならは何尓ても有合之品羽織尓てもまきて棒の先へふとく付て春つとさし出ㇲべし敵我と思切ㇽ所を我とりふ春る也
読み
五本目戸入之事(といりのこと)
 是は 必ず門など入るに脇を通るべからず 中を行くべし 亦我を打つ者居ると知るならば 何にても有り合う品の羽織にても巻きて棒の先へ太く付きて すっと差し出すべし 敵我と思い切る所を我取り伏する也
読み解く
門戸を入る時の極意です。少し文章を直しながら進めて見ます。

 是は、門などを入る時、門の片側を通ってはならない。必ず門の真ん中を行くようにする事だ。
 亦、我を打たんとする者が居る事を察知していたら、何でも有り合わせの物でもよいので、たとえば羽織などを棒の先に太く巻き付けて、門の中にすっと差し出すがよい。
 敵はそれを我と思い、切ってくる所を取り押さえればよい。

 門の片側を通ると、柱の影から不意に打たれるので、真ん中を通り視界を広くして、敵の動静も早く見極められ、我も応じ易くなる。
 門の向こうで我を打たんと、手ぐすね引いている敵を察知しているならば、有り合わせのもので良いから我と思わせるように偽装して門の中に差し入れ敵が「それっ」と切って出てきたところを捕らえればよい。
 どの流派の奥義の心得にもあるような教えです。坂橋流の棒に残された極意です。
是は、土佐の居合の「當流申伝之事」などにも同様な教えがあります。

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2017年11月28日 (火)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻4極意之大事5戸入之事

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
五本目戸入之事
 是盤必ㇲ門奈と入ル尓脇を通るへ可ら須中を行へシ亦我を打もの居ルと之るならは何尓ても有合之品羽織尓てもまきて棒の先へふとく付て春つとさし出ㇲべし敵我と思切ㇽ所を我とりふ春る也
読み
五本目戸入之事(といりのこと)
 是は 必ず門など入るに脇を通るべからず 中を行くべし 亦我を打つ者居ると知るならば 何にても有り合う品の羽織にても巻きて棒の先へ太く付きて すっと差し出すべし 敵我と思い切る所を我取り伏する也

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2017年11月27日 (月)

曽田本その1の2英信流目録読み解く1居合棒太刀合之巻4極意之大事4立合心ノ大事

曽田本その1
2.英信流目録読み解く
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
四本目立合心ノ大事
 是盤居合之巻尓も有之通り敵と立合と我がボウ子ンヲ斬り一心不乱思ひ残春心無ク死地尓入る立合なり此所尓まよいひの袮んいできてはい可ぬ也
読み
四本目立合心ノ大事(たちあいこころのだいじ)
 是は 居合の巻きにも之有る通り 敵と立合と 我が忘念を斬り 一心不乱思い残す心無く死地に入る立合いなり 此の所に迷いの念いで来てはいかぬ也
読み解く

 立合う時の心の有り様についての教えです。居合の巻きにも述べてあるがと言っています。
 この英信流目録では居合は大森流居合之位の業手附しか残っていません。全貌が見えれば神傳流秘書と対比しながら古流を味わえるのですが残念です。

 是は居合の巻にも有る通り、敵と立合うに当たってはぼうねん(妄念・忘念)を切って、一心不乱に思い残す事無く死地に入る立合いをするもので、此の所に迷いの念が起れば立合いにならず負けとなるであろう。

 習い、稽古・工夫をして体得した事であるから、兎角様々な事に「あーしようこーしよう」などの妄念に取り付かれずに一心不乱に思い残す事無く立合えと言っています。
 真剣勝負は稽古による上手でも無念夢想で一心不乱に立合う者には負けると言われます。

 なま兵法は大怪我の元と言われますし、喧嘩なれした無法者などは形稽古を励んだ者は組みし易しとも言われます。

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2017年11月26日 (日)

曽田本その1の2英信流目録原文1居合棒太刀合之巻4極意之大事4立合心ノ大事

曽田本その1
2.英信流目録原文
居合棒太刀合之巻
 兼 大森流居合 小太刀之位
4、極意之大事
 
四本目立合心ノ大事
 是盤居合之巻尓も有之通り敵と立合と我がボウ子ンヲ斬り一心不乱思ひ残春心無ク死地尓入る立合なり此所尓まよいひの袮んいできてはい可ぬ也
読み
四本目立合心ノ大事(たちあいこころのだいじ)
 是は 居合の巻きにも之有る通り 敵と立合と 我が忘念を斬り 一心不乱思い残す心無く死地に入る立合いなり 此の所に迷いの念い出来てはいかぬ也
 

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